110.コピペしてちょいちょいってしたら治りますよ
義兄さんの作った転移穴を伝い、全員で王城へと戻ってきた。
転移先は……私の私室だった。
「一旦ここのベッドに寝かせるぞ?」
「うん、お願い」
豪奢な天蓋付きの大きなベッドにレイルが横たわった。
頭と、上半身だけが残った、レイルの身体。
光の粒子が散って今にも崩壊しそうなまま、時間が止まっている。
「この術も永遠ではありませぬ。為すべきことは早い方がよろしいでしょう」
「まずは何をすべきか、ジルアにお話ししないと駄目ですね」
「なら、一旦俺たちは王に報告してくる」
慌ただしく皆が動き出す。
王国騎士である皆は部屋から退出し、ダニーも「折角だし王に挨拶してくらぁ」と言って出て行った。
恐らく皆気を利かせてくれたんだろう。
部屋に残ったのは、私と婆やとアルル……そしてレイルだけ。
***
「──竜人は世界に存在を許されなかった種族です。その種族へと進化してしまったレイルさんは、世界によって消去されることになってしまいました」
静まった部屋にアルルの声がゆっくりと響く。
「消去までの残り時間を、アプレザル──お婆さんの時空間魔術により、限りなく引き伸ばして延命したのが今の状況です。ここまではいいですね?」
「……うん」
その説明で、今の状態がどれだけ絶望的なのか理解できた。
……世界に拒絶された種族。
そんな姿になってまで私を助けてくれたんだ、レイルは。
「この消去処理は取り消すことはできません。世界の決定は例え龍であっても、簡単に覆すことはできないのです」
取り消せない。
消されることは、確定してしまっている。
じゃあ、もうどうしようもないのか?
……いや、そうじゃない。もしもそうなら、こんな話はしていない。
「……消されるのが確定してしまったのなら、別の方法で助けるしかないってこと?」
「そういう事になります。話が早くて助かりますよ」
いい子いい子とでも言いたげに頭を撫でられた。
……子供扱いされているようで少しむっとするけど、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。
「仰る通り、存在を抹消された上で、彼をこの世界に留める方策が必要となります」
消された上でなお、レイルをこの世界に留める──まるで頓知のような話だ。
……常識を捨てて考えろ、私。
どれだけ現実的でない考えであっても、この世界には可能性がある。
「なので、レイルさんをコピペ──ではなく、もう一度作り直しましょう」
「…………そんな、粘土細工みたいに言われても」
確かに消されるならもう一度作り直せばいい。
問題は、人がそんな簡単に作ったり直したりはできないってコトだ。
でも、アルルがそう言うのなら、何かしらで出来得る可能性が残っている。
「もちろん粘土細工みたいに簡単ではありませんよ。いくつか難点があるんです」
「……それは?」
「まず必要なものがあります。この世界でも有数の至宝──その中でも唯一つが、彼を救う鍵になります」
有数の至宝──。
……あれ? つい最近も至宝というワードを耳にした気がする。
「それは、オーヴムです。ジルアも知ってるはずですよね?」
「オーヴム──」
そうだ。正に最近聞いたばかりの言葉だった。
連想するのは黄金の卵。父上の部屋で見せられた、地母龍様の最後の至宝。
それを継承したものは、龍の大いなる力を手に入れることになるという。
……つい先刻、私はその継承者の一人──炎の龍痣と対峙して、勝利を収めたところだった。
「……もしかして、オーヴムを代償にしてレイルの身体を作り直すことが可能なのか?」
父上から聞かされた知識──オーヴムを代償に願いを叶えるという儀式があることを教えてもらった。
更に、龍様であるジョウガからも、この方法で竜の心臓の件を元通りにできるということを確約してもらっている。
……けれど、今、消えゆくレイルの身体さえも元通りにすることまでもが可能なのだろうか?
その疑問は、アルルが私の質問にゆるりと首を横に振ったことで、やはり違うのだと証明された。
「残念ながら、それは不可能です」
「どうして?」
「確かにそれを行うことで肉体は元通りにできます。ですが、元に戻った肉体はやっぱりレイルさんのものなので、その瞬間再度消されることが確定します」
「……レイルの肉体は戻るけど、結局ダメってことか」
「ええ。なので、完全にレイルさんを別個体として新しく作って世界を騙そうってことです」
「別個体として新しく──それを行うには、代償で叶わないってことなのか?」
「そうです。オーヴムを代償に捧げる儀式というのは、龍様がオーヴムに込められたリソースを使って裏からあれやこれやを行い現世に反映する訳ですが……いくら龍様であっても、出来ることと出来ないことがあるんですよ」
言っていることの詳細は、私にはまだ分からない。
だけど、オーヴムを代償にすることでは叶わないことを、今から行わなければならないということだけは分かる。
「人体の再錬成──難しく聞こえるでしょうが、この世界においては人体も一種の素材の集合体でしかありません。……突然ですがジルア、この世界の大地──世界の礎になった龍様は、誰か知っていますか?」
「……誰というか、地母龍様だろ? それくらい誰でも知ってるはずだ」
大いなる大地の龍、地母龍。
この世界を創り上げた偉大なる存在であり、この大地は地母龍様の身体の一部でもある。
私たちは地母龍様の上で生まれ、暮らしている。
そんなことは子供だって……いや、この世界に生きる誰もが知っている常識中の常識だ。
「その通りです。よって、この世界に存在するもの全ては、彼女が創り出したものということになります。……つまり、この世界で素材の再構成──万物の変更権限を持つ龍は、地母龍だけということになるのです」
「──”万物創成”の権能のお話でございますじゃ、ジルアさま。この世界を構成するあらゆる物質は、かの龍だけが変更する権利を持っておられるのでございます」
アルルの話を婆やが補足するように説明してくれた。
要するに、レイルの身体を別個体としてもう一度新しく作り直すには、地母龍様の力が必要になるということ。
「アプレザルお婆さんの言う通りです。地母龍にはこの世界のあらゆるものを作り出す力──"万物創成"の権能があります。ジルアが戦う際に使っていた"龍脈開放"の力は、あらゆるものを作り出すための原料である無限のリソースを取り出すという、副次的な能力なんですよ」
「──! そこに繋がってくるのか……!」
クヴェニール王家に伝わる至宝──始源魔術と呼ばれる超抜級の術式がある。
この世界そのものである地母龍様の龍脈へと通路を繋ぎ、地の龍気を無限に取り出すことができるという、反則級の大魔術。
門を開き、力を得る、文字通り始まりの一つ。
全ての魔術の根源と呼ばれるもの。
先代の術者である母上の形見として父上に無理を言って譲り受けさせてもらった、私の切り札だ。
「レイルさんの身体を別個体としてデータ登録するためには、地母龍の権能を使うしかありません。これは他のオーヴムでは不可能です。また、権能を使うにはオーヴムを代償に使うのではなく、本来の機能として使う必要があります」
本来の機能……っていうと、龍痣として受け継がせることか?
「話が長くなったので簡潔に纏めます。要するに、レイルさんを地母龍の龍痣の継承者とします。その上で地母龍の権能を使って肉体を作り直します。これが今からやろうとしている大まかな作戦になりますね」
「地母龍のオーヴムを、レイルに……」
図らずも私が父上に言った言葉と同じ結論に至っていた。
「……しかし、この作戦にはいくつか問題が残っています」
「問題?」
情報が詰め込まれ過ぎて頭が上手く回ってない。
まずは全部の話を聞いて一つ一つ整理していこう。
「まず一つは、レイルさんが今のままではオーヴムの継承などできないということです」
「あ……」
そうだ、そうだった。
そもそもレイルはこんな状態だ。
オーヴムの継承がどのような方法で行われるのかは知らないが、少なくとも意識の無いままにできるようなものじゃないだろう。
「こちらに関しては、私たちの力を結集すればまだ何とかなります」
「なる……のか……?」
「ええ、なります。これにはジルア、貴方の力が必要不可欠です」
「私の、力が……!」
人任せではなく、私の力が必要になるというのは良いことだ。
私の力なんていくらでも使っていい。
レイルを助けるためならなんだってやってみせる。
「そちらに関しては後程話しましょう。最大の問題はもう一つにあります」
ごくりと喉が鳴ってしまった。
今までの話も雲をつかむように壮大な内容だったが、それ以上に深刻な問題があると言ってるんだ。
「それは──」
アルルの話を遮るようにドタドタと大きな足音が聞こえてきた。
音の主は部屋の前で止まり、バンッ! と扉が開かれる。
そこに立っていたのは──。
「父上……」
「ジルア」
柄にもなく息を切らして扉の前に立っていたのは、この国の王の姿。
額に汗を滲ませ、肩で大きく呼吸をするその姿は、ただ事ではないことを物語っていた。
私の姿を確認すると、足早で近づいてきた。
顔から表情が読み込めない。咄嗟にベッドから立ち上がり、身構えてしまった。
もしかしたら張り倒されるかもしれない。
凄い今更だけど、父上との約束である戦闘指揮に従うとか諸々を即刻破ってしまっていた……。
ただ、言い訳をさせてもらうと、向こうに転移した直後にホシザキとの戦闘が始まってしまったものだから、通信先も指示を出す暇すらなく、ただこちらの状況を音声から把握するしかなかったと思う。
その上途中で龍様との会話が挟まったりして、ちょくちょく通信を切ったり付けたりしていたし……。
そんなことを考えて、叩かれても踏ん張れるように覚悟を決めていたら──優しく、力強い抱擁を受けた。
「ちち、うえ……?」
「……無事でよかった、本当に」
抱きしめられたまま、ゆっくりと頭を撫でられた。
……ああ、もう、馬鹿だな私は。
あれだけ想われていたことを知っていながら、無理を言って、戦場に飛び込んで、こんなにも──……。
「ごめんなさい、心配かけて」
強く抱きしめられて、頭を何度も撫でられる。
……今よりもっと小さな頃、無償で与えられていた温もりを思い出して、思わず涙が出そうになる。
グッと堪えた。今は泣いている場合じゃない。
「……帝国の首魁の撃破、よくやってくれた。お前は見事、その責務を果たしたのだ。誇っていい」
「──」
認められた。
父上から、初めて、直接。
胸の奥底で、何かが熱くなった。
父上は私から離れると、今度はベッドに横たわっているレイルの方へと向き直った。
そして、片足を地に付け──なんと跪いてしまった。
国の王が膝を付くなんて、普通は許されない事だろう。
「冒険者レイル殿。よくぞ名のある竜を討伐してくれた。王国の危機を救い、その上……私の娘の命まで救ってくれた。貴殿はもはや英雄だ。一国の王として、一人の娘の父親として、心より感謝する」
そう言って、父上は意識の無いレイルに頭を下げた。
……そうだ、こいつはもはや救国の英雄だ。
もっと盛大に宴席を設けたりして、色んな人に褒め称えられなければならないハズだ。
それが、こんな終わりであっていいわけがない……!
「アルル嬢にも感謝を。我が娘を友の立場として助けて頂いたこと、リュグネシアの国王として深く御礼申し上げる」
今度はアルルにも──いや、レイルの時よりも更に深々と頭を下げていた。
「親友として助けただけなんですから、王の貴方がそんな簡単に頭を下げるものではありませんよ」
「……ふ、それもそうだ」
アルルの言葉に苦笑しながら、王は頭を上げた。
「君が友人として娘を助けてくれたこと、一人の父親として非常に嬉しく思っている。度し難い粗忽者であるが、どうかこれからも友人として接してあげて欲しい」
「もちろんですとも。ね、ジルア?」
「あ、う、うん……」
急に話を振られ、どもってしまった。
なんかこう、アルルが父上に軽口で応酬しているのを見ると、違和感しかないというか……。
正体を知っているんだろうけど、それにしても気安すぎるような気がしないでもない。
「ジルア、これを」
父上は立ち上がると、懐に手を突っ込み、手に握ったものを差し出してきた。
私はそれを、受け取って──。
「これ、地母龍様の……!」
「手段があるのだろう? 必ず彼を助け出しなさい。他に必要なものがあれば何でも言ってくれ」
「あ、ありがとう父上!」
手渡されたのは黄金色の卵──地母龍のオーヴムだった。
これで……レイルを助けることができる!
「悪いがこれで失礼させてもらおう。戦後処理でこれから暫くは忙しくなる。だが、何かあれば使いを寄越してくれ。すぐに駆けつけよう」
父上は来た時と同じく足早で退席し、外で待っていたジェフリーのおっさんと何事かを話しながら去っていった。
「……話に戻ろう。えっと、最大の問題があるって話だったよな?」
「へ? あ、はい。えっと、もう解決しちゃいましたね、最大の問題」
「……え? どういうことだ?」
話の流れが分からない。
いつ問題が解決してしまったのだろうか。
「いや、分かってないならいいんです」
「ほっほっほ。親子としては歪でございましたが、収まるところに収まり、一安心ですじゃ」
「親バカにファザコンというか……駄々甘すぎて見てられませんよ、ホント」
「……あの、二人共、もしかして私たちのこと言ってる?」
何かよく分からないけど、謂れのない非難を受けているような気がする……!
「ともかく、最大の問題が解決したところで、次の話をしましょう」
読了いただき、ありがとうございます。
ブクマ・評価・励ましの感想などを頂けたら作者は飛び上がるほど喜びます。