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backup  作者: 黒い映像
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109.虹の橋は渡らせない

消える。

消えていく。


どれだけ姿形が変わったとしても分かる、私の特別な人が、光の粒子となって散っていく。


「────」


分からない。どうすればいいのか、何をすべきなのか。

子供の様に泣き叫んでも、何も解決しないと分かっているのに。


温もりが消えていく。

好きが消えていく。

愛が消えていく。

抱いて、繋ぎ止めているのに、レイルの身体がどんどんと薄くなっていく。


どうしようもなくて、ただ抱きしめて、泣いていた。

失いたくない一心で、無我夢中で魔術を使っても、何の意味もないのだと悟ってしまった。


──助けて。

誰か、レイルを、助けてあげて。

私みたいな我儘で世間知らずな馬鹿の命なんてどうなっても構わないから。

レイルだけは救ってほしい。

こんなに優しい奴が、苦痛に耐えてきた奴が、救われない世界なんて、間違ってる。


お願いします。

(かみ)様、お願いします。

どうかレイルを助けてください。

どんな代償だって払います。

だから、どうか、レイルを、レイルを消さないでください……。











「時は凍てつく。秘されし刻は清浄ならざりて」


誰かの詠唱が聞こえた。

古い魔術言語の響き。

この世に扱える者は二人と居ない、時空間魔術の詠唱。




【個体識別番号2001:0db8:1234:5678:90ab:cdef:0000:0000の時空間層(タイムレイヤー)に変更が加えられました。 これに従い削除処理も当該時間尺度(タイムスケール)に同期されます。】


【削除完了まで残り . . . 00:00:09.999,097,011,001,020,900,691。】


【削除完了まで残り . . . 00:00:09.999,097,011,001,020,900,690。】


【削除完了まで残り . . . 00:00:09.999,097,011,001,020,900,689。】


・・・

・・




「泣いてる場合ではありませぬ、ジルアさま」

「──」


嗚咽を無理やり止めて顔を上げると、目の前に婆やの姿があった。


「泣いてる暇など在ったらまず考えを巡らせよ──もう教えは忘れておいでですか?」

「婆、や……」


涙で濡れた顔を拭い、腫れぼったい目で状況を確認する。

レイルの消失は寸前で食い止められていた。

時が止まったかのように、光の粒子までもが動きを止めている。


「ジルア、立ってください。まだ終わってないですよ」

「アルル……」


横から掛けられた声は、いつの間にか隣にいた親友のもの。


「彼に虹の橋を渡る資格なんてありません。私のジルアをこんなに泣かせて傷付けたまま去るなんて、許しませんよそんな事は」

「……姫さん、諦めるには早いらしいぞ」


義兄さんも居た。

どちらかが婆やをここまで呼んで来てくれたらしい。


「助けよう。まだ間に合うはずだ」

「……ぅん……うん!」


泣いてる場合じゃなかった。

私にはまだ力が残っていた。

レイルを助けられるかもしれない人達との繋がりが残っている。


……馬鹿だ、私は。

レイルが居ないと何もできないなんて、本当に馬鹿な事を言った。

私は、自分で語った夢をもう忘れていた。

誰かを守れる強い自分で在りたいと、そう願ったはずなのに。

今の自分は、レイルに守られて、庇われて、ただ泣いているだけじゃないか。


「レイルは俺が運ぼう」

「俺もだ。……バカが。満足した面ァしやがって」

「ボクも手伝う!」


義兄さんがレイルを担ごうとして、ダニーとティルムも名乗りを上げた。

周りを見渡すと、いつの間にか、皆が居た。


「ジルア、立てますか?」

「……あぁ。立つ……立てるよ、大丈夫。レイルを助けるために、私は立ち上がらないとダメなんだ」


もう一度目を拭って、親友の手を握って、立ち上がった。


「皆、この馬鹿を助けるために、力を貸してほしい。……私の命よりも大切な人だから、絶対に死なせたくないんだ」


頭を下げて、改めて協力を求めた。

私一人でできることなんてたかが知れている。


「私のあらゆる財産を差し出す。なんだってする。どんな代償でも払うから、どうか──んぐ」

「コラ、駄目ですよ。軽々しく何でもするとか言っちゃあ。言葉狩りされますよ?」


下げた頭より更に下から口が塞がれた。

アルルの掌で抑えつけられていた。


「あなたが頼まなくたって、私たちはレイルさんを助けますよ。皆そのために急いでここに来たんですから」

「……皆、本当にありがとう」


もう一度頭を下げる。


「急ぎましょう。時は有限でございますじゃ」




*** *** ***




竜人(クローン)竜人(オリジナル)の死闘を遠くから見届けていた男がいた。

極大の竜の息吹(ドラゴンブレス)を割いて一撃を喰らわせ、死骸の身体を砕いた竜人(オリジナル)は、リュグネシア第二王女のジルア・クヴェニールを抱き留めて地に降り立った。

そしてそのまま竜人(オリジナル)は身体が崩れ落ちていった。


──……終わりだ。


その男は目に付けていた双眼鏡を外し、踵を返してその場を去った。

そして懐から取り出した何かの機械を操作し、耳元に当てる。


「こちら”トロイ2”。本部、応答願います」


『…………』


「……? 聞こえておりますでしょうか?」


『……ザッ……ザー……ああ、聞こえている』


「……? こちら”トロイ2”。王国の一件を最後まで見届けました。事後報告をさせていただきますが、よろしいですか?」


男は時折聞こえてくるノイズを訝し気に思いながらも報告を始めた。

──男の正体は帝国の諜報員。ホシザキ達の作戦を監視し、帝国の本部へと情報を送る役目を負った人物だった。


『……ああ、構わない。続けてくれ』


「了解いたしました。まず──────」


諜報員は足早に歩きながら、手にした通信機に向かって淡々と状況を報告し始めた。

誰にも見つからない通路を進みつつ、秘密裏に王都から脱出できる抜け道へと足を進めた。


***


『……なるほど。あの子は自分の役割を果たしたんだな』


「あの子?」


『こっちの話だ。……あぁ、少し不謹慎だが誇らしいよ。あの子は特別な人を守り遂げたんだ。それは、俺には出来なかったことだから』


「……? あの、さっきから一体何の話を──」


かつんと靴音が鳴った。

誰も知るはずのない、秘密の抜け道の先で。


かつん、かつんと、響く音が近づいてくる。


「──誰だ?」


男は、手に持った明かりを通路の先に向けた──。


「やぁ。報告ありがとう、帝国の諜報員君。実に完結でわかりやすい説明だったよ」


そこに立っていたのは一人の青年だった。

黒髪、黒い瞳。

顔の下半分を覆う布切れのせいで、表情は窺えないが、その目からは、強い意思を感じた。

年の頃なら二十代半ばと言ったところだろうか。

顔つきはまだ幼さが残っていて、どこか頼りなさそうな印象を受ける。


「……っ!?」


しかし、男が青年を見た瞬間に驚愕の表情で固まっていた。

その人物は、現在帝国に仇なす存在として手配されている男だったからだ。


「お、お前は、まさか……に、虹の英雄……!?」

「敵に英雄って呼ばれるのもなんか変な感じだな。まぁ、でも合ってるよ」

「──待て、い、今俺が話していたのもお前だったのか!?」

「ああそうだ。君の話はしっかりと聞かせてもらったよ。有益な情報をありがとう」

「おかしいだろうが!? 俺が話していたのは本部だぞ!? 何でお前がそんなところに居るんだ!」

「簡単な事だろう」


青年が男に近づいていく。

あまりにも自然体で歩く姿に、男は何もできずにその場で棒立ちになっていた。


「お前らの本部とやらは、俺がさっき全部潰してきた。……ああ、ようやくだ。ようやく、俺はやり遂げた」

「なっ……!」


国家の中枢である本部が潰された。

それが意味するところはつまり──。


「ば、馬鹿な、いくらお前でもそんなことが出来るわけが……っ!」

「ああ、転移阻止装置とやらにはだいぶ苦労させられたよ。おかげで正面突破する羽目になった」

「……っ! 馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な……っ!! ありえないだろうがっ! そんなこと!」

「別にいいさ、信じなくても。故郷に帰ってみればすぐに分かることだ。もう帝国という国はこの世に存在しないことが」

「……ッ!!」


男は踵を返し、脱兎の如くその場から逃げ出した。

男の頭に警鐘が鳴り響いていた。

あの場に居たら間違いなく殺されるであろうことを。


──それは概ね間違っていない。

正しく言うならば、逃げても無駄だった。


「おい、お前の故郷はそっちじゃないだろ。送って行ってやるよ」


青年がいつの間にか持っていた鉄の剣を振るうと、男は消えた。

剣閃に吸い込まれるようにして消えた男の行き着く先は、帝国本部の遥か上空。

地上からでは見えない高さから落下し、地面に迫る頃には帝国の無残な姿が目に映るはずだ。


「……終わり、か」


青年はゆっくりとその場を離れ、歩みを進める。

抜け道を逆に戻り、王都へと繋がる入り口へと向かう。


「……結局、何も間に合わなかったな、俺は」


青年はぼそりと呟くと、戦火が消えた王都に足を踏み入れた。

読了いただき、ありがとうございます。

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