106.ただ一人、君の為なら
どうして、君の言葉はこんなにも輝いているのだろう。
どうして、暗澹とした心を照らすような光に満ちているのだろう。
君に助けられてばかりなのに、何も返せていないのに。
自分ばかりが救われるだなんて、そんなことがあってはいけない。
だから、これだけは絶対にやり遂げてみせる。
君に報いることが、今度こそできるはずだから。
*** *** ***
「オリジナルゥゥゥウウウッ!!! 死ね! 死んでしまえぇええエ!!」
「!!」
爪と尾による連撃を捌きながら、レイルは竜人に一太刀を入れる方法をひたすらに模索していた。
力と速度が優っている相手にどう立ち回るか。
その答えは一つしかない。
──技術だ。
「(思い出せ、ダニーの剣技だ……! 何度も見たあの技なら……!)」
「死ねぇエエッ!」
鋭い爪が振り下ろされる。
それを剣で受け流すように半身になって避け、同時に横薙ぎの一閃を放つ。
竜人は身を屈めることで回避し、そのまま爪を振り上げた。
それをレイルはバックステップで避けて距離を取り、間を置かずに斬りかかる。
「お前さえいなければッ! こんな地獄に生まれ落ちる事もなかったッ!!!死ね! 死んで償えェエエッ!!」
竜人の言葉はレイルにのみ正常に聞こえており、他の者たちには意味の通じない雑音にしか聞こえていない。
言語エンコード機能に何らかのバグが発生している可能性が大きい。
レイルは竜人の吐く言葉に一切反応を返さず、ひたすらに攻撃を仕掛け続ける。
交わす言葉が必要ないからだ。
「(これは自分が辿ったかもしれない未来だ。だから、受け止めるしかない)」
ひたすら投げかけられる怨嗟の言葉は、元となったレイルの複製体が生み出したものだ。
つまり、自分が語ることになるかもしれなかった、末期の怨言。
他者を呪うことでしか己の存在価値を見出せない。
それが、この生命が生まれ落ちて持った役割。
否定も肯定もできず、ただ受け止めなければいけないとレイルは直感で感じていた。
「(受け止めた上で、倒す)」
ただの道具として生み出された存在だったとしても、他者の生命を害するような行いは許されるものではない。
「ハァアアッ!!」
《ドラクレア》の胴体に目掛け突き出した剣が、弾かれて火花を散らす。
剣に凄まじい負荷が掛かり、腕が軋む。
交差するように突き出された爪がレイルの左肩を抉る。
鮮血が飛び散ったが、レイルの表情には些かの変化も見受けられない。
「(ダメだ、無意味に攻撃するな。イメージしろ、あの技を……!)」
──レイルの欠落の激しい記憶の中に眠る、銀の剣閃の追憶。
冒険者となった始まりの日から、数ヶ月の間一緒に組んでいた男──ダニーの使っていた技だ。
『あ? さっき使った技? まぁ一種のカウンターだなぁ。よーく見てろ。いいか、こうして──こうだ』
襲い掛かる単眼の巨人の棍棒を剣でするりと払いのけ、体勢を崩した巨人に沿うように銀の剣閃が煌めいた。
分厚い皮膚が切り裂かれ、一刀両断。
何度見ても鮮やかな手際で、事あるごとにレイルはそれを見せてもらうように頼んだほどだった。
『まぁお前は力でゴリ押す剛剣が向いてるぜ。柔剣なんてのは力押しが効かない敵が出た時に使うもんだ。覚えときな』
──。
「(あの一撃が必要だ。剛ではなく柔。受け流して隙を作るための……ッ!!)」
「なぜお前だけ恵まれている?」
「どうしてお前だけが救われようとしている?」
「理不尽だ。不平等だ。許せない。俺はこんなにも苦しいのに。痛くてたまらないのに」
「殺してやる。死ね。今ここで」
受け流すための体勢に入ろうとすると、すぐさま外野からの横やりが入ってくる。
分身体の攻撃は本体に比べて威力が低いが、それでも一撃で致命傷になりかねない。
必然それを捌きながら、本体の猛攻もいなす羽目になる。
そんな状態では柔の技など繰り出せるはずもない。
「(このままじゃダメだ。何か打開策を……!)」
「レイル! 周りの奴らはオレたちが何とかする! だからオマエは本体だけに集中しろ!」
「──ッ!」
それは相棒の声援。
いつだってレイルを導いてきた、頼りになる声だった。
「ありがとうジェーン!」
レイルは感謝の言葉を叫ぶと、ただ攻撃を捌くことだけに集中することにした。
相棒の援護を信じて、ただがむしゃらに剣を振るう。
「(最後まで俺は頼りっぱなしだ。でも──これがいつも通りだった!)」
これまでの冒険の旅路がレイルの脳裏を彩ってゆく。
芽が出なかった日々のこと、無謀な依頼に挑んだ時のこと、馬鹿をやって失敗したこと。
そして……相棒との冒険の日々。
「なぜお前だけに与えられる!? なぜお前にだけあの女が微笑みかけるんだ!!」
「どうしてお前だけ!」
「何故、俺だけが!」
自分の怒りが自分にぶつけられる。
レイルはそれに一切怯まず、ひたすらに剣を振るい続けた。
そしてその時が訪れた。
「飛び越えろ! ──火、発して、燃え盛り、圧縮し、炸裂せよ!」
「!」
聞きなれた魔術詠唱。
それを聞いた瞬間にレイルは空へ飛び出した。
囲んでいた一体の胴を斬り裂き、範囲外へと途轍もない跳躍力で脱出する。
そして──……大きな爆発が巻き起こった。
──ジルアが使ったのは、彼女が最も使い慣れた爆裂魔術だ。
凄まじい威力で巻き起こった爆発だが、竜人の分身体を葬り去るほどではない。
しかし、密集した竜人を吹き飛ばすのに効果的な方法であるのは一目瞭然だった。
だが、ジルアが魔術を使ったということは──……、
「はぁっ……はあっ……はあ……!」
ジルアは息も切れ切れで、既に立っているのもやっとだった。
しかし、まだギリギリで龍気変換器は焼き付いていない。
回復具合と要求される魔力量、レイルを助けられる手段を天秤にかけた結果だった。
「決めろ! レイルッ!」
相棒の激励を受け、レイルは心を研ぎ澄ませた。
自由落下に身を任せながら、剣に意識を集中させる。
心臓の脈動のままに剣を振るうのではなく、剣を自分の一部のように感じて一体化させる。
するとレイルは、まるで時間が止まったかのような感覚に陥った。
「効くかこんなものッ! 終わりだ、オリジナルゥウウウッ!!!」
黒煙の中から飛び出して、無防備なレイルに迫る竜人。
鋭い爪が掬い上げるようにしてレイルの眼前へと到達し──……。
そこでようやくレイルは目を見開いた。
──天の恩寵が、彼に秘められた潜在能力を開放する。
【ブレイドスキル∴天輪一刀流:細波 発動します。】
それは、間違いなくあの日見た技の再現。
レイルが持つ無銘の剣は、迫る鋭爪をするりとあやす様にいなしてみせた。
爪の先から体躯へとなぞるように移動する剣閃は、そのまま胴へと吸い込まれる。
相手の膂力をそのまま返すようにして打ち込まれた斬撃は、強靭な竜鱗すらも容易く切り裂いて──両断した。
「ガッ……!? バカ、なッ!?」
薄皮一枚ほどの肉を残して竜人の肉体が別たれた。
レイルは今完全にスキルとして剣技を習得したのだった。
爆破の黒煙が残る地面へと降り立ち、レイルは大きく息を吐いた。
「(まだ終わってない! 心臓が完全に別の場所にあった……!)」
一瞬垣間見た光景。両断された胴体の断面からは竜核の禍々しい輝きは見当たらなかった。
故に、まだ終わっていない。
予想外の一撃を受けて怯んだ竜人に追撃を仕掛けるべく、レイルは地を蹴り加速した。
「(上か、下か……! 何度でも両断してその位置を確かめるしかない……!)」
落下する竜人を迎撃するように、地上からレイルが斬りかかる。
「グゥオオオオッ!!」
しかし、それを察知していたかのように、竜人は上半身を捩り回避行動を取った。
上半身と下半身の僅かな繋がりを残していた肉がミチリと嫌な音を出して千切れ、分離する。
そして二つに別れた肉片がレイルの左右から襲い掛かった。
【ブレイドスキル∴天輪一刀流:細波 発動します。】
柔の剣に目覚めたレイルに力任せの一撃などもはや通用しない。
爪をいなし尾を捌き、そのまま懐に入り込むと上半身を縦に切り裂こうと剣閃が迫る。
それは、間違いなく上半身を寸断せしめる一撃だった。
──ガキン! という硬質な音が響いた。
無銘の剣が中途からへし折れた音だった。
「──なッ!?」
この剣はジルアが魔術で創り出したもの。
武器強化の魔術が込められ、頑強さのみに特化させた、まさにレイル専用と言っていい剣だった。
それが今、へし折れてしまった。
強化の魔術が解けたのか、蓄積された刀身へのダメージが限界を超えたのかは分からない。
「死ねぇエエエッ!!」
「ぐッ!?」
一瞬の呆けた隙を付かれ、無防備な背中に一撃を貰ってしまう。
けれどレイルは倒れない。
下半身からの追撃を折れた剣で何とか防ぐ。
「貰ったァッ!!」
一瞬で身体を再生させた竜人が、レイルの反応できない速度で背後を取った。
「(マズい……! 身体が動かない……!)」
先の背中に放たれた一撃は脊髄にまで達して損傷を与えていた。
ここまでの傷はレイルであっても一瞬では治らない。
つまり、避けられない。
防御も回避も不可──絶体絶命。
「レイルーーーッ!!」
相棒の声が聞こえる。
悲鳴に近い叫び声だった。
「(あれだけお膳立てされて、俺は負けるのか……? こんな、ジェーンに何も返せないまま……?)」
時間がゆっくりと流れる。
まるで、最後に訪れる終わりを惜しむように。
レイルがこの状態からできることは何もない。
出し惜しんだ最後の切り札も、今更使う余裕がない。
──そして、致命の一撃が、心臓へと、寸分違わず叩きこまれ──……。
【ブレイドスキル∴天輪一刀流:銀乱光一閃 発動します。】
「俺の息子に、手ェ出してんじゃねえええッ!!」
突如響いた声はレイルが思いもしなかった人物のもの。
その男──ダニーは、レイルに届こうとしていた凶手を肩口から両断した。
「な、んだ貴様ァッ!?」
呆然とするレイル。
ようやく背後を振り返って見たものが、信じられなかったからだ。
どうしてここに居るはずもない人が立っているのか。
どうして騎士の鎧を纏っているのか。
どうして自分の事を息子と呼んだのか。
「消えろッ!!」
「ぐぅっ!?」
「!」
竜人の尾の横薙ぎがダニーのがら空きの胴に入り、吹き飛ばされた。
「ダニーッ!!」
「人の心配をしている場合か? 死ねッ!」
残った手が再びレイルへと振り下ろされた。
想定外の人物の乱入であったが、今度こそ終わりだと竜人は確信し、口元を歪めた。
ミセラは分身体の相手で、全ての剣が封じられている。
ジルアはもはや動けない。
そして──……、
【虹の彼方に が発動しました。】
「ギィッ!?」
アルルが最後に残しておいた余力を使い、竜人の腕を弾き飛ばした。
撤退用に残しておいた余力だった。
誰かに危険が迫れば使うつもりだったはずだ。
しかし、その余力をレイルを助けるために使った。
「レイルさんっ!」
今、この瞬間、レイルが本体を打ち倒す可能性に全てを賭けたのだ。
「レイルッ!!」
「!」
ダニーが吹き飛ばされた方向から、銀色の煌めきが放たれた。
回転して迫るそれは竜人へと向かい──身を捻り避けられた。
「使えッ!」
投げられたものを把握したレイルは、回転するそれに迷わず手を伸ばし、掴み取った。
──銀の剣。ダニーが愛用している剣だった。
「(──動け! 脚を、動かせ! ここまで託されて! こんなところで立ち止まってる場合じゃないだろ!!)」
ダン! と強く地面を踏みつけ、レイルは駆け出した。
両腕を失い、空へ逃れようとしている竜人に肉薄する。
「行けーーーッ! レイルーーーッ!!」
何よりも心に響く声を背に受けながら、風を割いて地を疾走する。
空へ飛び立つよりも先にその剣戟は竜人へと迫った。
「死にぞこないが! さっさと死ねッ!!」
【ブレイドスキル∴天輪一刀流:細波 発動します。】
最後に残った尾の一撃を受け流し、下半身ごと両断した。
「ガァッ!?」
これでもう攻撃手段は存在しない。
そして、竜人が空へと逃れる僅か一瞬の狭間──分身体の群れが空より迫っていた。
残るチャンスは一撃のみだった。
これで心臓を穿つ事が出来なければ──全てが終わる。
見えない弱点をどう探すか、その答えは──、
「心の目で見ろ!」
「!」
ダニーから放たれた僅かな言葉。
その意味を理解するより先にレイルは目を閉じた。
一瞬が引き延ばされる。
無駄なものは全て排除され、自分と敵の二人だけがこの世界に取り残されたような感覚。
極限まで研ぎ澄まされた集中力が、レイルに時間という概念を忘れさせた。
【エクストラスキル∴無我の境地 を習得しました。発動します。】
レイルは悟った。
竜人の頭蓋の中心。
そこに光り輝く生命の中心が渦巻いていることを。
──全てを置き去りにして、レイルは叫んだ。
【ブレイドスキル∴天輪一刀流:銀乱光一閃 発動します。】
***
竜の咆哮のような声が響き渡った。
全ての竜人の分身体が動きを止めていた。
「やっ……た……?」
目の前の光景を恐る恐る言葉に出して確かめるように、ジルアが控え目に呟いた。
──今にも飛び立ちそうだった竜人の頭蓋を、レイルが剣で両断した。
剣術に明るくないジルアにでもはっきりと分かる、いつもの力任せではない正当な剣技によって。
竜人の頭蓋の断面には赤い光が灯っていた。
その光の輝きは、まるで命の灯火のように揺らめいて見えた。
「oidjaos──? oadiufa──……」
竜人が何かを呟いた。
しかし、その言葉は誰にも理解ができない。
……赤い光が消えてゆく。
竜人が地に崩れ落ちた。
その身体からは急速に生気が失われていき、やがて動かなくなった。
レイルとジルアは警戒を解かず、その様子を見守っていた。
「e──」
竜人の分身体が崩れて消えていく。
風に乗って霧散するように、砂粒となって空気中に溶け込むように──……完全にその姿を消した。
王都を蝕もうとしていた悪性情報は、核を失い全てを消去された。
──レイルは、正確に竜人の竜核を穿ったのだ。
そして、その証左となる天の声が鳴り響いた。
***
【──DranCohnia・Online──】
【ドランコーニア・オンラインからのお知らせです。】
【勝利条件を達成しました。 竜人(仮)の討伐が確認されました。】
【おめでとうございます。 討伐に携わったプレイヤーには称号と報酬が送られます。】
【勝利条件の達成により、これにてレイドクエストを終了します。 参加していただいたプレイヤーの皆さま、ありがとうございました。】
【それでは、引き続きドランコーニア・オンラインを楽しんでください!】
***
「……終わった、んだよな? 称号だの報酬やら、何かよく分からんが」
「終わりましたよ」
ジルアの疑問に答えたのはアルルだった。
「過去一エグちの敵でしたね。もぉまぢむりつらたにえんです。キャパいです。ぴえんです」
「疲れたのはニュアンスで分かったから、ちゃんとした言葉話せ」
「えぇん」
そんな会話をしながらも、アルルはジルアに肩を貸していた。
もはや一人での歩行すらも危ういほどに消耗しているのだろう。
消耗しているのは皆一緒だったが、ジルアは特に酷かった。
それでもまだ彼女が両の足でちゃんと地面を踏みしめることができているのは、胆力の強さ故だろう。
「姫゛様゛~~~……」
「ミセラ、大丈夫か?」
「無事ですけど、もう眠気がヤバいです~……」
「もう全部終わった。本当にありがとう。後はゆっくり休んでくれ。おやすみ、ミセラ」
「はぁぃ……すぅ…………くー………………」
大の字になって寝転がっていたミセラは一瞬にして眠りについた。
彼女のような超常者は、強力なスキルを操ることと引き換えに、気力を大幅に消費してしまうのだ。
今はゆっくりと休息を取るべきだろう。
「最後まで私たちを無傷で守ってくれましたね、ミセラさん」
「お荷物二人抱えてよく頑張ってくれたよ。あれだけ多数を相手にできるのはミセラしかいなかっただろうし、適材適所というかなんと言うべきか……とにかく感謝だな」
二人はゆっくりと進んでいく。
「王様に怒られちゃいますね。傷一つ付けないって約束したのに」
「外側に傷は付いてないからセーフだセーフ。中が結構ヤバいけど」
「あ、今のちょっとエッチでしたよ。気を付けてくださいね」
「何がエッチなんだよ……絶対オマエの感性がおかしいだけだろ」
惚けた会話をしながらも、ジルアはアルルの肩を借りて歩き続けた。
その語気はしっかりとしているが、足取りはフラフラと頼りない。
けれど、歩むことを止めない。
間違っても、今倒れるわけにはいかないからだ。
「──レイル!」
「──ジェーン」
相棒の元へとたどり着く。
レイルは崩れ落ちた竜人の遺骸の前にずっと佇んでいた。
「大丈夫だろうな?」
「ああ。皆のおかげで、無事のままに倒せたよ」
そう言うレイルは確かに元気そうだった。
背中に大きな傷を作っていたが、今はもう完治しているようだ。
「──ジェーンが居てくれたから、勝てた。ジェーンが皆で戦うって言ってくれたから、ここまでこれたんだ」
「……バカ。私が何言ったところで、決めたのはオマエ自身だろ。自分の決断に胸を張れよ」
「そんなことない。俺はただジェーンのために頑張ろうって無我夢中だっただけなんだ」
「なんでそこで私のためなんだよ……自分のために頑張れよそこは」
ジルアが呆れた様子でため息をついた。
「本当にありがとう、りっちゃんも。あと──」
「ててて……おお、三人とも無事か?」
横合いからしっかりとした足取りで歩いてきたのはダニーだった。
「ダニー……どうしてここにいるんだ?」
「なんでってそりゃあ、リシアから追ってきたんだよ。お前をよ」
「俺を?」
「当たり前だろうが。お前は、旦那が俺に託した大切な預かりもんだ。勝手に死なれちゃ寝覚めが悪いってもんだろ?」
「ダニー……! ありがとう、助けてくれて!」
「よせよせ、背中が痒くならぁ」
ぶっきらぼうに言い捨てたダニーだが、息子と呼ぶほどに情深く大切に思っていることは明白だった。
「……それで、何でアンタ王国騎士の鎧なんか来てるんだ? まさか盗んだとか言わないだろうな?」
「あれ、ジルア知らなかったんですか? ダニーさんは元王国騎士ですよ?」
「「……えぇっ!?」」
ジルアの疑る言葉に淡々と説明するアルル。
レイルとジルアは驚き声が重なるほどに仰天していた。
ジルアなど目を丸くして口をパクパクさせている。
「もしかして、オジサンと仲が良かったのもそういうことなのか!?」
「まぁそういうことだわな。団長と一緒に騎士団を抜けたんだ、俺は」
「し、知らないぞ私は!? オマエみたいなのが王国騎士に居た記憶がないぞ!?」
「当時からだいぶ太りましたもんね。昔のダニーさんはもっと細かったんですよ?」
「昔は泣きわめくジルア王女をあやしたこともあるんだぜ、俺ァ。ま、今も昔もお転婆なのは変わらずってところか、ジェーンよぉ?」
「全然記憶に無い……! っていうかオマエ、最初っから私の正体気付いてたんだな!?」
「おうよ。大国の王女が冒険者になって成り上がる……いや、成り下がったのか? ともかく傍から見てて面白かったぜぇ~? 酒場でべろんべろんになって潰れたりしてよォ!」
「こ、この野郎ッ!!」
呵呵大笑とばかりにダニーが笑い、ジルアが顔を真っ赤にした。
そんな二人のやりとりを見てレイルが笑い、アルルは酒癖が悪い親友にちょっと引いていた。
「ま、積もる話は後にしようや。何かよく分からんが、全部終わったんだろ?」
「ああ、全部終わった。──これで、救われたはずだ」
戦場から戦火が消失した。
あれだけうるさかった雷も、いつの間にか鳴り止んでいた。
黒雲はいつの間にか姿を消していた。
静寂が王都を支配する。
……やがて、薄明りが差していた空に、曙光が差した。
「夜明けだ」
レイルがポツリと呟いた。
雲一つない快晴の空に、太陽が姿を現した。
絶望に染まっていた王都を照らすように、日の光は燦々と輝いていた。
「……う」
一晩中戦い抜いた実感が今更になって湧いてきたのか、ジルアは朝日を浴びて一気に脱力感に襲われたようだった。
「──」
「……大丈夫ですか? 無理そうなら寝てても」
「だい、じょうぶ……」
その場で気を失いそうになるほどの疲労が蓄積されているはずだ。
それでもまだ気を失えない。
全員の無事が確認できていないからだ。
「あ、スヴェンさん達がやってきましたよ」
「……ホントだ。皆無事だな……」
ジルアの遠目に映るスヴェン達は傷だらけだったが、皆ちゃんと無事だった。
ジルアはようやく安堵して、意識を手放しかけた。
彼女たちの後ろで立ち上がる、竜人の残骸に気付、かずに、、、
『──ウソ。何でまだ動いてんの!?』
*** *** ***
全てが終わった。
ちゃんと最後までやり遂げた。
恐らく、自分一人だけだったら、何をしたとしても勝てなかったに違いない。
ジェーンと、王国騎士団の皆と、りっちゃんと、後……ダニー。
誰が欠けても、俺は本体の心臓に剣を届かせることはできなかっただろう。
本当に、感謝してもしきれない。
「あ、スヴェンさん達がやってきましたよ」
「……ホントだ。皆無事だな……」
ジェーンの顔色がかなり悪い。
あの時魔術で援護してくれたのがかなり響いてるみたいだ。
気丈だから無理して立ってるようだけど、正直もう限界に近いはずだろう。
うつらうつらと今にも眠ってしまいそうな様子で、足取りもおぼつかない。
……心配したら多分怒る。ジェーンはそういう奴だ。
「りっちゃん、ジェーンは俺が背負ってもいいか?」
「……やだって言ったらどうします?」
「……重いだろ?」
「重くねぇ……」
あっ、ジェーンまだ起きてた……。
ジェーンは軽いけど、りっちゃんにとっては重いかもという意味だったんだけど、もしかしたら誤解させてしまったかもしれない。
「もう眠ってても大丈夫だぞジェーン」
「寝ん。私が寝る訳ないだろが」
「なんですかその謎の自信は。じゃあせめてレイルさんの背中で休んでくださいよ」
りっちゃんがジェーンの前の地面を指差して俺に目で合図を送ってきた。
しゃがめということだろう。
「ほら、おんぶですよおんぶ。ジルアちゃんは早くねんねしましょうねー」
「やめろぉいじんなぁ……」
今回一番頑張ったのは間違いなくジェーンだろう。
あれだけの強敵と戦って勝った上で、なおも皆を助けるために力を貸してくれた。
これだけフラフラになってまで頑張ったのだから、俺としては早く治療を受けてほしい……。
「──ろだ!」
「……ん?」
ジェーンの前に出てしゃがもうとした時、遠くに見えるスヴェン達の様子がおかしいことに気付いた。
スヴェンが大声を出している。ティルムは必死の形相でこっちに走りだしていた。
耳の様子がおかしいのだろうか、何を言ったのか聞こえなかった。
なんでもう終わったのに、あんなに必死に──、
「後ろだレイル!」
「──え?」
【カースドスキル∴ドラゴンウィング:アフターバーナー 発動します。】
パァン! と何かが弾けた音がして、凄まじい速さで何かが通り過ぎていった。
「な──」
「嘘っ、何で!?」
思考が追いつかない。目に見えた光景が信じられない。
──ジェーンが、何かに掴まれて、連れて行かれている。
それも、凄まじい速度で、空を──、
「ジェーーーン!!」
まだ生きてる。生きてたんだ、ヤツが!
心臓を穿っても、まだ!
「クソッ!!」
「姫ぇーーーっ!!」
いち早く気付いていたスヴェンが翼を生やして飛んでいこうとしている。
──ダメだ。あのスキルと同速とは思えない。
ティルムもありえない速さで駆け出していった。
──もしかしたら追いつくかもしれないが、空を飛べなきゃ話にならない。
りっちゃんが何かをしようとしていた。
──転移してもあの速さで飛んでいく竜人に何かできるはずもない。
つまり──誰も、追いつけない。
ジェーンを助けられない。
──『ダメだよ、それだけは』
どうして?
──『キミが、無くなっちゃう』
でも、そうしないとジェーンが助けられない。
──『……どうしようもないの?』
多分、そうだと思う。
俺がそうしないと、もう誰もジェーンを助けられない。
──『……もう、キミのデータが回収できない。システムに消されちゃったら、二度とその魂は転生しないんだよ?』
……よく分からないけど、俺は今がいい。
今、俺である内に、ジェーンを助けたいと、そう思うんだ。
──『……』
ゴメン。約束、守れないな。
脳内に語り掛けてきた誰かに、そう謝った。
「奮起しろ」
──『いつかは君も、大切な人たちを守るために戦わなければならない場面が来る』
──『引けない戦いというヤツだ。誰しもそういう瞬間が必ず一度は訪れる』
オジサンの言葉が蘇る。
ああ、やっと約束が守れそうだ。
──『その時が来たら恐れるな。躊躇うな。君は君の持つ力の全てを使って戦え』
俺は、俺の持つ力の全てを使って、ジェーンを助けて見せる。
──『闇の中を進め。活路を掴め。どんな絶望的な状況でも希望を捨てるな。勝つことだけを考えろ』
分かってる。絶対に、助ける。
「火を起こせ」
この簡単な詠唱は、オジサンに教えられたもの。
制御できなかった俺の力の大部分を封印するための自己暗示。
つまるところ、心臓を最大限に動かすための詠唱。
人を辞めるための錠の鍵だ。
──心臓が激しく脈を打つ。
沸騰する血液が心臓から全身へ循環する。
それと/共に/発狂/する/ほどの/懐かしい/痛み/が/血管/を/伝って/広がって/ゆく。
心臓を穿つように、脈動が/ドクンと/強く/高鳴った。
────────/────────。
……もう二度と戻れないのだと、直感がそう教えてきた。
けれど、恐怖はない。
不可逆を恐れることはない。
これまでのジェーンとの思い出が、痛みなんか掻き消していく。
ジェーンを失う恐怖よりも怖いことなど、どこにもありはしない。
元より壊れかけていたこの身体が彼女を救う役に立てる。
そこに、一体何の躊躇いがあるのだろう。
ああ、そうだ。
何一つ恐れることはない。
「──竜炉心・起動」
痛みが消える。何かを越えてしまったのだと理解する。
俺を人たらしめる部分が剥がれ落ちてゆく。
構わない。ジェーンのことだけを覚えていられればそれでいい。
【カースドスキル∴ドラゴンハート:セブンシンズ・グリード が発動しました。】
一方通行──不可逆の変化が訪れる。
それでも構わなかった。
何も惜しむものなんてないのだから。
──ただ一人、君の為ならば。
──俺は空さえ飛んで助けに行こう。
読了いただき、ありがとうございます。
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