104.そうだ 冒険へ行こう
レイルなら竜人の本体を見つけることができる。
そして本体を倒すことができれば分身も全て消滅する……かもしれない。
「皆疲れてる中で俺だけ力が有り余ってる。さっきまで何もできなかったからな。だから、行ってくる」
「!? 待て待て待て! オマエ一人に行かせるわけないだろ!?」
レイルは話し合いの輪から外れて、あろうことか結界の外へと歩き出した……!
何をどう考えたら一人で行こうなんて発想に至るんだコイツは!
「でも皆消耗してるだろ」
「だとしてもなぁ! オマエ一人だけに行かせるぐらいなら皆戦うわ!」
「そうですよ!! カッコつけるのも大概にしなさいレイル!!」
「えっ……」
思わず声を荒げてしまったし、ミセラも怒ってる。
レイルは少し気圧された様子だが、それでも首を横に振った。
「だって、皆……やるべきことをやっただろ。俺だけが何も出来てない。それに、これが俺のやるべき事だと分かったんだ。だから、俺が行かなきゃいけないんだよ」
「……座れ」
「え?」
「そこに座れ! 正座!」
「は、はい」
とりあえず正座させた。
ホンットにこいつは……!
今までの話の流れを理解した上で、そんな馬鹿げた発言ができるとは思わなかった……!
「ふんっ!」
「痛っ!?」
レイルの額に頭突きした。何が痛っ!? だ。私の方が痛いわ。
そのまま頬をぱちんと両手で挟んで、目と目をしっかり合わせる。
「いいかよく聞け? 誰か一人が無茶してコトが収まるなら、まず私が最初にやらかしてる。こんな話合いなんかハナからせずにな!」
「! ジェーンはもう戦えないだろ!? これ以上はダメだ!」
「だからまだ何もしてないだろが! いいか!? 私は何も犠牲にせずにヤツを倒したいんだよ!」
これは私の本心だ。
命を懸けた戦いをしている中で、何甘っちょろいことを言ってるんだと思われるかもしれないけど。
……もう、失われた命が数多くあるかもしれないけれど。
だけど、私の目が届く限りは誰も死なせたくない。
「オマエのそれは逃げだ。これ以上自分が苦しみたくないから、自分を犠牲にしようとしてるだけだ。違うか?」
「……でも、これしか方法はないだろ。これ以上は、もう」
「目ェ逸らすな! こっちを見ろ!!」
私の剣幕にレイルは目を見開いた。
ここで引く訳にはいかない。
私が言わなければ、コイツはきっと突っ走る。
それこそ死ぬことすら厭わずに。
……ああ、父上もこんな気持ちだったのかも。
尺度は違うかもしれないけれど、命を疎かにしようとしている人を説得するのは本当に難しい。
それでも父上は私を送り出した。死ぬかもしれないと分かっていても。
……強いな、父上は。
「最後まで諦めるな。生きようとしろ。……オレが、一緒に戦うから」
──だから、一人にしないでくれ。
……そんな言えない思いを込めて、手を握った。
「……俺、また馬鹿をやるところだった。……いつもゴメン、ジェーン」
「お互い様だろ。オレが馬鹿をやったらいつもオマエが助けてくれたんだから」
私たちは互いに支え合って冒険してきたんだ。
お互いに足りないところを埋め合いながら、二人で歩いてきたんだから。
今更一人でなんて行かせるハズがないだろ。
「……あー、おほん。そろそろ二人の世界から帰ってきてもらえますか?」
「っ!」
……皆がいることをすっかり忘れてた。
全員こっち見てるし……。
「姫様はまだうら若き少女でございますのに……このような真に強き心を持つに至るとは、わたくし感服致しましたわ!」
「姫ぇ……ボクの姫なのにぃ~……! 脳がおかしくなるよぉ~……!」
「やっぱりレイ×ジェンといったらコレよね! 久しぶりに目の保養ができたわ!」
「あぁーもう、うるっさい……」
もう何とでも言え……。
「レイル!! 姫様が全部言ってくれたので私からはとやかく言いませんけどね、姫様を心配させる真似は許しませんよ!!」
「ご、ごめん……」
「レイルさん、あまりいい気にならないでくださいね。私の方が先にジルアに叱られたんですから」
「ん、お、おお?」
なんだそのわけわからんマウントは……。
「そろそろ真面目になれお前ら。姫さんとレイルも、話を勝手に進めてんじゃねぇよ」
「ゴメン……」
「スマン……」
あまりにカッとしてしまったせいで、周りが見えなくなってしまった。
すぐ頭に血が昇るのはホントどうにかしないとダメだ……。
「……さっきの話に戻るが、この場で一番余力を残しているのは確かにお前のようだ、レイル。だがな、お前のその身体のことを忘れてるわけじゃない」
レイルに皆の視線が集中していく。
……今は大丈夫だと言っていたが、それがいつまで続くものなのかは分からない。
「本来ならお前は俺たちが庇護しなくちゃならん存在なんだ。俺たち王国側の対応が後手に回った結果、お前に負担をかけちまったことは許される事ではないと思っている。……それでも、これ以上の無理をお前にさせたくないって気持ちは皆同じなんだよ」
「スヴェン……!」
レイルは感極まったかのように瞳を見開いていた。
……そうだ。義兄さんの言う通り、レイルは帝国の被害者であり、王国が庇護すると誓ったんだ。
そのレイルが戦場に立たなければいけないのは、間違ってる。
けれど、レイルは。
「……ありがとう。俺のためにそこまで言ってくれる気持ちが、凄く嬉しいよ。──けど、俺は戦いたい」
「レイル……」
「きっとこれは俺にしかできないことだと思う。だから、そのために……皆の力を貸してほしい」
レイルが深々と頭を下げた。
自分の力だけじゃなく、皆の力が必要だと、そう考えてくれたんだ。
「本体を見つけるまででいい。その間の時間さえ稼げれば、俺が今度こそ奴の心臓を断ち切って見せる。だから──」
「もういい、みなまで言うな」
「スヴェン、だけど──」
「早とちりすんな。誰も反対だなんて言っちゃいないだろうが」
義兄さんの呆れるような声色を聞いて、私はようやくホッと胸を撫で下ろした。
「どのみちもう時間も選択肢もない。本体を倒せば終わる可能性に掛けるしか道はなさそうだ。だから、頼み事をするのは俺の方なんだよ。──王国のために力を貸してくれるか、レイル?」
「──ああ!」
義兄さんが差し出した手を、レイルが握った。
二人の間に結束が生まれたんだ。
それを見て、私まで嬉しくなってしまう。
まだ何も解決してないけど、これできっと大丈夫だ。
全部上手くいくという当てのない予感がしている……!
「男の人って話が長いしややっこしくないですか? もっと簡潔にまとめればいいのに」
「……必要なんだよ、こういうのは」
***
「──前衛を俺が。左翼はティルム、右翼はパルメ、後衛をフラン。ミセラはいつも通り遊撃を務めろ。中衛はアルルと名無し組だ」
義兄さんの指揮で編成が決められてゆく。
今まで見たことのない、戦場に於ける皆の王国騎士としての顔に、どこか緊張してしまう。
「レイルが本体を見つけられるように戦場を突っ切って回る必要がある。なるべく敵の数は減らしたいが、それは優先じゃない。俺たちの役目はレイルを守り、本体へと送り出すことだ。いいな?」
「「「「Sir, yes, sir.」」」」
団長からの指示にカーテナを胸に掲げて答礼する騎士たち。
その皆の姿に懐かしさを覚えてしまう。
昔は私も皆と一緒に戦いに行きたいとか、そんなこと思ってたっけ。
それが今、図らずも叶ってしまってるんだな……。
「ジルア、ちょっと」
「ん?」
ちょいちょいとアルルに呼ばれて近づくと、耳元に口を近づけてきた。
「スヴェンさんが全部話を引っ張って決めてるのが妙に引っ掛かってたんですけど、王様とかジェフさんとかが口を挟んできてませんよね?」
「確かにそうだな」
耳元の魔晶珠を起動してみたけど、うんともすんとも言わない。
何でだ?
「……あ、有線が切れてる」
魔力の糸が途中で切れていた。
さっきまで繋がっていたのに、どうしたんだろう。
「雷にでもやられたのか……?」
「……ジルア、この結界のせいってことはないですか?」
「…………あ゛っ゛」
「あーあー」
咄嗟に作ったもんだから通信用の穴を開けておくのを忘れていた……!
「フランさんとスヴェンさんは恐らく結界を貼る段階で気付いてたんでしょうけど、言わなかったんですね。きっと」
「ああぁ、もう、私ってどうしてこうなんだ……!」
「まぁまぁ、急いでる時にそこまで気を回す余裕は普通ないですよ」
そこまで気を回すのが魔術師の務めなんだよ……。
本当に私は……いや待て、そんな自己嫌悪してる場合じゃねぇ。
「もしかして今までの成り行き全部城にいる皆には伝わってないのか……?」
「ですね。今頃大騒ぎになってるんじゃないでしょうか」
「うわぁ……」
通信途絶した挙句、謎の落雷が断続的に落ちてるとか、ほぼ死んでると思われてるんじゃないだろうか……。
「別に私がぱっと伝えに行ってもいいんですけどね」
「……いや、義兄さんがアルルにそうさせてないってことは、大丈夫ってことだ」
恐らく外には斥候として騎士が派遣されているはずだ。
遠目からでもこの結界が見えたら、まだ私たちは生存してると思ってくれている……と思う。
……先走ってヤツらに攻撃を加えてないことを祈るばかりだ。
「それに、オマエだって転移するのに力を消費してるだろ? 戦いに向けて少しでも消費を抑えようってことなんじゃないか」
「まぁだいぶお疲れなんですけど。でももうある程度は回復しましたよ」
「嘘つけ。オマエ、だいぶ分かりやすくなってるからな? 無理してるのは見え見えだぞ」
「……私、そんなに分かりやすくなってるんです? もう無表情ミステリアス系キャラは廃業した方がいいんでしょうか」
「オマエは最初からおとぼけコメディ路線だろ。気にするな」
「むぅ」
むいむいと頬を引っ張ると、ぷっくりと膨らませてきた。
愛い奴め。
「りっちゃんもジェーンも、俺が守るから安心してくれ」
傍らで話を聞いてたらしいレイルが会話に参加してきた。
いや……実にコイツらしい発言だけど、なんかこう……もんにょりしたな……今のは。
「心意気は買いますが、乙女同士の触れ合いに割り込むのは恥と知ってください。恥と」
「えっ、ゴ、ゴメン……」
「適当な事言ってんじゃねぇよ……。レイル、私たちのことは気にすんな。外に出たらお前は竜人のことだけ考えていればいいんだ」
「そーですよ。私たちのラブラブっぷりを見れずに悔しがってください」
「ええい、離れろ!」
「あぁん、捨てないでくださいよぉ。妾でも良いので置いてくださいぃ」
ホンットに緊張感が欠如してんな、コイツ……。
……いや、もしかしたら。
今から戦いに赴くのだから、少しでも場を和ませようとしてるのかもしれない。
「レイルさん、敵に塩を送るようであれですけど、こういう時に言葉を掛ける場合は本命だけにしておきなさい。他の女の名前が彼の口から出るだけで嫉妬する女もいますからね。覚えておくと良いでしょう」
「えっ? えっ?」
「もう何も喋んなオマエ!」
コイツ絶対そんな殊勝な考え持ってない!
「姫さん、もうそろそろいいか? あんまし時間もねぇんだ」
「! ああ、こっちもいつでも大丈夫!」
かなり無駄なやり取りをした気がする……。
こういう時ってこう、もっと重要な話とかするべきだろ……。
「最後に姫さんからなんかあるか?」
ポジションに付いたら、そんな言葉を義兄さんが掛けてきた。
最後──ああ、そうか。
「皆、無茶だけはするな。絶対に全員生きて帰ってくるようにしてくれ」
そうだ、こんなところで終わる訳がないんだから。
「レイル、オマエの肩に全部が乗っかってるとか思うなよ。いつも通りでいいんだ」
私たちはいつも通りのことをすればいい。
敵を見つけて、私たちのチームワークで圧勝する。
それは即ち──、
「──冒険だ。敵は名のある竜! 上等じゃねえか! オレたちA級パーティ『ネームレス』の実力なら楽勝だ!」
「っ! ああ、あんなの俺たちの相手にもならないぞ!」
「それに、百戦錬磨の王国騎士団もいる! 勝利の二文字しか見えてこないだろ!」
「ジルア、私もいます! 私も!」
「じゃあ行くぞッ! アルル頼んだ!」
「もうもう!」
士気は多分高まったハズだ。
横でぽかぽかと腕を叩いてくる奴は無視するぐらいが丁度いい。
【虹の祝福 が発動しました。】
【虹の橋 が発動しました。】
ふわりと身体が浮くような感覚に包まれた。
恐らく数瞬後にはもう戦場にいるだろう。
竜人の大群と、雷が降り落ちる、地獄のような只中に。
「予定通り、この結界より手前に移動させます。──行きますよ?」
アルルが私の手を取った。
瞬間、虹の光に包まれて──…………。
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