103.戦場の真ん中で作戦を立てる
「雷が落ちる中で戦うのは流石にどうしようもないぞ……! どうしたら……!」
「……多分ですが、私と一緒なら大丈夫です。離れないように付いて来てください」
駆け出したアルルの後を追うように走る。
龍の力そのものが介入してくるとなれば、嫌な予感が流石に拭えない。
先ほどの落雷で全員負傷してしまったかもしれないという不安が頭を過ぎる。
倒壊した廃屋の残骸から抜け出して、戦場になっている通りに出た。
そして目に入ってきた光景は──……、
「皆……!」
まだ、皆が戦っていた。
大量の竜人が飛びまわっている中心で、確かに皆の姿が在って、踏ん張ってくれている。
悪夢のような光景に抗うように、数多の剣閃が瞬いていた。
「全員こっちに集めます。ジルアは奴らの攻撃から身を守る防壁を張れますか?」
「! ああ、分かった!」
結界魔術は苦手だとか言ってる場合じゃない。
手持ちの知識で可能な限りの強固な結界を──待て。
こうすりゃいい。
「龍気、巡り廻る!」
【虹の橋 が発動しました。】
「!」
「うわっ!?」
「キャッ!?」
「なっ……!?」
「なんです!?」
土壇場で作り組み立てた龍気による結界が出来上がるのと同時に、全員が結界内に空間転移してきた。
どうせアルルのトンデモ能力だろうから、もう一々驚きはしない。
「皆、無事──」
「ジェーン!? 大丈夫なのか!?」
「姫様!? 大丈夫なんですか!?」
「姫様、ご無事でございますの!?」
「姫ぇ~~~! 良かったぁ~!!」
「姫様っ無事なのですか!?」
もうしっちゃかめっちゃかでうるさいったらない!
「だあぁーーー!! もう一旦全員黙れっ! 私は無事!! 無事じゃない奴は手ェ上げろ!!」
手は上がらなかった。
「よーし、皆一旦座れ! 義兄さんも無事だよな? さっきはホントにゴメン」
「ああ、何とか。こっちこそ油断しててスマンな。久しぶりに背筋がゾッとしたわ」
「団長の馬鹿っ! ボクらよりなんで姫様を助けに行かなかったのさ!」
「あんだけ囲まれりゃ、お前らを助けるのだけで精一杯だっての……とにかく皆無事でよかっただろうが」
「ねぇこの状況って無事なの!? どんどん囲まれてるわよ!?」
突如消えたレイル達の代わりに出現した結界に、当然の如く竜人達が殺到してくる。
──半円型に構築した力場に龍脈を繋げた、高速循環する龍気による攻性防壁。
マナブラストの応用でさくっと組み立てた逸品だ。
効果は──あるな。
奴らが攻撃すると同時に弾かれている。
目視で数十体以上が群がっているけど、この結界を越えることはできないみたいだ。
「こんな戦場のど真ん中で籠城はヤバくないか? 結界の──強度は高いみてぇだが」
「逆ですよ。ここじゃないと竜人が逃げてしまいます。ヤツらをここに留めるためにわざわざ姿を晒してるんです」
「いや、だがなぁ、何してくるか分からない敵に対してこれは……まぁ、いつでも退却はできるか」
「大丈夫ですよ。きっとジルアが張った結界なら皆を守ってくれることでしょう」
「うん。ジェーンが作ったんなら大丈夫だ」
「ハードルを上げんなオマエら。コレ、さっき即興で作ったばかりの結界魔術だからな。一応誰か重ね掛けで結界を張ってくれると助かる」
「わたくしが! ……こ、このレベルの結界術を即興で……?」
「気にすんな、姫さんはさっきも思い付きで帝国の首魁を討ち取ったばっかりだ」
義兄さんとフランが手早く結界を張り始めた。義兄さんは大体何でもできるし、フランの方は白魔術師系統なだけあってその手際は確かだ。
流石に三人掛かりならある程度の安全は保障されただろう。
「本題に入るぞ。アルル、頼んだ」
「はい」
ようやく話ができる状況になった。
「まずは──」ピシャアアアアアアン!
「ひぇっ!!」
「ひゃぅっ!」
「キャアアッ!」
また雷が落ちた……!
しかもかなりの間近だ。
飛んでる竜人がバタバタと落ちていったところを見るに、高いところにあるものを優先して雷が落ちるのか……?
「……えー、ご安心ください。私がいる限りアレ」ピシャアアアアアアン!
「……私がいるところには」ピシャアアアアアンゴロゴロゴロ……!
「もおおぉっ! うるさいんですよ! 話ができないじゃないですかぁ!」
「落ち着け……」
憤慨するアルルを宥める……。
確かに、これじゃ話をするどころではない。
どうにかならないか……。
「結界に防音の効果を付与いたしますわ」
「! ああ、頼む」
すごいな、白魔術師の結界魔術はそんなことまでできるのか。
後で教えてもらわないと。
程無くすると、落雷の音も、竜人が放つ不快な鳴き声も遠くなっていき、束の間の静寂が訪れた。
「……すみません、ありがとうございますフランさん。私としたことが取り乱してしまいました」
「そんな感情表現豊かだったのアルルちゃん……」
「色々理解の範疇越えた出来事が起きたけど、これが今のところ一番の驚きよね」
「私のキャラ崩壊は一旦置いといてください。今はそれどころではありませんので」
いや、うん。
確かにコイツのキャラは普段の様子からだいぶ明後日の方向に飛んでしまったけど。
今はそれよりも重要なことがある。
「まず始めにですが、この雷はトチ狂った愚かな龍の仕業です。本当にどうしようもなく度し難い奴です。このファッキン忙しい時に首突っ込んでくるんとかマジ空気読めてないですよね。もう龍じゃなくて只の通り魔ですよあんな奴。スゴイナラズモノです」
「オイ、恨みがあるのは分かったからさっさと話を進めろ」
「だってぇ」
「だってじゃねぇ」
義兄さんと二人掛かりで腕をぶんぶん振って抗議してくるアルルを諌めた。
もうちょっと緊張感を持て。
「えー、おほん。この雷は私と一緒に居たら基本当たらないハズです。つーか当たったら後で倍返ししてやります。実害はうるさいだけなので無視してください」
「いや、うるさいのもだいぶ実害がデケェわ。このまま戦うなら連携が取れなくなるぞ」
「これはもうどうしようもないです。誠に遺憾ですが、少なからず敵を倒すのに役立ってますので」
「確かに、さっきはめちゃくちゃ危ないところで敵に雷が直撃しましたよね!? あれが無かったら総崩れになってたと思います!!」
「さっきは確かにヤバかった。俺も一瞬死を覚悟したからな」
さっきの落雷は竜人に当たったのか……。
……今も竜人に対して優先的に落ちているのから察するに、もしかしたら天の龍は味方をしてくれているんじゃないのか?
「今もものすごい勢いで敵がこんがりしていってますよ。ほっといたらあのまま全部倒しちゃうんじゃないですか?」
「……その可能性は無きにしも非ずかもしれません。ですが全部倒すのに時間が掛かり過ぎますし、ちゃんと倒せたかどうかが不明瞭すぎます。アレはあくまでフィールドオブジェクト──支援攻撃とでも思っておいた方がいいでしょう」
結界の外は地獄絵図だ。
絶え間なく降り落ちる雷に打たれ、どんどん消し炭に変わってゆく竜人。
それでもなお地上と空中には、竜人がわらわらと蠢いている。
一体どれだけ数に分裂してしまったのか、もはや目視では確認できない……。
「……これ本当にアルルちゃんの側にいたら当たらないんだよね? どれくらいの距離までなら許されるの?」
「正確な距離はなんとも。ただ、ミセラさんとジルアは空を飛ばない方がいいでしょうね」
「確かに、高いところにいるヤツが優先的に的になってるよな」
「ええ、なのであまり飛んだり跳ねたりは控えてもらえるとです」
そうなると私とミセラの機動性は半減だな。
「そもそも空飛んで戦える方がおかしいよね?」というティルムの小声は聞かなかったことにする。
「それで次は、あのゴキブリみたいに悍ましく増殖し続けてる竜人ですが……」
「ああっ、ボクも思ってたけど言わなかったのに!」
「やだ! もう、そんなこと言われたらそう見えてきちゃうじゃない! アタシ虫無理なのにぃ!」
「ティルムとパルメ、次勝手に喋ったら城に戻すからな」
「はひぃッ!? 申し訳ありません姫様……!」
「あぁんごめんなさい姫ぇ~!」
ほんっとに話が進まねぇ……。
しかも私までそう見えてきちゃっただろ……!
「竜人の話だ。アイツは……いや、そもそも何でこんなことになった?」
恐らく皆が一番聞きたいであろう疑問を口火にする。
「それは……実は理由自体は分かってません。私が分かっているのは、アレがとんでもないスキルを使ってしまったということです」
アルルが語るにはこうだ。
ヤツが使ったスキルは考察の通り。
無制限に分裂して増殖していき、相手に傷を負わせると自分の複製としてしまう。
分身一つからでも分裂を繰り返してしまうため、討伐するには全てを倒すしかないとのこと。
……悪い夢でも見てんのかってスキルだと改めて思う。
「どれだけ絶望的なのかは分かった。……で、どうすればいいんだ?」
「実を言うと、あのスキルについては私が弱体化させておきました。だから今は増殖をある程度抑えられてますし、一番恐ろしい乗っ取り攻撃も効かなくなってます」
「……ん? え? どうやって──いや、もうどうやったかは聞かない! ヤツが弱体化したのは本当なんだな?」
「はい。なので後は皆で頑張って、一体も残らず狩って狩って狩りまくれば事態は収束しますね」
「弱体化って……これで……?」
結界の外では竜人が大挙して大暴れしており、どう見ても弱体化しているようには見えない。
この結界内だけまるで台風の目のように静まり返っている。
外と中の温度差が凄まじくて寒気がしてくる程だ。
「弱体化しているのは増殖スキルについてだけですよ。でも、増殖した個体は性能が劣化しています。他のスキルは恐らく使えないですし、一体だけだった時よりは個体性能も低くなっているはずです」
「確かに、最初に戦った時よりも幾分かパワーもスピードも落ちてはいるな。それでも個体ごとの力は充分に強力なんだが……」
「性能と引き換えに数の暴力を得たってことか……」
問題である増殖スキルは抑えられた。
それだけでも十分に有利になったのだが、増えてしまった竜人自体の数は減らせない。
今からヤツらを、私たちの手で一匹ずつ確実に倒していくしかないんだ。
「りっちゃん、奴らを倒すにはもう一つ問題があるんだ」
「なんですか?」
レイルが深刻そうな顔で口を挟んできた。
「(え、今アルルちゃんのことりっちゃんって言った……? レイルってアルルちゃんとそんなに親しいの?)」
「(知らないわよ……。それにしてもなんでりっちゃんなのかしら? 名前に掠ってもないわよね?)」
ホントに何でだろうな……後で絶対吐かせてやる。
「アイツの心臓は体内を移動してるんだ。胴を切っても倒せない」
……そういうことか。
レイルの言葉で義兄さんが仕留め損なった理由を察した。
「斬る方向を見てから場所をずらされる。俺じゃどうやっても捉えられなかった」
「ああ、面で攻撃をしないとダメだな、アレは」
「ですよねぇ……。何体かは倒せたんですが、増やしてしまった数の方が多いです」
義兄さんとミセラは既に状況を把握して動いていたようだ。
私も咄嗟にマナブラストで迎撃したけど、もしも他の魔術で中途半場に攻撃してしまっていたら、さらに増殖して手が付けられなくなっていたかもしれない。
「点や線の攻撃では難しいでしょうね。有効なのは仰る通り、範囲攻撃で竜人の装甲を抜いて倒すことですね。ジルアみたいに」
「……最低でも、姫様のレベルの火力が求められるということですわね。……わたくしたちでは、力不足ですわ」
三人組が力不足を痛感してか、暗い表情を浮かべた。
「違うだろ、フランたちの力が不足してるとかじゃなくて、単純にヤツと相性が悪いってだけだ」
「姫様……」「姫ぇ……!」「姫様ぁ……!」
三人が涙目になりながら見つめてきた。
ああ、もう。そんな目で見るな……。
「対抗策ならありますよ。斬撃を見てから心臓を動かされるなら、動く先に当たりを付けてフェイントを入れればいいんです」
「そうか。確かにそうだ! それなら皆もできるだろ!?」
「「「えっ」」」
「レイルもできるよな?」
「そうか、フェイントか……うん、それなら可能性もありそうだ」
剣士の事は門外漢だが、レイルならヤツの反射速度を越えてフェイントを繰り出すことくらい可能だ。
ずっとレイルを見てきた私が言うんだから間違いない。
それにフランたちも王国騎士の精鋭だ。それくらい朝飯前だろう。
「それに、今なら回復能力も大きく削がれていると思いますので、中身を見てから斬ることも可能だと思いますよ」
「そ、それならまぁ……」「何とか……」「なりますわね……!」
よし……徐々に勝算が見えて来たぞ……!
絶対に無理なんかじゃない!
私たちならきっとなんとかなる!
「か細い勝利への道筋が見えたところで、少し現実的な話をしよう」
義兄さんが佇まいを正し、真剣な雰囲気を醸し出した。
王国騎士団団長としての顔だ。
「奴の力が抑えられたとして、この数だ。ここにいる八人で奴ら全てを相手取って倒すことはほぼ不可能だろう」
「何言ってるの義兄さん!? まだ諦めるような状況じゃ──」
「落ち着け、姫さん。俺たちは連戦で消耗が激しすぎる。こんな泣き言は言いたくねぇが、俺が一番消耗しちまってるんだ。なんせ三等分した力をヤツらに二つも奪われちまったからな」
「!」
分身の話だろう。
その内一つを私を庇うために使ってしまったのだから、これは私の責任だ……!
「もちろん姫さんもそこは同じだ。自覚してないとは言わせねぇぞ? あれだけド派手なことやらかしたんだ、その反動が来てなきゃ逆におかしいだろう。とっくに限界は超えてるはずだ。違うか?」
「それはっ! ……私はこんなの我慢できる。今はギフトによるバフも掛かってるんだ。こうして話してるだけでリジェネで回復していってる」
「それでも一瞬で回復するわけじゃない。無茶をした先に待っているのは破滅だ」
「ッ……! じゃあ、どうするのさ。何かいい案があるの?」
「一旦引くべきだろう。その間は王国騎士と軍を総動員して奴らをここに封じ込める」
……引く?
……残る敵は竜人だけだ。レイルも生きてここにいる。
味方はここにいる皆だけじゃない、王国騎士団に王国軍にと大勢いる。
彼らに任せて一旦準備を整えるのもあり……なのか?
「ダメです、スヴェンさん。時間がありません」
「なんだと?」
アルルが首を横に振った。
「力を抑えられるのは一時的なのです。残された時間は……そうですね。夜明けまででしょうか」
「オイ……早く言えそういうのは……!」
「元々私が全部解決するつもりでしたので。無理そうなら私が何とかしますよ」
「! 待て! それだけはダメだ!」
時間は掛けられない……。絶対に今、ここで奴らを全て倒す必要がある……!
考えろ、どうすればいい?
私のマナブラストなら竜人を確実に倒せるし、多数を一撃で葬り去る事も可能だ。
けど……義兄さんの言う通り、もうそろそろ魔術を使うのがヤバい段階に入ってきている。
次に無理をしたら、もう──……いや、そんな事言ってる場合じゃない!
「りっちゃん、一つだけ疑問に思ってることがあるんだ」
私が何とかすると口に出そうとした時、レイルが先に声を上げた。
「あいつらは全部倒さないと死なないっていうのは本当なのか?」
「ええ、そのハズです。何か気になる事でも?」
「元々あいつは一体だった。元となった本体さえ倒せば終わる可能性はないか?」
「それは──………………もしかしてそうやってアマテラスさんは倒した……?」
レイルの問いに答えようとしたアルルがなぜか口ごもってしまった。
「待て、レイル。本体って、あの集団の中からどうやって探すつもりだよ。見分けがつかないだろ」
「いや、俺は見れば分かる。それに、俺の直感じゃ、本体を倒せば分身も全部消えるって言ってる」
……レイルの直感は当たる。
獣の如き勘が凄まじく、こういう時のレイルの言葉にはいつも不思議な説得力があった。
「……実は私もそうなんじゃないかって思ってます。あ、私じゃ本体を見つけられないんですけどね?」
「ミセラもか……」
ミセラも第六感で同じ結論に達していたようだ。
この二人の意見が一致したなら、可能性は大きいんじゃないのか……?
「……私は事の顛末を全て知っているわけではありません。なので断定はできません。ですが、その可能性はあり得ます」
「だとしたら」
座っていたレイルが立ち上がった。
ずっとどこか虚ろな目で話を聞いていたのに、今は決意に満ちた瞳をしている。
やっと自分の進むべき道が定まったとでも言いたげな表情で、レイルが私に向き直った。
「俺が闘う。本体を見つけて、今度こそ心臓を断ち斬る。それで全部解決だ」
読了いただき、ありがとうございます。
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