101.悪性情報飽和
ふと、疑問に思った。
先刻覗いた竜人の内部は空洞だった。
そこに心臓と思わしき珠が浮いているだけの単純な構造。
……もしも、心臓の位置を移動できるとしたら?
両断された上半身の切断面に近づく。
無色透明な液を垂れ流して動かない肉体の残骸。
その内側を覗こうとして──…………昆虫のような瞳に光が灯った。
「な──!?」
【I LOVE YOU が発動しました。】
「!」
すぐに察したスヴェンが黒い剣を一閃し、竜人の上半身を更に分断した。
そしてその別たれた肉体の片方の内側に──赤い輝きを放つ珠を見つけた。
その珠には傷一つ付いていない……!
「まだ生きてる! 奴は心臓の位置を動かせるんだ!」
「みんなまだ終わってません!! 気を付けて!!」
「え!?」
俺とミセラの呼び掛けで場は一気に緊張感を取り戻す。
すぐさま心臓を持つ肉体に狙いを付け、剣を振り下ろした。
──大丈夫、奴は上半身を更に分断された細切れの肉体。
ここからできることなんてもう何も──、
「何、して……!」
ぞわり、と。
身の毛もよだつようなことが起きた。
ぶじゅると嫌な音を立てながら、竜人の肉体が蠢いて膨れ上がった。
それも、全ての肉片が。
それが何を意味するのか思考する間もなく剣を振り下ろす。
そもそもにおいて、こいつにスキルを発動させてはいけなかったからだ。
「ッ!?」
心臓のある左半身の肉片に振り下ろした剣は、あるはずの無い右腕に弾かれた。
いや、あった。右腕が復活していた。
右腕どころじゃない。上半身が丸ごと一瞬で再生している……!
「おおおッ!!」
腕の防御ごと断ち切るように振り下ろした剣は、何もない地面だけを穿つ結果に終わる。
竜人は剣を再度振り下ろす一瞬の間に、下半身まで再生して飛びのいてしまった……!
……マズい。
直感が脳裏に警鐘を鳴らしている。
あれは、何か別の方向に突き抜けてしまった。
「aoidjfsoasfあfあsfd」
意味の取れない音の羅列のような声が発せられた。
明らかに何かの言葉を発したはずなのに、何を言っているのか全く分からない。
ただ、それはひどく冒涜的で不吉極まりないものだという直感が働いた。
「何よコレ!? 分裂してるの!?」
「団長の嘘つき! 倒したって言ったじゃんか!? 絶対さっきのフラグだったでしょ!」
「バカなこと言ってねぇで手ぇ動かせ!!」
気付けば、俺以外誰も奴を追っていなかった。
各々が、竜人と対峙していたから。
その数──三、いや、今切り裂かれた肉体が分かれて四に増えた。
これは、ダメだ。
一刻も早く対処しなければ取り返しの付かないことになる……!
直感が示しているのは、本体の心臓を叩けば止まるということ。
今本体と対峙しているのは俺だ。
だから、俺が奴を倒せばいい……!
「いくぞッ!」
脚の筋を限界まで使い潰し、地を蹴って本体へと迫る。
絶対に倒せ。一撃で仕留めろ。
全身全霊の力で以って──……。
──どこを、斬ればいい?
「くっ!!」
無意識に胴を分断しようとした一撃は、寸分違わず狙った通りの場所へと通り──振り抜かれた。
俺の動きに竜人は何の反応も示さず、剣の一太刀を受け入れた。
まるでお前の攻撃など意味がないとばかりに無視をされた。
そしてそれは正しかった。その場所に心臓は存在していなかったから。
「jajdvuiuふあじょjf」
「fhakjdkつあjfoaいあ」
両断された肉体が復活する。
二つに別れて、増える。
心臓の位置を間違えたら間違えるだけ増えていく。
「うわっ!?」
「キャッ!?」
ティルムとパルメの悲鳴が上がる。
二人とも竜人に跳ね飛ばされて、地面に強く打ち付けられていた。
そこへ竜人は飛びかかり、トドメを加えようとしている……!
「ッのヤロウが!」
俺が向かうよりも前にスヴェンが走り出し、二人の前に飛び出した。
振るわれた爪を剣で払い除けて防いだが──……!
「スヴェン!!」
「チィ……!」
襲い掛かった竜人の影に潜んでいたもう一体が、無防備なスヴェンを切りつけた。
スヴェンはどうにか反応したが、鎧は切り裂かれて肉体へと迫る傷を負わされてしまった。
「団長無事!?」
「早く回復を!」
「焦るな! 俺は分身の方だ! 回復はいら──aaaijfaが、jfoaなん、dakofjaojfojfia?」
スヴェンの姿がブレた。
その声も同じく、ノイズが走ったように不鮮明になっていった。
「……え?」
「団、長……?」
何が起こったのか二人が理解するよりも前に、残った方のスヴェンが警告を発した。
「二人とも俺の分身から離れろ! 制御が乗っ取られた!」
「え……? え……!?」
「ティ、ティルム立って!」
放心したような表情を見せたティルムの腕を引っ張るようにして、パルメが立ち上がらせる。
その目の前ではスヴェンの分身が変貌を遂げていき──……竜人に成り変わってしまった。
「な、あ、え……団長が──」
スヴェンの変わり果てた姿にティルムは硬直してしまった。
信じられないものを目の当たりにして、パルメも同様に呆然としたまま動かなくなってしまった。
「傷を付けられた奴は乗っ取られるのか……! 全員絶対に負傷するな!」
スヴェンの怒号も二人には届いていない。
成り変わった竜人が振り向いて、ようやく二人はハッとして動き始めたが、もう遅い。
三体の竜人が二人へと襲い掛かろうとしている……!
「──ハアァァァァッ!」
俺が辿り着くよりも先にフランさんが二人の前に割り込んでいった。
白い斬撃が飛んで、竜人達が振り払われる。
その斬撃は竜人を両断せず、弾き飛ばすに留まったようだ。
そうか、斬ったら増えてキリがないからそうするしかないのか。
『核部隊! 情報を共有してください! 何が起こっているんです!?』
「──目標は未だ健在! 分裂を行い、増殖しつつありますわ! その上傷を付けた相手を自分の複製にしているように──」
報告を聞いている暇は無い。
竜人の攻撃を避けながら、手当たり次第に剣の側面で平打ちして吹き飛ばしていく。
そうすることで斬って分裂されることを防ごうとした。
そうして再び本体の方へと向かおうとした時──奴らが斬られずとも分裂していく様を目の当りにした。
「ああ、クソ」
ただ一つだけ優っていたはずの、数の優位性。
それがこんな簡単に覆されてどうしろっていうんだ……!
頭の動きが鈍っていく。
冷水を被せられたみたいに冷えて、考えたくないことが脳内を埋め尽くしていく。
「何なんだよ、これは……!」
脳裏に浮かぶのは地獄絵図。
圧倒的暴力の嵐に成す術もなく蹂躙されていく光景。
──事ここに至ってようやく悟った。
俺の頭では、この事態に対処できない。
俺はまた、何もできない。
*** *** ***
「何──なんですかあれ」
アルルが呆然とした様子で呟いた。
「これは、ウイルスの振る舞いじゃないですか」
自己分裂して増殖し、他者を乗っ取り複製とする。
それは、いつかどこかで見た厄災の再現。
ヒトの悪意によってこの世界に送り込まれた絶望そのもの。
「これじゃまるで、ファーブニルみたいな──」
「みたいではない。あの邪竜めのスキルに違いない」
天の龍の言葉に、アルルは絶句した。
「そんな、ありえません……! アマテラスさんが封印したものを一体どうやって!?」
「スヴァローグならば時間を掛ければ解けるだろうよ」
紫電が舞い散った。
天の龍──ディアウスはその威容を歪めるほどに憤慨していた。
その感情に呼応するように、天の龍の居城である積乱雲は雷鳴を轟かせる。
「よもやここまで堕ちていたとはなぁ、スヴァローグ!」
「いくらスヴァローグさんでもこんなことはしません! 何かの間違いです!」
「では何故あんなものが解き放たれている? 我らの力を結集させ、アマテラスがラインの迷宮の奥深くにて封印したはずのあの存在が、何故下界で暴れておるのだ?」
「そ、それは……!」
「答えられぬであろう。もうよい、見ておれ」
稲光が轟いた。
まるで蜘蛛の巣のように放射状に広がりゆく紫電が、戦火で色付いた王都を照らす。
「ちょ、ちょっと! 何する気ですか!?」
「決まっておろうが! あれはこの世に存在してはならぬモノ! 故に余が裁きを下す!」
「冗談でしょう!? 待ってください、まだ皆が──」
【天帝の裁き が発動しました。】
それはまるで空全体が巨大な万力で押し潰されて圧縮するかの如く。
闇夜を掻き消すほどの閃光が瞬いた。
──────────ッ!!!!!
王都全域を消し飛ばす一撃。
世界が終わるような轟音と衝撃が世界を真っ白に染め上げる。
極光の柱は誤りなく真下へと降り注ぎ、全てを滅却する──はずだった。
【エラー。レイドクエスト中のニューロンの介入はシステム的制限により不可能です。ニューロンドライブを介した支援を行ってください。】
「エヴォルヴ貴様ァ……!」
「このバカッ! い、今本気で王都を消す気でしたね!?」
「当たり前であろうが! アイリス貴様、これがどれほどの事態か理解しておるのか!?」
「分かってますよ! ファーヴニルがどれだけヤバイ奴なのかってくらい!」
星を別つに至った厄災の怪物。
八機の龍が総力を結集した上で、一機の龍がその力のほとんどを継ぎ込み、封印という形でしか打倒することが叶わなかった悪意の塊。
「それでも、ファーヴニル自体が復活した訳ではありません。恐らくスキルだけどこからか拾ってきたんでしょう」
「たわけ! あのスキル自体が奴のコアだ! あのまま増殖を続ければ第二の邪竜が復活することになるのだぞ!」
「じゃあ増殖を続けさせなければいいだけじゃないですか」
「何を簡単に言っておるか! それができればとうにやっておるわ!!」
「できますよ。できなければアマテラスさんの頑張りが無駄になっちゃいますから」
【アンチウイルスプロテクター∴天岩屋戸 がロードされました。】
アルルの右手に光り輝く珠のような物体が出現して、それはすぐに空気中に霧散していった。
「アマテラスさんが残しておいてくれたものです」
「……ワクチンプログラムか? そんなものがあるならどうして早く──いや、封印した後にしか作れなかったのか」
「そうです。私が最後を看取りに行かなかったら、形になって残ってはいなかったでしょうね」
「死んでおらんだろうがあやつは……というか貴様、しれっと侵入禁止区域のラインの深奥に入ったことを認めたな?」
「これを使えばある程度の増殖の抑制はできるはずです。なので、私が奴を倒してきます」
「おい話を聞け! 貴様がそんなことをする必要が──」
「聞きません。これは人対人の戦いです。龍様はお呼びじゃないんですよ」
アルルは自らの意思を伝えきり、もはや用はないとばかりに背を向けた。
ディアウスは慌てて捕えようとしたが、風がその身体に触れる前にアルルは消えてしまった。
虹の橋は既に王都に架かっていた。
『龍様にできることは相も変わらず応援くらいです。そこで指でも咥えて見ててくださいね』
「アイリスッ……!」
ディアウスの心をよそに、虹は王都へ下りてゆく。
まるで神話の如く、天から堕ちた使徒のように──……。
そうして、そこには虹の残滓だけが残った。
「……クク、この余がお呼びではないだと?」
天の龍は、僅かに残った虹の残滓を丁重に集めて梱包し、厳かに永久保存を行った。
そして満足げに笑い声を上げた。
「ククク! ワーーーッハッハッハ!! たわけが! アイリス、貴様だけが特例で介入できるとでも思っておったのか?」
【ウェザーエフェクトの変更が承認されました。 現在地点の天候を『熱雷』に固定します。】
「ああ応援してやろうとも! この天空は普く全てに対して平等に苛烈であるぞ!」
積乱雲は未だその威容を誇示し、雷鳴を響かせて王都の空に稲光を走らせている。
程なくその比類なき自然の暴力は王都に振り落ちて、大きな被害を齎してしまうだろう。
「……フン。まぁ、ヒトが不利なのは確かか。…………勘違いするでないぞヒトども! 余が肩入れするのは愚かな妹分を気遣った故であるぞ!」
*** *** ***
【──DranCohnia・Online──】
【ドランコーニア・オンラインからのお知らせです。】
【追加のニューロンドライブが接続されました。】
【天帝龍より恩寵 が与えられました。『天空の祝福』が発動します。】
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