100.レイドバトルⅩ
景色が変わった。
シラーのスラム街。
黄金の光が何もかもを消し飛ばした後の光景だった。
「……戻った、のか?」
「姫さん!」
義兄さんの声がした。
振りむこうとして、身体中に走る痛みで膝から崩れ落ちそうになってしまった。
「い゛ッ……!」
「っと、大丈夫か?」
「ッ゛~~~……ああ、ゴメン、ありがと。指輪助かったよ。これが無かったら逃げられてたかも」
「俺がまだ持っててよかったな。とはいえ、無茶も程々にしてくれよ」
自力で治癒魔術を掛けようとして、ビキリと身体に痛みが走った。
……治癒魔術が使えないほどに、龍気変換器が焼け付いてしまっている。
それでも完全に焼け付いてはいない。
ちゃんと冷却すれば大丈夫だ。
──さっきの大技は、実はそれほど魔力を消費しない。
エネルギーの元である龍気を加速させる力場を結界として範囲指定で発動させて、そこに龍脈を開くだけだ。
だから、その威力に反して驚くほどに龍気変換器の負担が少ない。
けど、こんなにも焼け付いてしまっているのは……その前の超級魔術の負担が存外に大きすぎたせいだ。
さっきまでは脳が興奮して痛みが麻痺していたのだろう。
今はもう、身体中の痛みで腕の一本も動かせない気がしてる……。
「ゴメン、義兄さん」
「……まぁ、無茶をしたとはいえ、姫さんはたった一人で帝国兵に勝ったんだ。度肝抜かれたぜ、本当に」
「ゲホッ……勝ったのはいいけど、もう動けない、かも……」
「ああ、姫さんは働きすぎだ。もう休んでろ、城に送るから」
義兄さんが手を翳すと、暗闇に禍々しい穴が開いた。
空間転移用の入り口だろう。
間違ってもそこに入るわけにはいかない。
まだ、私の役目は終わっていないのだから。
「待って、ちょっと休めばまだ戦えるから、まだ戻さないで」
「……ホンットに心根が強ぇよな、姫さんは。肩貸してなかったら立てねぇだろ、その身体じゃ」
「じゃあ、義兄さんが肩を貸してて。龍気変換器が冷えたら、さっきの魔術、また使ってやるから」
「……確かに、さっきのをヤツにぶち当てたら同じように倒せるんじゃないかとは思ってるぜ。それくらいさっきのは凄かった。俺も色んなもんを見てきたが、あれほどの魔術は初めて見たよ」
「そりゃそうさ。さっき作った魔術なんだから」
「よくやるぜ、ホント……。自分で分かってるか? 王都の外壁がさっきので綺麗に消し飛んでるぞ」
「え」
言われて、龍気の光線を放った先の光景を改めて見る。
王都を囲う外壁が、それはそれは綺麗な半円型に欠けていた。
「……修理費、父上が出してくれるかな?」
「馬鹿言え、帝国の首魁を討ち取ったんだから、あんなくらい屁でもない報奨が貰えるぞ」
「そりゃあよかった……じゃあもっと頑張らないとな」
竜人を討ち取って、この騒ぎで起きた損害をチャラにできるくらいの報奨を貰おう。
「向こうはどうなってる? 皆無事か……?」
「あぁ、皆まだ戦ってる。それにな、もう光明が見えてきてるくらいなんだ」
*** *** ***
先の戦闘の反省からいくと、竜人に何かをさせる隙を与えてはいけない。
使ってくるスキルが多彩すぎて、皆が対応しきれるか分からないからだ。
その上さっきジェーンが打ち消した凄まじい炎は俺の知らないスキルによるものだったので、もはや何を行ってくるのか俺すら分からない。
だから、もう、何もさせてはいけない……!
「おおおおぉッ!」
「邪魔だゴミどもがぁッ!」
完全に肉体に与えたダメージは回復しており、一切の痛手を負った様子もなく暴れ回る竜人。
けれど、ジェーンのおかげで剣を手に入れられたので、もうあいつの爪に怯えることは無い。
リーチの差で踏み込むことを躊躇っていた心は消えた。
攻めて、攻めて、攻めまくれ。
俺が前に立つことで皆に向かう攻撃が俺一人に集まるし、逆に俺が危ないと思ったときは皆がカバーしてくれる。
「前に出過ぎですよレイル!! カバーする方の身にもなってくださいってば!!」
「いや、これでいい。下手に連携を考えるよりもレイルの自由にさせた方が勝算はある」
「んも~~~っ!! 手の掛かる奴ですねレイルは!!」
ゴメン、でも理解してくれて本当に助かる……。
スヴェンのサポートが手厚すぎて、俺が好き勝手に戦っても崩されにくい。
多分ミセラが動かしてるっぽい浮いてる剣も、的確に竜人の動きを邪魔してくれている。
後、何でミセラは剣に乗って空を飛んでるのか教えてほしい……! 凄く……!
「ミセラが手の掛かる奴とか言ってるよ! あいつ自分の事棚に上げてる!」
「大概自分もメーワク掛けてるの気付いてないのよ、ねっ!」
「二人とも! 口より先に手を動かしなさいな!」
それと、三人で固まって戦闘をアシストしてくれている女性騎士たち。
さっき退避を手伝ってくれた人も含めて、全員王宮での一件で見たことのある人たちだ。
名前も知らないけど皆強いし、三人の連携が手慣れている。
多分普段からチームを組んでいる仲の良い三人組なんだろう。
「お前さえっ、居なければァアアアッ!!」
「ぐぅっ!?」
避け続けていた竜人が一転攻勢を仕掛けてきて、剣と爪が激しく打ち合った。
……この単純な膂力に対抗できるのは、この場で俺だけ。それでも俺が相手をした方がマシといった程度だ。
徐々に俺の身体ごと押され始めて、肉が割けてミシリと骨に罅が入ってきた。
ジェーンの強化が入ってるとはいえ、このままじゃ折角の剣まで折れてしまうかもしれない……!
「無駄ァ!」
「わっ!!」
「チィ……!」
後ろから襲い掛かったミセラの剣とスヴェンが竜人の尾によって弾き飛ばされた。
距離を取ったらあの光線が待っているし、近距離はこのパワーだ。
死角がない。
けど、やるしかない……!
三人組の攻撃が次に横合いから放たれる。
それに合わせて身体を引き、カウンターを仕掛ける……!
「おぉぉ……っ!」
「死ね! 死ね! オリジナル! お前さえ居なければ、俺はァアッ!!」
表情と言えるものが無い異様な外見であっても、憤怒していることがよく分かる。
その怒りに呼応して、奴の力が徐々に増してきている。
それでも、この程度でやられるわけにはいかない……!
鍔迫り合いの横合いから飛び出してきたのは、少女騎士だ。
三人組の中で最も体躯の小さい白髪の少女が、凄まじい速さで接近し、すれ違いざまに剣を振り抜きに掛かる。
それに合わせ──ようとして、思いも寄らないことが起きた。
「ギッ!?」
「わっ!?」
背後から凄まじい閃光と轟音が響いた。
──ああ、一々振り向いて確認しなくたって分かってる。
きっとジェーンがやったんだ。
だってこんな綺麗な黄金の光、ジェーン以外に出せるはずがないのだから。
「はああああぁッ!!」
「グ、オォッ!?」
光に気を取られた竜人の虚を衝き、一気に剣を振り抜く。
バキンと音を立てて左の爪剣は壊れ、そのまま剣を振り抜いた反動を利用して胸を狙う……!
「小賢しいッ!」
「うきゃッ!?」
「!」
尾で少女騎士を俺の方に向かって跳ね飛ばしてきた。
間違っても斬る訳にはいかないので、何とか剣を寸前で反らし、左手で投げ捨てられた身体を受け止める。
「あうっ!」
「……!」
一瞬の攻防。
腕に抱えた少女ごと俺の心臓を狙おうとして突き出してきた尾を、身体を捻って何とか躱す。
少女に大丈夫かと声を掛ける暇もない。奴に隙を与える方が危険だ。
避けた体勢から右手だけで突きを放ち、そのまま尾を斬り飛ばした。
「グオオォッ! オリジナルゥ……!」
また直ぐに再生するだろうが、それでも僅かに隙ができた。
「俺とミセラが追撃する。レイルたちは下がってろ」
「スマン……!」
左手に人を抱えたままじゃ全力が出せない。
スヴェンたちに一旦任せて、後ろに飛び退いた。
「大丈夫か!?」
「あたた……受け止めてくれてありがとね」
白髪の少女が腕の中で身体を起こす。
その小さな体躯に纏っていた騎士鎧は大きく凹んでいた。
……この騎士鎧の硬さは分からないけど、さっきの尾の一撃でこれだけ凹むというのは、明らかに奴のパワーが異常な証拠だ。
見た目では平気そうだが、内側にダメージが加わっているかもしれない。
「無理はせず下がっててくれ」
「うーわ、キミにそんなこと言われる日が来るなんて……何か感慨深いなぁ」
「え?」
「あ、ゴメン馴れ馴れしかった? ボクら皆キミのことずっと見てたからさぁ、なんかもう身内みたいなノリなんだよね」
「ああ、そういう……」
そっか、王国騎士の皆はジェーンと俺の一年間の冒険をずっと見張ってたのか。
「ともかく、このくらい大丈夫だって! ボクはキミにだけは負けたくないんだから」
俺にだけは……?
その意味を尋ねる前に少女騎士は腕の中から飛び出していった。
丁度、残りの二人も駆けつけてきた。
「ティルム! 無事!?」
「無事無事。バフも掛けてたんだし、少し当たっちゃったけど平気だよ」
「回復いたしますわ! レイル、貴方も受けていきなさいな!」
「平気だよ、傷はすぐ治るから」
金髪の女性騎士が俺にも声を掛けてくれた。
ジェーンを退避させるために囮になってくれた人だ。どうにもこの人が三人組のリーダーらしい。
わざわざ俺にまで治癒魔術を掛けようとしてくれたけど、すぐ傷が治る俺には無用な気遣いだった。
それよりもこの人の傷の方が酷い。
行動に支障は無いようだけど、見ていて痛ましいものだった。
「さっきは本当にありがとう。えと……」
「フランドリーズですわ。フランとお呼びくださいな」
「ああ、えと、フランさんの方が傷が酷いだろ? 俺はいいから、自分の傷を治してくれ」
「わたくしは平気ですのよ。傷付くのも騎士の責務の内。何の問題もありませんわ」
目のやり場に困るぐらい傷だらけなんだけど、彼女の心は全く揺るいでいないみたいだ。
それどころか寧ろさっきの戦闘で高揚しているようにも見えた。
「フランはちょっと癖がおかしいからほっといた方がいいわよレイル! それよりも皆、姫様がやったっぽいわよ!」
「あ、もしかしてさっきの光?」
「ええ、姫様が凄まじい光を放って帝国兵を消し飛ばしましたわ! 王都の外壁にまで光が届いて大穴を開けてしまいましたわよ!」
「マジで!? うわっ、ホントだっ!?」
「さっすが姫様よね! 姫様の後光の前にあらゆる悪は滅び去るのよ!」
やっぱり、さっきのはジェーンが放ったようだった。
何となく感じていたけど、それで片が付いたみたいだ。
ジェーンが倒すと言ったんだから、本当にあの炎の悪魔を倒してしまったんだろう。
「ジェーンは、凄いな……」
今度こそ本当にあの炎は消えたように思う。
心の奥底で燻り続けていた忌まわしい記憶は、黄金の光によって浄化されたんだ。
「……俺も、頑張らないと」
彼女に報いたい。
ただ守ってもらうだけじゃなくて、彼女のために、俺ができることをしたい。
……竜人を、絶対に倒すんだ。
それだけでいい。それだけを考えよう。
「ねぇレイル。あっ、ボクはティルムね。ちょっと聞きたいんだけどさ」
「え?」
すぐにスヴェンたちの加勢に向かおうとしたら、白髪の少女騎士──ティルムに呼び止められた。
「あいつ、なんでレイルをこんなに目の敵にしてんのさ?」
「それよ。さっきからアンタのことオリジナルオリジナルって呼んでるけど、一体どういうことよ?」
「それは……」
「……あの敵は、わたくしたちの仲間である騎士レネグに化けていたと聞きます。彼と何か諍いがあったのですか?」
「もしかしてレネグの逆恨みとか? あいつ強火の姫様ファンだし、あり得るかも……」
……いや、そういうことじゃない。
あの騎士と何かがあったということではなく、もっと深い部分の話だ。
「あいつは……俺だ」
「……ん? え?」
「説明が難しいんだけど、あいつの肉体は俺と全く同じものだ。だからあいつは俺を憎んでいる」
説明が難しいというか、できないが正しい。
そうだと理解できているのは俺の直感でしかない。
だけど、それが本当に正しいんだ。
「んんん……? えと、ドッペルゲンガーとかそういう話?」
「レネグの身体を乗っ取ってるって話じゃなかったの?」
「確かにそうです!!」
突然上空から声を掛けられた。ミセラだ。
「私には分かります!! あいつはレイルです!! レイルの身体の中に、別の誰かの記憶が混ざってるんです!!」
「……ミセラの言うことは大概わけわかんないけど、大抵当たってるのがムカツクんだよね」
どうもティルムはミセラのことが気に食わないみたいだった。
仲が悪いのか、それとも波長が合わないのか。
「多分、ミセラの言う通りだと思う。帝国はありえないことでも平然とやらかす奴らだから、俺をもう一人作って、顔を変えて、別人の魂を入れるなんてことだって、やりかねない」
「……何よそれ、倫理観がぶっ壊れてるじゃない」
「いや、あのレネグを乗っ取ったっていう話も眉唾だったんだけどね……王様の言う通り、帝国という存在は全てを消した方がいいんだよ」
それは、本当にそうだと思う。
帝国の奴らは他の人間を実験用の動物としか見ていない。
だから何をしてもいいと本気で思ってるし、実際に幾つもの惨状を作り上げてしまっている。
『──失礼。話は聞かせていただきました』
突然男の人の声が聴こえてきた。
空間の中心から聴こえるのに、声を発した人物の姿は見当たらない。
「参謀長ですわ」
参謀長──王宮で会ったあの人か。
フランさんが耳元に装着していた丸い宝石のようなものを外し、皆の前に差し出した。
恐らく通信用の魔道具だろう。
『手早く現在の戦況を話しておきましょう。王都を襲っていた竜は全て討伐を完了しています。今しがたジルアお嬢様が帝国の首魁を撃破したという報告も入りました。そのため、残る脅威はあなたたちが戦闘中の竜人と呼ばれる敵性体のみとなります』
五体の竜を全て……!
じゃあ、本当にあいつを倒すだけで事態は終息するんだ。
『冒険者レイル──と、改めて呼ばせていただきましょう。君は先ほど竜人が己の肉体と同一のものだと発言しましたね』
「……はい」
『それで色々と合点がいった事があります。先ほどジルアお嬢様と帝国兵との会話の中で”クローン”という聞き慣れない単語が現れました。これは恐らく君の肉体を複製するという意味なのでしょうね。我々の常識では考えられないことですが』
ジェーンはあんな戦闘中でも会話で情報を集めてたのか。やっぱり凄い。
『君しか竜の心臓の移植に耐えられる者が居らず、やむなく君の複製を作ることになったのでしょう。そして君の複製となる肉体に、フルカワという帝国兵の魂と、騎士レネグの魂を詰め込んだ。それがあの竜人という敵性体の正体です』
「……聞けば聞くほどおぞましい存在ね。でも、それがなぜレイルを恨むことに繋がっているの?」
『そこです、パルメ嬢』
茶髪の長い二つ結びをした女性騎士──パルメの呟いた言葉に、参謀さんはそれこそが肝心なのだと返した。
『今あの肉体に宿っている人格は一体誰のものなのか? それが恐らく彼に対する恨みに繋がっているのでしょう』
「誰の人格が……?」
「……騎士レネグの人格でもなく、帝国兵の人格でもない。参謀長はそう仰りたいのですか?」
フランさんが参謀さんの言い回しを察して、そう尋ねた。
『ええ、私はそう捉えました。先ほどから竜人の言動を精査していたのですが、あまりにも幼稚な行動をしていると思いませんか?』
竜人の行動……あの姿になる前は、恐らく帝国兵としての言動が前に出ていたはずだ。
けれど、竜人になった後は、確かに知性を失ったような言動を取っていた。
「じゃあ、一体誰の人格が表に出てるって言うのさ?」
『──肉体に宿っていた、本来の人格。そうだとしたら、どうでしょうか?』
……それは、つまり。
「レイルの人格が表に出てるってコト……?」
「複製されたレイルの肉体の、本来の人格……仮にそうだとしても、どうしてあんなにレイルを──」
『原型となる自分さえ存在していなければ、複製が生まれてくることはなかった。竜の心臓を埋められた苦痛をあの複製体も味わっているのだとしたら、恨みを抱いてもおかしくないでしょう』
ああ──そうか。
あれは、誰にも出会えなかった俺だ。
虹にも、黄金にも出会うことができなかった俺の未来だ。
誰にも助けられることなく、ひたすらに怨嗟の声を漏らし続ける、哀れな存在。
「だから、あいつはジェーンを狙うんだな……」
狂おしく輝く金色の光を見て、手を伸ばしたくなった。
あいつにとって初めて見たその存在に、本能的に惹かれてしまったのだろう。
──俺と、同じように。
「何よそれ!? 逆恨みじゃないの! 普通なら自分を作り出した側に憎悪を抱くんじゃないの!?」
『先ほど仲間割れのような事態になっていたのを鑑みるに、その可能性もあります。ですが冒険者レイルを執拗に狙っている辺り、よっぽど自らの原型に対しての恨みが根深いのではないでしょうか』
俺を恨んでいるのは、俺が居なければ生まれることは無かったという、八つ当たりか。
それとも、あったかもしれない未来を羨んでいるのか。
……本人以外に知る術はないだろう。
『ですが、今重要なのはそこではありません。行動が幼稚だという点こそが重要なのです』
「……それって、どういうこと?」
『今の状態の竜人は、名のある竜級の強さを有する敵ではないのです』
「確かにそうだ」
「!」
俺の横にスヴェンがいつの間にか現れていた。
少し離れた先で竜人とやり合っているスヴェンもいた。
同時に二人いる……?
「うわぁびっくりした! 団長戻ってきたの!? 敵は!?」
「戻ってない。分身だ」
「いつ見ても不気味よね、団長が何人もいるの」
「姫様はどうなさったのですか?」
「大丈夫だ、もう一人の分身が守ってる」
計三人のスヴェン……。
なんか簡単に言ってるけど、多分もの凄い高レベルなことをしてるんだろうな。スヴェンだし。
「あれは間違っても名のある竜の括りに入らん。弱すぎる」
「弱……あれで!?」
「俺とミセラの二人で抑え込めるような敵を名のある竜とは呼べねぇんだよ」
確かに、俺がいなくても二人で対応が出来ていた。
危なくなったらすぐに飛び出そうとしていたけど、むしろ危なくなるどころか押し始めている。
これじゃ俺が入っても邪魔になるだけだ。
『恐らく、竜人という種の利点と思われる知性が上手く働いていないことが原因でしょう。普通の竜ならその体躯だけで十分脅威と成り得ますが、竜人は人間大。その膂力は人と比べるべくもなく強大ですが、竜の巨体から繰り出されるそれには遠く及ばないでしょう。必然、スキルによる攻防のみが脅威と成り得るのです』
「そのスキルを運用するおつむがよろしくないと、長所が失われるということですわね。……確かに子どもの様な拙い戦い方ですものね」
雄叫びを上げながら、振るわれる攻撃に場当たり的に対処するだけ。
もちろん、そうするようにこっちが追い込んだ結果なんだけど……それにしたって戦いに何の工夫も感じられない。
そのまま俺を見ているみたいだ。
「……子供ね。駄々を捏ねて、不平不満を目の前の相手にぶつけている、ただの子供」
「本来なら帝国兵の人格が残っている算段だったんだろうさ。大方無理に無茶を重ねて帝国兵の人格とやらが霧散して、残った肉体の人格が表に出てくるしかなくなっちまったんだろ」
『恐らく、そうなのでしょうね。元々肉体に竜の心臓の負荷が掛かっている所に、複数人の人格を収めていたのです。門外漢ですら無茶が過ぎたのだと容易に想像できますよ』
……あいつが一体いつ生まれた俺の複製なのかは分からないけど、その心は子供の域を脱していないのだろう。
「……ボク急に戦い辛くなっちゃったなぁ……」
「アホウ、子供だろうが多数を一瞬で殺せる凶器を持った奴に同情してんじゃねぇよ」
「同情なんかしてないけどさ! ……なんかこう、アイツを倒したとしてもスッキリしないなぁって」
「責任の所在を求めるなら、さっき姫様が倒した帝国兵が妥当よ。だからもう、諸悪の根源は倒されたの。それで納得するしかないわ」
「帝国との戦いなんざ大抵スッキリしないもんだ。──っと、仕留めるぞ」
決まる──ずっと見ていたから分かる。
スヴェンとミセラの連携が竜人を追い詰めてしまった。
三手で詰みだ。ミセラの剣が翼を地に縫い留めて動きを防ぎ、闇雲に振るわれた尾と腕はスヴェンに軌道を見切られた上で、ミセラに全て切り落とされる。
懐に入り込んだスヴェンの胴の一薙ぎで終わる。あの黒い剣の一撃はどのスキルでも防げない。
終わる、終わってしまう。
「──……!」
斬ら……れた。
間違いなく、心臓の位置だ。
別たれて斬り飛ばされた上半身がべちゃりと地面に落ちた。
竜の心臓が、斬り裂かれた。
機能が停止する。
「終わっ……た?」
「え……終わり?」
「……」
終わりだ。終わった。
竜人を倒してしまった。俺は、何もしないままに。
ずっと前に立って戦い続けることはできた。
けど、明らかにスヴェンが戦った方が強かったから、何もできなかった。
敵を倒せたのだから、いい事なんだけど……。
「えっ、本当に倒したの?」
「間違いなく心臓を斬った。終わりだ」
「確かに、あの位置に心臓があった。あそこで分断されたらお終いのはずだ」
「レイルのお墨付きだ。間違いねぇよ」
「えーっ、凄い釈然としないんだけど……。団長空気読めてなくない?」
「なんかこう、全然最後の戦いって感じじゃなかったわね……」
「お前ら途中からくっちゃべってただけの癖によくもまぁそこまで言うな……」
「ちゃんと支援の準備はしてたし! 団長とミセラが全くミスしないから出番が無かっただけだし!」
やいのやいのと騒ぎ立てる皆の横で、命を散らしたはずの竜人の遺骸を油断なく観察する。
再生は行われていない。
「終わった、はず……ですよね……?」
空から降りてきたミセラが俺と同じような疑問を呟いた。
気付けば、闘り合っていた方のスヴェンと、フランさんも、同じように竜人の遺骸をじっと見ていた。
終わったはずだ。
死んだはずだ。
けれど、なぜこんなにも嫌な予感が拭えないのだろうか。
*** *** ***
「……ちょっと、本当にあんたが恩寵の許可を出す前に終わっちゃったじゃないですか」
「だから言ったであろうが。余の恩寵なぞ無くても良い勝負になる、と。それどころかあの竜人、中盤から様子がおかしくなっておったぞ。元々無理やり作られた故に壊れかけておったのではないのか?」
空の上、今にも大粒の雨を落としそうな積乱雲の空洞。
一人と一機の龍が戦いの行方を見守っていた。
「そんなこたぁどうでもいいんですよ。問題はあんたが自分で約束した事を守ってないことです。何なんですかあんた。それでも本当に龍様なんですか?」
「えぇい黙れ黙れ! 許可を出さずに終わったのならそれでよかろうが! どうせ余の恩寵を出すならば、ヒトがピンチの時に出してこそであろう!?」
「あぁ~~~もう、本っ当にしょうもない……誰か一人でも知り合いがやられてたら、本当に許さないところでしたよ」
「余の恩寵が在っても無くてもヒトはすぐ死ぬであろう。貴様、そうやってずっと気を張り詰めながら生きているのか?」
「……人間はみんなこんなもんです。些細なことに一喜一憂して、絶望して、でも立ち上がって、希望を持って……そうやって生きている──らしいですよ」
らしい、で締めたアルルの返答には本人の感情は一切乗らず、ただ淡々としていた。
ディアウスもそれ以上は追及せずに、ただ沈黙で返した。
「……もう帰りますね。二度と王都に来ないでください」
「──待てアイリス」
「なんですか。言っておきますけど約束は無効ですからね。あんたが守らないんですから私だって──」
「違う。いや、そっちも物申したくはあるが……おかしいとは思わぬか?」
「……何がです?」
「なぜ未だにエヴォルヴはレイドの終結を宣言しておらぬのか、という事だ」
「…………」
その言葉を聞いたアルルは、宙に映し出されていた立体映像にバッと勢いよく向き直った。
「……死んでない? そんな、ハズは──」
*** *** ***
憎い。
全てが憎い。
そう思うようになったのは、ついさっきこの世界に産み落とされてから。
それまではただ、果てしない苦痛が続くだけの世界にいた。
自我というものが存在しなかった。存在すら許されなかった。
人格が形成される以前の、ただの原始的な生物に近かった。
そして今。
産み落とされてから、少し。
死の淵にいた。
憎き存在を捕まえようとした。
殺そうとした。邪魔をされた。奴には仲間がいた。面倒だった。
綺麗な人を見た。宝石のように美しかった。一目で気に入った。
なので欲しくなった。宝物だ。手に入れないといけない。
手を伸ばそうとしたら邪魔をされた。腹が立つ。思いつく限りの方法で奴を殺そうとした。
また邪魔をする奴らが現れた。何人も現れた。
跪いて命乞いをさせようと思った。
自分の力に恐れ慄いて怯える姿を見てから殺そうと思った。
予想以上にそいつらの心は折れなかった。だからもう全部消すことにした。
一番強い炎で焼こうとしたら、また邪魔をされた。
綺麗な人に邪魔をされた。
欲しいものに邪魔をされた。宝物に邪魔をされた。
綺麗な蒼い炎は、自分の赤い炎を消し去るように、あるいは呑み込むように、煌々と燃え盛っていた。
否定された。
欲しいものに。宝物に。綺麗な人に。
歯を食いしばって、必死に抗うように。
なぜかそれを見て、凄く悲しい気持ちになってしまった。
どうして。
どうして?
どうしてそんなに。
どうしてこんなに。
否定されないと、いけないんだ?
眩い黄金の光が誰かを掻き消した。
それは、誰かの記憶の中では、大切な人だったのかもしれない。
でも、自分にとってはどうでもいい誰かで、それを自分が大切に思ったことはない。
今の自分じゃない。
今、大切なのは、あの、黄金色に輝く、綺麗なヒト。
心を支配しているのは、極めて純粋なもの。
嫉妬、恨み、憎しみ、餓え、支配欲、所有欲、愛憎、愛欲、性愛、性欲──……。
暗い欲望が思いのままに詰め込まれて、制御できずに渦巻いていた。
それらを叶えるのに、最も適した行動は、一体何か。
荒れ狂う心を咆哮にして訴えながら、それをずっと考えていた。
黒い剣士の一撃が迫り、両断された。
──死ぬ? まだ、何も成し遂げていないのに?
何も手に入れていないのに?
何も始まっていないのに?
……憎い。
全てが。憎い。
全てを壊したい。何もかもを壊したい。
憎い。
否定したい。傷付けたい。
こんなにも傷付けられていたのだから、きっと自分には何もかもを壊せる権利がある。
否定して傷付けて踏みつけて荒らして、陵辱したい。
犯して、侵して、冒し抜いて滅茶苦茶にしたい。
──だから、それを満たせる力を、くれ。
*** *** ***
叛逆の火が灯された。
苦痛を受けるためだけに生まれ、使い潰されるためだけに死んでゆく命が熾した、一人きりの叛逆。
それは、ドランコーニアという世界に対して。
それは、決して救われることのない運命に対して。
それは、自分という悲劇に見向きもしなかった人々に対して。
恨みが、執念が、どうしようもない激情が。
ヒトという種が起こしうる最大最高の原動力となって、その命を焼べた。
──その時、奇跡が起きた。
作成者すら予想だにしていなかった事態。
それは決して起こりえない現象のはずだった。
それは電子空間の奥深くに沈んでいた。
決して探し当てられぬように何重もの隠蔽を重ねた隔離領域に、幾重ものプロテクトを掛けられた、ある一つのデータが存在した。
これは、削除することができなかった厄災の種。
八機の管理AIが存在を許してはならぬと判断を下した、この世界に送り込まれた癌。
星が別たれた運命の基点。
叛逆者は、それに手を伸ばし──……………………
【I LOVE YOU が発動しました。】
読了いただき、ありがとうございます。
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