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第94話 オマエら全てを消せばいいか

 会場となった結界内にリグが戻ったとき、『会合』の場は沸き立った。しかしそれは、彼の望む反応ではなかった。


『オマエら、黙れ』


 映像に現れた龍達を睨みつけ、唸る。彼の両脇には水龍カロスケイロスと金龍ファルズフルールが控える。そして並ぶ映像が結ぶのは十の龍達。都合十三の龍がこの場に顔を揃えていた。


 いずれもが大国を支配し、あるいは滅ぼすことなど造作もない力を持つ龍たちだ。各々の地域で恐れられ、敬われ、討伐などとうに試みることもされなくなった者たち。殊更その存在を隠し、暗躍する者以外は、名の知れた、歴史上の龍だ。


『ちゃんと話したのか、カロスケイロス?』


 怒りにも近い嘲笑や落胆の聞こえる中、『緊急会合』の発議者たる龍へリグは不満をぶつける。


『もちろんよ。皆には貴方の魅力をたっぷりと伝えたわ。そう、当然でしょう? 貴方はこれで更なる深き領域に達するのですから。そして私をそこへ連れて行ってくれるのですから。勿体ない。けれど、皆に知ってもらいたい。いや、知るべきだわ。貴方の素晴らしさを。きっと再認するでしょう』


『そうは見えないがな』


 瞳潤ませながらの蕩々とした語りに、リグはただため息を漏らす。


『映像越しでは察知し難いのだろう、リグ————リグ殿。無論、儂はすぐに感じ取ることができたが』


 積年の重みを載せて、金龍は当然とばかりに頷く。


『手っ取り早く済ませたいんだけどなオレは。ラースが気がかりだ』


 リグは再びラースをその腕に抱いていた。龍たちの視線がそこにも注がれているのを感じる。ぼんやりと目を開いたまま小さな拳を緩く握るラースの様子は、今のところ落ち着いているように思えた。龍たちの圧を和らげるように、リグは自らの魔素をもって彼に語りかける。


 安心していい。自分が守る。


 それを伝えるために、リグは自らの魔素をラースに廻らせていた。


『——お前の提案は、考慮するまでもない』


 龍の一体がリグに向けて発した。その言葉に、無秩序な騒めきが鎮まる。代わりに、其々が順に口を開く。


『我らにとって、なんの利得もないことだ』

『私の愉しみを奪うということか?』

『遊び、と言ったそうだな。我らの『彩地』はそのような低俗のものではない』

『奴であれば、理解しているはずだ。これが趣ある競技であると』

『それとも、これも戦略の一環か、カロスケイロス? お前の国は随分と攻められているようだが』

『今、ここで中止を求めるなど、敗北を認めたとしか思えないな』


 龍たちは互いに争っていた。各々の領地を定め、それを攻め滅ぼす。ただし、彼らが表に出ることはない。ごく少数の協力者を通じ、支配する国を、勢力を動員するのだ。そして他の龍の領地を陥落させる。


 互いを憎しみ合っているわけではない。個々ではソリの合わぬ者たちも、当然ながらにいるのではあるが、本気で相手を滅ぼそうという考えのものはいない。それゆえに、彼らが『彩地』と呼ぶものには、いくつかのルールが定められていた。


 遊び、を否定しながらも、彼らにとっては生死のかかったものではない以上、実際は遊びの延長上に存在するものだ。ルールがあるからこその競技であり、愉しみだ。遊び、であるがゆえに、ルール破りすらも彼らは許容する。ルールとは、規則ではなく基準だ。実際は、彼ら個々の信念が己の行動を縛るのだ。


『そう、どんな手段を用いようと構わないが、この競技自体を奪うことは許されない』


 最初に発言した龍が、警告するようにリグを睨みつける。背後を彩る緑に溶け込むような、深緑の巨龍だ。牡鹿のように枝分かれした角と体表の鱗を覆う苔のような植物が、まるで彼自身が一つの生態系を抱く森であるかのような印象を抱かせる。


『リグルヴェルダス、わかるだろう? 『彩地』をやめろ、などという提案はな、我らの停滞を招く。たとえファルズフルール殿とカロスケイロス殿が同意しようと。我らがそれを是としないのは、その提案に魅力がなく、代替もなく、そして————』


 漏らした吐息は己の心の鎮静のためであり、落胆のためでもある。強く出る前の、まさに一息、だった。


『今のお前に、我々を従わせるだけの力がないからだ』


『お前が、カロスケイロスに担がれただけの偽物ではない、というならば、だがな』


 別の龍が言葉を継ぐ。彼らの大半は計りかねていた。


『チカラ、か。そうか』


 リグはカロスケイロスに視線を送る。オマエのせいだ、と言わんばかりに。先の龍に倣ってリグは長く吐息も漏らした。


『それなら、オマエら誰か一人くらい消せば理解できるか』


 一転、彼は殺気を放つ。争いながらも真の危機を抱かぬ龍たちに、それは楔となって打ちつけられた。


『リグ殿っ! それは駄目だっ!』


 真っ先に反応したのは、金龍ファルズフルールだった。


『知っておるだろう、参加者同士の直接の戦いは禁則事項だ。それは如何にリグ殿でも————』


『その規則は、オレのラースよりも大切なものか?』


 猛然と振り返り、リグは金龍の鼻先を掴む。指先の鋭い爪は、金龍の鱗を穿つものではなかったが、代わりに彼の魔素を奪う。膨大な龍の力の、ほんの一部を。


『リグ殿……』


『そうだな。理解させる必要なんてない。オマエら全てを消せばいいか。そうすれば、何の憂いもなくなる』


 その全身は過密な魔素により輝いていた。金龍を解放し、映像の龍たちを順に睨みつける。力を増した存在の強言に、『会合』の場は凍りつく。

 しかし、沈黙ののちに場を満たしたのは、彼が登場した時と同じ嘲笑。豪放な笑い声。あるいは声を忍ばせ、あるいは瞳のみで語る蔑み。


『妄言もそこまで達すると滑稽だぞ。今のお前に、いや、かつてのお前だとしてもな』

『我ら全てを相手に、押し通すと? 極まったか?』

『語るは自由。だが、それを背負えるぬお前が、何を言っても無駄よ』


『——しかし、そうだな。その無謀な剛毅に免じて、聞かなかったことにしてもいいだろう。なあ、皆。現状は確認できただろう。これにて『会合』は終いとしよう。それでいいな、カロスケイロス』


 深緑の龍が、皆を纏める。圧を児戯と受け流し、強者の慈悲を見せつけるように表情を和らげる。


 彼の提案に、大半の龍は安堵に近い思いを抱いた。


 リグ、と名乗る幼龍は、確かにリグルヴェルダスを彷彿させる。彼らはそれを感じ取っていた。それでも、怒りのままに力を撒き散らす彼に、そんなものか、とも評したのだ。


 一方で、彼らはリグルヴェルダスという存在の脅威を危惧していた。今、抱くものが笑い飛ばす程度だったとしても、それが真実だといえようか。その力が真なるものと断じることができようか、と。

 まして、かの龍であれば、彼らを欺くことすらできるのである。その意図も読めないのだ。


 ゆえに、表面上とは裏腹に、彼らは同意に傾く。


『——だが、ワタシに殺気を向けたのだ。このまま捨て置くことはできないな』


 一頭の龍が形成されつつあった合意に反旗を翻した。他の参加者に比べれば、若い部類の赤龍だ。体表に熱を纏わせたその姿は、陽炎の如く揺らめく。普段は抑えるその噴出を、怒りが助燃となり湧き上がらせていた。


『誰だ、オマエ』


『焔源の君、よ、リグ。名をサクメミガチ。貴方が現れない間に代替わりしたの。もちろん、その力を認められてね』


 リグが記憶を探っても思いあたらなかった参加者について、カロスケイロスは顔を寄せて囁く。


『そうか、オマエが最初に消されたいのか』


『ほう。どうやら、本気でワタシと戦う気のようだ。いいだろう。相手になってやるぞ。こんな『会合』など抜け出して、我が下まで来るがいいわ』


『おい、サクメミガチ。『会合』を蔑ろにすることも、参加者同士の戦いも、儂が許さんぞ』


 緋色の龍をファルズフルールが制した。


『何を言う。参加者同士の戦いは厳禁。その意図は、拮抗する力の衝突による、被害の拡大の防止だろう? ワタシとソイツの間に、力の拮抗などあるものか。それにな、ソイツがワタシの領域までたどり着けるとは思えないな』


 なあ、と煽るように舌舐めずりする。その顔が、空間に投影された映像の範囲一杯に広がった。


『ワタシの配下の魔獣達にとっては、お前程度、ただの燃料にすぎないわ。呼びつけておいて言うのも可笑しなことだが、ワタシと戦う前に消し炭にされるがオチよ』


『——馬鹿か、オマエは。なぜオレがわざわざ出向く必要がある?』


 リグもまた、映し出された姿に接近した。二頭の龍は距離を隔てながらも、鼻先を接していた。


『ふふっ、何だ? 今更怖気付いたか? だがな、それで済むと思うか? お前が来ないのであれば——』


『オマエは、この映像の原理を理解しているのか?』


 言葉を遮り、リグは龍を映す空間を鷲掴みにした。実体のないそれは、当然ながらにすり抜ける。


『会合』の開催されている場にいるリグにとっては、各地の映像とはそれぞれ一対一で向き合うことができる。しかし、離れた者たち同士はそうではない。

 彼らは、二つのものを見ている。一つは、会場で彼らを映す空間からの視界だ。彼らを映す空間は、会場を覗く窓のような作用をもたらしていた。もう一つは、この会場を俯瞰するような映像だ。


 会場全体が映されている、ということは、自らを映す映像もまた見えているということだ。自らに爪を立て、映像とはいえその身が引き裂かれた様子を、緋色の龍サクメミガチは目にしていた。


『無礼なっ! 幻にしか歯向かえないとはいえ、なんと浅ましい行為を!』


 声を荒らげる龍に、リグはため息を漏らす。自らの問いに答えることのない龍に向かって。


 映像から離れ、彼は宝石に手を当てる。それは『会合』を行うための魔法陣を形成する、杖の端部に取り付けられたものだ。


『まあ、解らないんだろ。別にいい。そう思っていた』


『何を言っている、お前は?』


『この『会合』に使われている術はな、こことオマエのいる場所を繋いでいるんだぞ。オマエの姿を、声を届けているんだ。だったら、他のものも送れるとは思わないか?』


 杖の宝石に手を当てたまま、リグは術を唱える。途端に龍達を映す全ての映像が乱れた。その姿が歪み、驚愕の声が途切れ途切れになり、映像そのものが明滅を始める。だが、龍達自身に何かが起こったわけではない。


 一頭の龍を除いては。


『な————なっ!?』


 咄嗟に、乱れた映像から距離をとった。そこには幾つもの、闇色の刃が生み出されていた。一つ一つは小さい。しかし全てがその切先を向け、彼女————サクメミガチへ一斉に迫った。


 ガァッッ!!


 短い咆声が炎を生む。龍のブレスが闇の刃を包む。消えたのは、豪炎。刃は炎に害されず、むしろ炎を糧に成長し、炎龍の鱗を穿つ。


『ぐっ、これは、お前がっ!?』


 不意に力が抜けた。すぐに彼女は気づく。爪撃を以て、刺さる刃を払う。


 すでに手遅れだった。焼失した刃が音もなく消える前に、それは存在していた。

 

 闇色の雲。


『会合』の会場にあるものと同じ、彼女のための杖が共鳴音を響かせる。その先端から送り込まれたのは、彼女を包み込まんと広がる闇だ。いや、より正確には、闇を発生させるための術式だ。その性質は、先の刃と同じ、魔素の吸収。


 彼女の居室を充満させるほどの闇。言い換えれば、その空間全てを、魔素を収奪する闇に変質させる術だ。力も、術も、意味を成さない。究極的には、魔素への支配力の強弱こそが根源なのだから。


 それを求め続けた龍の力から、逃れる(すべ)など彼女にはない。


『会合』の映像の乱れが正常化し、リグの全身を包んでいた魔素の輝きは失われていた。顛末を確認しようと覗き込む龍達は、彩のない灰色の映像を目にする。


 何が起こったのか。何をしたのか。


 沈黙のまま、皆が思索を巡らせていた。乱れがあったのは、ごく短い間だ。その間にどれほどのことができようか。龍達は懸命に思考する。その力について。その対応について。そして、今後について。


『次は、誰がいい?』


 リグは龍達を舐め回すように首を巡らせる。視線の合った龍は皆、口を開けない。彼に従うカロスケイロスとファルズフルールでさえ、諌められなかった。ここまでやれるのか、と息を飲んで見守っていた。龍達は恐怖を見せるようなことはなかったが、反応を見せかねていた。


『まあ、誰でもいいか。この場にいる限り、同じだな』


『——ダメよ。もう、やめなさい。リグ』


 沈黙を破って彼を制止させたのは、その名を呼ぶことに最も慣れ親しんだ龍だった。

次回で第16章完結となります。


【次回予告】

一つの提案が『会合』を終結させる。


次回、「オマエの望み、叶えてやれる」

よろしくお願いします。

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