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第86話 離れたくないんだよっっ!

 先にルージュに事実を伝えた時と同じ、歴史書を読み上げるような口調で、リグはラースに語りかける。


『王都に行く時に、オマエはオレに話したよな。リグルヴェルダスのことを。世界中にその名を轟かせた邪龍が、抑止になると。それで王都に向かったんだよな。そんな誰もが知る龍を、何故オレは知らないんだ?』


『り、リグ。あのね——』


『そんなにオレは、無知か? 違うよな、ラース』


 面と向かい、ラースのさ迷う視線を逃さない。無意識に、見下ろす高さに位置取る。


『オレは見たんだ。オマエの記憶を。あのヴェルスの内で。後でヴェルスにも確認した。あれは間違いなくリグルヴェルダスの記憶だと言っていたぞ。アイツはそれでもオレを気にかけていたようだがな』


『あれを、見ていたの? どうやって』


『そうだ。オレは、オマエがリグルヴェルダスという龍の化身だと思ったんだけどな。違うよな』


 ラースの問いに全ては答えず、混乱したまま沈黙する少女に視線だけを向けて、リグは問いかける。


「オマエは、ラースに会う前のことを覚えていないんだろ?」


「私、知らない……。そんなこと……」


『なら、肉体だけじゃないな。回帰だ。全てを元に戻すような術だ。それをオマエは使ったんだ、ラース。そうだろ』


 ラースは答えられなかった。彼の想像する通りの、正しい回答。それをリグの口から聞かされて、息を飲んだ。呼吸が止まるほどに、胸が締め付けられた。

 リグルヴェルダスの洞窟で、目覚めたリグとの出会いが、脳裏に浮かび上がる。


『僕は、リグ、僕はね——』


『オレは事実を知りたいだけだ、ラース。だから教えてくれ。オマエ自身から』


 それはすでに、確認作業だった。詰問するような口調でもない。怒りや悲しみといった感情を見せぬままの、淡々とした答え合わせだ。


 もう、ちゃんと説明するしかない。そう追い詰められても、ラースはただ、音の出ない口を動かすだけだった。


『——それが答えなんだな、ラース。答えられないというのも、術の要素というならな、もうそれでいい』


「あ……、あの……ごめん……、リグ、ルージュ。ちゃんと……話を、したかったんだ。いつか、話さなきゃ、って、思っていたんだよ。でも! でも……ずっと言え、なくて——」


 肩を震わせてラースは叫んだ。


「だって! 僕は、二人と一緒にいたかったんだ! もう、一人ぼっちになりたくなかったんだよ! だけど、僕がしたことを話したら。もう一緒にはいられない。一緒にいてくれないって思って。だから! だから————ごめんなさい。リグ、ルージュ、ごめんね——」


 ラースは頭を下げた。二人をまともに見ることができなかった。立つこともできなくなって、震える膝を地面につける。濡れた牧草に、ただ指を添える。


 抑えることのできない涙声をラースは地面にぶつけていた。


『オマエは間違っているぞ』


 耳元で聞こえた声に、ラースは顔をあげた。とても遠くに、小さな龍の姿。


『オレがどう思うかなんて、オマエにわかるのか? オマエが望むものは何だ?』


『僕は、二人と……もし、一緒にいてくれるなら……』


『違うだろ、ラース。オマエが望むものは、オマエの手で、掴むんだ』


 その言葉に、ラースは惹かれた。諭すような、いや、背中を押すような激励に聞こえた。彼が自ら選択できるようにと、リグはそれっきり動くことも、声をかけることもせずに、待った。


『リグ……』


 ラースは震える腕をゆっくりと伸ばす。膝をついたまま、這うようにして、密着するほどに距離を詰める。怯える心を振り切って、勢いよく龍の体を抱きしめた。


『リグっ! 僕、一緒にいたい! 一緒にいてよっ! 離れたくないんだよっっ!!』


『ああ、オレもだぞ、ラース』


 柔らかく喉を鳴らして、ようやくリグは笑顔を見せて、首を擦りつけた。


 そんな二人に感化されて、ルージュもまたラースの腕に触れる。遠慮がちに、しかし強い意志をその瞳に込めていた。


「ルージュ……」


 リグを抱きしめたまま、彼は鼻をすする。


「私、一緒にいていいかな……。私、思い出せないの。でも、絶対、思い出すから! もし、本当に私がラースの家を襲ったのなら。私のこと、どうしたっていいから! どんなことでもするから! だから、それまでは、ラースと一緒にいたいの!」


 小さくラースは頷く。念を押すように大きく頷く。


「ルージュ。おいで」


「ラース〜〜〜っ!」


 感極まって、ルージュはその身体を抱きしめる。全身を震わせながら号泣していた。ラースは改めて二人に腕を回して、受け止めた。その胸元で、不快そうな鳴き声が漏れる。


「ああ、うん。二人も、メグのこと忘れないでね。みんなで、一緒にいよう」


 襟首から頭を出した蜥蜴を、我が子のように見つめながら、ラースたちは頷き合った。






 エリスはそっと息を潜めていた。怒りの矛先を逸らすことに成功して。


 彼女はしくじった。昨日ルージュに出会ったときに、二人きりで誘い出すようにと話していたのだ。それはリグという存在に一番の脅威を感じていたからだ。


 しかし結局は、接触してしまった。リグが、ラースと共にルージュの元に離れていったのを幸いと、胸を撫で下ろし、機会を伺っていた。


(やっぱり、あれは無理よぉ)


 今のところ無傷では済んでいたが、リグを相手に、ルージュとラースを連れて行くことは不可能に思えた。


(もっと、ガリウス様の助力がないと、今は)


 少しずつ、後退りする。言い合いをしている、今がチャンスと距離をとる。だが、抱き合うラースの背中越しに、向けられた金色の視線がエリスを射竦ませる。


「ひゃぅぅっ!」


 逃さない。歓喜の渦中からも警戒を怠らない威圧の瞳が、そう告げていた。


「でも、もう————《絹鶴》! 行くよぉっ!」


 エリスは胸元の布を宙に放った。布は複雑に折り畳まれ、その姿を変える。翼ある形状へと組み上がり、羽ばたく。絹製の鳥の足が、エリスを掴んだ。


『ラースっ、アイツが逃げるぞ!』


 自ら腕を振り解いて、リグは追走を開始した。その距離は瞬く間に縮まる。


「ひいっ、や、やっぱりぃぃ」


 迫るリグが牙を見せつけ顎を開く。その内部に炎が生成される。


「ガリウス様ぁ、もう一枚、使いますぅっ!」


 再び、エリスは衣を剥ぎ取る仕草を見せた。そこに無かったはずの敷布が現れる。一軒家ほどの広大な布の表面を覆うのは闇。単なる黒色ではない、吸い込まれそうな夜空の闇だ。


 闇は布の四辺を越えて広がる。黒雲に包まれたかのように、牧場から光が閉ざされる。遠くからであれば、エリスの眼前に光と闇の明確な境界を見ることができただろう。


 戸惑いながらも、リグはそのまま炎を放った。炎は、闇の源となった布を燃やし、闇を払う——


 その目論見は外れた。炎は、ただ消えた。闇に吸収されるように。僅かに闇を揺らしただけで。それが晴れることはなかった。


 すぐに次の対応を図る。龍の言葉が、闇を振動させる。場に干渉する龍の唸り。それが人工的な闇を咎める。その振幅に、変位に、闇は追従できない。


 まるで布が破れたかのように、闇に裂け目ができた。そこを起点に、場の状態が均される。牧場を覆う闇は、急速に薄まり、霧散する。


 闇の向こうには、変わらぬ青空。その遥か先に、小さくなったエリスの姿があった。


『リグ、待って! 一人で行かないで!』


 そのまま追いかけようとするリグを、ラースは制止させた。


『いいのか、ラース。アイツから確かめなくても』


『行き先は、わかってる。多分、森の『祭壇』だよ。そう言ってた』


『『祭壇』?』


『リグと最初に会った洞窟のところ。だから、僕も一緒に行く。それで、あいつから本当のことを聞きたいんだ』


 服をはたきながらラースは立ち上がった。そこへ闇の残滓を切り裂きながら、一頭の飛竜がやってきた。ラースの牧場に連絡役として残った飛竜だ。


『リグ様、ラース様! 今のは——ご無事ですかっ!』


『うん。なんともないよ。ねえ、お願いがあるんだ。僕たちを森まで連れて行ってくれないかな。またいっぱい『施術』をしてあげるからさ』


『喜んでっ! お任せください! それで、森のどちらへ』


『『祭壇』ってところなんだけど。——って、あれ? 場所、わかる?』


 名前は知っていても、行き方わからない。その地まで、ラースは案内されただけだった。勢い込んで覗き込む飛竜を前に、首を傾げる。


『トウサさんに聞けばわかるんだけど——』


『オレは覚えているぞ。オレが先導する』


 帰り道と、寄り道と、最終的な帰路。それらを逆算し、リグにはその位置が推測できた。


「待って! ねえ、もしかしてエリスを追いかけるの? だったら、私も! 私も行くからね!」


「ルージュ、危ないよ。家で——、そうだ、メグと一緒に家で待ってて」


 胸の蜥蜴をそっと両手で掴み、ルージュに手渡す。


「いやっ。私も、行きたいの! ラースと一緒にいたいの!」

「ぎっ! ぎゅっ! ぎゅうぅっっ!」


「ほら、メグだって。一緒がいいんだよ。ラースだって離れたくないって言ってくれたじゃない」


 暴れる蜥蜴をラースに押し返して、訴えた。


「私だって、知りたいの。ちゃんと聞きたいの。だから、行くの!」


「わかったよ、ルージュ。でも、僕はあいつを問い詰める。それでもし、あいつが本当に僕の家を襲った奴なら、僕は————。僕はあいつを生かしてはおけない。ルージュの知り合いだったとしても」


 ルージュは強く頷いた。はっきりとさせたかった。そしてもしも。エリスの言うように、自分がラースを傷つけていたのだとしたら。


 それが別れになるかもしれない。そう思うと彼女は待ってなどいられなかった。いっときでも長く、ラースと一緒にいたかった。足が竦んでも、膝が震えても、進むしかなかった。


 ルージュは半ば、覚悟していた。

【次回予告】

『祭壇』の地へ向かうラース。

道半ば、彼らは襲われる。


次回、「我が命にかえても」

よろしくお願いします。

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