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第83話 我々が、未熟で

 全く無関係の男女二人が、それぞれラースを追っていた。


 男は、ラースの国の公務に携わる者だ。彼は命令を受け、ラースについての調査を進めていた。王都で発生した魔獣の襲撃。その責を問われているわけではなかったが、関係者として名の挙がったラースには、妥当な判断が下されていた。


 飛竜を操ったと報告された少年を野放しにできない。現状では拘束するほどではないが、その素性を明らかにする必要はある、という至極真っ当な要請だ。


 その足取りを掴むのは容易だった。ラースの名を知る者は、男が思うよりも案外多く存在していたのだ。人流の多い冒険者ギルドでは、すぐに彼を知る複数の者と接触できた。


 ギルド主催の大会で優勝し、この街に入る時にも小さな騒ぎを起こしていた。少し聞き込みを進めると、彼が、クルシュナ辺境伯であるパルドゥルー家の別邸に出入りしていることも掴めた。


 そこで男は、パルドゥルー家本邸のあるシンシアの街へ向かった。今はその道中だ。


 シンシアの町で辺境伯本人に面会すれば、ラースの住む村についてもすぐに知ることができるだろう。移動に時間がかかっても、捜索自体は容易な任務だ。鞍上の男はそう感じていた。


 しかし、彼がラースと直接会うことはなかった。結果的に、男は任務を全うできなかったのだ。


 そして、女の方は、村に縁のある者だった。それは、明確に敵意を持った侵略者だった。






 上昇気流に乗る猛禽類のように、飛竜たちはゆっくりと漂っていた。彼らの能力からすれば、眠っているかのような柔らかな飛行。それは、大切な者への気遣いの表れだった。


 編隊の中央の飛竜の背で、ラースは眠っていた。ヴェルスの洞窟と娘たちの住居に、彼らは数日間滞在していた。ヴェルスが、なかなか彼らを解放しなかったのだ。ようやく別れを告げ、帰路につくなり、彼は眠りに落ちた。


 すごく、疲れていたもの。


 見守るルージュの想いに、リグは同意できた。どんな意を持ってラースが立ち向かったかはわからなかったが、龍と対峙することがどれ程消耗するかは、想像に難くない。問答無用に襲い掛かられれば、抗う術などないのだから。


 硬い鱗の上で伏せて眠るラースの頬に、リグはそっと触れる。


(ラース、もう一度)


 声には出さずに、リグは撫でていた。日が暮れ、草原で固まって休む時まで、彼はそうし続けていた。


 目を覚まし回復してからは、ラースは快適な空の旅を堪能する。急ぐ理由はもう存在しない。速すぎず遅すぎず、時には曲芸のように蛇行しながら、飛竜たちは楽しませた。


「みんな、ありがとう。すごく助かったよ」


 そうして自宅の牧場に着くと、ラースは最大限の笑顔で彼らを称えた。


「なんの、容易いことです」

「我らこそ、楽しめました。喜びで満たされておりますっ!」

「そうですよ、ラース様。いつでもお呼びください」

「我らは、貴方や、リグ様の子なのですから」


 その言葉に偽りは微塵も感じられなかった。飛竜たちは、そのように従うことで充足する気質を備えていた。かつてルドラが述べたような『契りのための口上』が存在することが、彼らの性質を物語っていた。


「では、我らは一旦戻ります」


「あ、待って! そんなに急がなくてもいいよね?」


「ええ。特に何かがあるわけではありませんが」


 長い首を傾げて、飛竜は言葉を待つ。


「僕、お礼がしたくって。僕にできることっていったら『施術』くらいだから。だからね、今日はみんなに思いっきり『施術』をしてあげたいな」


『なっ!?』

『なんとっ!!!』


 ごうっ、と強風が吹き荒れた。牧草を巻き上げ、小屋の建材が軋む。


「きゃあぁっ!」


 桃色の髪が暴れ、ルージュはそこにある髪飾りをとっさに押さえる。


「ちょっと! 落ち着いて!」


「……あ、ああ。申し訳ありません、ラース様」

「つい、つい、抑えきれずに」


「大丈夫だよ。時間はたっぷりあるしね。みんな順番にやるから」


「申し訳ありません。では、僭越ながら」


 彼らのうちでリーダー格の一頭が身体を横たえる。緩く首を曲げ、尻尾を垂らすその姿に、警戒は微塵もない。あるとすれば、これから与えられる悦びに対しての、期待からくる緊張感だろう。それも、すぐに融解するのだが。


『リグにはいつも通り、夜にやってあげるからね』


 無言で寄り添ってきた小さな龍には、軽く首を撫でて落ち着かせた。


 ラースは集中を始めた。飛竜たちに対しての『施術』は、実のところまだまだ掴んでいなかった。彼らの身体は大きく、『施術』をするにもこれまで通りとはいかない。それでも飛竜たちは喜んでくれているのではあるが、ラースは納得していなかった。彼らの深部を掴むような感覚を、未だ得ていない。


 一度、じっくりと向き合いたい。そう思っていた。彼らに報いるためにも。


 そんなラースの集中を途切れさせたのは、彼の胸元で、もぞもぞと動く蜥蜴だった。蜥蜴は彼の体を降り、シャツの隙間から顔を出す。


「ん? どうしたの?」


 彼の声には答えずに、蜥蜴は彼の体を離れて地面に降りた。目を閉じたまま鼻先をあちこちに向け、探る。


 ラースが手をとめて見守る中、それまで見たこともない勢いで走り出した。繁る牧草の前で立ち止まり、匂いを嗅ぐように顔を近づけてから、恐る恐る喰いついた。


「食べてるね。草食なんだ」


 声をひそめてその様子を伺う。


『いや、ラース。あれは草を食べているわけじゃあないぞ』


『そうですね、リグ様。あれは毒素を吸っているようです』


『毒素……? ああ、ルドラの? そういえば、毒のある砂で卵を温めていたんだっけ』


 ソルシャの屋敷でのことが思い出された。それが必要なのだと彼女は説明していたのだ。


『でも、大丈夫なの?』


『本当に危険だと感じれば、食べることはないでしょう』


 蜥蜴は今は別の草を咥えていた。最初の草は少しちぎれているだけで、確かに葉そのものを食べている様子はなかった。


『そうみたいだね。よかった。あ、じゃあ、ここにいれば、この子の食べ物は心配ないんだね』


『まあ、そうですね。ルドラの奴も役に立った、ということです』


『そっか、ルドラ——』


 自分を必死に助けてくれた飛竜の姿が思い浮かぶ。牧草地が荒らされてしまったのは辛かったが、それでルドラを責めようとは思わない。むしろ、彼に対しては、申し訳なさの方が強かった。


「ねえ、ラース。この子なんだけど」


 より近くで、膝をついて観察していたルージュが振り返った。


「うん?」


「名前、どうしようか。ね、名前が必要だと思うの」


「名前、かぁ。そうだね。でも、名前——」


『オマエの好きにすればいい』


 助けを求める視線に、リグは素っ気なく答えた。


「うん。じゃあ。——————メグ。メグにしよう。『恵みの水』で助かった子だしね」


「メグ!? うん。いいね。メグ————リグとちょっと似ているし。お揃いね」


『ま、いいかもな』


「そうだよね。ちょっとリグのことも思ったんだ。この子、ちゃんと生まれたわけじゃなかったし。リグみたいに強く育てばいいなって。ね」


『そうだな』


 満足げに頷く。遥か遠縁の生物に、少しだけ兄弟の如き親近感が湧いていた。


「メグ、ちゃんと元気に、大きくなってね」


 その言葉に反応して、メグは振り返った。いっぱい食べてね、というラースの呼びかけに、しかしメグは戻ってくる。満足したのかラースの胸元に戻って、ぎゅ、とひと声。眠りに落ちた。


 ラースと、それまで『施術』を受けていた飛竜は顔を見合わせる。


「だ、大丈夫だよ。ゆっくりやるから」


 不安に表情を曇らせる飛竜に声をかけて、ラースは『施術』を再開した。


「じゃあ、私はご飯の用意するね。なんかメグが食べているの見てたらお腹すいちゃった」


「では我々も、何か狩ってきましょう」


 順番待ちの飛竜が森へ飛び立つ。ルージュは村の方へと小走りに向かい、消えていった。






『ぎ、きゅ、ひいィィィィィィィィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!』

『ふひゅっ、ふ、ゆぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!!』

『あっ、ああっ! ……っさまっ! ラースさまあああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!』


 食事を挟んで『施術』は夜まで続けられた。その終盤になってようやく、ラースは飛竜を『掴』み、両腕が沈み込むような感覚を得た。

 大きな体に対応するように、ラースは全身を使って『施術』を行っていた。それは今まで試みたことのない方法で、それゆえ、腕だけではなく、全身が飛竜と一体化したかのように思えた。


 しかしそれは、長くは続かなかった。飛竜たちの叫声が、村中に轟いたからだ。流石にこれは、と思いラースは中断した。


「今度は、森でやろうね」


「申し訳……ありません……我々が、未熟で……」


 続けたかったのはラースも同じだ。それがわかっていたから、飛竜たちは己の不甲斐なさを恥じる。


「大丈夫だよ。一回掴んだら、忘れないから。だから、今日はここまでにしよう」


「せっかくの、ラース様のご好意も、受け止めきれず、我々は」


「いいんだよ。それだけ喜んでくれたってことだしね。さ、休んでて」


 慰めにも、飛竜たちはうなだれたままだった。






『待たせちゃったね、リグ』


『おうっ!』


 飛竜たちへの『施術』を終え、王都以来続けることとしたリグとの訓練を済ませ。ようやく、ベッドの上でのいつもの行為を始めていた。しかし、ラースはその違いに戸惑う。


(なんだろう。今までよりも、ずっと解る……)


 リグの身体は知り尽くしているはずだった。これまでの積み重ねもある。そもそも最初に出会った時から知っていた身体だ。より気持ちよく、という想いがもたらす一体感。彼の身体がどう反応するかで、どう感じているかが解る。それがこれまでのことだ。


 今宵は、その段階ではなかった。リグの身体、だけではない。感覚までもが共有されているようだった。彼が気持ちよくさせているのに、彼自身がその気持ちよさを受けているのだ。


 一体自分は『施術』をしているのか、受けているのか。ラースにはわからなくなる。うつ伏せになったリグの腹の下、シーツの感触までも伝わる、渾然一体となったような感覚だ。


 それをもたらした要因をラースは理解していない。それは飛竜を『掴ん』だ時の感覚であり、もう一つは、ヴェルスの《解析》によって見せられた、リグルヴェルダスの記憶だった。自らの内に眠る邪龍の記憶。その存在を改めて認識させられたことが、リグをより深く理解することに繋がっていた。


「ねえ、ラース。お話があるの」


 心地良い感覚に浸るラースを、ルージュの遠慮がちな声が引き戻した。


「え、ああ。ルージュ。なに?」

「邪魔だ」


 これまでにない深みにはまっていたのは、リグも同様だった。それを遮断され、威嚇の唸りが漏れ出た。


『え? リグ、いいよね?』

『だめ、だ。今の、忘れないうちに——』

『う、うん』


 その魅力にラースは抗えず、同意する。


「ルージュ、ごめんね。後でいいかな」


「あ——、ああ、うん。大丈夫よ。じゃあ、明日。お願いね」


「ごめんね。朝、必ず聞くよ」


「うん。ありがと。じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみ、ルージュ」


 扉を閉める姿を見送ると、二人は無言で視線を交わした。


 想いは一つだった。

第15章始まりです。


【次回予告】

ルージュの想い。

彼女の背中を押した者がいた。

そして、ラースは知る。


次回、「いい趣味しているわよね」

よろしくお願いします。

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