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第75話【昔話】このままで大丈夫ですから

その5


 少年の周囲に、細かな土砂が積もっていた。彼を襲ったゴーレムの成れの果てだ。


「どうだっ! これで終わりか? 大したことなかったな」


「すごい、すごいよぉ、さすがですっ」


「だろ。当然さ」


 応援していた少女を振り返って、少年は誇らしげに杖を掲げた。


「いい術でした。五体のゴーレムを、こうも容易く倒すとは。あなたの風の術は完成されていますね」


 幼くして魔術を修得し、さらなる修行と実践の十年。十代にして魔術師として成功を収めた少年は、彼を慕う少女とともにこの地に足を踏み入れていた。より高みを目指して。そして彼はルルカラの試練を乗り越えた。


「では、こちらへ」


 ルルカラの誘いに歩み寄る少年の背後で、砕かれた土砂が形を変えた。鋭利な槍を形成し、音もなく死角から少年を襲う。


 だが、その攻撃が届くことはなかった。少年の周囲に障壁が展開された。渦巻く風に阻まれた槍は、分解され土へ還る。


「あら、隙もないのね」


「当然。この程度の不意打ちなんて、自動で対処できるのさ」


「それは素晴らしいことです」


 感心し、頷く龍の姿が、巻き上げられた土越しに霞む。先の攻撃に使われた土は、余韻ように少年の周囲に漂っていた。


 少年が異変に気づく。


 攻撃は遮った。しかしそれで終わったわけではなかった。彼を守る風殻ごと、土は若き魔術師を包み込んでいた。見守る少女からは、すでに彼の姿は認められない。少年は土の牢獄へと囚われていた。


「ねえ、どうかなあ、かあさま?」


 術の衝撃音と、抵抗の叫びを気にかけることなく、少女は龍を見上げる。


「期待できると思いますよ、娘よ」


「ほんと!? やったあ!」


 飛び上がって小躍りする少女。その迅る心を諫めるように、温かな舌が頬をなぞった。


「では、確認しましょう。よい結果が出るといいですね」


「うんっ!」


 ルルカラは球形の土を、飴玉のように口内へ納める。そして、彼女の特性たる《解析》を行う。


 リグルヴェルダスが述べたように、そのようにして彼女は対象を解析するのだ。物理的に喰らったわけではない。そこには解析を行うための空間がある。


 力を。技を。潜在力を。

 魔素を。魔術の素養を。

 知識を。知性を。記憶を。思考様式を。


 娘に与えるに相応しいものがあれば、次の段階へ進む。そうでなければ、幾ばくかの力を与え開放する。


「娘よ、こちらへ」


「は、はいっ、かあさまっ!」


 それは、合格の合図。歓喜に包まれた少女は、次の瞬間、母に包まれる。


(再構成、ね)


 リグルヴェルダスの言葉がルルカラの内に蘇る。二つの命から一を生み出すのは、確かにそうだろう。彼女は否定的だ。ただ、彼らしい、と思うだけであった。


《再構成》には時間がかかる。少しずつ、娘に新たな力を混ぜ合わせるのだ。そう単純なものであるはずがない。とはいえ、ある程度の措置が終われば安定期に入る。自然に子を産むときのように。


 その時まで対象に影響を与えないように、と。リグルヴェルダスは遥か上空から観察していた。






その6


『邪魔したか?』


 数日後、大樹の下で体を丸めて休むルルカラに、リグルヴェルダスは声をかけた。それが心配からでた言葉ではないと、彼女にはわかってしまう。


『見ていたのね——いいえ。むしろ逆』


『そうか?』


『この力はね、とても集中が必要なの。体力も使う。代償は大きいのよ。けれど、安心できた』


 ゆっくりと、彼女はリグルヴェルダスの足元へ近づく。


『注意よりも、興味が勝ったのね。途中から気づいていた。だから、心穏やかなまま、向き合うことができたの。まるであなたが守ってくれているみたいで』


『良い影響ならばそれでいい』


『……まあ、いいです』


 あくまで、自らの為。そのような口ぶりにも、彼女が辟易することはない。むしろ心配される方が不気味だ。そう思わせるのが、彼という存在だとわかっていたから。


 それでも、少しは。


 そんな感情が、無いわけではなかった。そんな彼女の側に、リグルヴェルダスは無遠慮に体を横たえた。


『ならば、このまま居させてもらおう。誕生の時までな』


『…………えっ? え、ここに? この、まま……?』


 動揺が、声を震わせる。


『安心、なのだろう?』


『そ、そう、です……が。あなた、が?』


『む。その割には乱れているな。俺はお前を見ていたいだけだ。だがそれは、通常の状態でなければ意味がない。やはり許容できぬ影響を与えるようだ』


『ま、待って! 私は平気よ! こ、このままで……このままで大丈夫ですから!』


 巨軀を起こそうとするリグルヴェルダスを、慌てて制した。深呼吸を一つ二つ、暴れる感情をなだめる。


『ええ、大丈夫ですよ、リグ。ここに居たいのであれば、どうぞ』


『そうだな。そうさせてもらおうか』


 わずかに不審な目を向けたのち、リグルヴェルダスは頭を地に伏した。互いの腹の辺りに頭を向け、長い尻尾で円を描くその様は陰陽の紋様のようであった。






その7


 新たな生を受けた少女は、その見た目に変化はなかった。純粋な人間をその素材に使用したからだ。だが、その者の力を得ていた。


 少女は、少年の術の素養を受け継いだ。すぐに同じ力が発揮できるわけではない。しかし、確実にそこへ至る道筋を得たのだった。


「ありがとうございます、かあさま」


「そうね。よかったわ。とても喜ばしいことです」


「うんっ。それじゃあ、また、いい人を連れてくるからね、かあさまっ」


「ええ、期待していますよ」


 母の笑顔に、ちぎれんばかりに少女は何度も頷く。大きな龍の顔に一度だけ抱きついて、少女は帰っていった。魔物の住む森は、彼女には障害にならなかった。


 その後、《解析》と《再構成》を、リグルヴェルダスは何度か観察していた。そして違和感を覚える。


 異変は、《再構成》の直後に起こった。


 リグルヴェルダスが見守る中での、数度目の《再構成》を終え、娘が去ったのちのことだ。ルルカラは予後不良に陥る。

 それ自体は珍しいことではない。《再構成》には多くの力を使い、一時的に彼女を弱体化させる。それゆえ、リグルヴェルダスの存在が、彼女に安心感を与えていたのだ。


 今回の彼女は、痛みを訴えていた。痛みと、不快感。体内で何かが暴れ、身体が崩れてしまいそうな不安定感に襲われる。


『————あ、があっっ!』


 嘔吐を促すように、喉が蠢く。しかし、何かが排出されることはなかった。


『な……な、に……ぐ、うぅぅっ』


 痛みに歯を食いしばり、鼻先を地面に擦り付けた。四肢の爪が土を抉った。このまま埋もれてしまいたい。苦痛とともに訪れる浮遊感は、彼女にそう働きかける。


『ルルカラ』


『く、ううっ……リ、グ……』


 痛みに暴れる身体を懸命に制しながら、その目で訴える。抑えきれずに暴れる尻尾が、土を巻き上げながら彼の体を打ち据えた。


『抵抗、するなよ』


 リグルヴェルダスは彼女の体に両手を添えた。自らの魔素を伸展させる。彼女の体内で暴れるものを縛り上げ、同時に彼女の精神に干渉する。


『ひっ……、や、ぁ……リグ……り、ふ……ぅぅ……』


 次第に力を失い、ルルカラの体は平静を取り戻す。ぐったりとした肢体を荒れた大地から持ち上げ、リグルヴェルダスは大樹の反対側の平穏な草地へ彼女をそっと下ろした。


『軽く麻痺させた。痛みももうあるまい』


『あ、ありがと、リグ』


『一時的な処置だ。そのまま少し休め』


 返事の代わりに、彼女は目を閉じた。穏やかな息遣いへと変わった彼女の身体を、その魔素の働きをリグルヴェルダスは改めて確認する。


 二度目の時には気がついていた。その後は追証とするために。彼女の《再構成》を観察し続けた。そうして彼は把握した。


 原因を取り除かなければならない。方策の目処は立っている。リグルヴェルダスは、自らの手でそれができると踏んでいた。


 だが、これはルルカラ自身が解決した方がいい。効率もその方がずっと良いと彼には分かっていた。今後も同じようなことが起こった際に対処できるように、彼女自身が行う必要がある、と。


『リグ……リグ、ありがとう』


 リグルヴェルダスがその言葉を耳にした頃には、すでに日が暮れていた。二頭の龍の存在は、周囲に静寂をもたらす。魔獣の住む森とはいえ、彼らを害する存在などありはしないのだから。


『どうだ?』


『ええ、大丈夫です。今は落ち着いているわ』


『ならば、いい。だが、ルルカラ。お前はこれを経験していないのか? これまで気づかなかったというのか?』


『こんなこと、なかったわ。なぜなのかはわかりません。ですが、貴方がいてくれて本当に良かった。助かりました』


『——まだ、助かったわけではない』


 このままでは助からない。闇に輝く金色の瞳が語っていた。ルルカラには、それがわかった。


『私は、どうすればいいのですか?』


『そうだな。この原因となるものを排出してしまえばいい。あるいは、完全に我が物にできるのであれば、それでもいいが』


『排出……? なにを、ですか?』


『《再構成》の断片だ。お前は取り込んだ奴の全てを、娘として《再構成》するわけではあるまい。不要な要素は残し、食物を消化するように、自らの中へ還すのだろう』


『え、ええ。選別をし、必要なものだけを娘に与えるのです。貴方は、そんなところまで見えていたのですか?』


『観察と、推測と、検証の結果だ』


 短い回答のその意味に、ルルカラは気がつかない。


『だがな、俺が見る限り、全てがお前に還るわけではなかっだぞ。そこには誤差があった。塵芥のような誤差だが、《再構成》のたびに、確実にそれは積み重なる。誤差はお前にとって異物だ。それが臨界を超えた、というわけだ』


『誤差……。そう、ですか。まるで呪いね。娘の糧となった者の怨嗟、といったところでしょうか』


『どんなものでも、誤差というのは付き纏うものだ。だが、対処方法はある』


『そうね。私は自らの力を否定しないわ。ねえ、リグ。教えてください』


 娘のために。自らの繁栄のために。龍が人を気に病むことはない。


『言っただろう。誤差は、排出すればいい。単為にて娘を生み出すことのできるお前には、それを認識した今、できぬことではないだろう』


『そういうこと……ですか。娘を産むように、ですか。でも——』


『何を躊躇している?』


『いえ、いいわ。この術を解いてください』


 彼女は諦めて決心した。リグルヴェルダスが理解し、考慮してくれるなどという甘い考えを捨てて。


『ならば、解くぞ』

【次回予告】

《再構成》の欠点を、ルルカラは克服する。

それは、伝説と呼ばれる龍をも驚愕させる方法で。


次回、「いくらでも?」

よろしくお願いします。

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