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第74話【昔話】欲しいくらいだ

その1


 遥か昔、亜人の都市国家があった。亜人だけが住む国、というわけではない。人間を排斥しているわけでもない。ただ、成り立ちに亜人が中心となった、という程度のことだ。


 人間に似て非なる存在である亜人。その多くは人間の姿の中に、他の生物の特徴を持つ。わかりやすい(ぐん)としては、獣人というカテゴリーだろう。毛皮に覆われ、獣の特徴たる尻尾や耳、牙、鋭い爪を持つ。

 また、その特徴の表れ具合も様々だった。直立し人語を解するだけで、ほぼ獣の姿、という者もいる。一方で頭部に獣の特徴を強く表すのみにとどまる者もいる。


 いずれにしても、その外見的特徴と内面的な人間性との類似は一定の相関がある。強力な力を持つ一方で、本能を色濃く残す、危険な存在も確かにいるのだ。それでも、国として成り立ち、人間と共に生活できる範疇には収まっている。


 それゆえ——というのは一つの最低条件だったが——この国には純粋な人間が多く流入していた。


 理由の一つは、ひどく世俗的なものだ。この国に暮らす亜人は皆、美しいのだ。人間にない特徴を以て『美しい』と感じるのは奇異なことかもしれないが、問われた移住者はそう答えていた。


 特に男性は。彼らは知らぬことだったが、元々のこの国の亜人は皆、女性である。男性は混血だった。こんな理由で興味本位に訪れ、居着くような者には関心外のことではあったが。


 もう一つの理由は、より功利的だった。この国には噂があった。いや、体験した者がいる以上、それは事実。


『試練を乗り越えれば、飛躍的に強くなることができる』


 その情報が、力を求める者を引き寄せていた。






その2


 亜人の街から徒歩で一日程度の距離に存在する森林。その最深の大樹から龍は見通していた。巨木の幹に蜥蜴のように体を張りつかせ、森を進む男女の姿を捉えている。


「そろそろね。条件に合えばいいけれど」


 その龍、ルルカラ・ラクトルスは大樹の根本まで降り、幹に体を巻きつけるようにして待った。魔獣の住まう森を抜け、ここまでたどり着けるというだけで、最低限の力は有している。それ以上のことは、彼女の判断次第だ。


 目を閉じ気配を探る彼女は、下草を踏み締める音の接近を感じる。音は確実に近づき、大樹の周囲に広がる、樹木の空白地に達した。それを確認し、まるでいま目が醒めた、というふうにルルカラはゆっくりと頭をもたげる。


「おまえが『試練の龍』か! 俺はおまえの試練を受けにここまで来た! それを乗り越えれば、力をくれるのだろう!」


 男は金属鎧を身につけた、若い戦士だった。ルルカラの巨体を前にも臆することなく叫ぶ。


「そうね。その通り。あなたが、それに値するのなら」


「問題ないな。さあ、始めてくれ! 俺の力を見せてやろう。おまえと戦えばいいのか」


「期待します。ですが、戦うのは私ではありません」


 彼女は術を唱えた。龍の言葉に応じて地面が盛り上がり、粗雑な人の形を成す。


「ゴーレムか! いいぞ、やってやるっ!」


 連れの女性を下がらせ、男は剣を構えた。自らよりも頭ひとつ抜きんでた大きさのゴーレムが三体。一見して圧倒的な不利。しかし男は臆すことなく向かう。


 森の道中で、幾度となく魔獣の血を吸ってきた大剣が、動きの鈍い土人形の足を両断する。バランスを崩して倒れ込む一体をよそに、次へ向かう。


 そうして三体目を切り倒した頃、一体目のゴーレムは復活していた。術によって成型された土くれは、一時的に動きを止められただけ。破壊された部位は容易に再生する。ダメージを与えられたわけではない。


「ふっ、まあ、そうだよな。どこかに核があるはず」


 あるいは術者を。しかし、それは考慮に値しない不可能な選択肢。男の剣は再び一体のゴーレムの動きを止め、


「うおおおおおおーーーーーーっ!」


 烈叫と共に、剣を加速させる。無数の刃が残像となって、ゴーレムの胴体を、頭部を細切れに砕く。


「ちっ、手応えが——————ぐがぁっ!」


 背後からの衝撃に、男は吹き飛ばされた。転がった先に、ルルカラの前脚の鉤爪があった。


 男は振り返り、自らを襲ったゴーレムを確認する。


「四体——五体目!?」


「まだ、いけますか?」


 頭上からの穏やかな声に、男は頭に血を上らせる。瞬間、剣をかち上げていた。そこに見えた龍の喉元に向けて。


 男の腕に、衝撃が走った。その掌から剣がこぼれ落ちる。


「な……に……!?」


 刃は龍に届いていない。痛みは、それ以前に彼を襲っていたのだ。


「——それは、許されざる大罪です」


「な……? なにっ?」


 女性の声に、彼は振り返る。彼と共にここへ来た女性の姿は、ゴーレムによって遮られ、確認することはできなかった。


 男の体を土の掌が握りしめる。視界を塞ぐように、頭を鷲掴みにされる。ルルカラの下から引き摺り出され、両腕も、両足も土に拘束され、男は一切の抵抗を封じられた。


 一体のゴーレムが、彼を抱きしめる。破壊するため、ではなく取り込むために。男の体はゴーレムの体内に完全に埋め込まれた。


「ここまでですか」


 ルルカラは、男を含んだゴーレムを手繰り寄せた。その巨体を、噛み砕くことなく一飲みにした。






その3


 試練を受けた男は、惚けたように座り込んでいた。


「お、俺は……。ゴーレムに捕まって……、負けた、のか?」


「大丈夫? 助かったのよ、あなたは」


 見守っていた女性が肩に腕をまわす。首を巡らす男の視界には、巨大な龍も、ゴーレムの姿もすでになかった。


「そうか……畜生、俺は、試練を突破できなかったんだな」


「いいえ。あなたは負けてしまったけれど、あの龍は言っていたわ。あなたには、まだまだ強くなれる素質があるって。だから少しだけ、あなたに力を与えるって言ってたの」


「俺に、力を!?」


「ええ。何か、変わった感じがしますか?」


 そっと女性の体を放して、男は立ち上がった。いつの間にか納められていた剣を抜き、構える。そして、気合と共に一振り。


「……おおっ!」


 手応えを感じとり、感嘆の声をあげた。今までの自分とは違う。龍は、少しだけ、と言ったが、明らかな剣速の増加だった。


「いいぞっ。これは凄い! これなら森の魔獣相手でも、楽勝だ!」


「本当? よかった。それでね、あの龍は、こうも言っていたわ。その力を高めたら、再びここへ来なさい、って。その時にはもっと強い力を与えてくれるそうよ」


「さらに強い力!? そうか、わかった。やるぞ、俺は! もっと修行して、次は試練を乗り越えて! より高みへ! 俺は上り詰めてやるっ!」


 己の力に興奮し、男は声を張り上げていた。彼を後押しするように、女性はそっと背中に手を当てる。


 早く実戦で確かめたい。そんな高揚した心のまま帰路に着く。森を抜けるまでには、再び魔獣たちとの戦いがあるはずだ。そこで存分に力を振るうことができる。


 そう意気揚々と歩き出す男の熱意を冷まさぬように、女性は静かに背後につき従った。そうして男の視界の外で振り返る。大樹を見上げ、微笑みながら深々と頭を下げた。






その4


 去りゆく女性が最後に送った視線の先に、ルルカラの安息する姿があった。高所の幹で、体を垂直に保って彼女は休息していた。さながら民家の壁に張り付く家守のようであったが、覆い茂る大樹の枝葉は、その姿が晒されることを防いでいた。


『あれでは、足りないわね』


『残念だ』


 思い出しながら呟くルルカラに、不意に声が届いた。大きな音ではないにもかかわらず、遠くから伝わる声。それは頭の中に直接響いているかのような錯覚を彼女に与える。


 次いで、彼女の体が浮いた。四肢が大樹から離れる。


『ひゃっ?!』


 子供のような素っ頓狂な鳴き声をあげて、彼女は振り返った。


『え、リグ!? リグなの!?』


 ルルカラの胴が、龍の両手によって抱えらえていた。気配を感じさせぬまま接近を許したことと、それが旧知の存在だったことに、驚愕と喜びが入り混じる。


『俺をその名で呼ぶな、ルルカラ』


 幼名を出されたことに目を細め、リグルヴェルダスはその両手を開放した。


『や……あぁっっ!』


 ルルカラは翼を持っていない。空中で抱えられ、自身の体長の数倍の高さから放たれた彼女は、重力に身を任せるしかなかった。


 地面への激突までのわずかな間、彼女の詠唱が変化をもたらした。落下地点の地面が隆起し、彼女の降下速度に等しい速度で近づく。その表面は流動化していた。このままルルカラの体と、迫る地面が衝突しても、柔らかくその体を包み込むだろうと思わせるほどに。


 しかし、両者はその速度を保ったまま接触することはなかった。先に、ルルカラの体が空中で止まる。のちに隆起した地面が速度を減じながら追いつき、彼女の体を支えた。なぜなら、接触の前、彼女の体には長い尻尾が巻きつき、その落下を食い止めていたからだ。


『……そういうところよ、リグ』


 ため息を漏らし、彼女は視線を頭上に送った。自身の体を支えていた尻尾が離れると、隆起した地面を術によって元の姿へ還す。


『その名で呼ぶな、と言ったろう』


 彼女の隣に着地し、彼は威圧するように見下ろす。元々ルルカラは、蜥蜴のように四足歩行を基本とする体型だ。対してリグルヴェルダスは二足の直立。普通にしていれば、このような構図になるのは当然だった。


『私にとっては、いつまでもリグ、よ。どれだけ時を経ようと、あなたの時間が私を超えることはないもの。これは、あなたの大好きな『真理』でしょう?』


『ただの事実、だな。含蓄のない真理だ。意味などない』


『まあ、いいわ。ところでリグ。今日はどんな用件で? 『会合』にも姿を見せないあなたが、直接来るなんて何があったのかしら』


『……そうだな』


 口籠るリグルヴェルダスを、ルルカラは珍しそうに見つめた。表情からは読み取れなかった。この時彼が、黒龍の父子のことを思い返していたことなど、彼女は知るはずもない。


『久しぶりに、お前の力を見たいと思ってな。先は半分しか見せなかったな?』


『ええ。彼は達していなかったもの。最近はね、厳選しているのよ。数が増えたものだから。そう、見たかったのね?』


『《解析》と《再構成》。お前の特性は興味深い。欲しいくらいだ』


 同じ効果を、術で再現することは可能だ。だが、その効果を術を介さずに発現できるのが『特性』というものだ。その利便性は計り知れない。


『その呼び方は嫌。《解析》はともかく、もう一つの方は』


『取り込んだ者の存在を解析し、新たな命として再構成し生み出す——。ふさわしい呼び名だろうが』


『そんな無味なものではないのよ。命を生み出す、ということは。それに、あまりひとに見せるものでもないし』


 抗議の意を込めて、強い視線を送る。そののちに顔を逸らし、伺うように瞳だけをわずかに彼に向けた。


『でも、あなたが見たいのなら——』


『ふん。だが、いずれにせよ、期待外れだったな』


 ルルカラの意を汲むことなく、リグルヴェルダスは翼を動かし始める。


『え? もう行ってしまうの? もう少しここにいてくれたら、次の機会があるかもしれないのに』


『それ程暇ではない。機会があるのなら呼べばいい』


 すがるような視線を気にかけることなく、リグルヴェルダスは飛び去った。

【次回予告】

ルルカラの持つ《再構成》という特性。

それは欠点を内包していた。

そのことをリグルヴェルダスは認識する。


次回、「このままで大丈夫ですから」

よろしくお願いします。

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