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第66話 そんな少年に朗報

「えへ、えへへへへ」


 くるくるくる、と。


 アルフ商会のカウンター前で、ルージュは蕩けそうなほどに頬を緩ませながら踊っていた。時折頭を傾けて、ラースに見せびらかしながら。そこを彩るは、太陽を象徴する黄色い花を模した髪飾りだ。


「うん、とっても似合うよ、ルージュ」


 桃色の花の絨毯の中で、ひときわ輝く大輪。それが周りの花をも鮮やかに照らしていた。太陽の下で咲き誇り、そよ風に揺れる本物の花のように。


「ずっと、ずっと。ずっと大切にするからね!」


 踊りの流れの中でラースに抱きついて、彼女は瞳を潤ませた。落ち着きを取り戻した髪を、ラースは口元を綻ばせながら撫で下ろす。


『そうだ、今度はリグにも何かプレゼントするから。ねえ、リグ。何がいいかなぁ』


『オレはいらないぞ』


『え、そうなの? でも、何かあるんじゃない?』


『オレはな、ラース。欲しいものは自分で手に入れるんだ』


 真剣な眼差しで答えた。リグらしいな、と思いはしたが、それでも何かをしてあげたいという気持ちは変わらない。『施術』以外でも、リグの喜ぶ何かを。


 それを求めて思いを巡らすラースの胸に、勢いをつけてリグは飛び込んできた。


『オレは、自分の手で、掴むんだぞ』


 そう言いながら、小さな手で、ぎゅっとラースの体を掴んだ。


「あの〜、そろそろ支払いを〜、ラースさ〜ん」


 カウンターからの間延びした声に、ラースは現実に引き戻された。心地よさに浸っていた彼であったが、名残惜しそうに二人をそっと離す。


「あ、はい。じゃあこれを」


 ラースは金貨の入った小さな箱を取り出した。大会の賞金として貰ったものを、そっくりそのまま店員へと手渡す。


「ねえ、本当に渡しちゃうの? やっぱりなんか違うと思うの」


「だけど、『契約』なんだし、仕方ないよ」


 納得していないのはラースも同じだったが、それを曲げることはできなかった。少なくともルージュへのプレゼントを買うことができた。そのことで彼は収めていた。


「は〜い、お買い上げありがとうございま〜す。でも、残念でしたね〜。壊れちゃったんですって〜。あ、でも。そうそう。優勝おめでとうございます〜」


 取ってつけたような言い方に、ドンッ、とカウンターの側面が叩かれた。ルージュだった。


「馬鹿にしないでよっ! あんなの売っておいてっ!」


「ルージュ、もういいからね。大丈夫、ちゃんと役に立ったんだから」


「だって!」


 納得できずに、彼女は自分の身長よりも高いカウンター小突き続ける。


「ちょっと〜、それ以上は修理代、いただきますよ。それと〜。そんな少年に朗報。これ、見てください〜」


 最初の頃からラースの相手をしていた獣の店員は、大きな木箱をカウンターの上にのせた。その中にあるものに、ラースは引き寄せられる。


「ちょうど昼間入荷したの。少年お気に入りの手甲の右手の方。ど〜お?」


「これ……、え? 昼間って?」


「そうよ〜、同じ人だったわ。またお金が入用だったみたいなの〜」


 つまりは質にした。あるいは売り払った、ということだ。箱から取り出された手甲を確認しようと、ルージュは背伸びしてカウンターの端を掴んでいた。


「おんなじ……。うそ! 昼間なんて! 最初っからあったんでしょ! ラースに意地悪したんだ!」


「ルージュ、そんなことないよ。落ち着いて。ね」


「だって、これがあれば、ラースだってもっと怪我しないで済んだのよ! あるのに、隠してたの!」


「そんなわけないじゃないですか〜。セットだったら安くしなきゃ、とかないですからね〜。それよりも」


 睨み付けるルージュを軽くあしらって、店員は手甲をラースに押し付けた。


「新しい武具が欲しいでしょ、優勝者のラースさん。また使ってみてくださいね〜」


「う、うん」


 入荷の真実は分からない。が、ラースはとっくに惹きつけられていた。促されるままに手に取り、腕を通していた。


 確かに、同じものだとラースには思えた。同じようにややオーバーサイズで、しかし自分の腕に吸い付くよう。手指を動かしたときの違和感もない。そうやって魅入られたかのように、龍の形の手甲を見つめていた。


 憧れの武器を手にした者の笑顔を、店員は幾度も見ていた。喜びと高揚感。しかし、それらとはラースの表情は違って見えた。最初は同じようようなものだった。その表情はやがて、鑑定を行う者のように真剣になり、ついで湯浴みの最中ように緩んだのだ。


 店員は辛抱強く待ち、ようやく顔をあげたラースを笑顔で迎える。


「あの、これ——」


「賈う!」


 ラースの声を遮ったのは、怒ったようなルージュの叫びだった。


「ぜったい、買うからねっ!」


 意外な擁護に、店員とラースは互いを見交わす。しかし店員はすぐに職務に戻った。


「ありがとうございま〜す。あ、お代はさっきと同じでいいですからね〜」


「いいわよっ! ラースのだもん。買うんだからっ」


「ルージュ……? でも、そんなお金」


「今、これしかないけど! 領主様にもらうから、待ってて!」


 金貨の入った革袋を、彼女はカウンターに投げた。


「待って、ルージュ。そんなことしなくても」


「だって、こんなの、やだ! 買うの!」


 今にも走って出て行きそうな体を押さえ、ラースは蹲み込んで彼女に目線を合わせた。黄色い髪飾りの揺れる頭を撫でながら、癒しの祈りを紡ぐ。


『——ソレ、欲しいのか?』


 肩越しに、リグが見下ろしていた。


『それは——、もちろん欲しいとは思うよ。でも、そんな無理には』


『必要ならな、オレが手に入れる。コイツらから奪えばいいだけだろ』


『——え?』


リグはカウンターに下りていた。笑顔のままの店員に視線を向け——


「ひっ!」


 小さな悲鳴が漏れた。向けられた殺意に当てられ、ラースも、ルージュも、夜が近づき少なくなっていた店内の客にも伝播する。鳥肌立つようなざわつく感覚が。


『リグっ! だめっ!』


 咄嗟にリグの体を抱えて、店員から離した。ラースは自らの体に隠すように小さな龍を包み込む。


『リグ、何をしようとしたの! だめだからねっ!』


『……本気の訳ないだろ』


 鋭い視線を残したままの言葉は、ラースには本意だとは思えなかった。


「あ、あの〜、ラースさん。買わないなら、あの、返してもらえませんか」


「買うって言ってるでしょ!」


 その頃には客も、他の店員たちも、遠巻きに彼らを伺っていた。ここが商会で、夕刻だったのがまだ幸いだった。先ほどリグの放ったものは、冒険者でなくても感じ取れるほどの敵意だったのだから。


(ど、どうしよう……)


 自らの思いに逆らえず、さりとてリグたちの行為は放っておけず。ラースは手甲を外すことにも躊躇っていた。


「おいおい、どいつだ? さっきのはよ」


 階上から、呆れたような声が近づいてきた。現れたのは二つの影。


「え、ノワ!?」


「なんだ、ラースかよ。そういうことか、……って何してんだお前」


 帽子のつばをひょいとつまみ上げて、その視線の先に映ったものは。赤い手甲に手をかけたまま固まったラース。その懐にすっぽり収まってくつろぐリグ。そして、言い合いを続けるルージュと店員の姿だった。


「いや、あの。あ、そ、そうだ。体、大丈夫ですか?」


「ああ、お人好しの神官が俺まで癒してくれたしな。で? それは?」


「あっ! あなたっ! あなたのせいでラースは困っているんだからっ! 壊したものは弁償してよねっ」


 ノワの登場に、ルージュは矛先を変えた。彼女のなかではノワも悪者になっている。ラースが勝ったからには、彼のお気に入りの武具を壊したことはノワがなんとかすべき。そう結論づけていた。


「……その手甲、まだあったのか。まあ、いいぜ。払ってやろうじゃないか」


「「「えっ!?」」」


 思わぬ申し出に、二人の、いや、三人の声が重なった。ラースとルージュ。そしてもう一人は、ノワと共に降りてきた少年だった。


「ちょっと、ノワさん!? なんでそんな必要があるんですか!?」


「払ってくれるんだよね? ほんとに? ほんとだよね?」


「ま、俺が壊したのは事実だしな。それに、俺は今機嫌がいい。会長さんといい取引ができたからな。これくらい、いい端金だ」


 ノワは従者の少年に顎で指示をした。


「『いい端金』、ですか。はぁ、仕方ないですね」


 その奇妙な言い回しにため息をついて、少年は支払いのためにカウンターへ向かった。


「あっ、ありがとうございます! でも、本当にいいんですか? こんな高いの」


「言ったろ、いい取引だ、って。お前と会えたこともその一つ、ってことだ」


「……? そうですか。僕もあなたと試合できてよかったです」


 心から、そう思っていた。思い切り戦うことができたことも、その最中に手甲を身につけて感じたことも。ラースには思いがけない貴重な体験となっていた。


 購入の手続きを終えたノワたちを見送り、ラース達もまた商会を後にした。


 夜になっても街中は祭りが続いていた。目的を果たしたラースは、手甲というそれ以上の成果を手にして浮かれていた。喧騒に身を任せて、リグとルージュとで朝まででも遊びたい気分だった。


 しかし、彼は自制した。それは明日早朝に、約束があったからだ。






ーーーーーーーーーー

おまけ

ーーーーーーーーーー


 新たな手甲を気に入ったラースは、試しに、とそれを身につけた時からずっと外していなかった。商会でも、その後の街中でも、クルシュナ卿別邸でも。そして。


 かちゃかちゃ。


「——ん、やっぱり、ちょっと、難しい、かな」


 ぎっ、ぎぃ。


 龍を模した手甲は四指。加えて先端の鉤爪。その手での細かな扱いは難しい。


「はい、ラース。あ〜ん」


 差し出されたスプーンに、観念して口を開く。


『ラース、こっちだ』


 その声に振り向くと、口が塞がれた。無理矢理押し込まれたモノが喉を通る。


そして——、食事時は手甲を外すことに決めた。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

これにて第11章完結となります。


【次回予告】(次章予告)

武闘会で出会った少女ソルシャ。

彼女の頼みを聞き、行動を共にするラース。

しかし、少女は狙われる。

王都への攻撃が始まる。


ラースには、少女を守りたい理由があった。


次回、「かあさまに会ってほしいの」

よろしくお願いします。

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