表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/96

第65話 そんなことできるの?

 大会を見守るアルフ会長や運営が控えるテントのそばで、ラース達は体を休めていた。大会運営に所属する神官の好意によって、傷はすっかり癒されていた。


『リグ、ねえ、触っていい?』


 そんな断りを入れるような彼ではなかったから、首を傾げ、それでもリグは体をさらす。


 膝の上にリグを抱えて、ラースはその小さな腕に触れていた。温かく、奥底から燐光を放つ腕。先端の器用に動く指。末端の鉤爪は、その小ささからは想像できないほどの威力を秘める。それらはみな、龍という生き物の、紛れもないホンモノ。


『施術』とは違う、確かめるような手の動きに違和感を覚えながらも、リグにはラースの気持ちが伝わっていた。身を委ねていた。


「そうやっていても、戻りはしないぞ」


「!? アルフさん?」


「手甲は壊れてしまったがな。すでにお前の物だ。忘れずに支払えよ」


「わかっています。わかっています、けど……」


「なによ! あんなすぐ壊れるようなの売って! ひどいよ!」


 頬を膨らましながらルージュが叫んだ。彼女もまた、ラースの別の気持ちを代弁していた。


「我が商会の目利きに不備を唱えるのか? だとしてもだ、これはウチとラースとの契約だ。瑕疵(かし)もない。強いて言えば、相手が悪かったということだ。お前の使い方も悪かったがな」


「ラースが悪いっていうの! そんなことないもん!」


「扱いも知らずに使っただろう? ま、勝ちはしたんだ。無駄ではなかった筈だ」 


「いいんだよ、ルージュ。アルフさんの言う通りだと思うんだ」


 リグの腕に触れたままで、ラースは彼女を抑えた。その表情を曇らせながら。


「でも、勝てたのは嬉しいんですけど、あの手甲が壊れちゃったのが残念なんです。だって、あの手甲を着けたときにすごく不思議な気持ちになって。まるでリグみたいなドラゴンにでもなった気分で。あんな気持ちに、もうなれないのかなって思うと……」


「お前は、相性が良かったのだな。あれはな、珍しい武具だ」


「珍しい、のですか?」


「あれが造られたのは遠い北方の街だ。俺も昔行ったことがある。そこは龍を神として祀る街でな」


「龍の神様って、カロスの、ウラノス王国みたいなところなんですか?」


「そういえば、ウラノスは龍神を祀っていたな。だがそこは違う。龍の神を祀っているのではない。龍を神として祀っているんだ。しかもそこの連中は、ただ祈っているだけではない。奴らの信仰の究極は、自らが神の写し身、つまり龍となることだと言ってたぜ」


「龍になる!? そんなことできるの?」


 その言葉に、ラースは心を揺さぶられた。いや、身体の方だったかもしれない。リグに這わせた掌に自然と力がこもる。


「まさか、だろ」


 勢いついたラースの疑問の声を受け、あっさりとアルフは否定する。


「ああ、いや。昔の仲間にはそんな術を使える奴がいたな。もちろん短時間限定の変身の術だったが。そこらの有象無象ができるわけがない。だからその街の奴らはな、龍に模した武具を造るんだ。あるいは服や装飾品。龍の姿に近づけるようなものを造り、身に付けることで代わりにするってわけだ」


「それが、あの手甲……?」


「そうだ。奴らの造ったものには、そういった想い、いや思い込み、か? がこめられているようでな。それでお前は感じたのだろう。だがあれは『流れ品』だ。わざわざ仕入れたわけではないぞ。どこぞの奴が担保として置いていった物だ」


「じゃ、じゃあ。その街に行けば買えるの? おんなじようなのがあるの?」


「ウチに注文するなら仕入れるぞ。それなりの前金を払えば契約しよう」


「そうですか……」


 前金、という言葉に、高揚した気分が萎んでしまった。ただ、すぐに彼は思い直す。自分でその街に行けばいい、と。お金を貯めて自分で買いに行けばいい、と。そう思うと前向きな気持ちになることができた。


「ま、本気で欲しいのならな。いつでも依頼しな。それと今回の代金、忘れるなよ」


「はい。あ、あの、でも。そのことなんですけど……。もちろんちゃんと払いますけど。あの、できれば少し——」


「ああ?」


 一転、アルフは凄んで見せた。ラースが何を言いたいかなど、彼にはわかりきっていた。


「『契約』は変えられない。たとえ銀貨、銅貨一枚だろうとな。それは契約不履行だ。俺は変更を望まない」


 そう威圧すれば相手は簡単に折れる。アルフは単純にそう思っていた。アルフを、商会を知る者であればなおのこと。ラースは疎かったが、それでもアルフは彼が抗うことなどないと考えていた。


 無言ではあったが、ラースは諦めきれない視線をアルフに送っていた。ただ単に支払いたくない、得をしたいという輩とは違う、意思の伝わる視線を。


「どうして! いいじゃない少しくらい。もう壊れちゃったんだよ!」


 代わりにルージュが、物怖じせずに非難の声をあげた。


()()()物、が壊れたんだ。『契約』後の話だ」


「『契約』『契約』って、悪魔みたいに! どうしてよ!」


「それを悪魔と呼ぶならな、奴らの方がよっぽど秩序あるってことだ。混沌の中で奪い合いがしたいのか? それならそれで、俺が総取りするだけだ」


 小さな抗議を相手にせず、アルフはラースに向かってため息をついた。


「考えてもみろ。銀貨一枚あればそこらの店で串焼きの五本も買えるだろう。お前は店から串焼きを掻っ攫う気か? それで満足か、お前は」


「う……、それは。そう、ですけど。でも……」


「どうしても金が欲しいならば、自ら体を動かすことだ」


 意外に粘るラースに心中驚きながら、アルフは大会運営の控えるテントに視線を送った。そこには彼の優秀な秘書が控えている。主の意を汲んで早足に、それでいて優美さを崩さずに近づいてきた。


「お前、仕事を受けるか? 内容は、舞台の片付け等運営の補助。期間は、本日夕刻の大会終了まで。対価は——」


「銀貨一枚、ですね」


 秘書が最重要項目を提示した。口にしながら、手元の契約書を完成させていく。


「や、やります! やらせてくださいっ」


 リグを抱えたまま立ち上がって、ラースは勢いよく頭を下げた。






「ラースさん、さっきの戦い、凄かったですね」


 彼にそう声をかけてきたのは、十五、六歳くらいの少女だった。冒険者ではない、一般の見学者だ。その身なりは決して上等な物ではなく、王都の住民というよりも、ラースのように辺境で土と共に暮らす農民のようだった。


「うん、ありがとうございます」


 どことなく自分に似た雰囲気を感じ取りながら、彼は微笑んで会釈した。


 仕事を与えられたラースだったが、彼が呼ばれるのは主に試合の合間。今、舞台上は戦いの真っ最中だった。午後から始まった冒険者のための大会の試合だ。彼は舞台の近くに腰を下ろして、見学しながら待機していた。


「私、ドキドキしました。大会は圧勝ですし、あの竜人にまで勝っちゃうなんて。とっても素敵です」


 少女はラースの隣に腰を下ろして、ぐっと顔を寄せた。その褐色の頬は血色の良いものではない。肩まで伸びた金髪は艶なく、所々絡まり、毎日手を入れられているとは到底みえないものであった。


 ルージュのように活力と熱を感じるわけでも、街で最初に出会った公爵母娘のように気品と美しさを感じるわけでもなかった。それでも瞳を輝かせて迫る少女に、ラースの胸は早鐘を打っていた。


「あの、あなたは?」


「あ、ごめんなさい。私、ソルシャっていいます、ラースさん」


 至近に顔を寄せたまま少女は名乗った。その状態に耐えきれずに、ラースはわずかに身を引く。


「少し、お話していいですか? 私、ラースさんのこともっと知りたいの」


 追いかけるようにさらに身体を被せて、少女は言葉を継いだ。すでに二人の体は接していた。


「う、うん。今なら——」


「ダメッ!」


 少女の服を引いて、引き離したのはルージュだった。気を利かせて。いや、我慢して。リグとルージュは、ラースの邪魔をしないように離れていたのだが、少女の接近を見て、小走りに駆け寄っていた。


「ラースは仕事中なの! 後にして!」


「ルージュ? 大丈夫だよ。まだ試合終わらないし」


「じゃあ、私も居ていい?」


 頷くのを、リグが見逃すはずもなく。結局二人ともラースから離れることはなくなった。


「あの……、ラースさん? その二人は」


「ああ、リグとルージュ。僕の大切な家族だよ」


「家族!? なんですか? ……いえ、そう。いいですね、とっても」


 驚きながらも彼女は笑顔を返す。軽い嫌悪の込められた二つの視線を受けて、慌てて体を離しはしたが、ラースから目を逸らすことはなかった。


「ラースさん、あのね。私、あなたに——」


「おい、ラースっ!」


 運営からの呼び出しが、彼女を遮った。いつの間にか試合が終わっていることに、ラースはその声で気づく。


「ごめんね。僕、行かなきゃ。また後でね」






「これが報酬の銀貨です」


 夕暮れ刻、大会が終わり片付けも終わると、アルフの秘書から一枚の銀貨が手渡された。


「ありがとうございますっ!」


 宝石でも扱うように、両の掌でラースは銀貨を受け取った。初めてとも言える自ら稼いだ、自由にできるお金。彼はアルフに心の底から感謝していた。


「ま、こんなのは一歩だ。ウチで働くのなら、あるいは冒険者にでもなるのならな」


「それは、無いとは思いますけど。でも、アルフさん。僕を働かせてくれて、今日は本当にありがとうございました」


「感謝しろよ。必要なら、また使ってやる」


 尊大なアルフの言葉も、今のラースはまるで気にならない。彼の心はすでにその先に向けられていた。


 自由になるお金。いや、自由と言えるかどうか。手甲のときと同じように、その使途は決められていたのだから。


「商会で待ってて! すぐに戻ってくるからね!」


 銀貨一枚握りしめて、ラースは走った。祭りの露店が閉まってしまう前に、と。

次回で第11章完結となります。


【次回予告】

最終的に、彼は手にする。

目的は果たした。それ以上の成果を得て。


次回、「そんな少年に朗報」

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ