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第64話 条件を満たした

 周囲は歓声に溢れていた。見学していた冒険者や一般の人々が熱狂していた。そんな中でただ一人、ラースは浮かない顔だ。


「えーと、いいのかなぁ」


 表彰台の一番上で、彼は呟く。その体は傷だらけ。打ち身の跡も多く残っていた。


《恵みの水》は僅かな癒しの力しかもたらさない。その上、使いすぎは魔素欠乏を起こしてしまうこともわかった。完全に傷をなくすほどに使うわけにはいかなかったのだ。


「ラース〜〜〜っ!」


 試合場となった舞台の外で、ルージュが勢いよく手を振っていた。その隣で、当然とばかりにリグが頷く。


 圧倒的だったのだ。トーナメント形式の五試合で傷を負うことなどなかった。彼の傷は、すべてリグとの訓練によるものだ。


『特訓を重ねてきたようです』


 傷だらけの彼を見て、試合前に進行役からはそう紹介されたのだが。たかが一日半。それもリグは具体的な技術を教えたわけではなかった。ただひたすら、実戦としての戦いを続けていただけだった。もっとも、ラースの体力は一日中戦い続けることを許容できるものではあった。


「あ、ありがとうございます。ありがとうございます」


 曖昧に笑顔を造って、ラースは観客に手を振っていた。訓練をする、とリグに言われたときの高揚感はなんだったのだろう。そう思わずにはいられなかった。


「それでは、優勝したラース君には感想を——」


「待ちなっ!」


 進行役の女性の声を遮り、一つの影が飛び込んできた。観客の人垣をものともせずに跳躍し、舞台へと降り立つ。幅広のつばの帽子に顔を隠し、ゆったりとしたローブをはためかせながら、表彰台のラースを見上げる。


「メインまで我慢しようと思っていたんだがなぁ。あまりにも退屈でな。お前もそうだろ」


「な、何を? 誰ですか?」


「ガキの遊戯、にしては盛り上がっているみたいだけどよ。せめて本気でやらないと、もったいないぜ。て、わけでだ。お前、俺とやろうぜ!」


 ラースの返事を聞く前に、彼の立つ表彰台が薙ぎ払われた。


「うわぁっ!」


 突然足場を失って、ラースは尻餅をついた。舞台の外まで吹き飛ばされた表彰台は、遠くの柱に激突し、砕け散る。


「え、ちょ、ちょっと、あなた!?」


 混乱した進行役の声を気にかけることなく、乱入者はラースに向けて手を差し出し、彼の腕を掴んで強引に立ち上がらせた。


「そらよっ」


「えっ!?」


 引き寄せられ、バランスを崩しながら、ラースは見た。その手は深緑の鱗に覆われ、先端には鋭い爪を有していた。


「魔物!?」


「どうかなっ!」


 ローブを貫通するように、拳が現れた。ラースは半身になって躱したが、その拳もまた鱗に覆われていた。


 咄嗟に、ラースは突き出された腕を握った。互いに腕を取りながらの膠着状態。帽子の下の緩んだ口元に牙がのぞいていた。


「なあ、いいだろ! このままよぉ!」


「————ああ、いいぜ」


 答えたのは、大会の後援たるアルフ商会会長レイ・アルフだった。執務室での面会のときと変わらぬ派手な宝飾品を煌めかせ、彼は舞台に歩み寄る。その腰には一振りの剣が納められていた。


「え、アルフ会長……?」

「おおっ!」


 進行役の戸惑いは、歓声にかき消される。


 ラースは知らぬことではあったが、冒険者たちは、いや街の全ての者は知っていた。そして、この場の者たちはその姿に興奮した。


 アルフ商会創立者にして会長のレイ・アルフ。かつて大陸一と評された冒険者パーティの戦士。その財と名声、冒険者としての功績によるギルドや国の上層部との繫り。それらを以って商会を立ち上げた彼のことは、一つの成功物語として有名だった。


 彼の冒険者人生の始まりは早い。そして短かった。二十歳を過ぎる頃には引退していたのだ。仲間にも恵まれ、その短期間を光の如く駆け抜け、剣を置いた。


 その後、彼は戦ってはいない。しかし、その剣技は衰える類のものではない。彼の体つきも気概も緩むことはなかった。


 戯れに訓練場に現れる彼に、冒険者は戸惑う。撃ち込めず、術も効かず。なぜ引退してしまったのか。理由は明確でも、みな惜しまずにはいられなかった。


 そんな彼が、この場で戦うのでは。


 その期待が、歓声に現れていた。


 アルフは剣の柄に手をかけた。それだけで観客は息を飲む。刀身が抜かれたわけでもなかった。が、二人の腕を両断するような軌跡が見え、ラースと乱入者は互いを解放していた。


「お前、名は?」


「ノワだ、会長さんよぉ」


「そうか、ノワ。お前の言うことももっともだ。ラースさえ良ければな」


「僕? 僕は——いいですよ。戦えばいいんですよね」


 物足りない、とラースが思っていたのは事実だ。せっかくリグと訓練したというのに、それまでの戦いときたら。緩い攻撃を余裕で回避して一撃殴るだけ、という単純なもの。だから優勝という喜びよりも不完全燃焼感の方が強かった。


「ならばこのまま続けろ! ただし、これは大会の延長ではない。ラースの優勝が覆ることはないぞ」


「はっ、そんなもの。俺はただ戦えればいいのさ!」


「これは二人の私闘だ。場所は提供しよう。いいかお前ら!」


 アルフは観客と大会の関係者に向かって声をあげた。


「これは午後の大会開始までの余興だ。大会とは無関係だが。楽しめよ!」






 帽子をとり、ローブを脱ぎ捨てたノワの姿に、ラースは目を奪われた。


 ラースよりも幾分か年上。ただし大人、というには幼さが残る顔立ちだった。鋭い眼光の奥に暗い緑青の瞳が、その中心で縦長の瞳孔がラースを捉えていた。


 既に見せたように、その両腕の先は深緑の鱗に覆われていた。鱗はそこだけに存在していた。今のように腕を露出した短衣でなければ、手袋さえしていれば気づかれないだろう。いや、もう一点。鱗に覆われていたのは、彼の尻尾だ。太く、重厚さを感じさせる尾が、戦いの舞台に蛇のように横たわっていた。


「どうした? 構わないだろう? それとも、怖気づいたか?」


「そんなことないですよ。ただ、綺麗だなって」


「綺麗? はっ、まさかコイツがか?」


 腕を突き出すノワにラースは頷いた。


「うん。いろいろ見たけど、金龍たちの鱗とか、カロスのとかとも違って。なんだろう? 宝石? みたいに見えるかなぁ」 


 無意識のうちに、ラースは近寄っていた。その無防備さにノワは面食らいながらも腕を引く。


「そうか。そんなに見たけりゃ見せてやるぜ。間近でなぁっ!」


 掌を緩く広げ、爪を立ててラースを襲った。それが始まりの一撃となった。


 ノワの攻撃は、その鋭い鉤爪のよるものだった。ラースは辛うじて躱せてはいたが、完全ではなかった。深手は負わないものの、腕を中心に傷を増やしていく。


(なんとか、動きを止めなきゃ)


 ラースは森での狼たちとの訓練を思い出していた。振り回される爪撃は、昨日のリグとの模擬戦とは異なる感覚を彼に想起させていた。


 その違いをラースは言葉には表せなかった。あるいは商会長アルフが両者を見比べていたなら、明確に理解できただろう。リグの理詰めのような組み立てと、見栄えのする大胆な攻撃のノワとの差を。


 どちらが優れている、というよりも、それは、その思想の違いだった。


 頭上から振り下ろされる腕を、ラースはようやく受け止める。次いで振るわれたもう一方の腕も。それぞれの手首をラースは捕まえていた。


 ノワの攻撃に合わせて発せられていた歓声が、嘆息に変わった。


「それで、防いだつもりか?」


「こ、これくらいならっ!」


 受け止めた腕に、重みがかかる。しかし、目前に迫る鋭利な爪先がそれ以上彼に迫ることはなかった。


 そんな最中だというのに。細かな傷から血を流しながらだというのに。ラースはわずかに集中を緩めていた。手に伝わる鱗の感触に、少しだけ意識が向けられ、脅威を与える武器ではなく、興味を引く対象として見ていた。その腕を掴みながらも指先を動かしていた。


「余裕じゃねえか。けどよ」


 太い尾で舞台を叩いた。両腕を封じられても、ソレがある。そうラースに意識させた。彼がそこへ視線を向け、跳び退こうとするよりも早く。


 重い衝撃がラースを襲った。体がぐらつき、視界が歪む。いびつな形の尻尾はその位置を変えていない。


 それは硬い額による頭突きだった。ラースの意識外からの、押しつぶすような一撃。


「そらよっ!」


 体ごと捻って。ノワの本命の攻撃、尻尾による薙ぎ払いがラースをまともに捉えた。先に表彰台を弾き破壊したときのように、彼を舞台の下まで吹き飛ばす。


「ぐ……っ……」


「ラースっ!!」


 悲鳴と共にルージュが、リグが駆け寄ってきた。


「……う、だい……じょうぶ、だよ」


「でも! ねえ、もうやめよ、ね!」


「全然、平気、だよ。せっかく、リグが、教えてくれたんだ」


「無理をしない方がいいですよ」


 そう制したのは、大会のために控えていた神官だった。続行の可否と治療のために配されていた彼は、両者の差を見て、これ以上の続行を望まなかった。


「まだやれます。こんな傷だって——」


 ラースは《恵みの水》を使った。それで全てが癒える訳ではなかったが、幾分かは回復することができた。何より、彼はまだ得心していなかった。防戦一方で、まともに攻撃を当てることができずにいたのだ。


「お前、回復が使えるのか。だが、このままでは無理だな。あの爪は厄介だろう?」


「アルフさん!? 僕、まだ。やらせてください!」


「やるのは勝手だがな。つまらん戦いは不要だ。だからお前は——これを使え」


 アルフが差し出したのは、赤い手甲だった。ラースが望み、惹かれ、諦めた龍の腕を模した手甲。それを手渡された。


「契約は果たされた。俺は既に昨日、国王や軍の上役と会談済みだ。お前もこの大会に出場した。そして、もう一つの契約も既に条件を満たしただろう?


『大会に出場し、優勝した場合、その賞金でこの手甲を買い取る』


商品先渡し、となるがな」


「あ! は、はい!」


 優勝直後のゴタゴタに、彼はそのことを失念していた。大会の始まる直前に、彼はその『契約』を申し出ていたのだ。


「おいおい、まだかよ。それとももう終わりか?」


 ノワの挑発は耳に入っていなかった。受け取ったそれをしばらくラースは見つめ、そっと手を通し、ようやく彼は立ち上がった。


 彼の腕にはやや大きめの手甲は、ベルトで固定すると一体化したかのように手に吸い付いた。手首を、指を曲げ伸ばしして、感触を確かめる。


 動きに合わせてわずかに揺れ、小さな音が鳴った。それは赤い、金属の鱗。本物を模しただけのものであったが、彼にはその動きが自然に思えた。違和感なく動く、自分の腕のように。


 不思議な気分だった。それが当たり前のように思えた。それまでに何度か湧き上がっていた、ドラゴンとしての想い。ラースは既に、それがリグルヴェルダスの記憶だと理解している。龍を模した手甲を身につけると、まるでその記憶が自分のことのように感じる。


『いいぞ、殺す気でやれ』


『——うん』


 龍の言葉に導かれるように、ラースは再び舞台に立った。


「おお、それは良いじゃねえか」


 ノワの言葉を聞き流し、ラースは改めて左腕を見下ろす。


 リグルヴェルダス。伝説の邪龍。その罪を彼は知らない。それでも今は、そんなふうになりたい、強くなりたいと思っていた。ニセモノの腕でも、それが彼の心を動かすきっかけとなり、邪龍の刻を眠らせた少年は小さく吠えた。


『行くよっ!』


 その腕から力を得たかのように、ラースは駆けた。待ち受ける半竜じみた相手の懐に潜り込み、剣のごとく腕を振り下ろす。


 手甲の指先に施された鉤爪が、四つの軌跡となってノワを襲う。初めてその体を捉える。浅く切り裂く感覚の喜びに心沸き立たせながら、追撃を繰り返す。


 一転の攻勢に、観客が沸いた。見守るルージュも彼の名を叫んでいた。


「見ちがえたぞっ。魔術でも仕掛けているのかよ!」


 大気を切り裂く爪撃を、ノワは後退しながら避けていた。間隙を縫って、彼もまたその鉤爪を振るう。が、金属の鱗はそれをしっかりと受け止めていた。


「少しは勝負になるな」


「余裕なんだねっ!」


「そりゃあ、偽物には負けらんねえからなっ!」


 両腕でのノワの反撃。手甲で受けきれないと悟ったラースは、その腕を掴むことで防ぐ。


「さあ、どうする?」


 再びの似たような体勢。同じようにノワは尻尾で舞台を叩いた。そのまま尻尾の攻撃が来るか、先のように頭突きが来るか。観客は皆どちらかを思い浮かべた。


 ラースは迷わなかった。ノワが動きを見せるよりも早く。両腕をとったまま体を反転させ、ノワの体を振り回し、舞台に叩きつけた。


「ぐ、が……っ!」


 背中から打ち付けられ短く息を吐き出したノワの胸に、追撃の拳を叩き込んだ。重い衝撃音が響き、舞台が軋む。


『ラース! トドメだっ!』


『おおっ!』


 我慢できずに叫んだリグに呼応して、ラースは左手の指に力を込めた。その先の鉤爪を煌めかせ。狙うは、喉元。


 振り下ろすラースの腕がノワに達する寸前。ラースは目を瞑り、顔を背けていた。


「————っ!?」


 何をされたのか、ラースにはわからなかった。目が眩み、それでも勢いのついた鉤爪は止まらずに、舞台の床を破壊する。


 それは一瞬だけ放出された一条の光。それがノワの口元から放たれたのを、リグは見逃さなかった。


「随分と本気だったじゃねえか。呪われてんのか、そいつは」


 掠めた首から血を滴らせながら、ノワは手甲を掴む。床を貫いたままのそれに自らの爪を立てる。鱗状の金属片に逆らうように肘から指先方向へと鉤爪を走らせると、偽りの鱗は剥がれ落ち、軽い音を立てながら枯れ葉のように舞台に積もった。


 ただの手袋と化した手甲をラースから引き抜き、彼の胸倉を掴んで立たせた。


「う……くっ……」


「目ぇ覚ましなっ!」


 眩んだままのラースの顔面に向けて、ノワは拳に光を纏わせて叩き込んだ。


『ラースっ!! 動け!』


 生死を賭した戦いではない。見守るつもりだったリグは、再び叫んでいた。


『勝ちたいなら! 強くなりたいなら! 生きてる限り喰らいつけっ!!』


 叫ぶリグの声がラースに届いた。衝動を抑え込んだ響き。今にも飛び込んできてしまいそうなリグの勢いを感じて、ラースは自らを掴むノワの腕を握りしめる。


(そう、だ……、全部、出し切らないと、僕は——)


『ぐ、おおおっっっ!!!』


 両手で、ノワの腕を引き剥がした。圧壊せしめんほどの力に、鱗の軋む音が両者の耳に届いていた。


「お前、正気かよっ」


 ノワは自由な腕でラースを打ち、距離をとる前蹴りを出す。しかしラースは揺るがない。鱗ある腕を掴んだまま苦痛に耐えるラースは、悲鳴の代わりに力を放つ。その両腕から。


 乾いた亀裂音が、ノワの小さな悲鳴と重なった。この戦いの中で、彼は初めて苦痛に顔を歪め、次いで目を見開いた。


『これが、僕の、全部だっ!!』


 一瞬、ノワが距離感を失うほどの踏み込み速度で。心を砕くような咆哮と共に。手甲を失った自らの腕で拳を撃ち出す。


 ラースは出し尽くした。


 決着だった。

【次回予告】

戦いを終えて、ラースは振り返る。

望む結果の一つは得られた。しかし、もう一つの方は——。

そんな彼に、少女が接触してくる。


次回、「そんなことできるの?」

よろしくお願いします。

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