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第62話 相手するぞ。でもな

 冒険者ギルドの建つ敷地は広い。そこにはギルド本部のみならず、研究棟と呼ばれる施設や簡素な神殿、さらには訓練場といったスペースがあるからだ。


 中でも目を引くのは、商会の建物だった。ギルドのロビーからも連絡路を介して繋がっており、冒険者たちは頻繁に行き来していた。


 冒険者たちに必要なアイテムは多いものだ。命を預ける武器・防具は勿論のこと、回復のためのポーションや旅のための各種道具、あるいは装飾品。日常的に使用する消耗品。それらを一通り扱うのが、この『アルフ商会』だった。しかし、この商会の特徴は他のところにある。


「すごいね。剣とかいっぱいあるんだ」


「見て見て、ラース! 宝石も飾ってあるよ」


 壁際に雑多に置かれた武具の類。それだけを見れば街中のありふれた武具屋と変わらない。しかし広いロビーには余裕を持った配置で商品のディスプレイがなされていた。あるものは立派な台座に静置され、あるものは区画され、宝石等は魔術のかけられたショーケースの中で輝いていた。


 貴族のための品評会。そんなコンセプトを持った場であった。ここの主にとっては別の思いもあったのではあるが。


「少しの間、ここで待ってな。先に話をしてくるよ。その後で直接、伝えるといいさ」


『太陽の頂』クランマスターのエスティに連れられて、ラースたちは『アルフ商会』へ来ていた。彼の言う伝手(つて)とは、この商会の主のことだ。しばらく彼らを頼むよ、と獣の姿の店員に告げて、彼は上階へ行ってしまった。


「こんにちは〜。新人さんですか? あのマスターに連れられてくるなんて、有望なんですね〜」


 若い女性の店員が満面の笑みで近づいて来て、頭を下げた。手には分厚い台帳を持って、腰には冒険者の剣のように算盤が下げられていた。その後ろでは、細長い白い尻尾が揺れている。


「でも、気をつけてくださいね〜。あの人、というかあの人のクランって実はあんまり——。あ、それとも、君もそういう感じです? だったらやだなぁ」


「僕は冒険者じゃないんですよ。用事があって来ただけなんです」


「え。そう? そうなのかぁ〜。そんな子を連れているくらいだから、てっきり」


 店内を飛び回って検分しているリグを目で追って、店員の女性は自分の頭をコツンと叩いていた。


「あ、でも。かっこいいですよね、こういうの。僕、剣とか持ったことないし」


「そうですよね〜。剣は男の子の憧れ。みんな欲しがりますよ〜。せっかくですから、この辺り、どうですか?」


 区画され、立てかけられた一振りの剣を店員は指し示す。短めの刀身を持つその剣は、一般的な少年の力でも負担が軽いように思えた。


『傷物だぞ』

「これ、傷ついていませんか?」


 覗き込んで呟いたリグの言葉をなぞって、ラースは問いかける。


「ああ、わかるなんて凄いですね〜。これは『回収品』ですから。でも、モノは確かですよ〜」


「回収品?」


「そうよ〜。簡単に言えば中古品。死んでしまった持ち主の武器を、わが商会のメンバーが回収した物なの」


「え? なあに、それ。なんか嫌じゃない、ラース?」


 一緒に説明を聞いていたルージュが眉をひそめる。幽霊でも見たかのように体を引いて、ラースの腕を掴んだ。


「そうだね。死んじゃった人の物って、なんかちょっと」


「ん〜、そういう人もいますね〜。縁起を担ぐ冒険者は多いですから。でもね、こう考える人も多いのよ〜。『あのアルフ商会がわざわざ回収するほどの武器だ。間違いはない』ってね」


 二人は顔を見合わせた。その言葉を聞いても、なんだか納得できずに。


「それに、そういうことを気にする人には〜。ちゃんとお祓いのサービスもあるのよ〜。提携の教会で、浄化の術をかけてもらうの。何より、安いの。新品よりずっとお得」


 腰を曲げてラースに迫った。獣の鼻先がくっつくくらいに接近する。腰の算盤がシャランと音を立てた。


「エスティさんに買ってもらったら〜? せっかくだし」


「え、い、いや。僕は」


 ドキドキしながらも、ラースは視線を逸らした。


「そ。残念」


 脈なし、と判断したのか。店員はあっさりと引いた。その武器に関しては。


「じゃあさ。こっちの長槍はどう? 君って慎重そうだし〜、こっちの方が——」


「あ、あのっ! それよりも。あれはっ!?」


 慌てて遮って、指差す。ラースには目をつけていたものがあった。ショーケースに飾られた、赤銅色に輝く手甲だ。猫から逃げるネズミのように、ラースはその前まで走った。


「これ? これは『回収品』ではないですね〜。『流れ品』です。死者のものではないですけど、中古には変わりないわよ〜」


 でも、いいものよ。と付け加えるのを店員は忘れない。


 ケース越しにラースは改めて凝視する。

 綺麗、だと思った。傷のないそれは、武具というよりも美術品のよう。しかしそれ以上に、龍の腕を模したその手甲に懐かしさを感じる。それがラースを惹きつけていた。


『リグみたいだね』


 そんな呟きを漏らしていた。


『そうか? けど、いいかもな』


 リグは満足げな反応を見せる。


「ラース、これ欲しいの?」


 値札を見ながら、ルージュは少し困り顔だ。


「これ、いいですよ〜。綺麗だし。実用としてもバッチリ。ほら、一つ一つ独立した鱗、見てくださいね〜。この細かな鱗状の金属が攻撃を逃すのよ〜。それに指先にはちゃんと鋭い鉤爪があるから。なんと! 攻撃もできちゃいます。それに、左腕の方しかありませんので。格安になってますよ〜」


 ここぞとばかりに店員が説明を並べ立てた。先の剣との食いつきの違いを見逃さずに、押す。ケースを術で解錠して、ラースの手を遠慮なしに掴む。


「どうぞ触れてみてくださいね〜。気に入りますよ〜」


 撫でる手に伝わるのは冷たい金属の感覚。当たり前だがリグとは違う。そう思ってもラースの関心は離れなかった。


「どうですか〜。いいでしょお。お買い上げありがとうございま〜す」


「あ、あのでも。お金——」


「大丈夫大丈夫。わが商会は貸し付けもやってますから〜。それに返すあても、ちゃ〜んと紹介できますからね〜。それじゃあ、あちらで手続きを——」


「待て待て、猫ちゃん」


「ふぎゃっ! ——な、何を!? エスティさん!?」


「世間知らずの少年を、いきなり借金で縛るとはね。全く、ウチのクランをどうこう言えるのかねぇ」


 店員の尻尾を掴みながら、エスティはため息を漏らした。


「な、ひ、ひどいですよぉ〜。それに、『金は魂の絆』。我らが会長の金言ですよ〜。彼の目、本気でしたから。私にはわかるんですっ!」


「あ〜、もういいから。行くぞ、ラースくん。あの人が会ってくれる」


 少し名残惜しそうに振り返りながらも、ラースはエスティの後に続いた。






 その男は、一言で表すなら『成金趣味丸出し』だった。そう見立てたルージュの考えは間違いではない。実際に、彼はここ十数年でこの商会を立ち上げ、財を成していたのだから。


 テーブルの上に組まれた指には、余すところ無く指輪が嵌められていた。それも二重に三重に。両の手首には金銀に輝く腕輪が、胸元にも拳大の宝石が揺れる。


 ロビーで見たようなディスプレイが部屋中に配置され、宝石が飾られていた。ロビーと異なるのは、そこにケースが存在しないこと。彼自身がいつでも手に取れるようにという配慮。そして防犯の不安がないことの証だった。


 これ程に飾られた部屋であるのに、絵画や造形物等の美術品の類はない。あるのは宝石そのもの。あるいは宝飾品。この部屋の主の趣向に沿ったものだけだ。


「——で、話は聞いた。国のお偉方に話をしてもらいたい、と」


 カリカリと、ペンを走らせる音が会話の合間に聞こえてくる。身なりの整った秘書が、姿勢を正したまま、手だけを動かしていた。


「は、はいっ! よろしくお願いします、アルフさん。あなたならそれができるってエスティさんに聞きました」


「もちろん、俺なら可能だ。なんなら直接国王にだってな。はっ、奴がこの俺の言葉を聞き流せるはずもないからな」


「すごいですね、アルフさん。王様とも知り合いなんですね。それなら僕、安心です」


「色々貸しがあるからな。ま、俺のことはいい。聞きたいのはお前だ」


「僕、ですか?」


 鋭い視線を受けて、ラースは不安気に目の前の男を見返した。商会会長という立場にしては、アルフは若かった。彼を知らぬ者であれば、少なくとも五十代の初老の人物を思い浮かべるだろう。実際には、彼は未だ三十手前でしかない。

 その若さで成り上がった彼の口調は尊大だった。しかし、その目は真剣だ。田舎の少年に過ぎないラースに対しても、侮るようなことはなかった。


「そうだ。俺は口添えをしよう。今夜にでもできることだ。だが、お前は何ができる?」


「なに、って?」


「まさか『お願いします』で事が済むとは思っていないだろう? 俺は『お願い』は聞かない。俺が動くのは『契約』だ。お前は対価に何を支払う?」


「対価、なんて、僕。お金とかないし……。でも、どうして? だってこの国が危ないんだよ?」


 ラースには理解できなかった。ただ話をしてくれればいいこと。それだけで危険な戦いが防げるかもしれないというのに。それを単純に受け取ってもらえないなどとは思ってもいなかった。


 しかし、自分にできることなんて——考えても彼には思いつかなかった。


『ラース、もういいだろ。こんな城くらい直接行って——』


『だ、ダメだよ。そんなことしたら捕まっちゃうよ』


 囁くリグに慌てて返す。


「ならば、一つ提案だ」


 返答のないラースに対して、アルフは秘書に視線を送った。ペンを動かし続けていた彼女は音もなく立ち上がり、ラースの前に一枚の案内状を差し出す。


「お前のことはエスティから聞いている。そいつに出場しろ。それを以て対価としよう」


「出場?」


 ラースの疑問には秘書が答えた。案内状は、冒険者のための競技大会、いわゆる武闘会の開催案内だった。


「武闘会は建国祭に合わせて行われるものです。また今回は、ギルド所属だった元冒険者の壮行会も兼ねています。彼は、建国祭に合わせて騎士団へ入隊することが決まりましたので。大会はギルド所属の者に出場資格がありますが、あなたには」


 案内状の一片を指し示しながら、秘書は続けた。


「この通り、その前に開催される非冒険者のみの部門への参加を、会長は所望しています」


「非冒険者の部門、と言ってもな。例年参加者は若い奴らさ。ここで目に止まった奴は各クランにスカウトされる。冒険者を目指す奴らにとっては、格好のアピールの場って訳だ。そのために皆必死で戦っているぜ」


 秘書の形式的な説明を、エスティが補足する。


「大会……、スカウトって。別に僕は冒険者になりたいわけじゃあないんですよ」


「ま、それは自由さ」


「お前が対価とするかどうかも自由だがな」


 アルフの言葉に、はっと思い直し、ラースは頭を振った。


「それでアルフさんが、えっと『契約』してくれるなら。僕は出場します。出場させてください!」


 そう決心した時には、彼の目の前からはすでに秘書の姿はなかった。すでにわかり切っていたこと、とばかりに机に戻って、再びペンを走らせていた。






「……でも、どうして大会に出ろなんて言ったんだろう。あんまり参加する人がいないのかなあ。それならそれで楽だけど」


「きっとラースの強いとこ見てみたいんだよ。アイツもやっつけたしね!」


 冒険者ギルドでのヤンのことを思い出して、ルージュは笑った。牧場では止めた彼女も、ギルドでは違った。その変化をラースは感謝していた。


「ただ、大会が二日後だなんて。なんか急すぎるよね。アルフさんが提案したんだから、大丈夫なんだろうけどさ」


 ラースたちは商会を出て、今はクルシュナ卿の王都別邸にいた。村を出る時にルージュが書状を預かっていたのだ。彼らが困らないように、いや、むしろ積極的にスクリトが手配をしていたのだった。


「いいじゃない。ラースなら大丈夫よ。『魔獣使い』として出るなら、リグだっているしね」


『オレも一緒に戦うぞ』


 二人は乗り気だった。ラースもまた悪い気はしていなかった。ただ彼は、そんなリグを申し訳なさそうに断る。


「ねえ、リグ、ルージュ。僕、一人で戦おうと思うんだ。リグがいたら心強い、っていうか。リグだけで勝っちゃうよね。だから、僕だけでやってみたいんだ」


「う〜ん、そうね。リグってきっとやりすぎそうだし。色々壊しそうだし。ラースだけでも大丈夫よ。うん。きっと勝てるから。賞金だって出るしね」


「そっか、賞金も出るって書いてあったよね」


 貰ってきた案内状には、優勝賞金の記載があった。ちょうどラースの気にしていた手甲が買えるだけの額。自分の力を試す事ができる、ということ以外に、それもまたラースの励みの一つだった。


『オレは、いらないのか?』


『ごめんね、リグ。僕の力でどこまでやれるか試したいんだ。もちろん頑張って、できたら優勝するから』


『そうか……』


 つまらなそうにリグは案内状に目を落とした。


『分かった。ならオレが訓練してやるぞ! ラース言ってただろ、オレがちゃんと教えるからなっ!』


『ほんとうに? ありがとう、リグ。じゃあお願いするね』


『おうっ。相手するぞ。でもな』


 喜びから一転、コロコロと表情を変えながら思索し、最後にリグは真剣な眼差しをラースに向けた。金色の瞳が威嚇するように彼を射抜いていた。まるですぐにでも飛びかからんばかりに。


『大会には、出られなくなるかもなっ!』

次回は久しぶりに、1話だけ昔話を挟みます。


【次回予告】

龍同士の戦いは災厄である。

その実力が拮抗したものであれば、なおのこと。

故に、彼は失望する。


次回、「稽古をつけてやってください」

よろしくお願いします。

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