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第61話 お前が言ったんじゃねえかっ!

 ダ、ダ、ダンッ! ダ、ダ、ダンッ! ダ、ダ、ダンッ!


 リズミカルにテーブルを叩く音に、床を踏み鳴らす音。ちょっとしたお祭り騒ぎ、ならぬ退屈しのぎのイベントの出現に、場は沸き立っていた。


 ここは冒険者ギルドの受付となっているロビーだ。食事も提供されるこのスペースは、乱雑にテーブルが片付けられ、即席の空間が造られていた。


(……なんでこんなことに?)


「ラースっ! あんな奴、やっつけちゃってよ〜っ!」


 困惑にルージュの声援が重なった。


「そうだっ。やっちまえっ!」

「おお〜っ! 頑張れよ! 嬢ちゃんが見てるぜっ!」

「あんたも冒険者の力、見せつけてやりなさいっ」

「いいぞガキ共! 楽しませろよっ」


 囃し立てる冒険者達に呆れながらも、対峙する相手に改めて目を向けると、ラースにはふつふつと怒りが湧き上がってくる。


「そういえば、お前には何もしなかったよね」


「ああ? 元はと言えばてめえらが手を出したんだろうがっ!」


「ルージュにあんなことをしておいて、よくそんなことが言えるね! あの兄さんに助けられたくせに!」


「てめえだって、そこのドラゴンの力じゃねえかっ! てめえで戦ってみろよっ!」


 喧騒の中心でラースが対峙していたのは、かつて牧場にやってきた冒険者の一人、ヤンだった。ラースたちが冒険者ギルドに入るなり、居合わせたヤンが粉をかけてきたのだった。


 すぐに騒ぎになり、ギルドの職員が駆けつけ、仲裁に入るかという時に一人の冒険者が制したのは、職員の方だった。


 その冒険者は、今は受付のカウンターに肘をついて、可笑しそうに二人を見守っていた。


「いい加減にしてくれませんか、エスティさん」


 眉を寄せてため息をついたのは、栗色の髪の受付嬢だ。


「マスターの貴方がそんなだから、貴方のクラン『太陽の頂』は悪い噂ばかりなのですよ。わかってます? ねえ?」


「噂なんてのはあてにならないものさ」


 気にかける様子もなく、『太陽の頂』のマスターと呼ばれた男、エスティは飄々(ひょうひょう)と答えた。


「じゃあ、言い直します。「『太陽の頂』は評判が悪い」、これは事実ですから」


「評判なんてのは偏った主観さ」


「……はぁ。もういいです。それよりなぜ煽るんですか。これ、損害払ってくれますよね?」


「いやいや、嬢ちゃん。この方が被害は少ないはずだぜ」


「? それってどういう——」


 受付嬢の言葉を遮って、クランマスター、エスティは大きく手を叩いた。囃し立てていた野次馬たちも含め、皆が彼に注目する。


「ほらほら、吠えてないでさっさと始めな。ヤン、これで最後だぞ」


 マスターの直言に、ヤンは背筋を伸ばした。


「わかってます、マスター。——行くぞっ!」


「来いよっ! リグは手を出さないでねっ!」


 少年二人が改めて向かい合った。


 先に動いたのは、発破をかけられたヤンだった。拳を振り上げ、一直線にラースの顔面に向けて腕を振る。


 パァン、と軽い音が響いた。


「……あれ? 遅いね。それに強くもないし」


 ラースは掌でその拳を受けていた。それは純粋に驚きから出た言葉だった。しかしヤンはそう受け取ることができない。馬鹿にされた、としか思えなかった。


「てめっ!」


 掴まれた拳を引こうとして、彼には振りほどけなかった。代わりにラースの拳が腹を打つ。次いで薙ぐような蹴りがヤンの体を吹き飛ばした。


 部屋の隅に片づけられたテーブルと椅子の塊に突っ込み、破壊する。木片となった家具から、ヤンの両足だけが見えていた。


「え、エスティさん! あれ、壊れましたよね! 確実に!」


「まあまあ。壊れない物なんて存在しないさ」


 のんびりと答えて、エスティはヤンへ歩み寄った。あっという間の決着に沸く冒険者たちとラース陣営を横目に、ヤンのそばに蹲み込む。


「これで決着だな、ヤン。認めろよ」


「……っぐ、……そっ」


「うんうん。それじゃあ一旦決着ってことで。けどな。お楽しみとしては、ちょっと物足りないんだよなぁ」


 エスティはヤンだけに聞こえるように、そう続けた。そして、魔術の詠唱を囁いた。身体強化・感覚強化・知覚拡張・痛覚遮断————


「最低でもこれくらいかな。そら、行け! 第二ラウンドだ」


 ヤンの体を引き摺り出して、背中を押した。復活したヤンに、無責任な観客たちが歓声をあげる。そう、まだ賭けも成立していないというのに。ここで終わるなんて彼らは満足しない。


「おおおおおおおおっっっっ!!!」


「えっ!」


 雄叫びと共に突進してきたヤンに、ラースは突き飛ばされる。先とは比べものにならない速度と力。それがラースをよろめかせる。


「勝った気かよっ。調子に乗るんじゃねえっ!」


「な、なんで急に!?」


 拳が、弾幕になる。時折繰り出される蹴りが、空を裂く音を発する。血走った目でラースを追い、徐々に壁際へと後退させていた。


 それでも。


「くそおおっ。なんで、てめえはっ!」


 余裕が少なくなっただけで、ラースには十分に見えていた。対処できていた。強化されてなお、その身体能力はラースが上回る。


 何よりも、ラースは本物の戦いを経験していた。それこそ命のかかった戦いを。ヤンとて兄に連れられて冒険者として依頼をこなしている。それでもそれは、兄の庇護下でのことに過ぎなかった。そこには決定的な差が横たわる。


 短く、一段鋭い風切り音をラースは聞いた。彼の掌から、一筋の赤いものが流れ落ちる。


「ふざけるなよ、てめぇ! なんでお前みたいな奴がっ!」


『ラースっ!』


『大丈夫だよ、リグ』


 傷はごく浅い。その掌をリグに向けて、制した。


「でも、やっぱり、お前はっ!」


 別に、無手の取り決めがあったわけではない。しかし、その行為に怒りがわき上がってくる。強化されたとはいえ、ヤンの動きから刃の分だけ余裕を差し引くことは、十分に可能であった。


 ヤンの突き出しに合わせて身を引き。伸びきった腕をとり。拳を固める。


「いい加減に、しろよっ!」


 踏み込んだラースのその拳は空を切った。腕の一本で力の方向を変えられ、標的を外していた。


「ここまでだなぁ」


 いつの間にか、クランマスターのエスティが割って入っていた。片腕でラースの攻撃を逸らし、ヤンの首にもう一方を巻きつけて拘束する。


「悪いが気が済んだ、ってことにしてくれないか、ラースくん。こいつはちゃんと教育しておくからさ」


 柔和な笑顔に、怒りの方向さえ逸らされた気がして、ラースは操られたかのように頷いていた。


「ありがとう。約束通り君の話はちゃんと聞こう。ああそれと。彼を抑えてくれるとありがたい」


 金色の眼光を向けたままのリグに向かって、エスティは軽く頭を下げた。






「お前が言ったんじゃねえかっ!」


 公平に聞いていれば、最初にヤンがそう怒鳴ったことも当然。エスティにはそう思えた。単純にラースの主張を要約すれば、


「リグルヴェルダスはもういない、と言ったが。やっぱり森にいる、ということにしてほしい」

「それを皆に伝えてほしい」


 ということだったのだから。


「そういうことにしないと、この国が危ない」


 それを聞いてすら、微妙な判断だった。


 一つには、冒険者たちにとって、情勢の混乱は必ずしも忌避すべき事態ではないのだ。様々な飯のタネが増えることになるのだから。無論危険は増えるが、その程度を気にしていては、そもそも冒険者などやるべきではない、という話になる。


 一つには、面子の問題だ。ラースたちに追い返されたことをロウベルトたちは公表していない。クランマスターたるエスティには、ありのままを報告していたが、周囲の者たちにはリグルヴェルダスはいなかった、というラースの言葉を伝えるにとどめていた。


 要求をその通りに実行したのだ。それを今更、(ひるがえ)せと。ならば依頼はどうなる? 整合性など取れるはずもないのだ。


 一つには、真偽の問題だ。いや、今更真偽も何もない。より重要なのは信義の方だ。確かに『太陽の頂』の評判は良くない。だがそれは素行の面でだ。それでも仕事は完遂する。それでこそ冒険者という存在が成り立つのだ。


「あ〜、まあ。事情はわかった。状況も理解した」


 エスティは思索の末に決心する。より単純に、しかし、たったそれだけのことだ、と。


 そもそもが、伝説の邪龍として語られる存在を、どうにかできるなどとエスティは思っていなかったのだ。これに関しては例外だ。依頼がどうであれ、その存在の確認まで、と考えていた。失敗が前提だった。


 ロウベルトたちがそのまま戻ってきたことは、エスティにとって誤算だった。どちらかといえば、かの大森林へ立ち入る口実として利用することに主眼があったのだから。彼らにもそう伝えたはずだった。


「リグルヴェルダスについては触れない。すでに皆には広まってしまっているからな。今更否定の話をしても、混乱するだけだろ?」


「そ、それは、そうかもしれないですけど……。でも、それだと」


「要は気を付けろ、ってことだろ。それだけのことだ。街、いや国レベルのことだがな。で。俺はこんな立場だが、流石に国へのパイプはない。俺にできるのは、話をつけるだけの繋がりと影響力を持つ者を紹介することくらいだな」


「そうですか……。うん、でも。ありがとうございます。僕の話を聞いてくれて」


 重厚なソファから立ち上がって、ラースは頭を下げた。冒険者ギルドの二階にある応接室でのことだ。


「ああ、こっちの都合もあったしな。で、君の話はこれで終わりかい?」


「え、あ、はい」


 それなら、とエスティは身を乗り出す。彼らの間にあるローテーブルに肘をついて、表情を一層緩める。


「ずっと気になっていたんだ。君たちがギルドへ来た時から。だから見ていた。リグ、って言ってたな。教えてくれよ、その龍のことを」


 そうお願いするエスティの瞳は、好奇心あふれる少年のようだった。かつて憧れた冒険者たちが連れていた白龍を想い。同じ古龍という存在に魅せられ。クランマスターは話しかけずにはいられなかった。

第11章始まりました。

今後ですが、この第11章からの大きな流れを経た後、物語は収束していく……予定です。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


【次回予告】

ラースは、『太陽の頂』のクランマスターから、国に影響力を持つ商人を紹介される。

面会を待つ間、彼はその店で一つの武具に心惹かれることになる。

そして、商人はラースにある条件を提示する。


次回、「相手するぞ。でもな」

よろしくお願いします。

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