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第60話 自分で勝ち取ってこそ

「綺麗な人たちだったね。それに凄い偉い人みたい」


 遠ざかる馬車を見送りながら、ラースは呟いた。


「そうね。公爵夫人って言ってたし。ここの王様の親戚かもしれないよ」


「えっ? そんなに偉い人なの? だったらあの人に話せばよかったかなぁ。でも、なんだか緊張しちゃって」


 なんとなくだが、とても偉い貴族、という認識しかラースは持っていなかった。貴族など雲の上の存在だ。ましてその爵位など、それがどのようなものであるかなど、彼には無縁の知識だった。


「戦争になるって話? 多分ダメだと思うの。聞いてくれないよ。それよりラース、私にもさっきのやって欲しいの」


 少し頬を膨らませながら、ルージュが迫った。


「さっきのって、《癒しの水》? そっか、ルージュにはまだやってなかったっけ」


「あの人、すごく良さそうだった。リグみたいに。ねえ、私だって、ラースに気持ちよくしてもらいたいの。ね」


「あ、うん。そうだよね。もちろんだよ」


 戸惑いながら、気づいてしまった。これまでルージュにはなにもしてあげていないことに。

 牧場を手伝ってもらったり、助けてもらったりはされていたが、彼女に対しては感謝の言葉をかけるくらいしかしていない。それ以上の何かを彼女のためにした、ということをラースは思い出せなかった。


「ルージュも会ったよね。これは、僕を癒してくれた龍、カロスケイロスの術なんだ。カロスはね、みんながお祈りしてくれたらその分、力が使えるって言ってたよ。だからルージュもお祈りしてくれると嬉しいな」


「うん! じゃあ私にも教えて!」


「そうだね。でも、先にやってあげるよ」


 ドキドキしながらルージュは待った。祈りを捧げるように胸の前で手を組み、目を瞑り。それは神に、というよりもラースに対して祈りを捧げているようであった。


 たちまちルージュは涙をこぼす。《癒しの水》を受けて。ごくわずかの力ではあったが、癒しの力とともに入り込んでくるラース自身の力に、感情を揺さぶられる。


 それは彼女の求める究極の形。


「——んっ。ひぐっ……ぐすっ……」


「ルージュ? どうしたの、気分でも悪くなった?」


「う、ぁ、うわああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」


 人目を(はばか)らず泣き声をあげる彼女の体を、ラースは慌てて包み込む。森で最初に出会ったときのように。彼女の心は、その時とは全くの正反対であったが。


「ごめん、ごめんね。ちょっと休もう」


 自分がどれほどのものを与えたのか理解しないまま、ラースは彼女を座らせて、落ち着くのを待った。






「——そうかぁ。それじゃあ、お嬢ちゃんたちは冒険者になりたくって来たのか。そっちの少年が登録するのかい?」


 露店の串焼き屋の男は、親しげにそう言葉を続ける。


「そうなの。ラースは強いんだよ。『魔獣使い』だしね」


「へえ、そいつは珍しい。なら、試験も問題ないだろうねぇ」


「試験って? 冒険者になるのに試験が必要なんですか?」


 串肉を頬張りながらラースが投げかけた。


 ちゃんと買い物をしながら。冒険者になりたい少年という設定で。どちらもルージュが提案したことだった。そういったことに疎いラースに、その方が話がしやすいと彼女は説明したのだった。


「そりゃあ最低限の知識は必要だからな。そっちはともかく。実力の方はな、別に必須じゃあないらしいが。最初から上を目指すなら、力を示す方がいいからね。それにしても」


 自身の商品を頬張るリグに、男は過去を懐かしみながら目を向けていた。


「ドラゴンとはなぁ。思い出すよ。昔——そうだな、十年くらい前になるか? 俺は毎年建国際には店を出しているんだが。その頃に、同じように小型のドラゴンを連れた冒険者がいてな。当時の大陸一と謳われた冒険者パーティだったよ。その一員の魔術師が連れていたのさ」


「リグみたいなドラゴンがいたんですか?」


「ああ、いや。そいつは真っ白い毛皮のドラゴンだったなぁ。賢くて、犬みたいに人懐っこくってな。その魔術師が無愛想な分、街での人気者だったぜ」


「そっか。リグも人気者になれるかなあ」


 おまけしてもらった最後の一本をリグに手渡して、その首を撫でた。


「別に必要ないぞ。で、そのドラゴンはどこに行ったんだ?」


 おお、と人語を操る龍に驚きながら男は続けた。


 実のところ、その驚きは見当違いであった。成り立ちを知る者であれば、龍より与えられ、簡略化された言葉を彼らが操ることは当然のことなのだ。独自の単語や概念でなければ、それは完全な下位互換の範囲なのだから。


「それは知らないなぁ。彼らはその十年前くらいに解散してしまったのさ。幸せな奴らだよ。冒険者なんて死と隣り合わせ。そんな中で誰一人欠けることなく、やり切った、と言って解散したんだからな」


 半ばラースに向けた、忠告のような語り草だった。


「そうですか。残念だったね、リグ」


「まあいいけどな」


「じゃあ、そろそろ行こ、ラース。お兄さんありがとうね」


 そう言ってルージュは笑顔のまま、厳つい禿頭の店主に手を振る。


「おう、頑張ってこいよ」


 店主の外見に似合わぬ心根に、ちょっと悪いことしたなと思いながらラースは頭を下げる。ギルドの場所を尋ねるという目的は果たした。あとは男に教えてもらった場所へと向かうだけだ。


「ねえ、次はどれ買おっか。ほら、あっちにはフルーツのお店があるよ!」


 しかし、ルージュは目移りしていた。


 大通り沿いには露店が並んでいる。これが通常なのか、祭の最中だからなのかは彼らにはわからなかったが、村とは比べものにならない規模に、ラースは圧倒されていた。本来の目的である冒険者ギルドへ急がなければと思いつつも、色彩豊かな絵画を目にしたときのように、心奪われていた。


「あ、これ……」


 とある露店に目がいって、ラースは足を止めた。そこは小物が並べられた店。中でもいくつかの色違いの髪留めに、彼は視線を注いでいた。


「プレゼント、かぁ」


 掌くらいの大きな花を模した髪留めだ。木彫りのそれは写実的で、香りが漂ってきそうなほどの存在感があった。それは彼女の放つ匂いをラースに思い起こさせていた。


 どの色が似合うだろう。髪と似た色の淡いピンク? 鮮やかな赤? カロスを思い出すような水色——?


 そんなふうに考えながら、ルージュの横顔を眺める。彼女は今はフルーツ店の店主と話し込んでいた。


「よお。田舎の彼女への土産かい、少年」


 ラースの頭上から声がかかった。頭に置かれた大きな手を感じて振り返ると、大柄な女性がニヤニヤしながら彼を見下ろしていた。


「あ、いえ。プレゼントできたらな、って」


 警戒しながらラースはそっとその手を払おうとして、逆にクシャクシャと髪をかき混ぜられた。


「そりゃあいいや。どれ、お姉さんが選んでやろうか? ん?」


 快活に笑う女性は冒険者なのだろう。ラースにはそう思えた。幅広の大剣を腰に下げ、逆側には小型のナイフが固定されている。金属製の鎧を身につけてはいるが、その体のせいで重そうには見えない。


 太い腕も、短く刈り込まれた金髪も、門で出会った公爵夫人とはまるで対照的。視線の先の装飾品とは無縁。ラースでなくてもそう思っただろう。


「ありがとうございます。でも、あの」


 値札の文字と数字を見て、ラースは諦めていた。そもそもお金なんて、ましてやこのような嗜好品など。首を振りたくなる。彼にそんな余裕はなかった。


「遠慮すんなよ。で、どんな子だい?」


「どんな、っていうか。あの子、なんです」


 ラースは視線を送る。ルージュは、切り分けられた黄色い果実が盛り付けられたお皿を、ちょうど手渡されているところだった。


「へえ、魔族の子かい。あの髪と角、いいじゃない。それなら、そうだなあ——」


「あの、僕! お金、なくって……」


「銀貨一枚がかい? の、割りには随分熱心だったねえ」


「僕、ルージュにプレゼントしたことなくって。僕はルージュに色々助けてもらっているのに、全然、何も——」


「ああ、待て待て」


 大袈裟に手を振って、彼女はラースの言葉を制した。


「湿っぽいのはナシだ、少年。カラッと、サラッと、さっぱりと、だな。そうでないと、ついてこないぞ」


「そうですか?」


「そうさ。ま、けど。金がないんじゃあなぁ」


 彼女は無造作に銀貨一枚を革袋から取り出して、ラースの前に突き出す。


「こんなものでもな。自分で勝ち取ってこそだぞ、少年。それでこそ報われるってモノだ」


 自分で稼げ。そう言われているとわかって、ラースは頷く。


「じゃあな。あ、それと、店主さんよぉ。ちゃんと残しておけよ、それ」


 一つの髪留めを指差して、それから彼女は去っていった。ラースにはその背中が実物以上に、とても大きなものに見えていた。


「あれ、ラースどうしたの? 何か欲しいものあった?」


「ううん、大丈夫だよ」


 差し出されたお皿に手を伸ばしながら、露店から視線を外して答える。


「欲しいものあったら言ってね。私、領主さまからお小遣いいっぱいもらっているから。心配しなくても大丈夫よ」


「あ、そうだったよね。でも今はいいよ。それより、これ食べたら冒険者ギルドってとこに行こう」


「わかった! じゃあ、早く用事終わらせて、それから一緒にお祭り楽しもうね!」


 無邪気にはしゃぐ彼女に、ラースは小さな決意を固めた。






「祭りか。浮かれてるねぇ」

「ですね。これからが本当の祭りだっていうのに」


 今し方、王都の門を通り抜けた二人組は、往来から城を見上げていた。大きめのバッグ一つ、という身軽な姿。それでも彼らは、商人として正式な商売用の通行証を持ってこの地にいた。


 門兵の疑問は、そのバッグの中身を見せることで解消された。彼らは宝石商だった。収められた輝きに目が眩んで、門兵たちは少しばかり注意不足になっていた。違法という訳ではなかったが、問い質すことはすべきだったのかもしれない。


「それで、どちらから手をつけます?」


 宝石の詰まったバッグを無造作に振り回しながら、従者は問う。


「私としては、早くこいつを処分したいけど。重たいし」


「商会と冒険者ギルド、か。どうすっかねえ」


 幅広のつばの帽子を傾けて、にっと鋭い牙をのぞかせた。ローブからは隠しきれない太い尻尾が揺れていた。忠誠を示すことができる、という期待と悦びに。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

ここで第10章完結となります。

次章はラースの本来の目的である、

国の危機を伝えること、の話になります。


【次回予告】(次章予告)

村で戦った冒険者の一団『太陽の頂』

彼らの伝手を以って、ラースは国の危機を伝えようとする。

その最中に、彼は二つの出会いを果たす。

一つは、武具。

一つは、少女。

それらは、のちに彼を導くこととなる。


次回、「お前が言ったんじゃねえかっ!」

よろしくお願いします。

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