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第54話 俺の配下にしてやるよ

 ギュオオオォォォーーーーーーッッ!!


 金属同士の摩擦音のような叫びが、大森林に響き渡っていた。音は衝撃波となり、周囲の木々を放射状になぎ倒す。小さな村くらいの面積だろうか。倒壊した巨木や積もった土石の影に、巻き込まれた小さな生き物たちの姿が散見された。


 大森林に居ついた金龍の兄は、満足げに見下ろして、荒れ地となった森へ降りる。


「どうよ、こんなもんだぜ」


「ちょっと! 何してんのよっ!」


「あ? 何言ってんだ? 力が見たかったんだろ?」


「そうだけど! 森を荒らすなんて聞いてないわよっ!」


 そう叱責したのは、人の掌サイズの妖精だった。半透明の羽根をせわしなく動かしながら、金龍の頭の辺りを飛び回っている。


「それに! これでも、全然、まだまだだからねっ!」


 ほっそりとした腕を組み、指摘する姿は甘えを許さぬ教師然としていた。


「はぁ? 十分だろ? それに俺、まだ全然本気じゃないし」


 小馬鹿にしたような口調で応えて、彼は小煩く飛び回る存在を吹き飛ばすように、鼻息を吹いた。


「それじゃあ、本気出してみて。あなたの本当の強さ、見せてみてよ」


「え? いやいや。なんで俺が全て見せないといけないんだよ。それに、とっておきは簡単には出さないものだぜっ」


 得意げな笑顔が輝いていた。金色の鱗が、開けた森の日の光を反射して、文字通り煌いている。


(これは、ダメかなぁ)


 表情には出さずに、妖精は落胆していた。このドラゴンはまだ子供だ。まだまだ未熟だ。身体はまだいい。しかし精神は。底を見せないような小賢しい言い方が、逆に底の浅さを語っているようにしか妖精には思えなかった。


「あのねぇ、あなたも見たでしょ。あの『解放の路』を。あれくらいじゃないと、この森をどうこうしようなんてできないのよ」


 妖精の言う『解放の路』とは、リグの術がもたらした破壊の跡のことだ。南方の飛竜たちが『森の覚醒』と呼んだものを、彼女たちはそう名付けていた。


 大森林を不自然に切り裂いたその状態を、金龍の兄弟はこの地に飛来したときに目にしている。そして、出会った妖精に、これが何者かによってもたらされた破壊だと教えらたのだ。


「あ、あれは、ほら。アレだろ。伝説の邪龍。ここにいたリグルヴェルダスが、去り際にやったことだって、お前言ったじゃねえか。伝説の邪龍の力と比べられたらな、さすがの俺でも、少し届かないからなっ」


「確証はないのよ。だからもう少しちゃんと鍛えたら? あなたみたいなドラゴンでも、そのまま強くなるわけじゃないでしょ」


「あ? なるさ。馬鹿にしてんのか? それに俺だって鍛えているんだぜ。まだ見せられないけどなっ」


「本当にそうならいいけど」


 妖精の心配をよそに、もうやり切ったとばかりに金龍は寝そべる。弟が獲物を引きずりながら戻ってくるまでの間、兄は昼寝を決め込んだ。


 ため息が漏れる。もどかしさに小さな拳を握る。しかし、彼女は諦めない。せっかく会うことのできた、強い力を持つ存在なのだ。


(助けるからね、グラハム様。待ってて)


 妖精は、若芽の様な色の瞳を森の奥へと向けた。






 あ〜、ああ〜〜っ、あ〜、ああああああ〜〜〜っ


 気の抜けた声が、温かさを纏って龍の喉から漏れていた。


 ラースがいない間のリグは、牧場と森を往来していたが、その大半は森の中に身を置いていた。村の牧場に行くのは、主にラースが戻ってきていないかの確認のためだった。待ちきれずに、時折彼は自らの翼を動かすのだ。ラースの家には連絡のために飛竜を配したというのに。


 今もリグは案内された温泉で、飛竜たちと共にくつろいでいた。


『ここはどうですか? リグ様』


『ああ、いいぞ……。昨日よりも、柔らかい。濃いぞ。ランク……2ってとこだなぁ』


『おおっ、それは素晴らしい! お前ら、今日は十分合格だぞ!』

『よしっ! ありがたき幸せです、リグ様』

『それならば明日は、俺のおすすめの場所をご案内しますっ!』


 飛竜たちは連日、温泉巡りをしていた。どれもが満足のいくものだったが、いつの間にかリグはランク付けをするようになっていて、それが飛竜たちの励みになっていた。


『けど、オマエらは残念だなぁ。この湯に入れないなんてな』


『なんの、我々はこれで十分です、リグ様』

『そうですとも。この尾浴がいいのですよ』


 ちゃぽん、と軽い音と共に温かな波紋が伝わる。温泉は、体の大きな飛竜達が全身を委ねることができる程のものではないが、彼らは長い尻尾だけを湯に浸けて楽しんでいた。


『ん〜、ソレ、いいぞ。もっとだ……』


 尾の動きでかき混ぜられた熱流がリグの体を揺らす。温かさと、湧き出る魔素をその身に受けて、リグは夢見心地だった。


『ところで、リグ様。お気づきだと思いますが』


『んん?』


『喧しい奴が近づいて来ています。少々外してよろしいでしょうか?』


『ん〜』


 リグの曖昧な反応に、飛竜の一頭が立ち上がった。引き揚げた尻尾から滴る熱が、リグを悦ばせる。


 では。一言声をかけて飛び立とうとする飛竜の予測よりも早く、それは現れた。近づく重い足音と破壊音に、残りの飛竜達も一斉に警戒態勢に入る。


『リグ様!』


『ん』


 彼を守るように立ちはだかる飛竜の隙間から、リグは捉えた。その上で、湯中で体を伸ばし欠伸を一つ。


 視線の先から衝撃音が伝播した。樹々を砕き、路を切り開き、二頭の金龍が姿を現わす。


『おっ、あったあった。いい場所じゃん』

『本当だね。魔素が湧き出してるよ』


 行楽にでも来たかのように、兄弟は笑顔で言葉を交わしていた。


『なんだ、貴様らは! この森の者ではないな!』


『でも、先客がいるみたいだよ』

『だな。ちょっとどいてもらうか』


『止まれっ!』


 飛竜達の存在を気にかけることなく近づく相手に、警告の唸りを発した。それすら無視して、金龍の兄はブレスを放つ。目に見えぬ、高音と衝撃波のみを纏ったブレスだ。


 それは無数の刃のように飛竜達を襲い、その硬い表皮を切り裂いていた。さらには彼らを透過し、リグにまで到達する。


『ぐうっ、リグ様!』


『うるさい奴だな。せっかくのランク2なんだぞ』


 湯面は激しく波立っていた。しかし、減衰したそれには、リグを傷つけるほどの威力はない。


『リグ様。我々が邪魔者を排します。リグ様は一旦離れてください』

『この程度のドラゴンであれば、我々だけで十分です』

『リグ様。お任せくださいっ!』


『ねえ、なんか言ってるけど?』

『なら、もう一発』


『リグ様!』


 ブレスの予備動作を見て、飛竜が悲鳴をあげた。それでも盾となって動かぬ飛竜達に、リグの号令が飛ぶ。


『オマエら、散れ!』


 淀みなく、彼らの体は反応した。一斉に上空に飛び立ち、顔を歪めて主を見下ろす。


『オマエらに、と思ったけどな。オマエら、また使えなくするだろ。ランク2を』


 ようやく温泉から上がって、リグは湯面のすぐ近くに浮かんでいた。滴る水滴をその体に吸収して、渇きを潤すかのように喉を鳴らす。長い尻尾は未だ湯の中だったが。


『あー、ずいぶんちっちゃい奴だね』

『可愛いもんじゃね。こんなのでも、飛竜を侍らしていい気になってるんだ』


 放出しかけたブレスを止めて、金龍は小馬鹿にしたように笑う。


『なんだオマエら』


 不快混じりに、リグは邪魔者達を睨みつけた。


『僕たち最近この森に来たんだよ、坊や。で、良さげな場所を見つけたからさ。ちょっとそこ退いてくれない?』


『同族はいないと思っていたんだけどなぁ。小さすぎて引っかからなかったみたいだな。まあいいか。おい、餓鬼、教えておいてやるぞ。この森は俺達兄弟の縄張りにしたからよ』


 金龍の兄は上機嫌に笑って、リグの腕ほどもある牙を見せつけた。


『あぁ!? ナワバリ?』


『お、いいじゃん。お前の金色の瞳。気に入ったぜ。俺の配下にしてやるよ。そうしたら俺達のおこぼれをくれてやるぞ』


『それいいね、兄ちゃん。僕にも使わせてよ』


『まあ、とりあえず。そこどけ』


 払い除けるように伸ばした腕を、リグは無言で掻い潜る。金龍の胸元、ほぼゼロ距離で炎を放つ。炎は舐めるように全身を這い、瞬く間に金色を包み込んだ。


『おっ、おおっっ!? お前、何をぉぉっ!』


 頭上で震える喉元へ、リグは鉤爪を奔らせた。ぎゃり、という耳障りな擦過音と共に、鱗に浅い傷が刻まれる。


『硬い、な』


『てめえっ!』


 首を振り、体をよじった。それを軽く避けてリグは眼前に体を晒す。


『炎もあまり効いていないな。……鉄? 鉱物? か?』


『餓鬼の攻撃なんて、効かねぇんだよっ!』


 リグを一呑みにできそうな顎門を開き、咬した。躱されても繰り返し。しかしそれは、空中の落葉を指先で摘むようなものだった。


『チビがちょこまかとっ!』


 次第に苛つきながら、金龍は執拗に牙を閃かせる。


 一撃で噛み砕かれそうなその攻撃を避けながら、リグは唸りを発していた。タイミングを計り、咬み合わされた剥き出しの牙に向けて術を解き放つ。


『なっ! は、がぁぁっ!』


 その衝撃に、金龍は口元を両手で覆った。そこに強靭な牙はない。根元から砕かれた破片が、時間差を持って地面に散らばった。


『ああ、これは効くんだ』


『あ、お、お前おまえおまえおまえがああああああーーーーっ!!』

『に、兄ちゃん!?』


『オマエが俺の邪魔をしたんだろ』


『黙れ餓鬼があああっ! 許さねえぞぉぉぉーーーーっ!!』


 咆哮を天に轟かせた。冷静に見下ろすリグを、憎悪を湛えた双眸で睨みつける。一部を失った牙を軋ませ——


 ギュオ“ッ!


 それは、金龍の体表からの発振だった。限りなく短い波動。それが、音の速さで拡散した。


 刹那のうちにリグの体を貫き、かき乱した。放たれた波動は隣の弟を、上空の飛竜達を、離れて伺っていた妖精を等しく襲った。最も距離のあった飛竜でさえ体のコントロールを失い、空中でよろめく。


 樹々が葉を散らし、場を緑に染める。温泉の湯が波立ち、波動が通り過ぎたのち、爆発したかのように吹き上がった。


 至近にいたリグは、一瞬、体の自由を奪われる。


『ガアアアアアアァァァーーーーーーッ!』


 憤怒の叫びと共に、金龍はリグの体を打ち払った。その力をまともに受け、巨木を破壊しながら小さな体は森の奥へ吹き飛ばされる。


 衝撃波を纏ったブレスが追い討ちをかけた。リグが落ちたであろう付近へ。破壊された大樹が土煙を上げながら折り重なった。


『はっ、どうだっ! 俺の、とっておき。見たかよっ!』


 鬱憤を晴らすような叫びだった。

次回で、第9章完結となります。

久しぶりの彼らの登場があります。


【次回予告】

リグと戦う金龍は、見守る者たちは、知ることになる。

その力を。


次回、「ここはオレのモノにする」

よろしくお願いします。

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