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第43話 言ったよね

「くっ、くぅぅぅぅっっ……」


 必死に悲鳴を噛み殺し、全身を強張らせ、右の拳を硬く握りしめていた。脂汗が滴る。ほとんど麻痺し、鈍痛となっていた傷が修復されていく過程は、鋭い痛みしかなかった。


「頑張って、ラース! ねえ、私がついているからね!」


『おい! 本当に大丈夫なんだろうなっ!』


 冒険者たちを連れ去る間に施されている飛竜の回復の術は、森の癒し手イシュカの精霊術とは根本から違っていた。イシュカの術は、対象の持つ治癒力を精霊の力で補完するものだ。それに対して今使用されている飛竜の術は、傷の修復を目的とした、いわば外科的な術だった。


『耐えてもらうしかないのだ。リグ様。我らにはこういう方法しかなく』


 術を行使している者とは別の飛竜が、申し訳なさそうに答える。傷を受けた時よりも強い痛みがラースを襲っていた。リグにはルージュと同じように、彼を支えることしかできなかった。


 それでも、飛竜の術は効果を発揮し、徐々に傷を塞いでいった。ラースの肩口を中心に生成されていた魔法陣が消え、ついには治癒は成される。


 草の上に寝かされていたラースは、全身汗まみれだった。息を整えるのにかなりの時間を要した。ゆっくりと上体を起こし、膝を震わせながら立ち上がって、深々と頭を下げる。


『ありがとう、ございます』


 ふっとラースの身体から力が抜けた。倒れ込みそうになった体の下に、治癒を施していた飛竜の頭が潜り込み、支える。そっと押し返して、ラースを座らせた。


『無理をするな。傷を塞いだだけなのだから』


『うん。あっ、ごめんなさい。血が』


『気にすることはない』


 隣の飛竜が、支えた飛竜の顔を舐めた。


『しばらく休息するんだな。体力も早々には回復しないだろう』


『分かりました。ありがとうございます。あの、それと。もしよかったらルージュの怪我も治してもらえないですか?』


『それは構わないが』


 二組の瞳が彼女に向けられた。ラースの体を支えていた彼女は思わず身を引く。


「ねえ、ルージュ。ルージュも治してもらおう?」


「え? あの、私。大丈夫……大丈夫よ」


「でも、すごく痛そうで」


「大丈夫、ホントに大丈夫だからね。ラースからだけで十分なの。あ、私、向こうに行ってくるね」


 頑なに否定して、彼女は足早に離れていった。その先には遠巻きに彼らを伺う村人たちがいる。雷轟や飛竜の群れに気づき屋内で様子を伺っていた村人たちは、状況の落ち着きと共に三々五々集まってきていたのだった。


『あの、じゃあ。ルドラも治してもらえませんか?』


『ルドラ?』


 一緒に降りてきたはずのルドラは、いつの間にかラースの家の側にいて、飛竜たちと距離を取っていた。ラースを心配そうに見つめながらも、居心地悪そうに、壁に体を預けている。


『ねえ、ルドラ。こっちに来てよ』


 呼びかけに、彼は渋々、といった様子で歩いてきた。


『ルドラ、か。こんな所にいたのか』


 この群れのリーダーを担う成竜が頭をもたげた。ルドラよりも高みから彼を見下ろし、冷たく言い放つ。


『ラース様。奴に回復は不要だ』


『どうして? ルドラは僕を助けてくれたんだ。それであんなに傷ついたんだよ。お願いします。ルドラもすごく辛そうで。お願いだから』


 無理に立ち上がろうとするラースを、治癒を施した飛竜が制した。そっと、しかし力強く皮翼の先端で彼を抑える。


『ラース様を? そうか。だが、必要はない。お前もわかっているだろう、ルドラ?』


『……ラース、いいんだ。俺は。このままで』


『でも!』


『いいんだ。これは、俺が悪いんだ』


 力なくルドラは頭をふった。リグを待つ間に話していた時のような快活さは欠片もなくなっていた。原因は、傷の痛みだけではない。


『ラース様。ルドラの傷は、我らの特性《触腐》によるものだ。《触腐》は我ら自身の身体をも蝕む諸刃の剣なのだ』


『自分の体を? そっか。そんなにしてまで、僕を助けてくれたんだね』


 しかし、感謝の言葉にルドラの反応は芳しくなかった。黙ったままのルドラに代わって、リーダーが言葉を続ける。


『そうではない。本来であれば、傷つくことなどないのだ。我らは、幼少の頃より《触腐》を使う。無論、最初は傷を負う。だが、繰り返し使用するうちに耐性を獲得するのだ。ルドラくらい年を重ねたのなら、すでに自らが傷を負うことなどないはずなのだ。だが、なあルドラ』


『お、俺は。ラース。俺はずっと《触腐》を使っていなくて。だって、必要なかったんだ。こんな痛い思いをして、使うことなんて——』


『それが、この結果だ。肝心な時にな』


『そんなふうに言わないでよ。ルドラは頑張ったんだよ』


 座ったまま抗議するラースに、ルドラは身を低くして顔を寄せた。


『ラース、俺はずっと逃げていたから。仕方ないんだ。だけど、お前のおかげで俺は決心できたんだ。お前に感謝している。それでな——』


 遠慮がちに目を伏せ、それから迷いを振り切るようにラースを見据える。しかしその大きな瞳は揺らいでいた。


『俺、山に戻るよ。お前のおかげで、この特性を使う勇気がもてた。痛みが怖くて避けていたけど、もう大丈夫なんだ。お前のことを思えば。だから、群れに戻ってもやっていける。このまま傷を治して。もっと特性を使って、強くなって。お前を、助けられるようになるよ』


『そう、なんだ。……でも、うん。そのほうがいいと思うよ』


『ごめんな、ラース。あんな一家の誓いまでしたのに、俺は』


 その先を塞ぐように、ラースはルドラの口元に片手を置いた。治ったばかりのもう一方で、そっと顔に触れた。この手に、本当の癒しの力があればと思いながら。


『いいんだよ、ルドラ。前に言ったよね。お互いがそう思っていれば、家族なんだよ。たとえ離れていてもね』


 その笑顔は、誓いを受けたときと変わらぬもの。その掌は、変わらぬ温かさをルドラに与え。


 飛竜の、ぎゅっと閉じられた目尻が煌いた。






『じゃあ、あなたたちはルドラを迎えに来たんだね』


 落ち着かせるように、別れを惜しむようにラースはルドラの体を撫でていた。どこを触れても、その褐色の鱗はボロボロで、冷え固まった溶岩石のようだった。


 ルドラの方も、少しずつ体を動かしながらその身を委ねていた。触れられることの痛みはあったが、それ以上に、体と心の芯に伝わる心地よさがあった。


『そうではない。ルドラがここにいることなど知らなかった。我々は、リグ様の命により、あなたに会いにきたのだ、ラース様』


 飛竜達のリーダーは、丁寧に告げた。冒険者を連れていった者達もすでに戻っていた。彼らはラースを中心に扇状に陣取り、身を伏せている。


『僕に? リグ?』


 首を傾げるラースに、慌ててリグが近寄ってきた。足を伸ばして座るその上では、ルドラが長い首を横たえてラースの『施術』を受けていたのだが、そこにリグは着地した。


『そ、そうだ、ラース。コイツらのせいなんだぞ。オレが遅れたのは。オレはちゃんと戻るつもりだったんだ。それをコイツらが邪魔したんだ』


『遅れた、って。そういえば、リグ。何があったの? 僕、待ってたのに』


『悪い、それは、それは……。おい! オマエら、ラースにちゃんと説明しろよっ!』


 焦りを露わにしながら、リグは飛竜達を急かす。足元のルドラの体を、尻尾が何度も叩いていた。


『リグ様が遅れたのは、我々がリグ様の手を煩わせたからなのだ。我々は無謀にも、休息するリグ様を襲い、戦いになり——それで戻ることができなかった。ラース様を待たせることになってしまった』


 言われた通りに、飛竜達のリーダーは頭を垂れた。それに合わせるように、他の飛竜達も一斉にラースに向かって平身低頭、謝罪の意を示す。


『な! だろ! コイツらが襲ってきてな。ああ、もちろん返り討ちにしたぞ』


 得意げにリグは笑ってみせ、饒舌になった。


『ひどい奴らだろ。オレはただ温泉にいただけなんだぞ。ちゃんと暗くなる頃には帰ろうと思っていたしな。けどコイツらが集団で襲ってきてな。温泉もあの小屋もめちゃくちゃになったし。許せないよな。コイツらオレの——』


『ちょっと待ってよ! 小屋って、あの、アリストレアさんやイッシュは? ウォルフェウさん達は?』


『ん? あいつらは見かけなかったぞ。それより、あそこはもう使えなくなった。せっかくのオレの、オレとラースの居場所にしようと思っていたのに! コイツらのせいで汚染されたんだ!』


『落ち着いてよ、リグ。わかったよ。あなた達も、もうそんなことしなくていいからね』


 声を荒らげるリグを片手で制した。それから飛竜達に声をかける。こんなふうにされるのは気分の良いものではなかったから、感謝の言葉を口にしながら姿勢を戻す飛竜達を見て、ラースは申し訳なさで一杯だった。


『御許し感謝する。ラース様。我ら、一度はリグ様を襲いはしたが、今は。リグ様とラース様の忠実な子と成り』


『えっと。リグはともかく、なんで僕まで?』


『大切な方だと。リグ様がそのように』


 その言葉を受けリグに目を向けると、そこには当然だと言わんばかりの、そして変わらぬ満足げな表情があった。


『いや、でも。僕はそんな……』


『心配はいらない。我ら、ルドラよりも役に立つことができる。壊れてしまった温泉も、他の場所を案内することができた。山には多くの温泉地があるからな。リグ様にも満足してもらえた。ラース様も是非』


『——え?』


『あ!?』


 疑問の声と叫びが連なった。飛竜の説明に二人は気がつく。


『リグ!? 行ったんだ? その、別の温泉に? いつまで?』


『い、いや。違うぞ。コイツらが、どうしてもって言うから。オレは!』


『……本当に?』


 リグではなく、飛竜に向かって、ラースは問い質した。飛竜はすぐには答えずに視線を彷徨わせ、リグに委ねる。そんな態度の飛竜とラースを交互に伺って、リグは観念した。観念してラースに飛びついて、彼の首に自らをすり寄せた。


 まあ、ひとのことは言えないんだけどさ。


 ラースもまた観念して、リグの背中に腕を回した。






 飛竜達を帰し、ルドラと別れ、ラース達もまた牧場を離れた。


 誰もいなくなったラースの牧場は、戦いの痕だけが残っていた。


 魔術によって荒れた土。《触腐》によって汚染された牧草。それ以前に、魔獣たちによってもたらされた破壊。全てはそのまま放置されていた。


 死の静寂を思わせる中で、唯一つ。蠢くものがあった。


 捨てられた異形の剣の柄。刀身はリグによって破壊され、柄だけが残されていた。その柄が震え、呼び寄せた。無数に散らばる極小の破片を。


 剣は自己再生を始めていた。刻まれた鋸状の刃も側面の刃も。その異質な姿はそのままに、復活を遂げた。


 己を取り戻すと、剣は牧草地に浮かび上がった。そして、在るべき場所へ向けて飛び去っていった。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

これにて第7章完結となります。

次回から第8章がスタートします。

少し緩い? 話かも。


【次回予告】(次章予告)

傷を癒してもらったラースだが、それは完全ではなかった。

思い悩むラースに救いの手が差し伸べられる。

それは、以前に出会い『施術』に溺れた龍。

龍に連れられて、彼は新たな力を得ることになる。


次回、「教えてよ!」

よろしくお願いします。

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