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第39話 最低な奴

 まあ、ひとのことは言えないんだけどさ。


 夜が明けてトウサの小屋に戻ってきた後。リグがいないと知って、ラースは肩を落とし呟いていた。


「リグの兄貴、いつ帰って来るんだ?」


「分からないよ。早く帰らないといけないのにさ。ルージュを家で独りっきりにしちゃった」


「ん? ルージュってのも家族なのか?」


 飛竜ルドラの疑問に、ラースは彼女について話す。そしてすぐにでも帰りたいと焦りの表情を見せた。


 ラースには少しだけ不安があった。リグが戻ってこないかもしれない、という可能性だ。


「リグはここがとっても気に入っているんだよ。だからリグがここにいたいって望むなら、それでもいいと思っているんだけど」


 最初は、一緒にいて欲しいと思っていた。いや、もちろん今でもだ。ただ、リグの好きにさせてあげたいという思いも嘘ではない。無理に自分に付き合わせているように感じることもあった。そう吐露すると、ルドラは不思議そうにラースに頭を近づける。


「それは違うと思うぞ。兄貴が、一度でもお前といると決めたんだろ。龍がそう思ったなら、裏切らない。それに。家族、なんだろ」


 にっと牙を剥き出して笑う。


「うん。ありがとう。けど、やっぱりいつまでもは待てないしなぁ」


「それなら、俺が送って行こうか? それでラースを送ったら、俺だけここに戻ってリグの兄貴を待つ、ってのでどうだ?」


「それって? もしかして僕を運んでくれるの?」


「おう!」


 ルドラは翼を広げて伏せた。その背はごつごつとしていて、決して座りやすいようには見えなかったが、十分な広さはあった。恐る恐る尻尾を伝ってラースは首元まで登る。


「うわぁっ!」


 感嘆の声が漏れた。飛竜に乗るなど、どれほどの人間が経験できることだろう。それは少年の冒険心をたっぷりとくすぐっていた。まだ飛び立ったわけでもないのに、ラースは胸躍らせていた。


「すごい! 凄いよルドラっ!」


「だろ。こればっかりはリグの兄貴にもできないと思うぜ」


「おっきい背中。もう二、三人くらい乗ることができそうだね。あとでルージュも乗ってもいいかなぁ」


「お安い御用だ。なんなら、そこの人間も乗せたっていいぜ。ラースの一家に入るならな」


 二人のやりとりを黙ったまま見ていたトウサに向かって、ルドラは上機嫌に言って口の端を引いた。


 トウサにとっては驚きの連続だった。つい先日、魔獣たちを伴って戻ってきたばかりだというのに。今度は飛竜と共に現われ。しかもその関係性といったら。少なくともトウサには、対等のように思えた。


「んん? どうだ?」


 急かすようにルドラは顔を近づける。わかってはいても、トウサは腰の剣に手が伸びそうになってしまう。


「い、いや。興味はあるが。その、ラース一家というのは……?」


「そりゃあ、ラースの為の——」


「ちょっとルドラっ!」


 慌ててその先を制した。その言葉がなんだかとてもむず痒く感じて、ラースはルドラの首筋を叩いていた。


「な、なんでもないです、トウサさん。それで、リグのことお願いしますね。もし僕のいない間に戻ってきたら」


 勢いに押されるように頷く。トウサは、すっかり逞しさを感じさせるようになった少年を、奇妙な安心感を持って見送った。


「じゃあ、ルドラ、お願い」


「おう! 行くぞ。しっかり掴まってくれよ。ヒトを乗せるなんて初めてだからな」


「——え?」


ぶわり。土埃が舞った。頭が持ち上げられて、角度がつく。膝をつくラースのその下で、羽ばたく翼に連動して、背の筋肉が躍動する。


「行くぜラース。指示してくれよ。すぐだ! あっという間だからなっ。飛竜の飛翔を味わってくれよっ」


 興奮した飛竜には、ラースの悲鳴は届かなかった。






 こんこんと釘を打つ音が響いていた。それは、昨日ラースとリグが森へ向かってからそれほど時間の経っていない、朝のうちのことだった。


「本職じゃあないのだけどね。これで少しはマシになると思うよ。後は塗料で整えたら見た目だって問題なくなるよ」


「ほんとっ、ありがとう」


 声を弾ませながらも、丁寧にルージュは頭を下げた。豊かな桃色の髪が流れる。それをかき上げながら上体を起こすと、期待のこもった目を向けた。


「ラース、喜んでくれるかなぁ。ちゃんと直ったら嬉しいよね。ね」


「そうだね。こんなので良ければいつだって——」


 ラースの家は魔獣の襲撃によって所々破壊されている。厩舎や鶏舎に至ってはほぼ全壊だ。外周の柵も、魔獣の侵入経路となった辺りは杭すら残っていなかった。そんな惨状をあらためて目にして、彼は言葉を濁してしまった。


「ねえ、ルージュちゃん。修理してる私が言うのもおかしな事だけどね。いつまでここに住むつもりなんだい? ほら、もう家畜もいなくなってしまって、君達だけでここで暮らすっていうのは難しいんじゃないかい? ラースはどうするって言っているんだい?」


 当然の心配だった。ルージュはそのことを訊ねてもいないし、ラースが口にするのを聞いたこともなかった。そもそもが森から帰ってきたばかりなのだ。ラース自身は安堵と、ある種の高揚感にとらわれていた。


「私はね、ラースと一緒ならいいの」


 笑顔の回答は、彼にはとても甘い考えに思えた。


「サーラおばさんのところに行くのもいいかなって思ったけどね。サーラおばさんもそれでいいって言ってくれたし。でも。ラースがやりたいことをやってほしいの。私はそれが一番いいと思っているの」


 小さな瞳の一途な想い。それでも、村人はため息を漏らす。


「まあ、育った大切な場所だから。ラースの気持ちも解るが。いつまでもっていうわけにはいかないよ」


「うん、わかってる。ありがとう!」


 彼は外壁の修理に戻った。仕事を続けながらも、代わるがわる村人達がやってくる姿を見ていた。みな、何某かの手土産を持ってきて、笑顔で帰っていく。やがて、昼を待たずに仕事を終えて、彼もラースの家を離れることになる。


——次は誰だろう。


 扉が開くたびに、ルージュは楽しくなっていた。皆、ラースのために来てくれる。それが嬉しかった。きっとこのままうまく行く。そう思って、次の訪問者を迎えた。






「——ああ、コイツか。ヤンの言っていたのは」

「なんだお前、本当にこんなガキにやられたってのか」


 無遠慮に玄関を潜ったのは村人でなはかった。三人の男女。そしてその背後に隠れるように立っていた少年が続く。


 その少年にルージュは見覚えがあった。ここへ戻ってきた日に出会い、追い払った冒険者の少年ヤンだ。三人も武装した冒険者だった。ルージュは身構えながら後ずさる。


「な、なあに、あなた達は」


「ロウベルトの弟が、世話になったと聞いたんでな。それに、ここは我々が借り受けた、とあいつが言ったはずだが?」


 答えたのは痩身の男だった。先の言葉とは裏腹に、油断のない鋭い視線でルージュを捉えながら近づく。


「他の奴がいないな?」

「そうね。ロイズを襲った、小さなドラゴンがいるはずだけど」


 ルージュの横を通り過ぎて、大柄な男ガロンが奥の台所に向かった。麻色のマントを羽織った金髪の女性シャラフィは、つまらなそうに呟いて側の椅子へ腰を落ち着ける。


「ちょうどいいじゃねえか。どうせ戻ってくるんだろ。その前に、まずコイツをやっちまおうぜっ」


 自分の周りから三人が離れていく間も、玄関近くから動かないままでヤンは叫んだ。その姿をチラリと見て、何か言いたげに、しかし声をかけることなくインデルはルージュに向き直る。


「ま、一応、あいつの弟だしな」


 垂らした腕を小さく振る。袖口から掌に滑り落ちてくるものがあった。男の動きに何かを感じたルージュが背を向けて駆け出す。


「気づいたのかよ」


 掌から放たれた鋼線が、ルージュの足首に絡み付いた。一歩二歩、踏み出しただけで、バランスを崩して彼女は床に転がった。再び男が腕を振ると、彼女の小柄な体は男の足元まで引きよせられる。その足首には鋼線が食い込んでいた。


「いいぞ、インデルっ。よくやったぞっ」


 ここへきてようやく、ヤンはルージュに近づいた。側に来るなり、彼女の背中を蹴り飛ばす。お腹にブーツの爪先を捻じ込む。咳き込む彼女に構うことなく、踏みつける。何度も、何度も。


「……や、やめ……。もう……」


「やめるかよっ。この俺にあんなことをしやがって! 苦しめ! てめえも這いつくばって苦しむんだよっ」


 興奮して叫ぶヤンの様子に、インデルは肩を竦めて二人から離れた。拘束を解かぬまま、手元あたりで鋼線を切り離す。


「はっ、いいザマだ」


 ルージュを仰向けに転がして、ヤンはその上に跨った。


 彼の中に渦巻くものが少しずつ晴れていった。抵抗できない相手に、圧倒的優位の自分に、酔っていた。たとえ相手が、自分より小さな少女だったとしても。歪んだ情動には関係なかった。ただこの気分が良くなりさえすれば。


 涙越しの相手が、ルージュには揺らいで見えた。嘲笑の声が、ノイズのように聞こえた。痛むお腹を圧迫し、狂気じみた笑みを浮かべる少年が、彼女には忌むべき怪物に思える。


————い、や……っ、もう……ワタ、シ——


 ぶるっ、と彼女の体が震えた。荒い息遣いが、浅く、さらに激しくなる。心臓が強く脈動する。小さな掌が、硬く閉じられ、瞳孔が散大し、意志の光を帯びる。意思とはすなわち、殺意。


 復讐の悦びに夢中のヤンには、それがわからなかった。漏れ出る不快感に気がついたのは、近くにいたインデルとシャラフィの方だ。


「なんだよ、その目はっ!」


 睨みつける視線に怒りが先立ち、ヤンは拳を振り下ろす。敏感ではなかったことが、彼にとっては幸運だった。何度も少女を殴りつけ、そのうちにヤンの狂気はルージュの意思と力を散らしてしまう。彼女の小さな手は、力なく開かれた。


「……最低な奴。仮にも女性の顔を殴りつけるなんて」


 吐き捨てるようにシャラフィは呟く。とはいえ止めに入るわけでもない。わずかの間感じた殺気に訝りながら、今は無くなってしまったそれを確かめ、緊張を解く。


 ルージュに跨ったまま、ヤンは肩で息をしていた。ぐったりとした少女の姿に少しずつ熱が冷めていき、同時に幼稚な心は充足していった。しかし彼は、それを目にすると再び全身を熱くさせた。


 奥からガロンが戻ってきたのだ。その手には、ヤンを痛めつけた黒鞭があった。そのことを知らないガロンは、変わったものがあった、とそれを無造作にインデルへ放る。


「へえ、いい感じじゃねえか。魔術が組み込まれているみたいだ」


 軽く鞭を振るってインデルはその感触を確かめる。まるで自分の腕のように、自身の意思をなぞって鞭はしなる。


「お、おい、インデル。ソイツを貸せ」


「いいけどよ。お前に使えるのかよ」

「……まだやる気?」


 呆れる二人を意に介さずに、ヤンは手にとった鞭を束ねて、ルージュの頬を張る。


「ぅぅ……、ぅ……」


「ああ? てめえは、これで俺に何をした?」


「やめ……それ……大切な——」


 消え入りそうな声で、腫れ上がった瞼を微かに開く。懇願する口の端からも血を滴らせて、奪われたものに手を伸ばそうと、ルージュはモゾモゾと体を動かした。両腕は体と共に、跨るヤンに固定されている。彼女にそれを振り解く力はなかった。


「へえ、そうかよ。そんなに大切ならよ。しっかり身につけてなっ」


 解いた鞭を、笑みを浮かべながら少女の首に巻き付けた。


 く、ひゅっ。


 空気が、絞り出された。締め上げる鞭が、ヤスリの様なその表面が、細い首の皮膚を突き破り赤く染める。


 い……や……。たすけ……らぁ…………


 意識が薄れる。末端が痙攣を始める。そして。


「おい、ヤン!」


 鋭い蹴りがヤンの体を転がした。


「なっ、何をする——」


 怒りに任せて怒鳴りかけ、彼は口をつぐんだ。自分の怒りなど容易に切り裂く視線に気圧される。


「お前よぉ。ここを汚すんじゃねえぞ。兄貴が来るんだろ?」


 インデルは誘導するように目線を送った。動かぬルージュの下半身を中心に、染みが広がっていた。


「あなたが掃除しておきなさい」


 背後からの命令には、苛立ちが混じっていた。


「な、なんで俺が。ソイツを叩き起こして——」


「お前がやれ。兄貴が来るまでにな。それとガロン。コイツを捨ててきな」


 インデルの言葉に、巨漢が動いた。鞭の柄を拾うと、絡めとられたルージュの重さなど感じさせない歩みで引きずる。彼は野外まで来ると、思い切り鞭を振るった。


 鞭は弧を描き、小さな体は追従して宙を舞う。遠心力に負け、解放され、落ちた。

今話より新章スタートになりました。

よろしくお願いします。


【次回予告】

牧場に戻ったラースは、傷つき倒れたルージュを目にする。

冒険者達が次に狙うは飛竜ルドラ。

彼らは周到に準備し、襲い掛かる。


次回、「助けられないんだよ」

よろしくお願いします。

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