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第30話 狩ってもいいよな

 魔術を妨害する手段は幾つか存在する。同時にそれに対抗する方法も。熟練の魔術師達は、戦闘においてそれらを考慮して術を行使する。


 リグの行ったことの原理は単純。彼が普段当たり前のように行っている、魔力場への干渉だった。龍語による魔力場の操作は、そこに存在する魔素を操作することに等しい。魔術で魔素を操作しようが、魔素を生み出す、より根源的な魔力場を乱してしまえば。術が完成することはない。


「オマエの術は弱いからな。結合も支配も弱いし。簡単だな」


「わ、私の術が、弱いですって!」


 説明なき(あざけ)りに、彼女は肩を震わせて叫んだ。


「私は! 私は選ばれたの! そこの餓鬼とは違って実力で! それをお前みたいなちっぽけな竜が生意気言うんじゃないわよっ! 私たちはねえ、このボロ小屋くらいのドラゴンだって狩ってきたのよっ!」


 ロイズは掌を広げて腕を突き出した。伸ばした腕の先、右手中指にはめられたルビーの指輪が輝く。


 彼女も最初は気楽な遊び感覚だった。ヤンに従うのは癪だが、軽く脅して追い出すつもりだった。でも、もうそんなものはない。


「————『増幅(ブースト)』」


 彼女の言葉に反応して、指輪から力が放たれる。それは彼女の体内を巡り、魔素の支配を強化する。


 魔術の妨害に対する手段のひとつ。それは単純に強度を上げればいい。魔素の操作に対する正確性・精密性。それが魔法陣の強靭さに通じる。それらは術の威力を向上させるものであるが、同時に妨害への対抗手段になり得る。


 同じ「炎を生じさせる」という術でもその性質は様々だ。形状・範囲・位置・温度・耐性————。それらの要素をどれだけ自在に操れるか。それが魔術師としての実力の差だ。炎は、薪に火をつける用途に最適な種火にも、工芸に使用される繊細な温度にも、鉱物を溶解させる無慈悲な業火にもなる。


 彼女は術の強化を目指した。充実した魔素を感じながらの詠唱。それは強固な魔法陣を形成し、強化された魔法を生み出す。


 があぁぁぁぁっっ!!!


 放たれたのは、怒気を孕んだリグの轟咆だった。先程までの術を破壊する唸り声とは違う、この小屋全てをその衝撃で揺るがすものだ。


「ひ、ひっ……」


 声の波動は魔法陣ではなく、彼女の詠唱を、意思を砕いた。衝撃が止んだ後も、軋む音が残響している。


 続け様にリグは唸りを発した。


『リグ! それは——』


 ラースは気づく。そのはじまりの音、初哮の意味を。彼が知っているのは二つだけなのだ。リグルヴェルダスに刻まれた術と、仇の魔獣を消滅させた術。そのうちの後者。


 駄目。


 そう言いかけたときに、術は完成した。ラースが思い浮かべたものよりもずっと早く。


 突風が生まれた。目に見えぬ空間の断裂がロイズに向かって射線を伸ばし、風が彼女の体を吹き飛ばす。


「きゃああああーーーーーーっっ!!」


 壁を突き破るかと思われるほどに激しく激突し、彼女は床に倒れた。痛みに手を当てる腹部から血が滲む。


『どう、ラース?』


 口を開いたままのラースを覗き込み、リグの顔は自慢げだ。


『練習したんだぞ。ラースの術は凄いけど。凄すぎて使いにくいからな。色々と構成を変えて試していたんだぞ』


『そ、そうなんだ。よかった。僕、てっきりあのときみたいに』


『すぐだ! すぐにちゃんとできる様になるからなっ!』


『うん。でも』


 不安な面持ちでラースは少女に目を向けた。いまだに立ち上がることのできない彼女の体を、ヤンが揺すっている。


「お、おい、ロイズ。お前、まさか今ので」


「……う……、うる、さい……」


 辛うじて答えた彼女の表情が固まった。近づくラースの肩に乗るリグの姿を認め、


「っく……っ……」

「お、お前ら……」


 二人は得体の知れない相手に、ただ恐怖していた。


「あの、大丈夫?」


『ラース、気にするな。コイツらはオマエを攻撃した奴らだぞ。それに』


 長い首をぐいと突き出して、リグは金色の瞳で怯える二人を睨みつける。


「オマエらはドラゴンを狩るんだろ。だったら。オレがオマエらを狩ってもいいよな」


 言葉は、彼女の立場を知らしめた。当初の余裕は跡形もなく消し飛び、完全にロイズの心を折っていた。


「そうだよね、だってラースのこと襲ったんだもん」


 鞭を手にルージュが追い討ちをかけた。先端が、軽く床を鳴らす。その音がヤンの体を縮こませる。


「二人とも待って! もういいから! そんなにしなくても大丈夫だからね!」


 片手でそれぞれの体を押さえる。ルージュの頭に手を乗せ、リグの首筋に手を当てた。二人はラースの言葉に素直に従いながらも、怯える侵入者たちからは意識を逸さない。


「……ラースがそう言うなら……」

『オレは……』


 頷くルージュと、それでも不満げに喉を鳴らすリグ。


「あ、そっかぁ。リグ、怒ってるのね。ちっぽけな竜、とか言われてたし」

「————っっ!!」


 ロイズ達に向けるものと匹敵するくらいに、リグはルージュを睨みつけた。それから再びロイズに目を向ける。


『やっぱりコイツらは! いいだろ、ラース』


『駄目だって。ごめんね、リグ。嫌な思いさせちゃったよね。でも我慢して。後でいっぱい気持ちよくしてあげるから』


 リグに添えた手をゆっくりと動かす。喉の震えの静まりと共に、緊張が緩和されていく手応えをラースは感じた。もう、リグは不満をもらさなかった。


「わ、わかった、わ……。出て行く、から……せめて、回復、を……」

「お、おう」


 恐る恐る、ヤンが立ち上がった。ラース達が反応しないのを見ると奥の部屋へ行き、荷物を手に戻ってきた。


 取り出したのは回復のためのポーションだ。掌ほどの小瓶に満たされた赤い液体。すでに床と傷口を押さえる手は赤く染まっていた。そこに同じ色の液体を注いだ。二つ三つと振りかける様を、ラースは興味深そうに見ていた。


「もう……行くわ。邪魔したわね」


 そんな言葉を残し、おぼつかない足取りで立ち上がるロイズを、ラースはただ見送る。恨み節を呟くヤンは、ルージュが睨みを効かせると顔を背け、ロイズにつき従った。


 やがて蹄の音が遠ざかり、ようやくラースは大きく息を吐いた。


「なんだったのよ、アイツら。ねぇラース。……ラース?」


「ん、あ、ううん……」


 彼は静寂を感じていた。喧騒が去り、残ったのは静寂。在るべきものが、居るべき存在が無いという空虚さの只中にいた。


 わかっていたことだけど。ラースはそう呟きながらも、深く考えることを避けていた。ただ、今、彼と共にいる存在に思いをよせる。


「ねえ、リグ。ルージュ。僕の……、僕の家族になってくれないかな。ちょっとの間でいいんだ。一緒にいてくれるだけでいいから。そうしたら僕、すごく嬉しくて」


 胸に熱いものが込み上げてくる。涙が溢れそうになって、ラースは天井を仰いだ。


 微かに震える彼の腕を、小さな掌が包み込む。こちらも震えていた。歓喜に。


「い、いいの? いいんだよね? ラースのほうから……、家族って。私たち、ひとつになるんだよね。ね!」


「え?」


「家族……かぞく! そうだよね! もう家族だもん! ずっと一緒だから!」


 熱っぽく語るその顔は、温泉に浸っているときのように上気していた。彼女はラースの胸に飛び込んで、頬を擦りよせる。


『ラース。大丈夫だぞ』


 耳元で力強くリグが囁く。


『オマエはまだ幼いんだ。オレがちゃんと守るからな』


『え、えっと……』


 困惑しながらも、滲んだ涙が引くようだった。何か違う気がして。でも、と彼は思い直す。


「あ、あはは……。そうだよね。うん。それでもいいよね」


 乾いた笑いはすぐに心からのものになった。よろしくね、と。ラースは二人を迎え入れた。






 村から徒歩で数日。シンシアという街に領主の屋敷があった。ラースの住む村を始め、辺境のいくつかの村を治める辺境伯の別邸だ。その広くも簡素な応接間に、冒険者達は集まっていた。


「で? 逃げて来たってことか? 自分の仕事も全うできずに?」


 テーブルの上で金属製のパズルを紐解きながら、黒髪痩身の男は呆れる。視線の先には萎縮して立ち尽くすヤンの姿があった。


「だ、だから、アイツらは普通じゃなかったんだ。魔族に、ドラゴンまでいて。ロイズだってやられちまって」


「つっても、相手もお前と同じガキなんだろ。ま、お前の実力で敵わないにしてもだ。言いくるめて上手く使うぐらいしてもらいたいがなぁ」


「まだ兄のようにはいかないか。気にするな。お前もいずれはロウベルトさんのような『竜殺し』になれるさ」


 助け舟を出したのは、大柄な男だった。身長も、厚みも人並み以上。この場で武装はしていないが、見るからに強靭そうな両腕は、どんな剛毅な業物も容易に扱えそうであった。


「そ、そうだよなガロン。俺だって兄貴みたいに——」


「俺は今の話をしているんだが? 地ならしすら出来ないのならな」


「まあ、いいだろう、インディ。我らで代わりに行こう。ロウべルトさんはもう少し時間がかかるようだ」


「仕方ねぇな。それで、そっちはどうだ? 行けそうか、アルト?」


 頭を掻いてため息を吐く。そして正面に座る法衣の若者に視線を移した。が、彼は首を横に振った。


「駄目です、インデルさん。一応、今は彼女の傷は癒えましたが……。もう少し様子を見た方がいいかと思います」


 アルト、と呼ばれた彼は回復の術を使える術士だった。上級神職に就きながら、その教義により冒険者としても活動し、『太陽の頂』内で選抜されるほどの実力を身につけた。


 その彼が、驚愕するような傷だった。ポーションで、術で。一旦は回復してもすぐに傷が開く。まるで呪いでも受けたような状態。ただ、繰り返し回復の術を続けるうちにその現象は徐々に治まり。ようやく今、傷の癒えた状態が続いていた。


「私は行けるわ。その傷をつけたドラゴンの方に興味あるし、ね」


 ひとり離れたソファに身を沈めていた女性が目を細めた。白に近い金髪と健康そうな褐色の肌を持つ彼女は、どこか異国風の雰囲気を漂わせていた。


「できれば手に入れたいくらいだけど」


「それは無理じゃね。ロウベルトがいたら殺っちまうさ」


 痩身の男インデルはソファから立ち上がって、メンバーを見回した。


「それじゃ、行くか。ガロン、シャラフィ。アルトはロイズを看ていな。最悪でもロウベルトと一緒に来ればいい。どうせ森に入るのは全員が揃ってからだ」


 冒険者達は準備のために各々の部屋に戻った。只ひとり名前を呼ばれなかったヤンを残して。

【次回予告】

その龍は、引き寄せられるようにやってきた。

龍は知らない。そんな心地よさを。悦びを。

そして蕩ける。


次回、「練習しておきなさい」

よろしくお願いします。

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