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第28話【昔話】リグルヴェルダス様

 失敗は、検証されなければならない。


 かつて王城のあった都は廃墟と化し、邪龍の一刻の住処となっていた。ここは魔素の集積地。リグルヴェルダスの好む土地だ。

 魔素の寡多は魔術の行使に影響する。そこに国を、王都を構えたということは、その恩恵を十分に授かることができる、ということだ。


 しかし、恩恵を得られるのは人間達だけではない。魔獣、と呼ばれる存在もまた魔素を好む。体内に多くの魔素を宿す魔獣は、それ故に魔素に惹かれる。濃い魔素は、彼らにとって食物の代替となり得る。いや、それ以上に必須の要素だ。


 王国の歴史は、周辺に生息する魔獣との争いの歴史でもあった。それらは常に脅威を与えていた。しかし、劣勢はあれど敗れたことはない。


 争いは力を成長させる。騎士団は整備され、練度を上げた。多くの対魔獣用の魔術が開発され、それは清浄・保存・空調、といったような生活を向上させる魔術にまで展開していった。


 争いは富を産む。護衛、討伐。冒険者達は常に依頼に追われ、それが人材を呼び寄せ、人の集中が商業を発展させた。


 そうなるように彼は創った。


 均衡を保ちながら成長を続けていた王都は、今は冷たい瓦礫。周囲の平原は、すぐに魔獣たちが闊歩するようになった。


 惜しい、とは思う。だが対照実験のひとつだ。そう考えれば有益だ。過程に原因を探る。


 彼は巨躯を横たえて思索する。集中する邪龍には周囲の魔獣など意に介さない。当然だ。彼を襲おうと思う魔獣などいるはずもない。


 リグルヴェルダスの意識を向けさせたのは、ローブを纏った人物だった。空に漂う綿布が、ふわりと地面に落ちるような静けさ。姿を現すまでは、認識にかからぬほどの希薄な存在感。リグルヴェルダスは、その存在の周囲に展開した歪な魔力場を視ていた。


「何をしに来た?」


 思考に一区切りつけ、彼はつまらなそうに口を開く。


「ああ。御主がしくじったと知ってな。慰安に」


 頭部を地につけたままの邪龍に向かって、その存在は素直に頭を垂れた。


「無駄なことを。全てが完璧に進む訳があるまい。随分と暇を持て余しているようだな、『不死の王』」


 金色の瞳だけを動かして、リグルヴェルダスはその存在の通名を呼んだ。


「はっ、くはははははっ!」


 不死の王。その陰惨な呼名に似つかわしくない、快活な笑い声だった。


「休息は必要だぞ、リグルヴェルダス。何事にもな。リフレッシュ、というヤツだ。一旦思考を休止し、ココを再起動させるのだ」


 はだけたフードの下、のっぺりとした頭部を指先で小突きながら、にっ、と笑う。いや、笑ったように見えた。正確な表情は分からない。ソコに在ったのは剥き出しの骨だけだったから。


「そこに何があるのだか、な」


「ははっ! 確かに。確かにな。物質的なものはないなぁ。だが、重要なものは心だ。精神だ。その依代さえあればいいのさ。だから見た目などな」


 骨を鳴らして呪文を唱えると、不死の王は艶やかな肌と黒髪を持つ妙齢の女性へと姿を変えた。小振りでふくよかな唇が言葉を紡ぐと、全身毛皮に覆われた狼獣人が立っていた。獣が牙を打ち鳴らすと、人間サイズのドラゴンが浮遊していた。唸り声は、最後に筋肉質な人間の男を呼んだ。


「それがお前の元の姿だったか、ノスフェル」


「まあ、少しは願望も入っているがな。これくらい許されるだろ」


 豪快に笑う男にリグルヴェルダスは睨みを効かせる。


「随分喧しい男だ。死者らしく静寂を尊ぶべきだな、お前は」


「死者、とは酷い言い草だ。私は不死の王だぞ。御主も知る通り」


「過ぎた名だ。お前は不死などではない。既に生命亡き者だ。死して尚、活動しているだけだろう?」


 その言葉に男は肩をすくめた。


「御主と生命の定義について論じるなど、それこそ無駄だなぁ」


 それから太い腕を叩き破顔する。そこに肉は無い。男の術は変身ではなく、単なる幻術だった。


「私という存在の意識があり、自由意志が実行されるのであれば。それで十分ではないか。

そもそも御主は、人の心の動きを軽視しているのではないか? 先の動揺を見るに」


 彼はリグルヴェルダスの変化を見逃さなかった。幻術による変化の最初。その女性の姿はリグルヴェルダスがかつて『聖女』と呼んだ人間のものだった。


「感情は人に生きる力を与える。とりわけ怒りはな。絶望に陥った者が、なお生きていくための原動力だ。なあ、リグルヴェルダス。彼らの強い怒りを感じるだろう?」


 ノスフェルは視線を遠くに送る。


「……その言葉、元人間としてのアドバイスということか。だが、的外れだな。奴らの怒りなど知れている。そしてお前は、感じると言ったが、そうではないな。ただ、そのように()()()推察しただけだ」


 二人を分かつように、地面に紫光が走った。それは詠唱により生成された魔法陣の一部だ。リグルヴェルダスもノスフェルも魔術を使ってはいない。これは外部からもたらされたものだ。これが魔法陣のごく一部であるということは、その全体は恐ろしく広範囲のはずだ。それは相応の力を持つ術が行使されることを意味する。


「ぶはっ! つれないことを言うなよ。私は今でも人間だよ」


「客観視できないのであれば致命的だぞ」


 彼らはさして気にも留めずに会話を続けていた。


 魔法陣を構成する魔素の紋様は、瓦礫の街を巡る。上空からであれば、壮大な魔法陣が完成に向けて輝きを増し、夜空の星のように煌く様が見えただろう。そして、それを操る者達の姿も。


「怒りなど一時の力にしかならん。お前のようにな。長き刻の中で俺を突き動かすものはそれではないな」


 ようやくリグルヴェルダスは頭をもたげ、巨体を起こした。足元へ群がり始めた小さき者共へ、うんざりとした視線を向ける。彼の頭部に合わせてノスフェルは浮かび上がった。


「では、何が御主を?」


「無論、探究心だ」






 リグルヴェルダスを包囲するのは、この国の兵士達だ。王都と共に主要な王族を失ったとはいえ、その遠縁を旗印に彼らは地方から集結していた。何度目かの奪還作戦。それはノスフェルの指摘するように、邪龍への怒りと誇り高き覚悟を纏ったものだった。


「さあ今こそ! 我らが聖都を蹂躙した邪龍に! 聖なる裁きを下す刻だ!」


 瓦礫の神輿の上で、指揮官が叫ぶ。


「『封龍重積魔法陣』発動!」

「皆、行くぞ! 我らが宝剣オリハルコンが、邪龍を引き裂かん!」


 鬨の声を上げて、騎士達が迫る。足元の魔法陣が輝きを増し、複製される。魔法陣からは無数の鎖が現れ、龍の巨軀を封じる。

 鎖を足場に駆け上がり、騎士達は宝剣をかざす。


「ははははっ! これは壮観! まるで砂糖に群がる黒蟻のようだなあ」


 ローブをはためかせ、ノスフェルは見おろしていた。その姿は人間の幻影を纏ったままだ。


「人間!? 邪龍の仲間か!?」


「お、嬉しいねえ。その言葉に免じて」


 ノスフェルが掌をかざす。そこからは昏き風が現れ、先頭を駆ける騎士を襲った。騎士は眠るように意識を失い、鎖の路を踏み外す。


「勝手なことをするな、ノスフェル」


「いやなに、つい、な。御主と違い、彼らは私を見てくれている」


 落下した騎士に目を遣る。そこには瓦礫へ衝突し、重い音を立てた鎧があるだけだ。


「深層の見えぬ奴らだからな。まあ、俺も少しは嬉しく思ったのだがな。以前であれば」


「なっ! まさかっ!」


 リグルヴェルダスは体を捩った。砂埃をふるい落とすように。結果、砂塵と人が舞った。


 魔術師達を統括する男は驚愕の声を上げた。動けるはずがなかった。生成された魔法の鎖は、肉体を拘束するものであったが、同時に龍種特有の魔素を拘束するものであったはずだ。力でも、魔力でも原理的に振り解ける類のものではない。


 そう聞かされていた。


 暴れる鎖に必死にしがみつきながら、騎士は少しずつその先へ向かっていた。なんとしても一太刀。祖国のために。邪龍にこの刃が届きさえすれば。その一心で。


「おおおおおっっ! リグルヴェルダスぅぅっ!!」


 背後の鎖上から迫っていた騎士は、ついに邪龍の体へたどり着く。片腕で鎖を抱きながら、宝剣を振りかぶる。


 しかし。


 岩のような鱗は、その刀身を砕いた。


「な……ばか、な……我らの、剣が……」


 気力の抜けた騎士は、波打つ鎖から滑り落ちかけ、辛うじてしがみつく。


「ここまでのようだ。もう少し先が見えると思ったが」


 リグルヴェルダスは動きを止めた。彼を拘束する鎖はそのままだ。その鎖の上で体勢を維持する騎士達も多く残っている。彼らを気に止めることなく、リグルヴェルダスはただ平原を視界に納めた。


 旧王都の外周。そこには別の部隊が陣取っていた。この巨大な魔法陣を生み出した魔術師団だ。今も術を行使し、効く筈のない拘束を維持しようと努めていた。


「え? なに? きゃあぁっっ!」


 一団の最後方で、少女の悲鳴が上がった。彼女の体は宙に浮いていた。細い手足をばたつかせてもがく彼女の意思を無視して、その体はリグルヴェルダスの元へと運ばれていく。


 迫り来る巨軀。金属のような硬質の鱗に覆われた顔。口元から覗く、身の丈にも迫るような牙。戦いに参加していたとはいえ、それは遠くから眺めていただけの存在であるはずだった。

 恐怖の象徴として語られる邪龍を現実として受け止めることとなり、少女は体を硬らせる。


 同時に、少女は魅入られていた。悠久の年輪を刻むその(からだ)に。金色の瞳に。幾億もの死を見届けたはずのその瞳には、それ以上の知識の集積を感じ、彼女は裂け目のような瞳孔に吸い込まれそうな錯覚に囚われる。そして、微かな羨望とともに深淵に惹かれる。その奥に踏み入ることは、禁忌を犯すことと理解していたとしても。


「リグルヴェルダス——」


「貴様の名は?」


 漏れ出た少女の吐息を無視して、リグルヴェルダスは問う。


「……あ、え……。み、ミルズ、です」


「では、貴様の住む街はどこだ?」


「アルズフォート、です」


「待て! その子に何をする気だ!」


 足元で、指揮官たる騎士が宝剣を構えて叫ぶ。最早勝ち目はないと分かっていた。いや、最初からなかったのだろう。ただの、形式上の戦。あるいは、彼の知り得ぬ意思の、傲慢さの末路。

 そう理解したとしても。心折れそうになっていたとしても。目の前で起こるだろう惨劇を、指揮官は見逃すわけにはいかなかった。


 リグルヴェルダスが動きをとめたことで、安定を取り戻した鎖。その上に残る騎士達も同様に気勢を上げた。隣で魔術師団統括が、同様の決意を込めて詠唱を始めた。


「煩わしい奴らだ。既に役目は終えたというのに」


「黙れ! その子を解放しろ! 我々は、かなわぬまでも貴様を! 貴様に我らの剣撃を遺し——」


「そうか。それもいいだろう」


 ため息のように言葉を吐く。直後から変化が始まった。


 それは、光の奔流。魔術師団統括はもちろん、魔術師としてはかけ出しの少女ですら理解できる大規模な現象。術の、魔素への還元。そして、吸収。


 場に設えられた巨大な魔法陣は砂のように崩れ、その残滓が宙に舞った。生成された鎖は分解し、同様に根源たる魔素となって漂った。それらは、暴風のようにリグルヴェルダスを中心に渦巻き、光を伴って邪龍の体へと吸い込まれ、それが短い間その体躯を輝かせた。


「……綺麗」


 特等席で見ていた少女は、そう漏らさずにはいられなかった。未熟とはいえ彼女も魔術を操る者の一端。しかし彼女でなくとも皆、これ程の規模の魔素の活性を目にしたことなど、これまでなかった。そして、これからもないだろう。

 人知を超えた邪龍。知識として知ってはいても、それを実感させられた彼女は、神々しく輝く龍の姿から目が離せなかった。


 王都の外へ陣取る魔術師達も、王城のようにそびえ立つ邪龍の輝く姿に目を奪われていた。纏う魔素の強大な力を感じ、絶望に打ちのめされた。


「ぐ……っ。せめて、貴様に!」


 辛うじて動けたのは指揮官の騎士だけだった。消えた魔術の鎖から落下した騎士達は、存命ではあったが、まともに動く力も、気力も失っていた。魔素を吸収され、魔術師の術は不発に終わっていた。


「無駄だな、貴様らには」


 現象が終わり、無感情にリグルヴェルダスは足元を見下ろす。


「だ、黙れ邪龍! それでも我々は貴様を!」


「無駄だ。『重積魔法陣』『合成オリハルコン』いずれも俺が与えたものだ。その先がない以上はな」


 ぞくり、と身体を震わせた。騎士と魔術師の長の脳裏に、記憶が蘇る。


「ばかな……あれ……は……。『聖女』様がもたらした……」

「合成、だと。鉱脈が見つかったと……」


「まあ、そういうことだ。貴様らは俺と戦っていたつもりだろうが。貴様らが戦ったのは俺ではない。この平原の魔獣達だ」


 リグルヴェルダスは詠唱を始める。それは魔術の詠唱ではない。現象を直接生み出す龍語による術だ。


 術は暗雲を生成し、一筋の落雷を生じさせた。轟音とともに大気を引き裂いた雷撃は、しかし兵士たちに直撃することはなかった。それで十分だった。接地した雷は地を這い、執念深い蛇のように兵士たちを襲った。

 それは街外の魔術師達へも同様だった。リグルヴェルダスに挑んだ全ての者が雷に囚われた。空中の少女を除いて。


「……な……ん……体、が……」


「言ったろう。貴様らの相手は魔獣たちだ、と」


 動けなくなった兵士たちに向かって、既に興味を失った邪龍は喉を鳴らした。


「ああ、例えば。こういう方向もあったのだがな。——『対称四重積陣』」


 今度は通常の魔術だった。リグルヴェルダスの術は、空中の少女の周囲に展開し、少女を箱型に包み込んだ。


「貴様は見届け人だ。この術は貴様を守り、しかる後に街まで送り届けよう」


「ど、どうして、私を?」


 少女の当然の疑問に、リグルヴェルダスは答えなかった。代わりに巨大な翼を打ち鳴らした。


「では、俺は行くとしよう。俺がいては、魔獣たちは近寄って来ることができないからな」


 あえて砂塵を、瓦礫を巻き上げ、リグルヴェルダスは飛び去った。


「ま……て……」

「待って! リグルヴェルダス様!」






 一連の様子を黙って伺っていたノスフェルは、リグルヴェルダスの側を共に飛んでいた。しばらくは黙り込んでいたが、国境を越える頃、口を開く。


「やっぱり聞いておかないとなぁ。いいだろ。質問は二つだ」


 同意を聞かずに、彼は続ける。


「なぜあんなモノをわざわざばら撒いた? ははっ、まあ、ありえないが。あるいは自らの首を絞めることになったかもなぁ」


「サンプルは多い方がいいだろう」


 彼の方に目を向けることなく、リグルヴェルダスは答えた。


「ま、そうかぁ。ではもう一つ。質問、というよりは私からの課題だが」


 何故か可笑しそうに、ノスフェルはカタカタと骨を鳴らした。


「推察でかまわんぞ。御主が残した少女。彼女の感情は? 如何に読む?」


少し間を置いてからリグルヴェルダスは口を開き。しかし答えることなく(つぐ)んだ。

間話のようなものでしたが、これにて第4章完結です。

次回の第5章は、ラースが自分の村に帰ってきたところから始まります。

その後関わることになる者たちと出会う、前振りのような章になります。


【次回予告】(次章予告)

邪龍は森から消えた。

しかし邪龍の存在は、それが在ることでも、無いことでも影響を与える。村にも、国にも、世界にも——。

そのことをラースはのちに思い知らされる。


村に戻ったラースは、冒険者達に出会う。巨大な龍に出会う。彼が望む、牧場での平穏な暮らしは、未だ訪れない。


次回、「やりすぎじゃないかな」

よろしくお願いします。

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