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第26話 何の問題がある?

「ちょっと、ずるいと思うんですけど」


 座り込んだまま、ラースは拗ねたように抗議した。


「あんな魔法使ってさ。さっきまでは使わなかったじゃないか」


「魔法? 《霧化》は私たちの持つ特性だ。自らの技を使うのは当然のことだろう?」


「でも、さっきは」


「ああ、ライとヒョウのこと? 彼らはまだ使()()()()だけよ。決して()()()()()いたわけではないわ」


 罵声の意趣返しに、端々を強調してシグレは答えた。


「おィ! 俺ハ別に——」


「じゃあ、もう一回! もう一回やろうよ! お願い。いいでしょ」


 勢いよく立ち上がって、ラースはシグレに訴えた。騒ぐライを無視して二人は視線を合わせる。


「私は構わないわ? ウォルフェウ殿?」


「いいだろう。もう一度、と言わず気の済むまでやるがいい。ただし、シグレ。お前は《霧化》を使うな」


 頭領の言葉にシグレはわずかに身を引いた。思わず漏れそうになった抗議の声を唾と共に飲み込む。


「その代わりに。ライ、ヒョウ。お前たちも参加するのだ。皆でそいつを捉えろ」


「ウォルフェウ殿! それは私を!」


「コイツに必要だト、親父?」


 非難の声を上げる息子たちをひと睨みで制し、やる気になっていたラースへと身を寄せた。その耳元で囁くように告げる。


「出来るだろう、お前なら。《霧化》さえなければ、三対一とはいえ、十分に制することができるはずだ。因みにな」


 頭を上げて、それからウォルフェウは皆に聞こえるように声を張る。


「リグ、と言ったな。お前が倒れた後であいつは。あの小さな龍はな。三人掛かりの息子たちを軽く制しているぞ」


 その言葉は、ライたちの心に火をつけた。ウォルフェウの狙い通りに。






 ラースは楽しんでいた。初めは乗り気ではなかったこの立ち会い。ウォルフェウは訓練と言っていたが、それは単純化して捉えれば、単なる追いかけっこだ。これまでの必要に迫られた戦いとは違って、心躍らせるものだった。


 狼たちの牙と爪を掻い潜るたびに、逆に狙いを定めて追い詰めるたびに、力が巡る。循環する血液のように手足の先まで満たされてゆく感覚。それはルージュの時とも魔獣の時とも違う。自らの力を意識した上での身のこなしだった。


(僕って、こんなに戦えたんだ)


 笑みが溢れた。もっと、もっとこうしていたい。初めて立ち上がった子馬のように、体の中からあふれる流れにまかせて駆け回りたい。必死な形相の狼たちを前にしても、ラースはそう思えた。


「——ここまでね」


 しかし、終わりは狼たちの方から告げられた。


「……モウ、十分だロ……」


「僕はまだ大丈夫ですけど。ね、もう少し続けない?」


 楽しい時間は短く感じるものだ。実際は、鍛えられたライたちが息を乱す程に、攻防は続いていた。ラースの方は、大きく胸を膨らませて呼吸を整える程度でしかなかった。高揚感も続いていた。


「お前ハ、回復ヲ続けながラじゃねえカ」


「あ、そっか。じゃあさ、みんなもイッシュにお願いして——」


「馬鹿いうナ。餓鬼ガ」


 恨めしそうに唸ったのはヒョウだ。他の兄弟たちと同じく息を切らし、腹を地につけて、上目遣いにラースを睨みつけた。


 戦果を見ればラースは微々たるものだった。身体能力としてはラースは個々の狼を上回っている。何度かは強引にバンダナを奪うこともできていた。

 しかし少し変化をつけると、虚実を織り交ぜると、ラースはついていけなかった。さらには狼たちが連携を深めると、とても太刀打ちできるものではなかった。

 それこそ真の戦いであれば嬲り殺しにされるだろう。幾度も奪われたバンダナを返してもらい、ラースはこの訓練を続けていたのだ。


 これ以上は無駄だ。そう語るような視線にも、ラースはもう怯むことはなかった。


「あなたは、少し具合悪そう。そういえば、さっきもどこかおかしかったような……」


「……アァ、そうだナ。オ前に最初に押さえられタ時からナ」


 そっぽを向いてヒョウは肯定した。


「そうなの? じゃあ、ちょっと」


「触るナ!」


 近づいてしゃがみ込むラースを大声で拒否した。しかし要求が通ることはない。ラースは真剣な表情でヒョウの背に、腹に手を這わせる。


「……疲れ以外には何もなさそう。少なくとも病気とかじゃあないと思うよ。だからね、もっと力を抜いてみて」


「……ッッ! デキルか……ッ……」


 再び襲われた未知の感覚に耐えながら、ヒョウは体を固めていた。ラースには無理矢理にでもそうさせる手段を持っていた。緊張している部分から意識を逸させ、次第に緩和させる(すべ)を。しかし、その方法は採らなかった。


「ねえ、落ち着いて。僕のこと嫌っているのかもしれないけど、警戒しているのかもしれないけど。これは大切なことなんだよ。それに、あなたは僕よりもずっと強いのでしょう。いつでも離れられるでしょう」


 ヒョウは目を逸らしたままで答えなかった。が、ゆっくりとではあるが意識して力を抜いていった。


「おィおィ、お前、ナンだその(じゅつ)ハ。さっきもヒョウにやってたナ」


「これ? (じゅつ)っていうか。牧場に来て羊たちを診てくれるお医者さんは『施術』って言ってたよ。こうやって触れていると皆、気持ち良くなってくれるし、具合が悪いか、とかもわかるんだ」


「お前、俺達ヲ家畜と同じだト!」


 手を動かしたまま嬉しそうに答えるラースに、ライは反射的に声を荒らげた。


「同じだよ。羊や鶏たちも、あなたたちも、イッシュも。リグだって。みんな元気なときは同じものが伝わってくるんだよ。やり方は違うけど、みんな、良くなって欲しいなって思いながら僕は『施術』をしているんだよ」


「そうそう、ラースの手、気持ちいいよね。ボクにもまたやって欲しいな」


 動じず答えるラースにイシュカが同意した。


——気持ちいい……? これが……? この感覚が……?


 徐々にラースを受け入れながら、ヒョウはぼんやりと反芻(はんすう)する。感覚に言葉が結びついて、言葉がその感覚を深める。今のヒョウには、近くで叫ぶライの声すら遠くから聞こえてくるように思えた。


「気持ちいい……だト? だったラ、俺にモやってミセロ!」


「え、いいけど。もう少し待ってね」


 あっさりとした肯定に、ライは素直にお尻をついた。隣にはイシュカまで。


 訓練の、戦いの熱はすっかり醒めてしまっていた。いつの間にかそこには従順な獣がいて、まるで一人の少年がその場を収めているようだった。


「ラース」


 頃合い、とばかりにウォルフェウがその名を呼ぶ。突然の指名に驚き、それでも『施術』を止めないままラースは白銀の大狼を見上げた。しかし続く言葉には、さすがに動揺し手が止まってしまう。


「お前は、儂の部下になれ。儂の下で訓練を積み、いずれ守護者となるのだ」


「……は、えっ?」


「お前にはその資質がある。戦いにおいては経験が足りぬだけ。心配はいらぬ。儂が鍛えてやろう。そしてライたちと切磋琢磨すれば、互いに高みへ至ることができよう」


 真剣な物言いだった。真摯な眼差だった。力のこもった強制力を持つ言葉だった。不動でラースを見下ろし、その豊かな尾だけがゆっくりと揺れる。


「……ソ、それハいいぞ親父。なラ、こいつハ、俺の部下デもあるってことだナッ!」

「ラースが、守護者かぁ……」


 先に騒いだのは本人ではなかった。イシュカまで満更ではないようにみえた。


「ちょ、ちょっと待って。なんで僕が。守護者って……」


「む。不服なのか? 強くなるんだ、と言っていただろう。訓練も続けたいのだろう。このまま儂の下にいることに何の問題がある?」


「あるよっ。だって、この森にいるんでしょう。僕は村に帰らなきゃいけないんだよ。みんなに伝えに行かないと」


「ああ、そう言っていたな。構わぬ。すべきことがあるのならば、行くがよい。その後に戻ってくるのだ。先の約束は、お前が負けたことで果たされはせぬが、儂の部下であるなら。儂は先頭に立つ者として、お前を護ろう。森の外まで連れて行こう」


 勢い込んで立ち上がったラースを制するように、ウォルフェウは鼻先を近づけた。そこに威圧はなかった。すでに身内となった者へするような誠実な提案だった。


「キミが連れていくの? それはダメだよ、ウォルフェウ」


 言葉を返せずにいたラースに代わって、否定したのはイシュカだった。しっかりとラースに体を添わせて、その手を握る。


「キミは自分の持ち場を離れる気? 大丈夫。ラースはボクが一緒に行くからさ。ここへだってボクが乗せてきたんだよ。ねぇラース、またボクに乗ってよ」


 イシュカは思い出していた。大きな兎の姿になってラースたちを小屋まで運んだことを。その時はわからなかったが、道中物珍しそうに背中を撫でるその手は。あの不思議な感覚は。今なら判る。そのチャンスは逃したくないのだ。


「何を言う。儂は全てに責任がある。お前こそ、アリスの側を離れるつもりか」


「少しくらい大丈夫だよ。今ならさ。だからボクが行くよ」


「ならば儂も同じだな」


 引く気はなかった。徐々に険悪になる二人を前に、ラースはただ交互に二人を伺うだけ。


「ナ……ならバ……。俺ガ行くゼ……親父……」


 仲裁の提案は、千々に乱れた吐息混じりだった。ヒョウだ。今のいままでお腹を晒し、前脚を折り曲げて『施術』に溺れていた彼は、刺激が途切れたことで意識だけは浮上できた。体勢はそのままだったが。


「ソれくらイ、俺だけで……十分……ダ……」


 皆の視線がヒョウに突き刺さった。冷たく、呆れた視線が。


「だったラ、俺も! 一緒に行ってヤる。ヒョウだけジャあナ!」


 待ちきれなくなったライが迫る。起き上がれないでいるヒョウを後脚で小突いて、真っ直ぐにラースへ訴えかける。自らの尻尾が振れていることに気づかずに。


「あのさ、キミたちじゃあダメなの。ラースが怖がっていたのわからない?」


「……今は、そうは見えぬがな」


「だいたい、キミ達はラースにひどいことしたくせにさ」


 図々しいよ。と最後の言葉だけはイシュカは飲み込む。


「——だからよ。謝罪の意をもって、私が送りましょう」


 最後にシグレが参戦した。ラースの元へ歩み寄り、人の作法で頭を下げる。


 役目とはいえ致命傷を与えたのは彼女だ。イシュカが暴走したようになってしまったのも、彼女の言葉がきっかけだった。

 お互いそれが分かっていたから。ラースは、もう大丈夫です。そう言いながら彼女の頭を撫でた。


「「「あっ!」」」


 声が重なった。想いも。


「そして再びここへ戻ってきたら、また続きをやりましょう。今度は制限なしでね」


「……え、あ……、うん」


 曖昧にラースは頷いた。それが承諾の意ととられたとは思わなかった。

【次回予告】

回復を果たしたラースは、知らず知らずルージュを歓喜させる。怒りのリグの心を満たす。

そして、ラースは遂に森からの帰還を果たすことになる。

森に住まう者たちに守られながら。


次回、「休みませんか」

よろしくお願いします。

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