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第2話 百年に一度くらいでいいんじゃないかなぁ

本編開始前の話

『創世の日』という記念日がある。


 言葉の通り、この世界が創られたとされる日だ。国の大小を問わず採用されているこの記念日には、前後数日間を通じての年間最大の行事が催され、住民総出でのお祭り騒ぎになるのが常だった。あるいは厳かな儀式を執り行い、厳粛清廉にその日を過ごす地方の者たちもいた。


 その取り扱いは土地によって様々だが、『創世の日』には一つの共通点、共通認識があった。


『争いを行わないこと』


 戦争はもちろんのこと、個人間の小さな諍いすら憚られる。それは、皆にそう思わせる、強迫観念めいた認識だった。


 今年の『創世の日』直前までは、魔族の住まう南方の大陸で、とある勢力が統一戦争を敢行していた。そして大陸の東端の小国を廃し、いざ北の大陸へ、というところで時間切れとなる。勢いのついた魔物の群れを率いる魔族ですら、その日の訪れに侵攻を停止したのだ。


 脈々と語り継がれ、遵守されてきたそれは、世界の理となっていた。


 だが、真実は違う。


『創世の日』は明確な目的を持って定められたものだ。それに直接関わるもの以外が知ることはない意図によって。






「ん〜〜〜。もう、一年も経ったの? 早くない?」


 欠伸まじりの大声は、人の背丈ほどの口蓋から漏れ出た。岩肌を思わせる巨体は重そうな尻尾を引きずり、のそのそと進む。粘り気のある泥が、彼の歩んだ後には描かれていた。


「一年だよ、一年。全然眠った気にならないんだけど」


 先導する人物に、頭上から不平と粘土を垂れ流す。


「御主にとってはそうだがなぁ。まさか昨年から眠り続けていたとは、なんとも勿体ないことだ」


 振り返りもせずに男は答えた。森を抜け、荒野に出たところで立ち止まる。


「ここらではなかったか?」


「ん〜、そうだね。そうだったかも。じゃ、やるかなぁ」


 力の抜けた言葉を吐き、次いで術の詠唱を開始した。


 大牙の隙間から発する詠唱は、脅迫するかのように大地を目覚めさせた。平坦な地面は隆起し、瞬く間に半円状のドームが形成される。その正面に、彼が楽に通ることのできる縦長の穴が一つ。


「あ〜、できたできた。こんなものかな〜」


 うんうんと頭を振りながら、気怠げに自画自賛する。


「いや待て、待て。手抜きしすぎだろうよ。確か前回のときはもっと荘厳な」


「だっけ? 寝起きで喉の調子が悪いのかもね。無理に起こされたから——って冗談だよ。持ち回りだもんね」


 男の呆れた視線を受け、さすがに彼も頭を覚醒させた。後脚だけで立ち上がり、翼を伸ばし、上空へ向けて長く、低く吠える。


「うん。じゃ」


 土のドームに向けて唸り声を浴びせる。魔術の詠唱とは思えないその音を受け、土は形を変える。材質を変える。内装が整えられ、落ち着いた色彩が現れる。子供の砂遊びのようなドームは、大理石造りの神殿へと変貌していた。


「なんだ、できるではないか」


「ま〜ね。けどさあ、やっぱり一年は短かすぎると思うんだよね。百年に一度くらいでいいんじゃないかなぁ」


 そしたら、あと九十年くらいは眠れたのに。聞こえるように彼は漏らした。


「人の世の移り変わりは早いからな。一年くらいが丁度良いのだよ。さもないと、乗り遅れるぞ」


「お任せでも大丈夫だけどね。ウチのみんなは優秀だから」


「しかし、この先十数年は刮目しておいた方がいい」


「ん? 何かあったっけ?」


「大きな動きがあるはずだ。何が、かは御主が推測することだがな」


「え〜〜〜。そういうのはいいよ」


 面倒臭そうに彼は神殿の壇上に登った。今回の『会合』は『鉱玉龍』たる彼がホスト。会場を提供し、進行を司る。その他の準備は、彼と共にいる男の役割だ。


 男は、懐から指先ほどの複数の木の棒を取り出した。空中に放ると、小枝のごとき棒は成長し、杖となった。老賢者が手にするにふさわしいような、歴年を経た大樹を思わせるような杖は、仮初めの神殿の広間に、円陣を描くように刺さる。


「では、始めるぞ」


 男の詠唱が、杖の端部に設えた宝玉を輝かせた。円周上に配座する杖から光が伸び、杖同士を複雑に結び陣を描く。

 宝石の光は、空間に映像を映し出していた。初めは、何もない白壁。そこに様々な背景が現れ、やがて、それぞれの主が姿を見せる。


『みんな、いるかな?』


 別にいなくてもいいけど。そんな響きを隠すことなく、彼は映像を一瞥した。


 威圧。不遜。余裕。倦怠。冷淡。超然。責務——。彼を、互いを確認する龍の視線は種々の色を帯びていた。


 これが真実。


『創世の日』に行われる『会合』


 空間を隔てて顔を合わせる龍たち。彼らの発議が世界の流れを表す。時を止めるために定められた(くびき)こそが『創世の日』だった。


『じゃあ、始めよう』


 空白の映像を無視して、彼は宣言した。あとは終了を告げるだけ。それまでは喧騒を子守唄にすればいい。


 熟考を装って、彼は岩の瞼を閉じた。


 報告は耳に入らなかった。

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