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第18話 激しいのが好きなの

 食卓には多くの器が並べられていた。根菜の煮物や薬草の類のサラダ。とろみのついた山吹色のスープ。鮮やかな色彩の果実。一つ一つは少ないが、多くの種類の食べ物が小皿に用意されていた。


「さっきのは無いのか?」


 そんな中で、無遠慮にリグが要求する。さっきの、とはイシュカの背に乗ってここへ向かう前に、アリストレアから貰ったもののことだ。


「もちろん、ありますよ。リグ様」


 蔓草で編まれた追加の籠を持って、アリストレアが現れた。


「こちらが先程と同じ魔晶石。魔獣由来ではない、天然物の結晶よ」


 差し出された魔晶石を口の中に放り込み、飲み下す。体内で分解、昇華し、魔素として吸収する。それは今のリグにとって最も必要なご馳走だった。


「貴方たちはこちらをどうぞ。遠慮はいりませんよ」


「ありがとうございます。僕たちを助けてくれて、こんな食事まで作ってくれて。僕、本当に感謝しています。それで、あの——」


 食事には手をつけずに、ラースは立ち上がった。ずっと言おうと思っていたことだ。アリストレアが森の管理者と聞かされた時から。ウォルフェウとその部下たちに襲われ、倒れた時に思い浮かんだことだった。


「何かしら?」


「僕たちが壊してしまった森、のことなんです。もし……。もしも、元に戻せるとしたら、嬉しいですよね? あ、あの、戻せると言っても、もしかしたら、ですけど……」


 自信も、確証も無いことだった。言葉の最後が消えてしまいそうに不明瞭になった。


「不要よ」


 間髪入れずに、アリストレアは否定した。穏やかに、しかしきっぱりとした口調に迷いはなかった。


「あれは、残しておきましょう。あれは、産声。リグ様という新たな王の誕生を祝して。残しておくべきだわ。いずれは長い時の中で戻るにしても」


 そうでしょう、と同意を求める隣で、イシュカは大きくため息をついていたが。


「もう食べよう。二人とも座って。せっかくのスープが冷めちゃう」


「ねえ、私も聞きたいの。どうしてアリストレアさんはリグのこと王様って呼ぶの? リグのことを知っているの?」


 それはラースも気になっていたことだ。最初から彼女は敬称で呼んでもいた。リグに接する態度は敬意と、歓びに溢れていた。


「あ〜、大したことじゃ無いよ」


 主よりも先に、指先で机をとんとん、と打ちながらイシュカが答える。


「王、と言っても国を統べる存在じゃあない。ただ、ヒトの国の王のように、この地に影響を及ぼし得る存在のことを、ボクたちは『王』と呼んでいるだけさ。奴らはなんだか勘違いしているみたいだけどね」


「力が強いってこと?」

「ふぅん。リグが? そう?」


 当の本人は我関せず。今も魔晶石の山と戯れていた。


「あの力を見せられてはね。だからボクたちは『王』たちの動きを常に気にしている。何かあればウォルフェウたちが動く。まあ、最近は皆大人しいから。ボクとしては楽で————あっ!」


 急にイシュカは言葉を絶った。それは触れてはいけないことだった。長い大きな両耳を神経質に動かして気配を探る。手遅れだった。


 だんっ。と机を叩く音が響いた。木製の杯を打ちつけた音だ。いつの間にかアリストレアが手にしていた杯から、赤い液体が数滴、机の上に飛び散った。


「何が、楽ですかっ! 何が大人しいって!」


 透き通るような肌を紅色に染め、感情を昂らせるアリストレアに、ラースとルージュは顔を見合わせる。


「私はねえ、こんなことを望んではいないの!」


「ちょっ……アリストレア様、落ち着いてください」


「私は、もっと! もっと、激しいのが好きなの! リグルヴェルダスがこの地に来てから百余年よ! かの龍の所為で地の力は奪われて活力を失い。王たちは皆、強大すぎる存在に(かしず)き、争いを止め。冒険者たちも姿を現すことはなくなってしまって——。森はすっかり停滞してしまったわ!」


「アリストレア様……最初と最後以外は、いいこと、ですよね?」


 それにはラースたちも同じように思えた。無論、口を挟むことなどできる状況ではなかったが。


「イシュカ。平穏であることと、平和であることは違いますよ」


 強い口調だった。アリストレアは籠の中から小さな魔晶石をひとつまみすると、術を掛けて手にした杯の中に沈めた。液体の中で結晶は融解し、自家製のワインを魔素の過充填された極上のものへと変える。


「森は活力を取り戻すべきです。リグルヴェルダスはおそらく、かの場所から消えたのでしょう。このタイミングで貴方が現れたのは良縁です」


 杯をリグに差し出す。リグは躊躇(とまど)うことなく、それを一気に飲み干した。葡萄の甘みと魔素が体内に染みわたる喜びを、瞳を閉じて堪能した。


「争いが、増えますよ」


「それでも。必要なことですよ。この森の未来のために」


「アリストレアさんは」


 彼女の落ち着きを取り戻した様子に、ラースが問いかける。


「リグに、何か、争わせたいのですか? そのために僕たちを助けてくれたのですか?」


 不満があったわけではない。不審に思ったわけではない。ただ、確認したかった。そんなラースを皆が注視するなか、当のリグは緩慢な動きで定位置であるラースの肩の上に乗って、頭を彼に委ねた。


『眠い。今はもう、充分』


 長い舌で口元を拭う。


『大丈夫? お酒の匂いするけど』

『ああ。それ、と……。こいつは……気にくわない……けど……』

『けど?』

『だい、じょうぶ……だ……』


 そう言うとリグは目を閉じた。温かな身体をそっと包んで、ラースは膝の上に迎えた。


「リグ様は、何と?」


 龍の言葉でのやりとりを興味深く見守っていたアリストレアが尋ねた。


 ラースの問いに返ってくるものはなかった。

お読みいただきありがとうございます。


【次回予告】

癒し手は癒したい。

疑問に思いながらも、イシュカはラースを完全に回復させたいと誘う。

一方リグは、二人の女性の言葉に困惑する。

次回、「キミの体に興味があるんだけどな」

よろしくお願いします。

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