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第13話 良き心持ちだ

 鋼鉄の刃のような言葉だった。鋭利な殺気に貫かれ、ラースは思わず身を引く。背後に控える獣の胸に当たり、押し返された。磔架(たっか)へ罪人を促すように。


「僕は、僕たちは……。ごめんなさい。こんなふうになるなんて思わなかったんです。ただ魔獣をやっつけようとして……」


「そ、そうよ。あいつらがラースを襲うからいけないのよっ。ラースだっていっぱい怪我したんだからっ」


「それで? その為にこれ程の破壊を引き起こしたと言うか?」


 ウォルフェウは足元を、ついで背後に目を向けた。狼の足元は川底のように抉れ、森の奥地へ向かってどこまでも続いている。リグの術の射線上に存在するものは皆無だった。


「本当に、ごめんなさい。酷い事をしたって分かっています」


 手をついてラースは頭を下げた。


「でも、お願いです。本当に知らなかったんです。僕も、リグも。あの術がこんなに凄いものだって。だからリグも倒れてしまって。今も動けなくって……」


 声が震え、途切れた。視界の片隅にリグの姿が映る。変わらず小さな呼吸をするだけ。傍らに控える銀狼は、動かぬ相手を油断なく観察していた。


「素直に白状し、謝罪したことは認めよう。貴様の言葉、信ずるに足る。ならば、その術とやらはそこの小龍が発したものなのだな」


「え……それは……」


 不穏な空気を感じ取り、それがラースの言葉を(よど)ませる。


「まァ、そうダろう。コイツ以外に出来そうもなイ」


 リグのそばに控える狼が口を挟む。半開きのままのリグの皮翼を咥えた。


「!? 待って! 何を」


「動くナ!」


 立ち上がろうとしたラースを、背後の狼ライが咆声で制した。


「何をするっテ? 我らは森の守護者ダ。この森に仇なす奴ヲ狩る事が使命なんだぜェ」

「力無キ者に私達の牙ヲ使わせるな」


 手を伸ばそうとしたルージュもまた動きを止められた。鞭を握る腕に、そっと、しかし力強く前脚が乗せられていた。


 二人の眼前で無造作にリグが放り投げられた。大狼の足元へ落ち転がる間も、リグは抵抗はおろか翼を動かすことすらしなかった。できなかった。


「完全に力を失っているようだな。労なく済んで幸いだ」


 頭を近づけてリグに迫るウォルフェウの姿は、今まさに獲物を喰い殺さんとする獣にしか見えない。


 ラースは反射的に駆け出していた。


「あ、きさマ……」


 立ち上がる背中をライの爪が掠める。リグを捕まえていた狼の牙を飛び越える。痛みも疲労も、リグの危機の前には意識の外に追いやられる。まるで、そう定められたかのような動きで、警戒していたはずの狼たちを掻い潜り、ラースはその頭領の前に立つ。


 その勢いのまま、ほとんど感覚のなくなった拳を振るった。


 ラースの拳が当たる寸前で、ウォルフェウは瞳だけを動かしてラースを見た。そのまま拳は獣の横面を捉え————そして突き抜けた。


「え……?」


 手応えがなかった。狼の姿は揺らぎ、白い霧となっていた。その白煙の中をラースの腕は貫いたにすぎなかった。


「邪魔立てするならば、貴様も排除する」


 どこからともなく声が聞こえ、霧は再び態を変える。狼の姿へと戻ったときには、伸ばしたままのラースの腕には獣の牙が深く食い込んでいた。


「いっ、あぁぁぁぁーーーーーーっ!」


 ラースの絶叫が響いた。ウォルフェウが頭を上げるとラースの足は地面を離れ、宙吊りとなった。血抜きをされる獣のように、溢れる血が体を伝い、つま先から流れ落ち、広がる。


「こ……の……」


 牙を外そうと、ラースは自由な片腕を動かす。それを察知したウォルフェウが強く頭を振った。追従して彼の体は弧を描く。下半身が天を突くほどに揺さぶられ、その力はより深く肉を(えぐ)っていた。


 ウォルフェウは再び頭を振ると、横たわるリグの上へ狙いをつけてラースを叩きつけた。硬い鱗が岩塊のようにラースの体にめり込み、傷を深める。溢れる血が、動かぬリグの体を染める。そしてラースの体は放り捨てられた。


 解放されたラースが体を起こそうと懸命に腕を立てる。それを見てウォルフェウがゆっくりと近づく。その背後から二つの白い影が飛び出し、ラースの両腕を押さえつけた。


「しぶトいナ、小僧」

「手間ヲ掛けさせるなヨ」


「待って……! くだ、さい……」


 顔だけを向けてラースは叫んだ。咳き込み、吐血して言葉が途切れる。


「助けて! リグを、助けて、ください……。リグは、僕の……僕の、恩人なんです! 僕の為に、魔獣を倒して……」


「黙レ」


 狼がその足に力を込める。それでもラースは止まらない。既に痛みの感覚などほとんど無くなっていた。


「お願いです! 僕が、何でも、します……。僕は、もう、どうなっても……リグを……お願い、します……」


「恩人? 恩人の為に自らを差し出すか」


「お願い……リグを……」


 血に涙が混ざる。ラースの懇願を見下ろしながら、ウォルフェウは鼻を鳴らした。


「ふん。それは良き心持ちだ。先の謝罪といい、嘘偽りなき真摯(しんし)な言葉が伝わるぞ。貴様は誠実な男なのだろう。だが、無力だ。貴様に何ができる? これほどの破壊、貴様の短い生涯を費やしても元には還せまい」


「それ、は……。でも……っくぁぁっ!」


 腕を押さえる二頭の狼が爪を食い込ませた。反論しようとするラースの言葉を無理矢理遮った。


「あァ、若木の肥くらいにはなるナ」

「そうダ。罰は必要ダ」


「貴様を生かそうが殺そうが影響ないな。が、奴はそうはいかぬ。奴には力がある。生かしておけば再び、この地に破壊をもたらす」


 もう話すことはない、とばかりにウォルフェウは背を向けた。倒れたままのリグの元へ歩を進める。


 そんなことはない。させない。ラースはその言葉を発することができなかった。白銀の大狼の姿が、最初に現れた時の霧のように遥か遠くに霞んだ。血を失いすぎていた。猪の魔獣から受けたダメージもそのままなのだ。すでに限界だった。それでも。


 ラースは咆えた。魔獣と違える様な龍の咆哮。押さえられ、傷付いた両腕に意思を伝えて、上体を起こす。


 リグを助ける。


 その想いだけだった。しかしその想いは意識を(せば)める。


 新たな白い影が、ラースに向かって駆けた。ウォルフェウとすれ違い、跳躍し、その爪を振った。彼らにとって邪な叫びを切り裂く為に。


 ラースが気づいたときには爪撃は眼前に迫っていた。次の瞬間、視界が赤く染まった。そして、自らの造った血溜まりの中に沈む。


 消え入りそうな意識に最後に残ったのは、


(——もう、やるしかない)


 リグルヴェルダスの術だった。

【次回予告】

リグが倒れ、ラースが力尽き。残されたルージュは独り守護者の前に立つ。

絶望に涙するとき、「彼」が憤怒と共に目覚める。

次回、「今、ここで」

よろしくお願いします。

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