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第五話 彼が恋するは、黄昏の紅姫

「やあ!」

「ふん、とう!」


 剣の稽古。

 ミハエルは、怪物の力の打ち込みをかわされ、虎丸が打ち返してきた刀を弾く。


「ミハエル、拙者たちは強くなった。そうだろ!?」

「そうとも。今の吾輩たちは強い! 誰にも負けぬ!」


 互角に打ち合う二人は、己の実力に自信を深めていた。

 この前の冒険で、一つの世界を見事に救ってみせたのだから。


「拙者、実はお主にずっと言いたいことがあった」

「なんだ?」

「ミハエル、今から二人でお主の仇を見定めにいかぬか?」

「……なぬ!?」

「そして、もし悪党ならば……二人でお主の仇を討とうではないか!」

「……ああ、行こう!!」



 ――数年後。


 屋敷の部屋の中、執事とメイドたちの前で、ミハエルは防具を身に着けていた。


 彼が着るのは、鋼色の胴鎧に、手甲と足甲。

 見た目は普通だが、中身は特別製。

 この日のために、執事が拵えてくれたものだ。


 赤髪を整え、鎧を着こなす彼の姿は、もう立派な騎士だった。


「お似合いですよ」

「ミハエル君、かっこいい!」

 鎧を着る姿を、執事とメイドが褒めてくれた。

「あと、これを」

 続けて、執事が鞘に収まった長剣を両手に乗せて渡す。


「この剣は?」

「魔法使い殿からあなたに。銘は、怒りの剣(レ・イーレ)。あなたたちの王の剣だそうですよ」


 ミハエルは、鞘から剣を抜いて、片手で掲げてみる。

 握った柄から感触が伝わり、刃の先が煌めいて、その素晴らしさを実感させた。


「……ありがとうございます」


 彼は、剣を鞘に戻し、腰のベルトに帯びて、執事たちと向かい合う。

 旅立ちの時だ。


「私たちにできるのはここまで。あとは、あなた次第です」

「執事殿、メイド長殿、今まで本当にお世話になりました。あなたたちに教えられたことは一生忘れません。魔法使い殿にも、そうお伝え下さい」

「彼女の下で、真の騎士になれるよう祈っていますよ。さあ、いってらっしゃい、ミハエル」

「はい。赤髪の赤騎士、いってまいります!」


 見送る執事とメイドたちに手を振って、ミハエルは屋敷から旅立った。


 王国へ。

 彼女がいる、黄昏たそがれの王国へ。

 彼女を守る騎士として、馳せ参じるために――。



 ミハエルは、赤い毛色の愛馬リョーマに乗って、王国への道をゆっくりと進む。

 馬の背から吊るしてある革袋には、他の武器や道具がたっぷりと収めてあった。


「まだ見えないの。彼女が来ているという城塞都市は?」


 隣に並ぶ乗馬の上から、虎丸が話しかけてくる。

 腰の二本と背中の一振りは武士の刀だが、身なりは騎士の鎧姿だった。


「どうした、赤騎士。さっきからずっと黙ったままで?」

「…………」

「なんだ、そんなに彼女のことが気になるのか?」

「なぜ、お前がついてくるのだー!?」


 ミハエルが怒って聞き返すと、虎丸は笑って答えた。


「知れたこと。命の恩人であるお主の助太刀に決まっておろう♪」

「いらぬ! 逆にお前がいては、余計なことせぬかと心配でたまら~ん!」

「わかっておる、わかっておる。此度の主役は、お主、赤髪の赤騎士ミハエル・フォン・シュバルツ! 邪魔者の拙者は影となって、裏から助けてしんぜようぞ。お主の恋路をな」


 虎丸は、やる気満々だ。

 彼のためならば喜んで、命を張れるほどに。

 騎士の鎧を着ているのは、自分が目立たないための配慮である。


 友のそうした想いや気遣いを、ミハエルは嬉しく思っていた。


「それが余計なことだと言うのだ……」


 とはいえ、虎丸は仕事人だが、遊び人。

 こいつの方に彼女が惹かれはしないかと、心配でたまらないのだ。

 そんな彼のヤキモチに、当人は気づいているのか、いないのか。


「では、早速、助言するかの。もしお主が、彼女に話しかけられたらどうするか」

「話しかけられた時!? な、な、な、なぜ、そうなるというのだ!?」


「なに、もしもの時の備えよ。お主とて期待しておらぬわけではあるまい?」

「ま、まあ、そりゃあ、そうなったら、いいなあ……とも」


「そうであろう、そうであろう。それで、もしそうなった時に、ちゃんと話せる自信はあるかの?」

「な、な、何を言う! 吾輩は、騎士だぞ! ちゃんと話せるとも!」


「そんなにドキドキしているのにか?」

「…………ない!」

「うむ♪ そこでだ。彼女が話しかけるとしたら、おそらくの……」


 ミハエルは、素直に耳を傾ける。


「……待て」


 しかし、すぐに止めに入った。

 進む道の先の向こうから、大人数の一団が近づいて来たからだ。


 悲壮な気配が漂ってきて、二人は馬を寄せて道を譲った。


 二人の側を、絶望した何百人もの人たちが列となって通って行く。


 ボロボロの負傷兵。

 今にも泣き出しそうな親子。

 目が死んでいる男と女。


 戦場から帰ってきた部隊と、逃げてきた難民たちだ。

 馬の背から見つめるミハエルと虎丸は、目を離せなかった。


 続いて、死体がどっさりと積まれた馬車が、何台と通る。


 やがて列は二人の前を通り過ぎ、後ろの道の向こうへ消えて行った。


「哀れな……。夕闇の大帝国に追われた者たちか」

「そうだ……。あれぞまさしく、奴の悪行だ!」


 虎丸の口元から笑みが消え、ミハエルはただただ憤った。



 やがて二人は、目的地である城塞都市にたどり着く。


「お前たち、何者だ。ここに何しに来た?」


 門番に聞かれて、二人は名乗った。


「吾輩は、”赤髪あかがみ赤騎士あかきし” ミハエル・フォン・シュバルツ」

「拙者は、”青浪あおなみ青武士あおぶし” 高倉虎丸」

「我等ともに、騎士として、黄昏の王国に馳せ参じました」

「……しばらく待て」


 城門の前で待たされる二人の前には、城壁がそびえ立ち、左右に長く伸びていて、ずっと遠くの方まで続いていた。


 ここは黄昏の王国、西の最前線。

 西の国境に絶対防衛線が敷かれ、長大な防壁と難攻不落な城砦がどこまでも築かれているのだ。

 日が沈む方角からやって来る、夕闇の大帝国の軍勢から自分たちの王国を守るために。


「みなさん、黄昏の王国はあなたたちを歓迎します」


 その時、少女の声が聞こえてきた。

 向こうに見える広場で、難民たちを励ましている。


「あきらめないで。希望はいつか必ず――」


 ――彼女だった。


「案内する。ついて来い」


 二人は、城内にある闘技場まで案内される。

 そこには馳せ参じた騎士たち集められ、今か今かと待ちわびていた。

 かの大帝国と戦いに来たというだけあって、誰もが屈強な騎士たちだった。


 ミハエルは気を強く持ち、虎丸は冷静に、その時を待つ。

 やがて闘技場の観覧席に、騎士に連れられて、この国の大臣と王女が現れた。


 彼にとって、ずっと待ち望んでいた瞬間だった。


「皆の者、静粛にせよ。黄昏たそがれ紅姫べにひめ、メラニー様の御前である!」


 闘技場の騎士たちが、片ひざをついて跪く。

 誰もが、噂に聞く彼女の姿をひと目見ようと、視線を少しだけ上げた。


「皆さま、今日はよくこの場に集ってくれました!」


 彼女が、観覧席から騎士たちに呼びかける。


 その姿は、高貴にして可憐。

 豊かな紅い髪と白い肌、紅い眉とつぶらな翠瞳、高い鼻とふっくらとした唇。


 バラのように華麗で、桜のように愛おしい。

 体つきは、健やかで、艷やかだ。


 容姿だけではない。

 彼が何より惹かれるのは、強い意思を宿した彼女の優しい眼だった。


 彼女こそ、黄昏の紅姫。

 黄昏の王国の第一王女、メラニー・ローザリンデ・エーデルワイス。


 彼の恋する相手だよ。ここに来たのは、彼女の騎士になるためだ。


「今も刻一刻と、夕闇の大帝国の軍勢が近づいてきています。我が黄昏の王国を守るため、あなた方がこれまで培ってきた武勇を存分にお示しください!」

「「心得ました、姫様! 必ずやあなたに勝利を!」」


 騎士たち皆が誓った。もちろん彼は、本心から。


「おお、以前よりさらにお美しくなられて。よかったな、赤騎士」

「……黙っとれ」


 虎丸に軽口を叩かれて、ミハエルが怒る。照れ隠しだった。

 

 それから行われるのは、騎士たちの腕を確かめるための御前試合。


「秘密の館の冒険者! ”赤髪の赤騎士” ミハエル・フォン・シュバルツ!」


 観覧席から紅姫と皆が見つめる中、ミハエルが馬に乗って場内へ入ってくる。

 防具は、兜に胴鎧、籠手と足甲。肩と腿には何もつけていない。

 武器は、長剣だけだ。


「対するは、南のアーロンパウル出身。大熊殺しのリドル・ヴァーンホールド!」


 彼の相手は、巨漢の騎士。

 全身を重甲な鎧で包み込み、騎槍と大盾を両手に持つ。


「姫様の御前である。両者とも、存分に武勇を示せ!」


 観覧席にいる審判が叫ぶ。

 二人の騎士が王女に向かって、己の武器を掲げて一礼した。


 ミハエルも十分大きいが、相手と比べれば小熊に見える。

 ここにいる多くの者が大熊殺しの勝利を予感した。

 

「はじめ!」


 合図と共に、両騎が駆け出す。

 皆が緊張する中、両騎はわずか十秒後に馳せ違う。


 その瞬間、大熊殺し渾身の騎槍の一突きを、ミハエルは剣できれいに受け流す。

 さらに大盾を打ち落として、相手の兜に剣の刃を打ち付けた。


 気絶した大熊殺しの騎士が落馬して、ミハエルは剣を持ちながら手綱を引いて馬を止める。


「勝者! ”赤髪の赤騎士” ミハエル・フォン・シュバルツ!」


 予想外の結果に歓声とどよめきが沸き起こり、ミハエルは、またメラニー王女に向かって、剣を掲げて一礼した。


 怪物の力を使うまでもなかった。

 彼は、人間の騎士として、ここまで強くなっていたのだから。

 

 その後も、彼は試合で勝利を重ね、黄昏の王国の騎士に選ばれる。

 ――彼女に一歩、近づくことができたのだった。

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