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第三話 彼が会わされるのは、異国の義兄弟

「フン! フン! フン!」


 晴れの日の昼、屋敷の庭で、ミハエルは、訓練用の剣で素振りを繰り返す。

 剣の稽古は、真の騎士を目指して始めてから、すっかり日課となっていた。

 しかし今は、どうしても身が入らない。


「フン! フン…………くっそお」


 港町での一件以来、彼は、自分の心の迷いを自覚していた。


 そんな時に、私は、彼の元にやってくる。


「がんばっているようだな」

「魔法使い殿!」


 彼が私の方を振り向くと、驚いた。

 私が後ろに、齢が離れた二人の兄弟を連れていたからだ。


 特に驚いたのは、人種が違うこと。

 彼が西洋の人間であるのに対し、兄弟は東洋の人間だったことだろう。

 

 兄の方は二十歳前後、黒い髪を束ね、赤い和服を着た青年だ。

 弟の方は彼と同世代で、長い黒髪を後ろに垂らし、青い和服を着た少年だった。


 驚くミハエルを、兄は物静かに、弟は明るい笑顔で見つめていた。


「魔法使い殿……この方たちは?」

「お前に会わせたいと思ってな。とある世界からやって来た高倉たかくら家の義兄弟……」

「お主だな!? 真の騎士を目指しておるというのは!」


 私が話している途中で、弟の方が飛び出してきた。


「拙者の名は、虎丸とらまる! 世のため人のために、真の武士を目指す者よ!」

 弟、虎丸は、自信満々の笑顔で堂々と名乗った。

「……ブ、ブシ?」

 しかし初めて聞く言葉に、ミハエルは面食らう。


「なんだ、お主。武士を知らぬのか?」

「し……知らぬ!」

「そうか。ならば話してやろう。よいか、武士とは、侍とも言ってだな……」


 虎丸がノリノリで話し始め、ミハエルは人についての知識を広げようと、耳を傾けた。


「……魔法使い殿」


 そんな中、義兄の方が私に話しかけてくる。


「どうした、浪平なみへい?」


 私が振り向くと、浪平はミハエルの方を見ていた。


「あなたに頼まれた時から、悪い予感はしていましたが……」

「失礼だな」

「……あの者、人ではありませぬな。あなたの魔法で人に化けていると見た」

「さすがだな。そのとおりだ」


 彼の正体を一目で見破った浪平に、私はニヤリと笑った。


「化物である彼と、友達になって欲しくてな。お主の弟ならばうってつけだろ?」

「あの者が善良であれば構いませぬが……」

「なんだ?」

「……騎士の友達が、なぜ武士なのですか。同じ文化の者を連れてきた方がよろしいのでは?」

「何を言う!」

 

 浪平の至極真っ当な質問に、私は熱くなって答えた。


「騎士たるもの、異文化交流できなくてどうする! 武士とてそうだろ!?」

「……異文化どころか、異世界ですが」

「それにだ」


 浪平の呆れ顔に、私は笑い返す。


「騎士と武士のコンビ! 友情! 共闘! ……面白そうだろ?」

「……悪趣味な」


 浪平は、初めて虎丸を連れて来た時から、私のことをこう呼ぶ。


「相変わらず、烏天狗からすてんぐな御人で」

「そういうお主は、大天狗おおてんぐだろうに」


 やがて、虎丸の長話は終わった。


「わかったか!? 武士とは、天下無双の武人のことよ!」

「そ、そうか……。ブシとは強いのだな」


 虎丸の話し方はヘタクソで、ミハエルにはよくわからなかった。


「そうとも。お主が憧れる騎士などに、拙者が憧れる武士は負けはせぬ!」

「なんだとー!」


 だがそう言われては、彼の誇りが許さなかった。


「バカを言え! ブシだかなんだか知らぬが、騎士が勝つに決まっておる!」

「ぬっ! お主、武士が騎士に負けるとぬかすか!?」

「おうとも。騎士が勝つ!」

「言ったなー! 違う! 勝つのは侍よ!」

「いいや、騎士だ!」

「武士よ!」

「騎士だ!」


 二人とも火がついて、争いは止まらない。

 浪平は落ち着いた目で、私は温かい目で見守る。


「止めますか?」

「よせよせ。二人の気は済むまい」


 こうなればやるべきことは、一つしか無い。


「ならば、吾輩とそなたで、一騎打ちして決めようではないか!」

「望むところよ! 騎士か、武士か、正々堂々、果し合おうぞ!」


 男の子らしくて、可愛げがあるではないか。


「まあ、勝つのは武士である拙者に決まっておろうがな!」

「なにをー! 騎士である吾輩に決まっておる!」

「ふふん、すぐにわかる。兄者、立会いを頼む!」

「魔法使い殿ー!」

 

 というわけで、ミハエルは木剣、虎丸は木刀を使って、勝負することになった。

 審判は、浪平だ。


「それでは、二人とも尋常に……気の済むまではじめ!」

「たあー!」


 浪平の始まりの合図と共に、ミハエルは気合を入れて突っ込む。

 剣を上段に構え、とても素早く。

 力加減は、あくまで人間のままな。


「とう!」

「ぬん!」


 ミハエルは剣を素早く振り下ろすも、虎丸はさっとかわして、彼の頭に刀を打ち込んだ。


「一本、虎丸の勝ち!」


 あっさりと白黒つけて、虎丸がニヤリと笑い、ミハエルは唖然となる。


「まだまだ!」

「おうとも!」


 虎丸は喜んで受けて立ち、ミハエルは挑み続けた。


 しかし次も、その次も、結果は変わらない。

 虎丸の剣術は、ミハエルのそれを上回っていた。


「どうした、どうした、みはえる! お主の言う騎士とはその程度か!?」

「ぬう……。くそ!」

「それでは、仇討ちなどできぬ! 好きな女子おなごとて守れぬぞ!」


 その言葉、何も知らない虎丸は励ましのつもりだったが、ミハエルにとっては禁句だった。

 彼は、思わず激情に駆られ、


「ぬああああー!」

 加減を忘れて、怪物の力を出してしまう。

「なっ!?」

 人を超えた力と急激な動きの変化で打ちかかり、虎丸の不意を突いて転倒させてしまった。


「虎!」

「しまった……。すまぬ! 大丈夫か?」


 倒れた虎丸を、浪平が抱き寄せ、ミハエルは謝りながら駆け寄る。


「……いたたた」


 虎丸は咄嗟に身をひねったため、大きなケガはなくて、ミハエルは一安心する。


「すまない。吾輩が加減を忘れたばかりに……」

「今の動きは……人ではない?」


 だが、虎丸が起きた時に放った一言に、驚愕する。


「お主……、人ではないのか……。人に化けておるのか!?」


 ミハエルは顔に出してしまったため、虎丸にも感づかれる。


「ぬぬぬ……」

「お主、本当に化物なのか? それでも騎士というならば、潔く正体を現せ!」

「ぬうう……うおおおおおおおおお!」


 訴えに駆られたミハエルは、人の姿から変身して己の正体を現した。


「こ、これは……?」

「……ほう」


 その姿に、虎丸は目を見開き、浪平はどっしりと構えて見つめる。


『……そうだ。これが吾輩の正体だ!』

 ミハエルは、怪物の姿で吠える。

『どうだ、怖いか……怖いであろう!?』

 彼の叫びはやけくそで、つらそうだった。


 この兄弟と出会ったばかりだというのに、すぐに別れてしまうと思ったからだ。


「……■■■■■■■」

 しかし虎丸は、ある妖怪の名をつぶやいて、

「■■■■■■■ではないかー!」

 大喜びした。

『なぬ?』

 意外な反応に、彼は驚く。


 おっと、妖怪の名前は、まだ伏せさせてもらおう。


「お主、お主、■■■■■■■だったのだなー!」

『い、いや、吾輩は……■■■■■■■ではなーい!』

 

 ミハエルは人の姿に戻って、どういうことなのか話した。

 それを聞いても、虎丸の笑顔は変わらなかった。


「なんだ、人が悪い。そういうことならば、初めから言って欲しかった」

「そなた、怖くないのか……。吾輩は人間ではないんだぞ。化物なんだぞ!?」

「なんの。怖くはない。むしろ、うれしいぞ!」

「う、うれしい?」

「すまない。気を悪くしないでやってくれ」


 戸惑うミハエルに、浪平が優しく話しかける。


「弟は、大の妖怪好きなんだ。だから君に会えてうれしいんだよ」

「兄者の言う通りよ! お主に出会えて、拙者はうれしいぞ!」

「そ、そなたたちは、一体……?」

「人は、皆、化物おまえを怖がったり、いじめるものだと思っていたか?」


 彼が理解できなくて、私は話に加わった。


「それは違うぞ、赤騎士。人の中には、お前に優しくしてくれる者もいる。お前が既に出会えた、彼女や執事たちのようにな」

「そ、そうなのですか……?」

「学べ。人には様々な者がいることを。真の騎士になりたければ、人をよく知ることだ」

「は、はい……」


 ミハエルは、彼女のことを思い出しながら返事をした。


「兄者、兄者」

「どうした、虎?」

「せっかく、みはえるが己の正体を明かしてくれたのです。拙者たちも真の名を明かすべきなのでは?」

「……そうだな」


 兄弟の会話に、ミハエルは疑問が浮かぶ。


「真の名?」

「実は俺たちは、異界に来た時から変えた名を使っていてな」

「拙者たちには、元の世界にいた者としての真の名があるのよ!」


 弟と兄は、順に名乗った。


「拙者の名は、牛虎丸うしとらまる!」

言仁ときひとだ」


 この日から、彼の高倉兄弟とのつき合いは始まった。


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