プロローグ 彼が出会えたのは、夢を叶える魔法使い
暗い洞窟の中で、赤い髪の大きな少年が冷たい地面に座っていた。
きれいな水晶玉を手に持ち、赤い眼の片方をつぶって、じっと覗き込んでいる。
水晶玉の中に映っているのは、この洞窟を出た外の世界。
立派なお城。
のどかな村。
にぎやかな町。
馬車が通る草むらの道。
人間たちのいる外の世界だった。
彼が、どんなに行きたくても、行けない世界だ。
水晶玉の中に、紅い髪をした少女が映った。
音は出ない。彼女の声は聞こえない。
両親に向かって、嬉しそうに何か言っている。
彼女の姿が見れて、少年は嬉しそうに微笑む。
少女が呼ぶと、そばにいた騎士が駆けつけて、彼女の前に跪く。
騎士は、少女に何かを頼まれて、直ちにどこかへ向かう。
騎士が戻ってくると、持ってきた花束を手渡して、少女を笑顔にさせた。
あんなふうになりたいなと、思うだけで、彼の赤い眼に涙がたまる。
彼は、彼女のそばに行きたい。行きたくて、たまらない。
たとえ自分が――、人間ではなかったとしても。
彼女は、自分を救ってくれたのだから――。
これから語るのは、彼の恋の物語。
彼のことを知ってもらうために、まずは私と彼の出会いから始めるとしよう。
洞窟の中は、真っ暗だった。
私は杖をかざして、魔法をかける。
杖の先に白い光が灯り、洞窟の中が明るく照らされる。
すると、奥から大きな物音がした。
誰かの足音だ。
私は迷わず、足音が聞こえたところまで進むと、地面に大きな足跡があった。
人間のものではない。
いくつもある足跡は、光が届かない洞窟の奥まで続いていた。
「大丈夫。私は、君に会いに来たんだ」
洞窟の奥に向かって、私は声をかける。
返事は、ない。
私は、洞窟の奥へと進んだ。
道中の構造から判断するに、この洞窟は掘り進めて作られたもののようだ。
――ゴオオオン。
しばらく進むと、ずっと奥から大きな音が響いてきた。
ゴオオン、ゴオオン――。
洞窟の中が揺れ、上から砂けむりが落ちてくる。
誰かが、私を脅かして追っ払うために、洞窟の壁を叩いているのだ。
私は迷わず、奥へと進む。
またしばらくすると、
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーー!!!!!』
物凄い咆哮が響いてくる。
これもまた洞窟の中を震動させ、砂煙を舞い散らせた。
私は、ちょっといたずら心を起こして、お返しにと杖をかざす。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーー!!!!!』
杖の先からドラゴンの鳴き声を真似た音を轟かせた。
『うわああああああああーーー!?』
洞窟の奥から、怖がって、奥へと逃げ出す声が聞こえてくる。
私は笑って、洞窟の奥へと進んだ。
その先は、広間だった。
杖の光で照らしてみる。
これ以上の道はない。
どうやら、ここが洞窟の一番奥らしい。
こんなところまで、掘り進めたのだ。
『――来ないで。来ないでー!!』
闇の奥から、声が聞こえてきた。
子供が、怖がっている。
私は、優しく話しかけた。
「怖がらなくていい。私は、君に会いに来ただけなんだ」
『来るな! あっち行けー! あっち行けー!』
「大丈夫。今から君に光を当てるよ。いいね?」
『…………あっち行けよ……』
私は優しく、泣き声がした方へ光を当てた。
『ひっ!?』
光に当てられて、彼がビクッと顔を背ける。
しばらく黙って、光を当てていると、彼がちらっと片目を見せた。
彼は、赤い眼と赤い髪をした、赤い、赤い、怪物だった。
「怖がらせてすまない。安心して。私は、君に会いに来たんだ」
『……どうして、オレを? あなたは、だあれ?』
私は、名乗った。
「私は、魔法使い」
『……魔法使い?』
「そうとも。私は、夢を叶えてあげられる魔法使いさ」
『……どうして、オレに会いに?』
「知識を広げるために。それが、魔法使いの役目の一つだからね。私自身、とても知りたがりなんだ」
『そうなの?』
「そうだよ。他に、魔法使いの役目は、世界の均衡を保つこととかもある。私自身はいたずら好きで、人から”神”や”魔王”なんて呼ばれたこともあるけれど……」
『…………』
私が自己紹介していくと、彼は知りたがり、耳を傾けていく。
「君こそ、どうしてここに。外には出ないのかい?」
『……出ない! 出たくない!』
私から聞くと、彼は哀れにも怖がる。
「怖いのかい、外に出るのが?」
『こわい……こわい!』
「なぜ怖い? 外には、君と世界の可能性がいっぱい広がっているぞ」
『…………いじめるから。みんながオレをいじめるからああー!』
彼の流した涙には、外への憧憬が溢れていた。
「だけど、君は……本当は外に出たいんだろ?」
『…………うん』
「どうすればいい。君はどうすれば外に出られる?」
『人間に……人間になりたい! 人間になれば、オレは外に出られる!』
人間になりたい。
それが儚くも、叶うはずのない彼の夢だった。
『…………なれるわけないけど』
「なれるぞ」
だからこそ、この時、彼は、
『……えっ?』
「私であれば、してやれる」
ようやく、幸運に恵まれたのだ。
「君を、人間に」
『……ほんと?』
「本当だとも。私が君の夢を叶えてあげよう」
「……お願い! お願い!」
「人間といっても何がいい。どんな人間になりたい?」
『……騎士がいい。オレ、人間の騎士になりたい!』
彼は、人間の騎士にずっと憧れていた。
せっかくだ。良い騎士になってもらおう。
「ならば人間として、清く生きよ。清く正しき、真の騎士となれ。それが条件だ」
『必ず! 必ず!』
彼は熱くなって、もう騎士になったつもりで誓った。
私は杖をかかげ、今一度、彼に問う。
「いいかい。決して、悪に堕ちるな。絶対に悪い騎士になってはいけない。もしこの誓いを破り、騎士の道に背くことがあれば……君には、罰を与えるぞ」
『……構いませぬ。吾輩、その時あらば、自ら地獄の炎に焼かれて果てるまで!』
「……わかった」
吾輩か。かわいい奴め。
「……それから、君を使ってやってみたいことがある」
私は、彼に魔法をかける。
――これが、私と彼との出会いだった。