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7.知らなかったのか

 北の森の魔物討伐へと赴いていた一行が戻ってきた。だが、今回はいつもより負傷者が多いということで、回復魔法が使える研究所所属の魔導士たちも駆り出された。何より、騎士団の人たちの負傷が激しいらしい。救護院に駆けつけると、熱気と血の匂いが立ち込めていた。

 ライトは見知った顔を見つけた。いつもくだらない言い合いをしている相手。その彼でさえ、そのローブが血や泥でまみれている。


「おい、トラヴィス。何があったんだ?」


 ゆっくりとトラヴィスはライトに視線を向けた。

「ああ。ライトか。悪いが、隣の部屋の回復を頼む」

 覇気の無い顔。


「ああ。わかった。だが、今回はなぜこんなことに?」


 ライトの問いにトラヴィスはぐっと拳を握りしめた。


「レインがいなかったからだ」


 その答えに驚いて、ライトは再びトラヴィスの顔を見た。


「私たちがどれだけ彼女に頼っていたのかということを、今回は実感させられた。彼女がいなければこのザマだ」

 ふっ、とトラヴィスは息を吐いた。

「ところで、レインは?」


 ライトが一番恐れていた問いだった。だが、今はそれに答えている余裕など無い。


「レインは、ここにはいない。いたとしても役には立たない。それよりも先に負傷者の手当だ」

 それを言い訳に、それの明確な回答を避けた。


 ライトはトラヴィスに指示された通り、隣の部屋の負傷者の回復に向かった。ライトは一緒に来ていた部下に、研究所にある魔力回復薬をありったけ持ってくるように指示をした。ライトが担当した部屋には、動けないような者たちもいた。ただ幸いなことに、身体の部位を欠損しているような者はいなかった。部位欠損者の回復ができるような魔力の持ち主は、今のところレインしかいない。だが、そのレインも、今ではそれを行うことができない。つまり、欠損部の治療を行えるような魔導士は今、この国にはいないということになる。

 それが悔しい。


 最後の負傷者の治療を終えたころ、日は西に沈みかけていて、空はオレンジ色から紫へのグラデーションを作っていた。しばらくすれば、この空も闇に飲まれてしまうのだろう。

 ライトは救護院のロビーにあるソファのひじ掛けに頭を乗せ、横向きでぐったり座っていた。むしろ寝ていたという表現の方が近い。足は、反対側のひじ掛けからはみ出している。他の者たち、つまり部下たちは帰らせた。今、彼はトラヴィスを待っていた。

 魔導士団の方もほとんど引き上げた。残っているのは、泊まり込みで回復を担当する者たち。回復の担当と言っても、容体が悪化した時に対応するだけで、四六時中回復魔法をかけ続けるわけではない。回復魔法が使える魔導士も貴重なのだ。


「手伝わせて悪かったな」


 トラヴィスが使い捨て用のカップに入れた飲み物を手にしながら現れた。そのカップをライトの額の上に置いたため、すかさず彼もそれに手を添えた。


「なんだ、お前がこれを寄こすなんて、気持ち悪いな」

 身体を起こして向きを変え、ソファに深く座り直す。トラヴィスは満足したように鼻の先で笑うと、向かい側のソファに浅く腰かけた。


「酷かっただろう?」

 トラヴィスは自虐的に笑う。両膝の上に両手をついてその手を組み、そこに顔を埋めた。


「ああ。今まで俺たちまで呼び出されたことなど、なかったしな」

 そこでライトは彼から受け取ったカップを口につけた。


「別に、魔物が特別強かったわけではないんだ」

 まるで言い訳をするかのようにトラヴィスが口を開いた。

「相手はいつもと同じだった。だが、こちらがいつもと違っていた。レインがいなかった。彼女がいないというだけで、この有様だ。たった一人の魔導士がいないだけで、こうなる。部下からもなぜレインがいないのかと、聞かれた。彼らが頼りにしていたのは私では無かった。レインだ」

 苦しそうにそれを吐き出した。


「レインは、まだ魔力が戻っていない。だから、魔法は使えない。お前たちの期待に添えることはできない」

 ライトの口調は落ち着いていた。自分でも驚くくらいに。


「分かっている。だからこそ、情けない」


 そこから二人の間に言葉は無かった。それ以上、言うことが思い浮かばないのだ。ライトはお茶の残りを一気に飲み干すと、その使い捨てのカップを握り潰し、テーブルの上に置いた。


「今日は疲れた、俺はもう帰るぞ」


 ライトが立ち上がると、トラヴィスが情けない表情を浮かべて顔を上げた。今にも泣きだしそうなその表情。


「レインに、会いたい……」

 彼はそう絞り出した。


「レインはもういない」

 返ってきたのは冷たい言葉。


「どういうことだ」

 あれだけぐったりとしていたと言うのに、それを聞いた途端トラヴィスは立ち上がった。


「言葉の通りだ」

 ライトは冷たく言い放つ。


「遠征から帰ってきたら、レインに会わせてくれる約束だったろう」

 トラヴィスはライトに詰め寄り、彼の胸座を掴んだ。いつも穏やかな表情を浮かべているトラヴィスとは思えない。その彼は目を鋭く光らせながら、ライトを見上げている。


「レインは、家を出て行った」

 ライトがそう言うと、二人の間にパチッと閃光がほとばしる。ライトが後ろに吹っ飛び尻もちをついた。


「なぜ、引き留めなかった」


「俺が引き留めなかったと思っているのか。俺が追い出したとでも思っているのか」

 ライトもやられてばかりではいられないと、トラヴィスに対して軽く魔法を放った。また閃光が生まれる。すかさずトラヴィスは防御魔法を張り、それを回避する。


「レイン本人が望んだことだ」

 ライトは言葉と同時に魔法を放つ。バチッと光る。

「レインは、妹は。お前の側にいる資格を失ったと、そう言ったんだ。もう、お前の側にいられないってな。そう言った、レインの気持ちを考えたことがあるか」


「だから、追い出したのか」


「違う。追い出してはいない。レイン本人が望んだ。何度、そう言ったらわかる」


「あの家を出て、レインに行くところなどあるのか」

 次はトラヴィスが魔法を放った。ライトはすかさず防御魔法を張る。放たれた光は防御魔法によって拒まれ、そこでまた光が飛び散った。


「ある。だけど、お前には教えない」

 ぐっとライトはトラヴィスを見上げた。ゆっくりと立ち上がる。

「レイン本人が望んだんだ。お前には会いたくない、と。ここにはいられない、と」


「レインの口からそれを聞くまでは信じない」


 ライトはトラヴィスに一歩、また一歩と近づく。


「なあ、トラヴィス。考えてもみろよ。魔力無限大と呼ばれてちやほやされていた魔導士がとうとう魔力枯渇を起こした。これがどういうことかわかるか?」


「どういう、意味だ?」

 トラヴィスはピクリと眉を動かす。


「周囲の目だよ。期待と羨望の眼差しで溢れていたその目が同情にかわる。もしくは、レインのことを蔑み、罵る者だって現れるかもしれない」


「それは、私が許さない」


「お前が許さないと口で言ったところで、何ができる。それに晒されて生きていくのはレインだ、お前ではない」

 今度はライトがトラヴィスの胸座を掴んだ。

「お前に何ができる。レインの魔力を回復させることができるのか」


 トラヴィスはライトを睨んだが、その言葉に対して返事ができない自分に気付く。


「ほら。何も言えないじゃないか」

 ライトはトラヴィスを突き放した。トラヴィスは力なく、よろりと一歩下がる。


「今すぐ婚約を解消しろ」

 ライトはトラヴィスを見下ろした。


「それは、できない」


「お前はなぜそこまでレインに執着する」


「それは」

 と言いかけたが「今は言えない」


 はあ、ライトは肩で大きく息をついた。


「これではいつまで経っても埒が明かないな。ま、いい。お前に少しだけ猶予をやる」


 トラヴィスは顔を上げ、ライトの目を見た。


「半年以内に、レインの魔力について何かしら結果を出せ」


「どういう、意味だ?」


「半年以内にレインの魔力を回復させてみろ。そうしたら、お前たちの結婚を認めてやってもいい」


「半年? その半年に何の意味がある」

 トラヴィスにはその半年の意味がわからない。


「あのまま魔力が枯渇し続けると、レインは間違いなく死ぬ。あれの父親がそうであったように」


「レインの父親? 元団長ではないのか?」


「ああ、そうか」

 そこでライトは鼻の先で笑った。

「お前は知らなかったのか。レインの本当の父親を。俺とは血の繋がりが無いということを」


「なんだと?」


「レインの本当の父親は、大魔導士ベイジル様だ」

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