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6.妹の名前を呼んで

 レインがライトの妹としてカレニナ家にやってきたのは、ライトが十二歳のときだった。そのとき、まだレインは生まれていなかった。お腹の大きなニコラがいただけ。

 ライトの母親が亡くなったのは、彼が八歳の時だった。ライトの母親は魔導士ではなかったが、父親とは恋愛結婚をしたと聞いていた。とても笑顔が柔らかい人だった。


 その父親がお腹の大きなニコラを連れてきた。ライトの新しい母親になるわけだが、それの経緯を父親は全て息子に教えてくれた。十二歳という微妙な年齢であるところと、彼が年齢よりも思考が大人だったからだ。

 ただ、このニコラという新しい母親の元夫が、あの大魔導士ベイジルであることに驚いた。さらにその大魔導士と父親が友達であった、ということに。

 なぜ彼が生きているうちに教えてくれなかったのだ、とライトは父親に詰め寄った。すると、こうなることがわかっていたからだ、と父親は笑っていた。ライトはベイジルを心から尊敬していた。このときだけは父親を恨んでしまった。


 ニコラがこの家にきて一月(ひとつき)後に赤ん坊が生まれた。黒い髪の毛がちょっとだけ生えていて、目がくりくりとした女の子だった。


「ああ、やっぱりベイジルに似ているな」

 と言って笑っていた父親が印象に残っている。レインと名前をつけたのはライトだった。妹になるのだから一緒に考えよう、と、父親と新しい母親とライトの三人で考えた結果がそれだった。


「いい名前ね。お兄ちゃん、妹の名前を呼んであげて」

 ニコラが言う。


「レイン」

 とライトが赤ん坊の名を呼ぶと、彼女は小さな手をパタパタと振っていた。そこに人差し指を差し出すと、その小さな手がギュッと握りしめる。小さな手であるのに、思ったよりも力強く、そして温かかった。この小さな妹を守らなければ、と、ライトは思った。


「あ、いいこと考えてしまった」

 父親が不敵な笑みを浮かべる。たいてい、この父親のいいことはいいことでないことが多い。

「ねえねえ、ニコラ。レインが大きくなったらライトと結婚させよう」

 案の定、いいことではないことだった。


「父さん」

 それに思わずライトは声を荒げてしまう。その声に驚いたレインが、顔をくしゃくしゃにし始めた。


「おいおい、ライト。あまり大声を出すものじゃないよ。レインが驚いてしまったじゃないか」


「あなたが変なことを言うからでしょ」

 ニコラはレインをそっと抱き上げて、心臓の音を聞かせるかのようにレインの頭を胸の間においた。くしゃくしゃだった赤ん坊の顔は、次第に元に戻る。ライトは「ごめんね」と言って、妹の小さな頭を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を閉じていた。

 この小さくて弱い妹を守りたいと思うようになったのは、この時からだったような気がする。



 レインが十歳になったとき、ライトはすでに魔法研究所に所属していた。父親は魔導士団長として魔導士団を取りまとめていた。

 忙しい父親の代わりに、ライトはレインの入学試験に付き添った。むしろ、父親が入学試験の試験官だった。

 レインはその小さな手で、ライトの手を握りしめていた。ずっと屋敷の中で暮らしていたレインにとって、学園という外の生活は未知の世界。不安からなのか、握っている手に力が入っている。レイン自身は気付いていないのだろう。顔もどこかしら、硬い表情を浮かべていた。


「大丈夫だ。俺がいるから」


 その言葉に安心したのか、小さなレインは見上げてニコリと笑った。ふと、繋いでいた手から力も抜けていた。


 入学試験では魔力鑑定が行われる。魔力は数値で表されるため、魔力鑑定によってその人物がどれだけの魔力を持ち合わせているか、というものを見極める。

 たかが十歳の子供では、それが四桁あれば将来有望な魔導士だ。それを学園生活の中でさらに高めていく。一般的な魔導士は六桁あるかないか、らしい。


「レイン・カレリナ」

 魔力鑑定士は当時の魔導士団長、つまりライトの父親。

「はい」

 返事をしただけなのに、その声が震えていた。


「そんなに緊張しなくていいから、両手を出して」


 今思えば、父親も親バカだったのだろう。レインだけには、優しい表情を見せたような気がする。


「魔力鑑定」


 そんな穏やかな父親の表情も長く続かなかった。驚いたように目を見開く。


「おい。アーロン」

 父親は突然、部下の名前を呼んだ。「お前も()てくれ」


「団長?」

 怪訝そうに上司を見たアーロンと呼ばれた男は、失礼しますと言ってレインの両手をとった。


「魔力鑑定」

 そしてこのアーロンも同じように目を見開いた。

「団長?」

 振り返り、上司を見上げる。


「やはり、()()か」


「え、ええ。恐らく」


「父さん」

 声を上げたのはライト。「何が起こったんですか? レインが不安になっているからきちんと説明してください」


「父さん? なるほど、こちらは団長の娘さんでしたか。それなら、納得できるような気がします」

 アーロンの顔が和らいだ。


「アーロン。あとは任せてもいいか?」


「はい。残りは少ないですからね」


「ライト、レインを連れてこちらに来てくれ」

 父親に促され、別室へと案内された。

 父親とライトとレインの他に、学園の偉い人と思われる人間が数人いた。


「そこに座れ」

 促され、ソファに座るが、レインはライトの手を握ったまま離さなかった。座っていても、ライトにぴったりと身体を寄せている。レインは何かに怯えている。


「ライト。レインの魔力なのだが」


「はい」

 ライトが返事をしても、父親はなかなか口を開かない。

「父さん?」


「レインの魔力は……、鑑定できない」

 父親のそれに、すぐさまライトは声をあげた。

「どういうことですか?」

 鑑定できないのだから、鑑定できないってことなのだろうけど、その言葉の意味をきちんと確認したかった。


「ライト、魔力鑑定の上限は知っているよな」


「確か九が六桁だったような」


「それであっている。魔力鑑定ができないというのは、鑑定した結果がそれのことだ」


「え?」

 ライトは驚き、隣のレインを見下ろす。レインは不安そうに二つの目を揺らしながらライトを見上げている。


「てことは、レインの魔力は無限大」

 魔力鑑定ができない場合、つまり九が六桁の場合は、その魔力を無限大と呼ぶ。


「そういうことだ。アーロンにも()てもらったから間違いはない。まあ、元々魔力は高いだろうとは思ってはいたが、ここまでとは思わなかった。とりあえず、このことはレインが学園に入学するまでは口外しないように頼む」


「わかりました」


「もう、戻っていいぞ」

 ライトは立ち上がると、レインに手を差し出した。レインはまたぎゅっとライトの手を握る。

「失礼します」

 ライトが頭を下げ、レインを連れてその部屋を出た。


 魔力無限大。魔導士にとっては魅力的な響き。だが、それをこの十歳の妹に背負わせてもいいものなのか。複雑な思いが、ライトの胸の中をぐるぐると駆けまわっていた。


 仕事を終えて屋敷に戻ってきた父親はなぜか上機嫌だった。レインの頭を撫でていた。そしてニコラに向かって。

「さすが、ベイジルの娘だな」


「父さん」

「あなた」


 ライトとニコラは同時に父親を制していた。


「ベイジルって誰?」


 それは、レインが初めて本当の父親を知った時だった。

 魔力が無限大と言われ、さらに父親だと思っていた人物は父親ではなかったことを突き付けられ、たった十歳の妹は何を思ったのだろうか。それでも彼女が冷静にそれを受け止めることができたのは、やはり母と兄と、そして父からの温かい言葉があったからだろう、と思う。


「レイン。君の本当の父親はベイジルという大魔導士だ。だけど、今は私たちがレインの家族だ。それが、わかるか?」

 父親のそれに、レインは力強く頷いた。無理やり頷いたのかもしれない。

 彼女は唇を固く噛み締めていたから。


 その夜。ライトはニコラが父親の胸の中で泣いているのを見てしまった。なぜ、あの()まで、魔力が無限大なのか、と。

 ニコラは静かに泣いていた。これではあの人(ベイジル)と同じように、魔力の枯渇に陥ってしまうのではないか、と。


 大魔導士ベイジルの死はいろいろ憶測が飛んでいる。一部では、病死とも言われている。だが、本当は魔力枯渇による生命力の枯渇かもしれない、ということを、ライトはこのとき知った。そして、同じことが妹にも起こるかもしれない、ということを。

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