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5.待っていてください

 その日の夕飯は、レインがとってきたきのこを使った料理だった。きのこのスープにきのこの炒め物、きのこのご飯というきのこ尽くし。きのこを採ることも楽しかったのだろう。どれだけ採ってきたのかと問い詰めたい。この料理がそれを物語っている。


「お兄様。これ、私が作ったんですよ。食べてくださいね」

 料理をしたことも楽しかったのだろう。そしてその料理を誰かに食べてもらうことも。

「おばあさまに教えてもらったんです」


「そうか。では早速いただくとしよう」

 言い、三人で食事の前のお祈りをする。これはこの大陸に昔から伝わる儀式のようなもの。それが終わると食事なのだが、レインはライトが食べる様子をじっくりと見てくる。そしてそのレイン自身は何も食べようとしない。


「どうですか?」

 レインの目は不安そうにライトを見ていた。


「うん、とっても美味しい」

 ライトはきのこご飯を飲み込んで答えた。


「本当ですか?」

 じとーっとレインはライトを見ている。妹に激甘な兄の言葉はどうやら信じられないらしい。

「本当だ。疑うならレインも食べてみるがいい」


「わかりました」と言いながらも、疑わしそうにライトを見つめている。なかなか食事に手をつけようとしないから、ライトは自分のご飯を少しすくって、レインの口元に運んだ。彼女は雛鳥のように口をパクっと開けて、それを頬張る。


「あ、美味しいかも。よかった」

 そこでやっと表情を緩めた。よっぽど緊張していたのだろう。料理をするのも、それを誰かに食べてもらうのも、彼女にとっては初めてのことである、とライトは記憶している。


 嬉しそうにご飯を食べるレインを、ライトは目を細めて眺めていた。妹のこの幸せそうな笑顔を守りたいと思う。


「レインちゃんも頑張ってくれたからね。これは教え甲斐もあるってもんだね」

 祖母も目尻を下げていた。久しぶりに会った孫をここまで受け入れてくれる懐の深さにも感謝をしたい。


「お兄様。今日は、薬草に使えるきのこと毒になるきのこを教えていただきました」


「そうか、早速教えてもらったのか」


「はい。そしてこれらが食べられるきのこです。きのこはばっちりですよ」


「レインちゃんは覚えが早いね」

 彼女が十五で学園を卒業した理由は、魔力が無限大の他に、その記憶力も評価されていた。


「あの。レインのことをどうかよろしくお願いします」

 ライトはここで改めて頭を下げた。


「レインちゃんは私の孫だからね。だけどね、レインちゃんが私の孫ということは、レインちゃんの兄であるライトくんも私の孫になるね」

 祖母の言葉がライトの胸に突き刺さる。


「そうですね。私もお兄様も、おばあさまの孫ですね」

 レインが笑顔で言う。


 ライトはスプーンを運んでいた手をふと止めた。家族を失うことが続いていた。だが、こうやって新しい家族として迎え入れてもらえたということは、少し嬉しいかもしれない。いや、少しではない。かなり。


 その日、ライトは祖母の家に一泊した。山奥の掘っ建て小屋のような薬師の家。

 寝ようとしていたら、レインに呼び出された。今日は天気もいいので、少し外を散歩したいと言う。

 夜の散歩。


「うわ。星がたくさん見えますね」

 歩きながら空を見上げたレイン。木々の合間から見える空は、星に覆いつくされている。

「上を見ながら歩いたら危ないぞ」


「お兄様がいるので平気です」

 子供のように兄と手をつなぐ妹。その小さな手がほんのりと温かい。


「あの、お兄様」

 握っている手にギュッと力を込められたのを感じた。


「私、このまま魔力が戻らないのでしょうか。魔力が無限大とか言われて、調子にのっていたから」

 驚いたようにライトはレインを見下ろした。

「調子にのっていたのか?」


「いいえ、ちょっと言ってみただけです」

 自嘲気味に笑う。

「ですが、回復薬は飲んだことありませんでした」


「まあ、そうだろうな」

 魔力無限大は、九が六桁からその魔力が減少しないのだから。


「だから、私の魔力はもともと底が決まっていて。それを使い切ったら終わりっていうものだったのではないか、って思っているんです」


「なるほど」

 そこでライトも空を見上げた。無限ではなく有限であった、ということか。

「いや、だが。回復薬を飲んで魔力が回復したこともあったじゃないか」


「まあ、二ですけど。回復薬一本で二ですけど」

 よっぽど二が悔しかったのだろう。二、二、と何度も口にする。


「二でも、回復したことに変わりはない。つまり、使い切ったら終わりというレインの考えは成り立たない」

 彼女のその考えを否定する。それは妹を励ますためにも。

 さわさわと木々が揺れた。言葉を紡ぐことができない。それぞれ何かを想う。


「レイン。せっかく薬師の元にきたんだ。お前の魔力が回復するような回復薬を作ってみるというのもいいんじゃないか?」


「あ」

 考えていなかったのだろう。

「そうですね。せっかくおばあさまの元に来たのだから、それを新しく作ってみるのもいいかもしれませんね」

 ここでやっと妹の声が明るくなった。


「そうだ。きっとレインが作った回復薬は、少しの量でもかなりの魔力を回復させてくれそうだ」

 つい、ライトも声を弾ませてしまう。


「お兄様。そういうのをなんて言うか知っていますか?」

 彼女が言う「そういうの」がいまいちピンとこない。だから、ライトは「いや」と答える。


「兄バカっていうらしいですよ?」

 ふふ、っとレインから笑みが漏れた。

 魔力を失ってから、彼女がこんなにも饒舌に、そして楽しそうに笑ったのを見たことがあっただろうか。


「それは、否定しない」

 ライトがレインを見つめる眼差しも優しい。


「風が出てきたな。そろそろ戻ろう」


「そうですね。お兄様は明日、戻られるんですよね。早めにお休みになった方がいいですね。付き合わせてしまってごめんなさい」


「いや、問題ない。今日はレインのおかげでとてもいい夢がみれそうだ」


 二人、手を繋いだまま祖母の家に戻る。

 ライトはベッドへと潜った。狭い家であるのにこうやって寝る場所まで準備してもらえた。レインは祖母と一緒に寝ているはずだ。

 乾いた布団をかぶると、なぜかお日さまの匂いがした。王都の屋敷にいるような贅沢な暮らしではない。だけど、幸せを感じるのはなぜだろう。この家になら安心してレインを預けることができる。そう思いながら、ライトは目を閉じた。


 次の日、ライトは王都へと戻る。二年前、レインの母親がレインを連れて出て行こうとしたときには、あれほど離れたくないと思っていた妹なのに、今はここに置いていくことに反対はなかった。それは、今は妹をあの場所に置いておく方が危険であると判断したからだ。

 レインの魔力無限大という話は魔導士団にとってもちろん周知の事実。さらに、魔法研究所でさえ研究したいという声さえ聞こえていた。

 その彼女の魔力が喪失した、という話が広がれば、魔導士たちの好奇の目にさらされ、さらに彼女の魔力をうらやましく思っていた人たちからの攻撃の対象になることも容易に想像できる。さらに、研究所の研究対象という声も上がるだろう。

 今は一緒にいないことが彼女を護るための最善の策である、とライトは思っていた。


 ライトは愛馬にまたがった。ここでの移動は主に馬だ。転移魔法という魔法もあるらしいのだが、らしいという程度で実際にお目にかかったことはない。魔導士団長であるトラヴィスでさえ使えないと聞いている。もちろん、自分も使えない。ということは現在、この国でそれを使える者はいないのではないだろうか。


「お兄様」

 レインが駆け寄ってきた。

「お兄様。本当にありがとうございます。私、立派な薬師になってお兄様の元に戻りますね」


「ああ、待っている」

 ライトは馬上から手を伸ばして、レインの頭を撫でた。

「いつもお兄様に助けてもらってばかりです。だから、次は私がお兄様を助けるようになりたいのです。だから、待っていてください」


「ああ。そのときを楽しみにしている」

 

 ライトは「必ずレインを迎えに来る」と言って馬を走らせた。

 小さくて弱くて、そして可愛くて。そんな妹が自分を助けるようになりたい、とまで言ってくれた。自分は、兄として妹をずっと守りたい続けたいと思っていたのに。

 妹自身が守られ続けることを拒んでいる。

 そんな妹をトラヴィスに渡してしまうのはやはり惜しい気がしてきた。

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