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4.言葉を聞いて

 レインが言っていた祖母とは、彼女の母方の祖母だ。多分、薬師をしていると言っていたような気がする。


 レインは魔力が無くなった今、薬師の修行をして、それらの知識をこちらに持ち帰ってきたい、という話をしていた。魔導士と薬師の関係も切っても切れない関係であるから、彼女が薬師の知識を得て、またこちらに戻ってくるということは、今後の魔法研究における発展の足掛かりにもなるだろう。そういった発想ができる妹を、ライトは誇りに思う。

 薬師というのは、その材料の入手性の関係からか、地方にいる者が多く、その知識が王都にまではなかなか広がってこない。

 そう考えると、彼女がこの家を出るというのも前向きにとらえられることもできる。何しろ彼女はまだ十六だ。本来であれば、まだ勉学に励んでいる年齢だ。魔導士になるために薬師の勉強をするのもいいだろうし、そのまま薬師という職業を選んでもいいだろう、とライトは思った。彼女の人生は彼女のものだ。


 ライトは研究所の方を、数日休みをとった。レインを、その祖母の元まで送り届けるために。魔力の無い彼女を一人で移動させるには、少し心配だった。

 妹は「最後までお兄様の手を煩わせてしまい、申し訳ありません」と、呟いていた。


 レインの祖母が住んでいるところは、休憩を挟んで、馬で三日かかる。

「遠いところをよく来てくれたね」

 孫たちの訪問を心から喜んでくれた。その場所は人の喧騒とは程遠い、うっそうとした森の中にあった。少し歩けば集落はあるのだが、この場所は薬草を育てたり、また野草を採ったりするのに都合がいいらしい。けして人間が嫌いとかそういった意味ではない。


「少し、お散歩してきます」

 言い、外に出るレインに、ライトは魔法をかけた。保護の魔法。単身結界とも言う。魔物や変な人に襲われても、それが彼女を守ってくれるように、と。


 祖母は、お茶を二つ入れて、一つをライトの前に置いた。


「それで、話とはなんだい? あの子が急にここに来たことと関係するのかい?」


「はい」

 いただきます、と彼はそのお茶を手にする。紅茶とは違う独特の香り。


「薬草茶だよ。ここの移動までで疲れただろう」

 そう言って笑う祖母は、やはりどことなくレインに似ているように思える。


「やっぱり、あの子に都会の暮らしは合わなかったのかい?」


「いえ。そういうわけではありません。学園も卒業し、魔導士団として立派に仕事をしていました」

 いました。過去形。


「だったら、なぜだい? お前さんと喧嘩でもしたのかい?」

 喧嘩をしたらこうやって一緒にここまで来ないだろう、ということはわかっているのに、そんなことを言う。それは祖母なりの冗談。そして、この空気を和ませるための心遣い。


「いえ。彼女の魔力が」

 ライトも言いにくそうに、続きの言葉を飲み込んだ。


「こんな山奥だ。誰にも聞かれる心配はないよ」


 ライトはカップを両手で包んだ。誰かに聞かれることが心配だったわけではない。それを口にしてしまうと、それを認めたことになってしまうのが怖かった。


「彼女の魔力が枯渇しました」


「ほう。だが、わざわざそれを言うということは、ただの枯渇ではないね」

 やはりこの祖母も鋭い。


 ライトは頷いた。

「魔力回復薬でも、回復しません」


「へえ。薬師としては試したくなるけどね」


 その祖母の台詞に思わずライトの顔がほころんでしまったのは、これを現実として受け止めたくないからなのか、それとも祖母の薬に期待をしているからなのかはわからない。


「本当にあんたたち父子(おやこ)には感謝しているよ。娘だけでなく孫の面倒までみてもらってね」

 祖母は遠くを見つめる。


「血は繋がっていなくても、本当の妹だと思っています」


「そう言ってもらえるだけでも嬉しいもんだねぇ」

 祖母が笑うと目尻に皺が浮かんだ。


「それで、魔力回復薬でも魔力が回復しないという事例を、聞いたことはありますか?」

 ライトのそれに「うーん」と唸りながら祖母はお茶を飲んだ。ゆっくりと。

 何かを考えているのか、思い出しているのか。


「あの子の父親の方の力だね。母親はただの薬師だからね」


 レインの父親。魔導士の中でも最強の男と言われていた大魔導士。しかし、組織に捕われるのが嫌いで、ついでにいうと人間も嫌いで群れるのも嫌いで魔導士団には所属していなかった。ライトと同じ魔法研究所の所属だった、と聞いている。

 それでもライトの父親とは懇意にしていたらしい。人間嫌いの大魔導士が関わった数少ない人間が、ライトの父親とそしてレインの母親になるわけだが。


「大魔導士ベイジル様、ですね」


「あらあら。そんな大層な名前で呼ばれているのかい」

 祖母が笑った。

「悪いけど、父親の方はよくわからないんだよね。娘が突然連れてきたからね。大魔導士と呼ばれているくらいなら、そっちの方が詳しいんじゃないかい? その資料とか何かは、そっちにあるんじゃないかい?」

 彼女の言うそっちとは、王都のことだろう。


「そう、ですね」

 そう言われればそうかもしれない。しかも魔法研究所所属であれば、あの研究所内に彼が書き残した資料や論文等、あるだろう。ある、だろう? あったか?


「どうかしたのかい?」

 考え込むライトに祖母は声をかけた。


「いえ。ただ。ベイジル様の論文などを見かけたことがないのですよ。さらに、彼の名前が記された資料なども一切」


「へぇ。それは可笑しいね。彼はこの家にいたときも、そこの机で何やら熱心に書き物をしていたけどね」


 また、謎が増えた。大魔導士ベイジルの資料はどこへ。


「ニコラがいたら、わかっただろうかねぇ」

 祖母が言うニコラとはレインの母親。そのニコラはライトの父親が亡くなった時に姿を消した。

 失踪したわけではなく「ちょっと薬草を探してくる。レインをよろしくね」と一言だけ残して。

 もしかしたら、当主をライトが引き継ぐことになったから、邪魔者はさっさと消えようというニコラ自身による考えだったのかもしれないが。


「それで、ニコラは今どこにいるのかわかるのかい?」

 祖母が優しく笑んだまま尋ねた。


「ええと、二月ほど前に手紙が届きましたが。どうやらこの大陸にはいるようです。どこの国にいるかまではわかりませんが」


「あの娘の放浪癖は病気みたいなものだからね。子供が生まれて少しは変わったかと思ったのだが、まさか子供をおいていくとはね」


 それはきっとニコラなりの優しさだ。

 彼女はレインを連れていくかどうかを最後まで悩んでいた。だが、それを止めたのはライト。父が亡くなった今、妹までは失いたくないと。できれば、義母(あなた)にもこのままここに残って欲しい、と。

「旦那様を失った今でも、あなたたちの好意に甘えるわけにはいかない」というのがニコラの言い分だった。

 それでもその好意に甘えて欲しいとは、当時のライトに言い出せるわけもなく。


義母(はは)が戻ってくるのを気長に待つしかないですかね」

 ため息を吐き、独特の香りの薬草茶を一口飲んだ。


 そのしんみりとした空気をぶち破るかのように。

「おばあさま、お兄様。見てください」

 元気よく戻ってきたのはレイン。

 スカートの裾を持ち上げて、そこにたくさんの何かを入れている。

「こんなにきのこがたくさんありました」


「あらあら」

 と言いながら、嬉しそうに祖母は席を立つ。

「その恰好で歩いてきたのかい? どれ、きのこはこの籠にいれておくれ。食べられるもの、薬草にするもの、毒になるもの、とわけなければならないからね」


「きのこにはそんなに種類があるのですね」


「そうだよ。ゆっくり覚えておくれ」


「はい」


「疲れただろう。手を洗っておいで。ライトくんと一緒にお茶でも飲みなさい」


「はい」

 レインはバタバタと洗面台のほうに走っていく。その後ろ姿を眺めていたら。


「どうかしたのかい」

 祖母に声をかけられた。


「あ、いや。あんなに楽しそうな妹の姿を、久しぶりに見たような気がしたので。やはり、向こうは合わなかったのかと、そう思ってしまいました」


「そう言ったのかい?」

 急に祖母の視線が鋭くなった。


「え?」


「そう言ったのかい? あの子が」


「いえ」

 ライトは答えた。


「だったら、あの子の言葉を聞いてからそういうことを言うんだね」

 そう言った祖母の顔には温かい笑みが浮かんでいた。

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