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3.ここを出ます

 レイン・カレニナ、十六歳。魔導士団所属。十歳で入学許可が出る王立魔法学園の入学試験で、魔力が無限大であるということが発覚する。魔力無限大とは、魔力鑑定ができないということ。とにかく魔力の上限は九が六つ並ぶ数字であり、それ以上の魔力があると鑑定ができない。つまり、この状態を無限大と呼んでいた。

 この魔力無限大は、いくら魔法を使ってもこの数値が変動しないと言われている。だからこその無限大。

 

 本来であれば、学園の卒業は十八。だがレインは、その魔力無限大ということもあり、次々と上級魔法を取得して、十五で卒業してしまった。その後は、兄、ライトの助言もあって魔導士団へと入団。兄がいるから魔法研究所の入所も検討したのだが、それだけの魔力を研究のためではなく魔物討伐のために使って欲しいという、国からの要望でもあった。


「レイン、具合はどうだ?」

 そのレインは、先日から体調を崩して伏せっている。必要最小限の行動でしか、ベッドから抜け出すことができないようだ。


「はい。大分、楽になりました」


「そうか」


「旦那様。少しお話が」

 と、口を開いたのはレイン付きの侍女のマレリアだった。レインに話が聞こえないようにと、一度彼女の部屋を出る。


「どうした? レインの具合は良くないのか?」


「その件ですが。あの、お嬢様には先月、やっと月のものがきたところなのですが」

 マレリアは重く口を開く。


「それは報告を受けている」

 それを淡々と受け取るライト。


「そちらがまだ安定していないようでして。それで今回のように体調を崩されてしまうようです」


「それをわざわざ俺に言うということは、あまり一般的ではない、ということか?」


「そうですね、たまにそのような者もおりますが。ただ、お嬢様の場合は、魔力が関係しているかと思いまして、旦那様にご相談した次第です」


「そうか」

 ライトは腕を組んだ。性の成長と魔力の関係について書かれていた文献があっただろうか。


「それから、お嬢様自身の身体にも変化がありまして」


「変化?」

 思わず尋ねる。

 マレリアは頷く。

「最近、ぐっと大人びたといいますか。体つきも丸みをおびてきたといいますか」


「つまり、女性らしくなってきた、ということか?」


「はい。ですが、その成長が急激すぎるかと」


「そうか。今は気付かなかったが」


「あの。旦那様」

 言いにくそうにマレリアは一度口をつぐんだ。


「なんだ。遠慮せずに言うがいい」


「お嬢様の婚約の件は?」

 まさか彼女からそれを聞かれるとは思っていなかった。


「それは。トラヴィスが遠征から戻ってきたら、破棄させる」


「そうですか。それを聞いて安心いたしました」


 ライトは眉根を寄せてその侍女を見た。


「正直に申し上げますと。私もお嬢様とトラヴィス様の結婚に反対している者の一人です」


「そうか。奇遇だな。俺もだ」


 マレリアは黙って頭を下げた。


「少し、レインと話をしたいのだが。大丈夫か?」


「はい。今は気分が良いようです。それから、今日から一緒に夕食をとれるかと思います」


「わかった。では、そのように準備を頼む」

 マレリアはもう一度頭を下げると、その場を離れた。ライトはレインの部屋へと戻る。


「お兄様、お話は終わったのですか?」

 レインは枕を背中にあて、ベッドの上で上半身を起こして、本を読んでいたようだ。先ほどは横になっていたから、気付かなかった。だが、今ならマレリアが言っていた言葉の意味がなんとなくわかる。


 ライトはベッドの脇に椅子を持って来て、そこに座った。


「気分はどうだ?」


「ご心配おかけして申し訳ありません。大分、よくなりました」

 レインは読みかけの本を閉じて、脇に置いた。


「そうか」


「あの。魔導士団の方は」


「休みの連絡をしてあるから、心配するな」

 ライトは微笑を浮かべて答えた。それにレインも少し安心したように、笑みを浮かべる。


「はい。ですが、私の魔力が」


「戻っていないのか?」


 彼女は頷く。


()てもいいか」


 頷くと、レインはそっと両手を差し出した。


「魔力鑑定」

 魔力鑑定のできる魔導士も限られている。魔導士団の中では団長と副団長クラス。だが、残念なことに現在の副団長にはそれができないらしい。つまり、魔導士団の中だけではトラヴィスだけ。

 さらに研究所所属の魔導士でも上位クラスのみ。ライトだって魔導士団に入団していたら、トラヴィスと同じように団長クラスの力を持っている。


「レイン」


「はい」


「魔法を使ったか?」


「いいえ。どうかしましたか?」

 ライトはレインの手を握ったまま黙っている。

「お兄様?」


「レイン。魔力が、無くなっている。今、お前の魔力はゼロだ」


「え」

 レインは目の前が真っ暗になったように感じた。頭をガツンと何かで殴られたような気分だ。


「何か、魔法を使ったのか?」

 もう一度ライトは聞いた。だが、レインはそれに対してイヤイヤする子供のように首を振る。

「魔力が二なんて、使えるような魔法もありませんよ」


「それも、そうなのだが。そうなると、魔力が外に流れ出ているってことになる、のか?」

 自分自身に言い聞かせるかのようにライトは呟いた。


 たった二の魔力でも、今のレインにとっては貴重な魔力だった。それすら失われたという現実。では、その原因はどこにあるのか。

 レインの手を握ったまま、ライトは考え込む。何もしていないのに魔力を消費してしまうという現象は聞いたことがない。


「私、これでは魔導士団の方には戻れないですよね」

 寂しそうに目を細める。


「トラヴィスは、それについて何か言ったのか?」


「魔力が無くてもいいって。トラヴィス様のお仕事の手伝いをすればいい、とおっしゃってくださいました」ですが、と言葉を続ける。

「魔力の無い私が、トラヴィス様の側にいるのはふさわしくないと思っております」


 トラヴィスが手元にレインを置いておきたいという気持ちは本当だろう。なぜか彼は、十二も年の離れている妹を好いている。そのための婚約だ。てっきりその魔力に興味があるのかと思ったら、どうやらそうでも無いらしい。

 だが、レインがこうなってしまった以上、二人の結婚は認めない方がいいと思っている。相手があのトラヴィスだから。

 そう思ってトラヴィスに頼んでみたが、彼は婚約破棄をしないと言い張っていた。


 レインとトラヴィスの婚約には、ライトの父親の契約魔法がかけてある。本来であれば、契約魔法をかけた父親が認めれば破棄できたはず。だが、その父がすでにいない。となると、本人たちの意思が優先されるわけだが、その本人が拒んでいるのではどうしようもない。


「あの、お兄様」


「なんだ?」

 魔力鑑定をしたままだから、レインの手はライトに握られたまま。その彼女の手に力が入ったことをライトは感じた。


「私、魔導士団を辞めます」


「そうか」

 彼女の告白を冷静に受け止めることができる自分がいた。不思議なくらいに。


「できれば、トラヴィス様との婚約も」

 続きを聞かなくてもわかる。婚約を解消したい、ということだ。


「わかった。トラヴィスは明日から遠征に出る。戻ってきたら、俺から話しておこう」


「トラヴィス様はいつ頃お戻りになる予定ですか?」


「ああ。北の森の方と言っていたから、十日程ではないか?」


 それを聞いて、レインは少し考え込む。


「その間に、私はここを出ようと思っています」


「何?」

 思わず、ライトは握っていた手に力が入ってしまった。「痛いです、お兄様」というレインの言葉を聞いて、我に返る。


「ここを出るってどういうことだ?」


「魔力を失った私が、お兄様の庇護の元で暮らす意味もありません。祖母の元へ行こうかと思っています」


「レイン。お前は何か勘違いをしているようだが。血は繋がっていなくても、俺たちは兄妹(きょうだい)だ」


「お兄様のその気持ちだけで十分です」


「父も俺も。お前の魔力だけのためにお前を引き取ったわけでは無いぞ」


「はい。それも承知しております。ですが、これ以上魔力を失った私がここにいては、お兄様たちに迷惑をかけてしまいます」

 レインは下を向いた。目からあふれ出る何かを隠すかのように。ライトは握っていた手を離して、妹の頬に触れた。


「俺がどれだけ止めても、お前は行くんだろう? それだけお前の意思は固いのだろう?」


 頷く。


「トラヴィスには会わないで行くつもりか?」


 頷く。


「そうだな。トラヴィスには会わない方がいいだろう。あれは、絶対にお前を手放さないからな」


「私は、トラヴィス様のお側にいる資格を失ったのです」


「レイン。一つだけ聞いてもいいか?」


「はい」


「お前は、トラヴィスのことが好きなのか?」

 その質問の答えは、わかりません、だった。


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