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27.善は急げ

「団長。レインさんの独り占めはダメだって、あれほど言いましたよね」

 ノックをして執務室に入ってきたのはマイナだ。


「今から、レインさんは研究所の方との合同会議の時間ですので、お借りします」


 トラヴィスは書類に落としていた視線をジロリとあげ、マイナを睨む。


「そのようなお顔をされてもダメです。私たちは、レインさんのスケジュール管理とサポートを任されておりますので」

 マイナは両手を腰に当てて、胸を張って堂々と言った。


「私は任せた覚えはないが?」

 冷えた視線。


「ライトさんから頼まれているのですよ。決まってるじゃないですか」

 その視線にもめげないマイナ。そしてレインは彼女に腕を掴まれ、連れ去られていく。


「トラヴィス様。私が戻ってくるまでに、そちらの書類を終わらせておいてください」

 愛しき妻はその言葉だけを残した。

 パタンと扉は閉められた。

 トラヴィスはため息しか出てこない。


 あの遠征の後からだ。レインの周りをうろつくようになった三姉妹。しっかりとレインの予定を管理していて、時間になると彼女を連れ出していく。

 しかも、復職した彼女。彼女自身の希望もあって、研究所の方との合同研究をしている。

 仕事中、彼女と二人きりになれる時間はほとんど無い。入れ替わり立ち替わり、あの三姉妹の誰かがいる。それは、どうやらライトの差し金らしいのだが。とにかく、トラヴィスとしては面白くないのである。


 ふくれっ面をしながら、書類をさばいていると、ノックもせずにその扉が開いた。このような人物は一人しかいない。むしろ一人さえいれば充分だ。


「元気そうだな、トラヴィス。仕事もはかどっているようで何よりだ」


 ドサっとソファに腰をおろすライト。


「何の用だ」


「お前がきちんと仕事をしているか、監視にきた」


 はあ、とトラヴィスはペンを置き、肩で息を吐いた。どいつもこいつも、と心の中で思う。

 立ち上がるとライトの向かい側に座った。


「で、用件は?」


「んなもん、あるわけないだろ。お前の様子を見に来たんだから」

 ふっとライトは鼻で笑った。ジロリとトラヴィスが視線を向ける。


「冗談だ。レインのことだ」


「やっぱりな」

 ある程度、予想はしていたのだろう。だから、彼女がいないこの時間を狙ってわざと来たのだ。トラヴィスが一人になる時間を。


「レインの魔力は?」

 それだけでライトが聞きたいことを悟ったのだろう。


「まだ、不安定だ」

 とだけ答える。


「その、回復方法は。やっぱり、それしかないのか?」


「今のところは」

 意味ありげに笑みを浮かべるトラヴィスに、ライトは頭をクシャリとかいた。


「お前さ。少しは加減しろよ」


「加減もしてるし、我慢もしてる」


「どこがだ」


 ライトはトラヴィスが勝ち誇ったような笑みを浮かべているのが気に食わない。


「お前こそ、いい加減、妹離れしろよ。レインはやればできるんだよ」


「なんか、その言い方。腹立つな。お前さ、調子にのって孕ませるなよ。今、あいつに抜けられると困るのはお前だろ」


「そこは、大丈夫だ。加減してる」


「ちっ。別に俺はお前ののろけ話を聞きにきたわけじゃないんだよ」


「話をふってきたのはお前の方だろ」


 堂々巡りしそうな会話。だから、ライトはそこで言葉を止めた。


「まあ、いい。とにかく今、レインは魔導士としても成長の時期だ。学園も飛び級で卒業したし、魔導士団でも最年少だ。そして薬師としての才能もある。その才能を生かすも殺すも、お前しだいだ」


「ああ、それもわかってる」

 と言って、トラヴィスは席を立った。

「話、長くなりそうだからな。気はすすまないが、茶くらい出してやる」


 彼女の魔導士としての扱い方に困っているのは事実。だが、愛する女性として手元に置いておきたいのも事実。

 その葛藤が目の前にいるライトに理解ができるものか。


☆~~☆~~☆~~☆


「ライト、ライト」

 ニコラが満面の笑みを浮かべながら、息子の名を呼んだ。


「義母さん、どうかしましたか?」

 息子のそれに、ニコラは笑みを崩さない。


「あのね、レインのための回復薬ができたのよ」

 周りに誰もいない、と言うのに、彼女はわざと息子の耳元で囁いた。その囁きに目を見開くライト。


「義母さん、少しお茶でも飲みながら話をしませんか?」


「あら、いいわね」


 ライトはニコラを書斎へと招き入れた。ベイジルについても聞きたいことがあったからだ。執事にお茶の準備だけを頼む。彼は、それを終えると静かに書斎を出る。


「それで、レインのための回復薬ができた、と言うのは本当ですか?」


「ええ」

 カチャリとカップが鳴った。ニコラは一口、お茶を飲む。そして、またそれをテーブルの上に置く。その些細な動作でさえ、ものすごく長い時間に感じてしまう。


「ほら。あなたたちがあの人の書いた日記とか資料とかを見つけてくれたじゃない? あれでね、魔力枯渇のこととか、あの人の病気のこととか。その、いろいろわかったから」


 少し照れたようにニコラは言う。


「あの人の死因が、魔力枯渇かその病気であるかなんて、よくわからなくてね。あの人が亡くなるときに魔力切れを起こしていたのは事実だし。だけど、どちらが直接の原因であっても、恐らくレインもいずれはそうなるのかな、なんて、漠然とそう思っていたから」


 そう思っていたから、この家を出て薬草探しの旅に出た、と言っても過言ではない。


「だから。本当にあなたたちのおかげね。私の大事な娘を助けてくれてありがとう」


「レインは俺の大事な妹だから」


「ええ。ありがとう」


義母(かあ)さんも、俺の大事な義母(かあ)さんです」


 そう、義母(はは)親は義母(はは)である。

 ライトはきつく心に言い聞かせ、お茶を一気に飲み干した。


「では、早速。レインのところへ行きましょう」

 突然のニコラからの提案。


「今からですか?」


「ええ、善は急げよ」


 嫌がるライトを無理に引っ張って、ニコラはイーガン家を訪れていた。トラヴィスとレインは揃って休みの日が多い。これはドニエルによるもので、二人の休日を合わせないと、休日明けのトラヴィスがものすごく不機嫌だから、という理由による。


「お母様、今日はどうされたのです?」

 レインは向かい側に座る母親に声をかけた。


「あなたに会いに来たのよ」


「お兄様ならともかく。お母様が私に会いたい、というのは嫌な予感しかしないのですが」


「いやーね。この()ったら」

 やはりレインは警戒しているのだろう。そっと、トラヴィスに寄り添う。


「あのね、レインのための魔力回復薬ができたのよ」


「え」

 母親があまりにもまともなことを言ったからか、レインは気が抜けてしまった。

「私のための回復薬ですか?」


「ええ」


 レインは驚いてトラヴィスの顔を見上げてしまった。トラヴィスは喜んでいいのか悲しんでいいのか、よくわからないような複雑な表情をしていた。だけど、その目は「きちんと受け取りなさい」と言っているように見えたので、レインはその小瓶を受け取った。


「あ、ありがとうございます」


「まだ、これしかできていないのだけれど。その、試してみて。改良が必要だったら言ってちょうだいね」


「お母様」


「ほら、ね。あなたのお父さんもね、ずっとあなたが生まれてくるのを楽しみにしていたの。だからね、あなたも、次に生まれてくる命と出会えるように。その、ね」


 ニコラが言わんとしていることをなんとなくレインは察した。


「お母様……」

 レインは立ち上がると、ニコラに抱き着いた。


「お母様、ありがとうございます」

 ニコラは娘の背を優しく撫でる。


「うん、私も早く孫の顔を見たいしね」


 ニコラのその一言が、なぜか心に引っかかるライトであった。

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