26.それは難しい質問だな
遠征に行っていた御一行様が戻ってきた。留守番をしていた魔導士たちは呼び出される。執務室で書類の仕分けをしていたレイン。誰かが駆けつけてくる足音で顔をあげる。
「レイン」
兄だ。
「トラヴィスが、やられた」
「え?」
「お前、魔力が戻ってるんだろ? とりあえず、トラヴィスをなんとかしてくれ」
兄に連れられ救護院へと駆けつける。ここはいつ来ても血の匂いがする。
毎度のことながら、ギリギリまで粘るのではなく、ある程度余力を残して戻ってきて欲しいものだ。
一番奥の部屋に彼はいた。
「トラヴィス、さま?」
横たわっている彼には、右腕が無い。きつくそこを縛られている。
「お兄様。トラヴィス様の腕は?」
「魔物にやられた」
「ではなくて、持ってますか?」
ライトは顎でしゃくった。彼の脇に、腕はある。
泣いている場合ではない。この状況を、目の前の現実をなんとかしなければ。
部位欠損。部位を再生する、と誤解されているようだが、無いものから作り出すことはできない。
それが魔法。
だけど、無いならあればいいのだ。彼の腕はここにある。
「トラヴィス様。痛みますか?」
「レイン、か?」
彼は目を開けることなく、愛しき女の名を呼んだ。夢か現か。わかっていないのかもしれない。
「今、腕をつなげますから」
縛られた箇所を解き、彼の身体から離れた腕を取り出し、それを本来あるべきところへと元に戻すための魔法。
魔力を失ってから、このような大きな魔法を使うのは初めてだった。本当に魔力が戻っているのかが不安であるのと同時に、魔法を使いこなすことができるのか、ということも不安だった。
彼の脇に彼の腕を置いた。そして、魔法を使う。両手をそこに添えて。
心の中がポカポカと温かくなる。そして、その両手も。
眩しい光がトラヴィスを包み、その光が消えた時に、彼の腕は繋がっていた。
「トラヴィス様?」
「レイン?」
「あの。トラヴィス様にお伝えしたいことはたくさんあるのですが、今は負傷者の手当が先ですので、トラヴィス様はこちらでお休みください」
「そういうことだ、トラヴィス。レイン、次はこちらを頼む」
ライトに連れられ、レインは次の負傷者の手当へと向かった。
「お兄様。お兄様には、こちらを」
魔力回復薬を兄に手渡す。
「私が作ったものではありますが、お母様の薬よりはマシかと思います」
「ありがとう」
ライトはレインの頭をポンポンと撫でた。
レインは負傷者の手当に奔走した。魔導士団と一言で言うけれど、その中でも治癒魔法を使える魔導士はほんの一握り。遠征に行く時も、治癒魔法が使える者を数名同行させる。その数名のうちの一人がトラヴィス。トラヴィス自身が負傷したら、回復役は減る。そしてトラヴィス以上の回復役はいない。
だが今回は研究所からも同行した。ライトもまた治癒魔法が使える。研究所所属でありながらも。
だからだろうか。最近では、魔導士団の方へ異動して欲しい、という変な圧力がかかってきている。
「終わった」
救護院にいる負傷者の全員の治癒を終えたのは、日が傾きかけようとしていたときだった。早く帰らないと、外は暗闇に覆われてしまうだろう。
「お疲れさん」
ソファでぐったりと身体を預けていたら、ライトが飲み物を持ってやってきた。レインはそれを受け取る。
「どうだ。久しぶりの魔導士団は」
ライトはレインの横に座った。ゆっくりとソファが沈む。
「もう、疲れました」
はは、っとライトは乾いた笑いを浮かべる。
「お前の魔法も鈍っていないようで、安心したわ」
「ですが。なんで、こんな状態になってから戻ってこられたんですか?」
「あん?」
飲んでいたカップから口を離して、ライトはレインを見つめた。
「まあ、力量を誤ったというのが一つと。それから、集落が襲われていた、というのが一つかな」
「え」
王都の周囲には、いくつかの集落が点在している。そういった集落が魔物に襲われるということは、珍しい話でもない。ただ集落側も、魔物対策として自警団を設立したり、あとは王都から騎士団や魔導士団の派遣を要請したりしている。
たまたまタイミングが良かったのか悪かったのか。
「あいつ。子供をかばったんだよ。魔法を使うよりも先に、身体が動いたんだろうな」
その一言で察した。
「あいつ。お前のことに関しては変態だけど、根はそういう奴なんだよ」
飲み終わったカップをクシャッと潰すと、ライトはそれをゴミ箱に投げ入れた。
「今日はトラヴィスについていてやれ。部位欠損者だ。欠損後の副反応として、今日は熱が出るはずだから。それくらい、してやれよ」
それくらいが何を指すのか、わからないレインでもない。
「お兄様」
「なんだ?」
「どうやったら、この世界から魔物はいなくなるのでしょうか」
「それは、難しい質問だな。だったら、なぜこの世界に魔物がいるのか、ということも同時に考えなければならないだろうな」
ライトのその言葉が、レインの心に引っ掛かりを与えた。
部位欠損者は他の負傷者とは隔離される。それだけ、あらゆる意味で特殊であるということ。
目を閉じている彼の顔を見つめる。少し、苦しそうだ。欠損した部分を無理やり魔法でつなげるため、拒絶反応が出るとか出ないとか、そんなことも言われている。
レインはふと思った。
魔物のこと、魔法のこと、知らないことが多すぎる。トラヴィスと結婚したことで浮かれていたのかもしれない。とにかくこのままではダメだということ。
「レイン?」
熱い息を吐きながら、トラヴィスが愛する女の名を呼んだ。
「トラヴィス様。お気付きになられましたか?」
「ああ……。そうだ、私の腕」
「ばっちり、つなげておきました。私、やればできる子なので」
エッヘン、と胸を張って言うのは、トラヴィスを力づけようとしているからで。
「レイン」
トラヴィスが右手を差し出してきたのは、失った手を確認したいため。その手をぎゅっとレインは握りしめる。
「やはり、君の手は優しいな」
「トラヴィス様の手も、温かいです」
「喉が渇いたな。水をもらえないだろうか」
「はい」
トラヴィスが身体を起こそうとしたので、その背を支え、水を渡す。
「やっぱり、君の回復魔法は素晴らしいな」
身体は少し熱っぽいが、右手は難なく使える。その右手で水を受け取り、二口飲むと、それをレインに返した。
「レイン」
トラヴィスが右手を伸ばしてきたので、レインは身体を寄せる。その手でぎゅっと抱きしめられる。
「また、この手で君を抱くことができてよかった」
「はい」
彼女は右手を彼の頬に添え、優しく口づける。やはり、彼は熱っぽい。
「トラヴィス様。今日は、もう、お休みください。私はここにおりますので」
レインが泣きそうな笑いを浮かべると、トラヴィスも困ったような笑顔を浮かべて、そして頷いた。トラヴィスは再び横になると、右手を伸ばしてきたので、レインはそれをしっかりと握りしめた。
ライトから話を聞いたときは、大切な人を失うかもしれない、という不安が押し寄せていた。彼を失うことなど考えられない。これから、彼と共に年を重ねていくと誓ったばかりなのに。
彼の右手を包む両手にはぎゅっと力が入ってしまった。
それに気付いたのか、トラヴィスが薄く目を開ける。
「レイン? どうかしたのか?」
「あ、いえ。その、なんでもありません」
「なんでもない、というような顔ではないな」
「それは、トラヴィス様が心配だからです。早く元気になってください。じゃないと、私」
不安で押しつぶされそうだ。胸が張り裂けそうだ。
「ああ。早く元気になって、また君を抱かないと、な」
「え?」
「魔力枯渇を起こしかけている」




