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25.ようやく理解ができた

「それでレイン。その、こちらではうまくやっていけてるのか?」


「はい。皆さん、とてもよくしてくださいますから」

 その笑顔は本物の笑顔。


「トラヴィスとは?」


「あ、はい。それなりに、普通に。ですが今日、魔導士団の方から呼び出されてしまったようで。怒っていました」

 と言うレインの口調は優しい。


「どうやら、魔導士団の方は仕事が忙しいようでね。さすがにトラヴィスが不在だと仕事が回らないらしいよ」


「まあ。そんな状態だったのですね」


「うん、だから早くレインにも復帰してもらいたいらしい」


「復帰……」

 そこで言葉を詰まらせる。そして、お茶を飲んで喉を潤す。


「レインは魔導士団に復帰する、でいいんだよな?」


「あ、はい。一応、そのつもりではいるのですが。その、半年も休んでしまって、皆さんからなんて思われているかも心配でして」


「ああ、そこは問題ない。みな、お前が復帰するのを心待ちにしている」


「そう、なんですか?」

 そこでレインが首を傾けた。


「何しろ、あのトラヴィスを扱えるような人物はお前しかいないからな」


 と言ったとき、思わずマレリアが噴き出した。あの、侍女としてとても優秀な彼女が、だ。


「失礼しました」

 とまた鉄仮面をかぶる。


「いや、言いたいことがあるなら、言ってもいいぞ?」


 マレリアはコホンと可愛らしく咳払いをする。


「私の方から申し上げますと。同じようなことはどこでも言われている、ということです。旦那様、あ、この場合の旦那様はトラヴィス様のことです。その旦那様が唯一言うことを聞く人物、それが奥様ということです。奥様がこちらに来られてから、旦那様もずいぶんと丸くなられたとのこと。つまり、奥様には感謝しかない、とのことです」


 どこまで問題児なんだあいつは、とライトは心の中で吐き出す。


「恐らく、すぐにトラヴィスも俺も遠征に出る」


「え、お兄様もですか?」


「この時期にトラヴィスを遠征に出すと、間違いなく揉めるだろう」

 そこでライトは苦笑を浮かべる。その兄の気持ちがよく理解できるところが、恐ろしいところでもあるのだが。


「だから、俺も一緒に行く。俺の方もそろそろ実地実験を行ってみたいと思っていたところだから、ちょうどいい。それに、何人か研究所からもメンバーを出そうと思う。そいつらも、試してみたいことがある、と言っていたからな」


 研究所メンバーの試してみたいこと。恐ろしい予感しかしないのは何故だろう。


「だから、トラヴィスが留守の間。魔導士団の方はお前に頼みたいんだよ」


「わかりました。頑張ってみます」


「それから。恐らくだが。今日は、トラヴィスは帰ってはこないだろう」


「え」

 思わず目を見開くレイン。それと対照的に嬉々とした表情を浮かべているマレリア。


「どうした? 寂しいのか?」

 ライトは思わず妹に尋ねていた。


「いえ。それをトラヴィス様が素直に受け入れてくれるのか、ということが不安でして」


「そこは俺に任せろ」


「よろしくお願いします」

 レインが頭を下げると、そこで彼女のストールがはらりと落ちた。その白い肌に残る情事の痕をライトが見逃すわけがない。レインは慌てて、またストールを巻き付ける。


「マレリア」

 乾いた声で優秀な侍女の名を呼ぶ。

「お前が言っていたこと。俺はようやく理解ができたようだ」


 彼女は黙って頭を下げた。


「レイン」

 兄は慌てている妹の名を呼ぶ。

「お前、幸せか?」


「はい」

 即答。


 結局のところ、周囲がどれだけ心配してどれだけ騒いだとしても、本人の気持ちというものが優先されるわけで。

 そんな笑顔を見せつけられたら、ライトとしては。

「よかったな」

 としか言いようがない。


☆~~☆~~☆~~☆


 トラヴィスは散々文句を言いながら、遠征に行った。だけどあの人は遠征が嫌いではない。両親の仇であるそれらが相手だからだ。それに今回は、お守り役としてライトもくっついていったから、心配はないだろう。


「お久しぶりです。ドニエル様」


「えっと、レインさん。えー。と。はあ、まあ。なんて声をかけたらいいかがわからないところですが。とりあえずは、ご結婚おめでとうございます」


「ありがとうございます。長い間、お休みをいただいてしまい、申し訳ありません」


「いえ、お気になさらず。その、体調が悪いとうかがっておりましたので」

 と言うドニエルの口調は棒。しばらく見ないうちに、レインが変わってしまったという驚きも含む。


「あ、はい。おかげさまで、なんとか」

 まさかの魔力枯渇とは口が裂けても言えない。

 そしてドニエルの方も、実はトラヴィスに監禁されていたと思っていましたとは、口が裂けても言えない。

 お互いに心の内に抱える秘密。


「それで、レインさんも病み上がりということもありまして。その、女性同士いろいろ困ったこととかお話できたほうがいいんじゃないか、ということもありまして」


「副団長。話が長いです。いつまで待たせる気ですか?」

 と背中まである茶色の髪をハーフアップにまとめている女性。魔導士団のローブを着ているから、間違いなく魔導士。


「副団長は、やっぱり団長が怖いんですね」

 肩で切りそろえた髪を揺らしている女性。こちらも間違いなく魔導士。


「レインさん。初めまして。レインさんとは同期になります」

 と長い髪を高い位置で一つにまとめた女性。女性が三人も。


「彼女たちが、レインさんのサポートに入ります」

 と、たじたじになりながらも、最後はドニエルが締めた。


「ということで。早速ですが。団長もいないし、お茶にしましょう」

 ハーフアップの女性が頬の脇で両手をパチンと叩いて、首を傾けた。よくわからないけれど、彼女たちについていくことになったレイン。

 復帰早々、わけがわからない。


 彼女たちに連れていかれたのは、この敷地内に併設されているカフェだった。よく他の人が利用している姿を見たことはある。だけど、レインは初めて利用する。


「私たちね。こうやってあなたとお話したいと思っていたの」

 ハーフアップの女性は、アイラと言う。


「ほんと、いっつもいいところで団長に邪魔されてさ」

 ぶつくさ文句を言う、短い髪の女性がマイナ。


「ですが、今日は団長もいらっしゃらないので、ゆっくりとお話することができますね」

 レインと一番年が近いのがこのミイク。

 ライトが言っていた三姉妹が彼女たちであるのだが、レインはそれを知らない。


「あ、はい。よろしくお願いします」


 このような場にも慣れていないレインは、それしか答えようがない。


「あの。すいません。その、長らくお休みいただいた上に、このような場まで設けていただいて」


「そうそう。レインさんがお休みするって聞いたときは、とうとう団長が監禁したかって噂が流れたくらいよ」


「ちょっと、マイナ。それは言っちゃいけないって言われてたでしょ」

 アイラに咎められ、マイナは両手で口を塞ぐが時はすでに遅し。と、同時に、

勘の鋭いレインはなんとなく状況を飲み込みつつある。


「あの、もしかして。その、私が入団してから、その、ずっとトラヴィス様のお側にいるしかなかった状況というのは……」


「そんなの、団長の仕業に決まっているでしょ」

 と、またまたマイナ。


「レインさん。ここだけの話にはなりません。もう、皆さんが知っていることなので言いますが。団長はものすごく独占欲が強いのです」

 真面目な顔をしてそんなことを言うアイラの目が怖い。


「私。レインさんと同期入団だから、ちょっと声をかけようかと思ったとき、すかさず団長が来て、レインさんを連れ去っていったんですよね。それで、なかなかお話する機会がなくて」


「え、あ。その。ごめんなさい」

 なぜかレインが謝罪する。


「レインさんは悪くないですよ」

 両手を顔の前で振るミイク。


「そうそう。全ては団長が悪いんだから。ほんと、顔だけはいいくせに、変態よね」

 

「そうね、顔だけはいいわね」

 アイラが同意する。

 顔だけはいい、という表現にレインはいささか不安を覚える。


 美味しいお菓子とお茶と、そして女性が四人も集まれば、時間というものはあっという間に過ぎるもの。

 あれ、今日、仕事してなくない? とレインは思って少々焦るのだが。


「今日のレインさんのお仕事は、私たちとおしゃべりをすることです」

 と最年長のアイラに心を読まれてしまった。


 帰る前にトラヴィスの部屋に寄ると、書類が山積みにされていた。あれほど、書類は溜めないようにと釘を刺したにも関わらず。

 いや、彼も休暇をとっていたから、それのせいなのかもしれない。

 久々の魔導士団はちょっと疲れた。

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