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24.よくお認めになりましたね

 おかしい、何かがおかしい、とトラヴィスは思っていた。自分は結婚のための休暇として十日程の休みを申請したはず。だが、やはり休みの六日目に呼び出されてしまった。


「おかしい」

 思わず声に出してしまったトラヴィスを、ドニエルが薄い視線で見つめていた。


「団長、本当に申し訳ないことをしたと思っております。ですが、本当にこちらも大変なんです。団長がいなければ、仕事が回りません」


「だったら、もっと人を寄越せ」


「人だけ増えたとしても、優秀な人材がいなければ仕事をさばくことはできません」


「だったら、その優秀な人材を探してくれ。魔導士団の中にいなければ、研究所でもどこからでもいいから、さらってこい」


 トラヴィスのペンを持つ手がわなわなと震えている。


 ドニエルの心当たりがある優秀な人材。一人しか思い浮かばない。ということで、その人物の関係者の元を訪れた。


「ああ、なんだ。ドニエル、お前か」


「ライトさん。お忙しいところ、すいません」


「いや。お前たちほど、忙しくはない。それで、何か用か?」

 ライトは立ち上がると、お茶を淹れ始める。この魔導士団の副団長を見ていると不憫で仕方ない。


「はあ、魔導士団のことで相談があるのですが」

 温かく湯気の立つカップをドニエルの前に置いたライトは、もう一つを手にしたまま彼の向かい側に座った。


「ああ、なんか最近。すこぶる忙しそうだな」


「そうなんです。そういうわけで、団長からは優秀な人材をさらってこい、とまで言われました」


「さらう、って」

 そこでライトはカップにふーと息を吹きかけてから、それを飲んだ。


「ということで。レインさんをさらってもよろしいでしょうか」


「それの許可は俺ではなく、トラヴィスに取れよ」


「いえ。その、体調が悪くて伏せっているとお聞きしていたので。そのわりには、いつの間にか団長と結婚までしているし。だから、そういったことはライトさんにお尋ねした方がよろしいのかと思いまして」


「まあ、体調の方は。大丈夫じゃないか?」

 認めたくないけど、恐らく、魔力は戻っているはず。


「では、レインさんをさらう許可が出たと思って、よろしいでしょうか」


「一応、本人も魔導士団のほうに復帰するつもりではいるようだが」

 そこでライトは腕を組んだ。

「だけどな。結局、魔導士団に戻ったとしても、レインのことをないがしろにするんじゃないのか?」

 鋭く突き刺さるような冷たい視線。その視線はドニエルの心に突き刺さる。


「ああ、ライトさん。ごめんなさい」

 いきなりドニエルが謝り出した。もしかして、魔導士団全体で彼女を仲間外れにしている、という自覚があるということか。


「私たちもレインさんのことは気にしていたのです。ですが、団長が……」


 と再びドニエルの口からトラヴィスが登場したことで、雲行きの怪しさを感じる。


「私たちがレインさんに声をかけようとするとですね、どこからともなく団長が降って湧いて出て、邪魔をするわけです。それもですね、男だけでなく、女性がレインさんに声をかけようとしても、それを邪魔するんです。本当に、彼女に近づこうとする老若男女すべての人類を、敵だと思っているようなんですよ。異常ですよね? 本当にレインさんは団長と結婚して良かったんですかね? ライトさん、よくお認めになりましたね」


 ドニエルが一気にそれを吐き出したのは、川の水を止めていた堰が外れたかのように、彼の中の堰がどこかへ飛んでいってしまったのだろう。しかも、相手がライトということもあり、余計にそれが吹っ飛んでいったものと推測する。


「だったら、今のまま、レインが魔導士団へ戻ったとしても同じことが起きるだろう」

 ため息と共に言葉を吐き出すライト。

「だから、ライトさんに助けを求めているわけです」


 わざわざ彼がここに来た理由はそれが原因か、と思った。


「レインさんが急に休団されたのも、団長が監禁したとか、孕ませたとか、そんな噂が立ったくらいですよ」

 こそりとドニエルが言うが、その噂をライトは耳にしたことはない。恐らく、というか絶対、関係者の耳に入らないように、と情報が統率されていたのだろう。


「ドニエル。俺にとっては頭が痛くなるような話だが、念のため確認しておきたいことがある」

 本当に頭が痛くなってきたような気がする。ライトは額に手を当てて、言葉を続ける。

「その、トラヴィスがレインの周囲をうろつくようになったのは、その、婚約が決まってからか?」


「レインさんが学園に入学されてからですよ。十歳の女児に、何をしてるんだって思いましたからね。傍から見たら、犯罪ですよね」

 このドニエル。年はトラヴィスの一つ下。だから、彼もトラヴィスの様子をよく知っているらしい。


「もしかして、レインが学園で孤立していたのは、それが原因か?」


「八割方、団長が原因と思われます。残りの二割は、まあ、あれですよね。その、レインさんの魔力が原因かと」


「いや、八割の原因がわかれば、それでいい」


 足を組み、ライトはお茶を飲んだ。マレリアの言っていた意味がやっとわかった。


「まあ、あの二人は結婚してしまったわけだから。レインを独占するのは家の中だけにしてもらって、もう少し魔導士団の仕事は円滑に進めてもらうように根回しをしなければならないな」


「さすがライトさんです」

 そこでやっとドニエルが笑顔を見せた。


「とりあえず。レインと引き離すためには、トラヴィスを遠征にやるのが一番いいな」


「行ってくれますかね? だだでさえ、結婚の休暇が短縮されて、めちゃくちゃ怒っているのに」


「行ってくれるように根回しするしかないだろ?」


「できますか?」


「むしろ、そのためにお前がここへ来たんだろ?」


 なぜかドニエルにはニヤリと笑うライトが不敵に見える。


「なあ、ドニエル。魔導士団にはあの三姉妹がいただろ」

 ライトが言う三姉妹。名前は確か。

「ああ、アイマイミーですね」

 長女がアイラ、二女がマイナ、三女がミイク。語呂がいいため、三姉妹は、まとめてアイマイミーと呼ばれている。

 三女が今年魔導士団へ入団したはず。となれば、レインとは同期入団になる。


「彼女たちも、レインさんのことは気にしていますよ。特にアイラは、やはり三姉妹の長女ということだけあって、面倒見もいいですからね」


「トラヴィスは遠征にやれ。三姉妹は、こちらへ残せ。その隙にレインを魔導士団へ復帰させてやるから。それからとりあえず、今日はトラヴィスを家に帰すな」


「それは……。今すぐにでも帰りたそうなのに、難しいと思いますが。仕事だけはたくさんあるので、それでなんとかしてみます」


「頼んだ」

 そこでライトはお茶を飲み干した。その頭の中はぐるぐるといろんな思いが漂っていた。


 ライトはドニエルを見送ると、その足でイーガン家の屋敷へと向かった。出迎えてくれたのはこの家の執事で、ライトの顔を見ると少し怯えたような表情を浮かべてから、笑顔を浮かべた。


「ただいま、奥様を呼んでまいりますので、こちらでお待ちください」


 ライトがこの屋敷を訪れるのは何年ぶりだろうか。あのときはもっと寂しい雰囲気が漂っていた。今日は、少し明るさを感じる。


「お兄様、今日はどうされたのですか?」

 驚きと喜びを浮かべたレインがやってきた。彼女の後ろにはピッタリとマレリアが張り付いていて、白い視線を投げてきた。

 レインは首元をストールで覆っている。動きやすそうな服ではあるが、落ち着いた色合いのドレス。


「ちょっとお前のことが気になってな。会いたくなった」

 ドニエルからあんな話を聞かされたら、気になることしかない。

 そっとマレリアがお茶を置いた。だけど、漂っているオーラが怖い。


「悪いがマレリア。君からも聞きたいことがあるから、その、一緒にいてくれないか」

 マレリアは黙って、うながされるままにソファに座った。レインにピタリと。彼女を守るように。

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