23.いっそのこと殺されてください
「レイン」
トラヴィスはそっと彼女を押し倒し、その頬に手を添える。そこから伝わる彼女の温もり。彼女はここにいる。
そっと、その柔らかい唇に口づける。唇と唇同士の、軽いキス。それが離れるとトラヴィスは彼女の顔を見つめる。なぜか、その目が潤んでいる。
「どうかしたのか?」
「いいえ、何も」
「でも、今にも泣きそうだ」
「幸せすぎて」
「困ったな」
そこでトラヴィスは呟いた。
瞳を潤ませたままレインは彼を見上げた。どうして、とその目は言っている。
「君を泣かせたら、ライトに殺される」
「それは、困りましたね。もう、いっそのこと殺されてください」
目尻に溜まった涙を溢れさせながら、彼女の方から両手を伸ばし、彼の頬を包み込んで口づけをした。
「レイン。残念な話だけれど。君が魔力枯渇の状態では、子は孕まないのだよ」
と言うトラヴィスの一言が、恐ろしく聞こえた。
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気が付くと朝だった。外から差し込む光。身体を動かそうとすると、なぜかがっちりと固定されている。その原因はトラヴィス。彼女を抱きかかえるようにして眠っている。
彼の、このような穏やかな顔を見るのは、初めてかもしれない。その瞼がピクリと動く。
「ああ、レイン。起きたのか?」
目が合った。
「あ、はい。今、何時でしょうか」
「何時でもいい。昨日の今日を、誰に咎めることができようか」
トラヴィスの腕が伸びてきて、彼女の頭を優しく撫でた。そのまま、ぐいっと自分の胸元へと押し付ける。
彼女の息がかかってくすぐったいのか、その胸元が震えた。それがちょっと面白くなって、レインはふーっと息を吹きかけた。また、胸元がピクリと震える。
「レイン」
多分、彼女がいたずらを仕掛けていることに気付いたのだろう。少し低い声で妻の名を呼ぶ。
「君は一体、何をしている?」
「いえ、何も」
言うと、腕を彼の背にまわして、ぐっと胸元に自分の額を押し付けた。それはわざと顔を隠して、その表情を彼に見せないために。
ふと、現実へ引き戻される感覚。トラヴィスは一つだけ気になっていたことをレインに尋ねる。
「レイン、鑑てもいいか?」
彼の胸元から顔をあげるようなことをせずに、左手を差し出した。そのままトラヴィスは彼女の左手をそっと握る。
「魔力鑑定……」
彼が一つだけ恐れていることがあるとしたら、それはやはり彼女を失うこと。そしてその原因の一つが彼女の魔力が枯渇している、ということで。できることならば原因は一つ一つ潰していきたい、と思うわけで。
だから、あの残された資料の通りの行為をしたうえで、彼女の魔力が戻っていなかったら、という最悪のシナリオも頭の片隅には浮かんでいた。
「なんだって……。いや、本当に?」
彼の独り言が盛大すぎて、レインも気になってしまう。思わず顔を上げる。
「トラヴィス様?」
「とりあえず、君の魔力は戻っている。枯渇状態にはなっていないと思うのだが」
魔力無限大の場合、その魔力が千を下回ると枯渇状態と呼ぶらしい。
「とりあえず、六が六桁だな。さすがだな」
六が六桁。魔力無限大は九が六桁。昨日のことを考えると、一回につきそれだけ回復する、ということか。
「トラヴィスさまっ」
恐らく、彼が考えていることを察したのだろう。すぐに研究モードに入るトラヴィス。すでにそこには甘い雰囲気など微塵も無い。




