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23.いっそのこと殺されてください

「レイン」

 トラヴィスはそっと彼女を押し倒し、その頬に手を添える。そこから伝わる彼女の温もり。彼女はここにいる。

 そっと、その柔らかい唇に口づける。唇と唇同士の、軽いキス。それが離れるとトラヴィスは彼女の顔を見つめる。なぜか、その目が潤んでいる。


「どうかしたのか?」


「いいえ、何も」


「でも、今にも泣きそうだ」


「幸せすぎて」


「困ったな」

 そこでトラヴィスは呟いた。

 瞳を潤ませたままレインは彼を見上げた。どうして、とその目は言っている。


「君を泣かせたら、ライトに殺される」


「それは、困りましたね。もう、いっそのこと殺されてください」

 目尻に溜まった涙を溢れさせながら、彼女の方から両手を伸ばし、彼の頬を包み込んで口づけをした。


「レイン。残念な話だけれど。君が魔力枯渇の状態では、子は孕まないのだよ」

 と言うトラヴィスの一言が、恐ろしく聞こえた。


☆~~☆~~☆~~☆


 気が付くと朝だった。外から差し込む光。身体を動かそうとすると、なぜかがっちりと固定されている。その原因はトラヴィス。彼女を抱きかかえるようにして眠っている。

 彼の、このような穏やかな顔を見るのは、初めてかもしれない。その瞼がピクリと動く。


「ああ、レイン。起きたのか?」

 目が合った。

「あ、はい。今、何時でしょうか」


「何時でもいい。昨日の今日を、誰に咎めることができようか」

 トラヴィスの腕が伸びてきて、彼女の頭を優しく撫でた。そのまま、ぐいっと自分の胸元へと押し付ける。

 彼女の息がかかってくすぐったいのか、その胸元が震えた。それがちょっと面白くなって、レインはふーっと息を吹きかけた。また、胸元がピクリと震える。


「レイン」

 多分、彼女がいたずらを仕掛けていることに気付いたのだろう。少し低い声で妻の名を呼ぶ。

「君は一体、何をしている?」


「いえ、何も」

 言うと、腕を彼の背にまわして、ぐっと胸元に自分の額を押し付けた。それはわざと顔を隠して、その表情を彼に見せないために。


 ふと、現実へ引き戻される感覚。トラヴィスは一つだけ気になっていたことをレインに尋ねる。


「レイン、()てもいいか?」

 彼の胸元から顔をあげるようなことをせずに、左手を差し出した。そのままトラヴィスは彼女の左手をそっと握る。


「魔力鑑定……」


 彼が一つだけ恐れていることがあるとしたら、それはやはり彼女を失うこと。そしてその原因の一つが彼女の魔力が枯渇している、ということで。できることならば原因は一つ一つ潰していきたい、と思うわけで。

 だから、あの残された資料の通りの行為をしたうえで、彼女の魔力が戻っていなかったら、という最悪のシナリオも頭の片隅には浮かんでいた。


「なんだって……。いや、本当に?」

 彼の独り言が盛大すぎて、レインも気になってしまう。思わず顔を上げる。


「トラヴィス様?」


「とりあえず、君の魔力は戻っている。枯渇状態にはなっていないと思うのだが」

 魔力無限大の場合、その魔力が千を下回ると枯渇状態と呼ぶらしい。


「とりあえず、六が六桁だな。さすがだな」

 六が六桁。魔力無限大は九が六桁。昨日のことを考えると、一回につきそれだけ回復する、ということか。


「トラヴィスさまっ」


 恐らく、彼が考えていることを察したのだろう。すぐに研究モードに入るトラヴィス。すでにそこには甘い雰囲気など微塵も無い。

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