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2.婚約破棄をしろ

 レインがトラヴィスと婚約したのは、レインが十二歳の時だった。つまり、今から四年前。それでもトラヴィスは二十四歳。十二歳と二十四歳の婚約なんて、政略以外のなにものでもない、と周囲は思っていた。

 当時の魔導士団長はレインの父親だった。その部下であったのがトラヴィス。その団長の娘と部下が婚約したという話になれば、トラヴィスが時期団長の座を狙っているとか、そんな噂も飛び交っていた。


 だが、事実は異なる――。


 トラヴィスが惚れたのだ。レインの魔法に。むしろ魔力に。子供でありながらも、今まで感じたことのない魔力を彼女から感じた。この娘を手元に置いておきたいと思った。それが恋なのか愛なのか、はたまたただの興味なのかは知らない。ただ、この娘を他の誰にも渡したくないと、改めてそう思った。


 トラヴィスはレインの父親、つまり上司である当時の魔導士団長に、レインと結婚させて欲しいと頼み込んだ。最初は、即却下だった。当たり前である。相手が望んでいるのが十二歳の娘。よほどの見返りがない限り、即決はできないだろう。

 だが、それでも彼女をあきらめきれない彼は、そこから毎日上司に頼み込んだ。その甲斐があってか、三月(みつき)後に条件付きでなんとか許してもらえた。

 その条件というのも正当なものであるため、あとはトラヴィスが理性を保てばいいだけの話。


 ところが、トラヴィスが二十六になったとき、つまりレインが十四になった年に、彼女の父親は魔物討伐に向かった先でその命を失った。

 魔導士団長として恥じない死だった、立派な死だった、と魔導士団の人たちは言うけれど、死んでしまったらおしまい。立派だろうがみじめだろうが関係ない、とレインは唇を噛み締めながらそう思っていた。

 その彼女の隣にいたのは、トラヴィスではなく彼女の兄であるライト。父親が亡くなった今、彼がカレニナ家の当主となっている。

 彼とトラヴィスは王立魔法学園時代の同級生だ。共に肩を並べて、魔法を学んだ仲ではあるのだが。


「婚約破棄をしろ。この、ど変態野郎」


 いきなり魔導士団の執務室に入って来てこんなことを言う人物をトラヴィスは一人しかしらない。むしろ、一人いれば十分だ。


「私は、君と婚約をした覚えはないが」


「はっ。相手は俺の妹に決まっているだろう。この、ど変態」

 ライトが腕を組み、机を挟んで座っているトラヴィスを見下ろした。お互いに立っていたとしても、ライトの方が少し彼よりも背が高い。


「なぜ私と君の妹の婚約に、君が口を挟む?」


「お前の相手が俺の大事な可愛い妹だからだ」


「わけがわからないな」

 トラヴィスは首をすくめた。


「わけがわかるだろう。妹はまだ十六だ」

 ライトは、バンとトラヴィスの机に手をついた。


「まだじゃない、もう十六だ。私は君の父親との約束は守ったつもりだ」


「そうか。それなら安心だ。妹はまだ清いということだな」


「約束を守ったから、そろそろ結婚できるだろうと思っていたつもりなのだが……」


 はっ、とライトは鼻で笑った。


「お前。まさか、本気でレインと結婚できると思っていたのか?」


「できないのか?」


 真面目な顔でそんなことを言われても逆にライトが困ってしまう。


「レインは魔力が枯渇している。つまり、魔力が無いということだ。そんな妹に、お前はもう興味はないだろう」

 そう言ったライトは、ため息とともに頭をかいた。


 レインが「魔力が枯渇した」と言って、魔物討伐から戻ってきたのは十日程前。とりあえず魔力回復薬などを渡してみたが、それでも魔力が回復しなかった。少し休めば魔力が戻るかもしれない、と言ったが、次の日も魔力は戻っていなかった。

 魔力が回復しない、ということなど今まで聞いたことがない。

 父親が生きていたら相談にのってくれただろうか、と今は亡き者にさえ頼りたくなる現実。


「ライト。君は私を何だと思っている?」


「妹の魔力にしか興味が無い、ど変態」


「その言葉には二つ間違いがある」


 トラヴィスは右手の人差し指と中指を立てた。


「一つ。私は、レインの魔力にしか興味が無いわけでは無い。レインという女性に興味がある。それから二つ目。私はど変態ではない。いたって普通の成人した男性の反応であると思っている」


 だから、真面目な顔でそんなことを言われても、とライトは思うのだが。


 ライトは再び机の上にドンと両手をついて、身を乗り出した。


「トラヴィス。悪いことは言わない。妹との結婚はあきらめてくれ」


 トラヴィスも机の上にドンと両手をついて、腰を浮かせた。


「なぜだ」


「お前は魔導士団長という立場にある。だが妹は、すでに魔力が無くなった。すぐには魔力の回復は見込めない。だから、元魔導士という肩書になる。そんな二人が結婚したら、周りがなんて言う?」


「周りになんて言われようが、関係ない」


「お前は関係無くても、レインは気にする。今だって気にしている。婚約した当初から気にしている」


「そう、なのか?」


 彼女が気にしていたことなど、トラヴィスは知らない。この婚約を望んでいるのかいないのかさえも知らない。彼女は、そう言ったことを口にはしない。

 ライトの妹がトラヴィスと婚約したのは十二歳のときだ。まして相手はすでに魔導士団の一員として立派に魔物討伐に参加している、見目もそこそこいい将来有望な魔導士。そんな彼が婚約したのが、たった十二歳の子供となれば、その子供の兄であるライトは恰好の餌食となる。トラヴィスの同級生であり、レインの兄という立場。なぜあの二人が婚約したのかという質問責めにどれだけあったことか。


 だが、レインの魔力について知っている者は、それらが魔導士団長の思惑によるものだろうとも思っていた。それは、トラヴィスでさえも惹かれたレインの魔力。


 彼女の魔力――。


 それは、無限大である、ということ。魔力が無限大。つまり、回復薬いらず。

 いくら魔法をぶっ放してもいい。好きなだけぶっ放していい。それが魔力無限大の魅力。力の加減もする必要はない。好きなときに好きなだけ。


 魔力無限大の娘だからトラヴィスが目をつけた、という噂も立った。それは噂ではなく事実なのかもしれない。彼女の魔力にも惚れたトラヴィスだから。

 それでもレインは、なぜ自分のような子供にトラヴィスのような立派な魔導士が求婚するのかさっぱりわからなかった。わからないまま四年が過ぎた。


「トラヴィス。悪いことは言わない。レインのことを想うなら、なおさらだ。レインとの婚約を解消してもらいたい」

 ライトはさらにずずっと身を乗り出した。


「レインと話をさせてくれ。それに、一時的に魔力はゼロだったが、回復薬を飲んだら二だけ回復した」


「それもレインから聞いた。だが、あれから十日程経った今でも、妹の魔力は二のままだ」


「なんだって。それだけ経っても、二から回復しないというのか」


 トラヴィスは浮かした腰を戻して、椅子に深く座り直した。腕を組んだ。

 ライトは、机の上に乗り出した上半身を元に戻した。

「レインのことは、魔法研究所で引き取りたい。魔導士団も退団とさせてくれ」

 そこでライトは「頼む」と頭を下げた。


 ライトは魔法研究所の所属だ。魔導士団に入団しなかったのは、父親と比較されることが嫌だったことも原因の一つではあるが、純粋に魔法についての研究がしたかった、というのもある。

 だから、レインの魔力が無限大からゼロになった、つまり枯渇したということを研究所の方で調べたいと思っていた。それだけの権力もライトにはある。


「ライト。頭を上げてくれ」

 トラヴィスは穏やかに言った。


「トラヴィス?」


「ライト。悪いがレインを魔導士団から退団させるつもりはない。それに、婚約も解消しない」


「トラヴィス」


「ライト。できればレインに会わせて欲しい。会って話がしたい。あれから彼女は、ずっと休みをとっている」

 そう。あれ以降、彼女はこの魔導士団の方の仕事を休んでいる。


「そうだ。俺が屋敷で休ませている。今、体調も悪く伏せっている」

 それは嘘ではない。あれ以降、彼女はベッドから抜け出せないでいる。


「そうか。私はまた、魔物討伐に赴かなければならない。そこから帰ってきたら、彼女に会わせてもらえないだろうか」


「わかった。だが、次に妹と会うときには、婚約解消の手続きをして欲しい」

 ライトはトラヴィスの目を見た。


「私の意思は関係無いのか?」

 トラヴィスの目は悲しそうに揺れている。


「そもそもお前は、本当にレインのことが好きなのか?」


「今更、何を聞く。私がどれだけ我慢をしたと思っているのだ」

 悲しそうな眼は力強く揺れる。


「そうか……。やっぱりお前は、ど変態野郎だ」

 ライトは、くるりと回れ右をして、その部屋を出て行った。


 残されたトラヴィスは椅子の背もたれに限界まで寄りかかって、天井を仰いだ。

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