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18.あなたを忘れさせて

 トラヴィスが初めてレインと出会ったのは、彼女が四歳、つまりトラヴィスが十六歳のときだった。十六歳のトラヴィスはまだ学園の生徒。そして、どちらかというと落ちこぼれの生徒。

 今では毒舌を吐き合う仲となっているライトであるが、その当時はただの同じクラスの人、という認識だった。

 さらに、十六歳のトラヴィスは容姿も今と異なっていて、色白でぼちゃっとした体型。そんな体型、珍しくもなんともなく、学園の十人に一人くらいは男女問わずそんな体型なような気がしていた。成長期なんだから、皆が皆、すらっとしているわけではない。

 ただ、落ちこぼれでそんな体型であると、からかいの対象になりやすい。そして、当時のトラヴィスはそんなに強い心を持ち合わせていたわけでもない。

 学園の授業が終わった放課後、学園の建物の裏で一人魔法の練習をしていた。するとライトと手を繋いだレインがやって来たのだ。恐らく、父親を訪ねてきたのだろう。

 じーっとレインはこちらを見つめていた。そして「きれいねー」と、ため息とともにそんな言葉を吐いたような気がする。するとライトが優しい表情で。


「こいつは努力家だからな。それが、魔法にも表れている」


 トラヴィスはライトからそんなことを言われたことが意外だった。むしろ、今までそんなことを言われたことがない。あの魔導士団団長の息子がかけてくれたその言葉が嬉しかった。

 トラヴィスが魔法の練習をしていると、ときどきレインが現れた。膝を折って座って、両手を頬に当て、うっとりとした表情でこちらを見ている。そしてしばらくするとライトが迎えに来て。

「邪魔して悪かったな」

 とトラヴィスに言う。

 それから、なんとなくライトと話すようになった。そして、いつの間にか、彼が心を許せる友人になっていた。それはライトにとっても同じだったようだ。


「そんな、子供のときのこと。覚えていません」


 トラヴィスの腕の中で顔を赤くしながら、レインは必死になっている。


「それでも私は、君に救われたんだ。ライトという友人を得ることができたのも、君のおかげだ」


 レインの耳元で優しく囁くトラヴィス。


「君と家族になりたいと、そう、ずっと思っていた。今でも、そう、思っている」


「ですがっ」


 そこでレインは両手を前に突き出し、トラヴィスを突き放した。


「トラヴィス様の相手に、私はふさわしくありません」


「そんなことは、無い」


「そんなこと、あります。四年前も、今も。私はずっと子供で、トラヴィス様はずっと大人で。どうして、こんなにも生まれた時期が違うのだろうって。ずっと、ずっと思ってた」

 そこでレインは唇を噛み締める。

「私は、ただの小娘です」

 というのも、魔導士団に入団してから、ずっと言われ続けてきた言葉。ただの小娘が、なぜ団長の側にいるのだ、と。わざとらしく首をかしげる人たちもいる。

 だが、まだ魔力無限大という他の魔導士には無い力があるから、良かった。それだけが、彼女の心を守る唯一の鎧だった。それが無くなってしまった今、彼女を守ってくれるものは何もない。


「トラヴィス様。私にはもう、魔力が無いのです。だから、トラヴィス様の隣にいる資格を失ったのです」


 大人の女性でも無い。魔導士でも無い。そんな女がどうしてトラヴィスのような男の側にいることができるのだろうか。


「レイン」

 トラヴィスが彼女に一歩近づくと、彼女は一歩下がる。


「トラヴィス様。帰ってください。お願いです。もう、あなたを忘れさせて」

 じっとレインはトラヴィスを見据えた。

 こんな想いをするくらいなら、忘れた方が楽だろうと、何度も思ったことか。それでも、ついつい彼のことを心配している自分がいる。その矛盾する想い。


「ダメだ。許さない。俺のことを忘れるなんて許さない。許すわけがない」


 トラヴィスは怒っている。それは、レインから見てもはっきりとわかる。逃げなければ、と頭ではわかっているのに、身体が動かない。ゆっくりとトラヴィスが近づいてきて、彼女を再び抱きしめる。

 レインの身体がふわりと浮いたのは、トラヴィスに抱き上げられたから。


「トラヴィスさまっ。恥ずかしいですから、おろしてください」


「こんな辺鄙な場所に、人はこない。それに、おろすと君は逃げる」


「逃げませんから」

 トラヴィスの腕の中でレインは必死に抵抗する。


「いや、逃げる」


「逃げませんから」

 トラヴィスが思っていたよりも、レインは大きな声を出してしまったのだろう。普段の彼女からは想像できないような声だったらしい。トラヴィスはしぶしぶと彼女をおろした。


「あの、薬草をとってきてもいいですか? 先ほど、落としてしまったので」

 冷静になったレインはそう言った。


「だったら、一緒に行こう。逃げるかもしれないからな」


 まさかの監視状態。逃げませんってばと、心の中で呟いてから、レインはふぅっと肩で息をついた。先ほど、走ってきた道を戻り始めた。落としてしまった籠の周りには、薬草が散らばっていた。

 それを一つ一つ拾って、籠の中に戻す作業をしていると、トラヴィスも同じように手伝ってくれる。

 多分、トラヴィス本人は気付いていない。そういったさりげない行為が、レインにとって嬉しい、ということを。


「ほら、寄越せ」


 ひょいと、籠をトラヴィスに奪われた。


「こんなにたくさん、何に使うつもりだ?」


 いつものトラヴィスに戻ってきたようだ。


「回復薬を。それから、今は、解毒剤のほうも作れるようになったので、練習しています」


「回復薬か。君からもらった回復薬、あれは良かった」


「あれは、トラヴィス様のためにお作りしたものですから」


 自分のため、と言われてトラヴィスも悪い気はしない。そうか、とだけ言って、彼女の隣を歩く。


「トラヴィス様。こちらが、私がお世話になっている祖母の家です」

 だけど今、祖母は不在。帰ってきてから紹介すればいいか、と思ってトラヴィスを中に入れる。


「薬草の籠は、そちらにお願いできますか?」

 トラヴィスは黙って、そちらに籠を置く。


「あの、今。お茶の準備をいたします。その前に、ちょっと着替えてきますので、お待ちください」


 と、レインが自室へ入ろうとすると、素早くトラヴィスもその身体をすべりこませてきた。


 深く口づけをされる。


「ん……、と、トラ……ヴィスさま」

 おやめください、と言いたいのにその口を塞がれているため、言えない。


 いつの間にかレインはベッドに転がされていた。


「トラヴィスさま。おばあさまが帰ってきてしまいますから」


「大丈夫。今日は、帰ってこないから」


 何でトラヴィスはそのことまで知っているのか、とレインは思った。こういった状況であるのに、頭は冷静に働いている。

 いつの間にか衣類ははぎとられ、下着姿で転がされていた。

 トラヴィスもいつの間にか上半分だけ脱いでいるし。さらに、レインの顔の横に手をついたトラヴィスの顔が迫ってきているし。

 再び、深い口づけを交わす。


「君が子供ではないこと、私が証明してあげる」

 一度離れた唇は、首元から徐々に下へ下へと狙いを定めていく。


「トラヴィスさま、これ以上は」


「レイン。ごめんね。私ももう、止められそうにない。それに、君は私を受け入れてくれないと死ぬから」


「え?」


 今、ものすごく大事なことを言われたような気がする。胸元にある彼の頭を冷静に見つめてしまう自分もいる。


「トラヴィスさま、トラヴィスさま」


 彼は何に夢中になっているのか、離れようとはしない。どうやらレインの声も耳に届いていない。こんなトラヴィスもおかしい。

 レインは枕元に置いてある小瓶を取り出した。何かあったときのために、ここには数々の薬が並べてある。それを一気に口を含む。それからトラヴィスの髪の毛を引っ張り、無理やり自分の胸元から引き離すと、今度はレインの方からトラヴィスに深く口づけた。

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