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17.婚前交渉するぞ

 信じたいのか信じたくないのか。ライトとしてはものすごく複雑な心境だった。

 大きくため息をついて、資料をテーブルの上に置く。


「酒を準備してもいいか?」


 飲まないとやってられない。それが正直なところ。


「かまわないが。大事な話の内容は、きちんと覚えておいてくれよ」


 わかってる、とひらひらと右手を振るライト。どこからか酒とグラスを持ち出して来て、それを自分で注ぐ。そして、一気に呷る。


「レインを、迎えに行ってもいいか?」

 それを見届けてからトラヴィスは尋ねた。だが、ライトは答えない。


「レインと結婚させてくれ」

 トラヴィスは言う。だが、ライトからの返事は無い。

 あまりにもライトが何も言わないので、トラヴィスはライトが反応しそうな言葉を選ぶ。


「婚前交渉するぞ?」

 ライトがジロリとトラヴィスを睨んだ。

「それがダメだと言うなら、結婚させてくれ」


 ライトは大きく肩で息をつくと。


義母(はは)を呼んできてもいいか」


「かまわない」

 ライトは立ち上がると、一度書斎を出ていく。そして、次に戻ってきたときにはニコラを背中に連れていた。


「義母さん。レインを助ける方法がわかったらしいのですが、俺一人では判断できなくて」

 と言って、連れてきた。

 ニコラを先に座らせ、彼女の隣にライトが座る。


「それで、レインを助ける方法とは?」

 ニコラも少し興奮しているのだろう。頬を蒸気させている。


「これを見てもらってもいいですか?」

 口に出すことがはばかられるため、やはりライトもニコラに資料を手渡した。ニコラは不思議そうに首を傾けながら、それに目を通す。

 彼女がそれを読んでいる間にライトはお茶を淹れ、母親とそしてトラヴィスの前に置いた。自分には酒を注ぐ。


 資料を読み終えたニコラは顔をあげて一言。


「つまり、やっちゃうってことね」


 この重苦しい雰囲気に似合わないような明るい声だった。

 何を、と言わなくても他の二人はすでにわかっていること。


「まあ。よくあることらしいけれど」

 そこで、ニコラは湯気の立っているカップを手にした。ゆっくりと口元にまで運び、ゆっくりと戻す。


「魔力と精力は似て異なるものですからね」

 冷静に、そう努めて冷静にライトは口にする。


「レインって、その。月のものは、きているのよね」


「そうですね」

 トラヴィスの前で答えるには少々はばかられたが、ライトは努めて冷静に答える。そう、冷静に。


「それと一緒に、魔力が流れ出てしまったのかしらね」


 なるほど、そういう解釈もあるのか。


「それで、私がここに呼ばれた理由というのは?」

 ニコラはトラヴィスを見つめて言った。


「レインと結婚させてください」

 トラヴィスは頭を下げた。


「トラヴィスくんは、真面目よね」

 ふふっとニコラは笑う。

「別に、結婚しなくてももう婚約者同士なんだし、やっちゃえばいいのに」


「義母さん」

 隣のライトが声を荒げる。


「いえ、実は、前団長との約束でもあるんです。婚前交渉はしない、と。それが婚約するときの条件でした」


「えー、うそ。あの人、そんな約束をさせたわけ?」

 ニコラは笑いながら、お茶を手にする。

「いいんじゃない? 結婚しても。お互いが望んでいるなら」

 そう、彼女もそれを望んでいるなら。


「レインを迎えに行ってもいいですか?」


「ええ、よろしくね」

 ニコラはにっこりと笑った。トラヴィスは硬い表情を緩めた。ライトは、ため息しか出なかった。


 レインがどこにいるのかをずっとトラヴィスには伝えてこなかったライトではあるが、こうなった以上、教えなければならないだろう。

 ニコラは、娘がどこにいるかなど、まるっとお見通しのようだった。


「そうそう。この時期ね。母はね、集落の人と温泉に行くのよね。だから、レインと二人っきりね。あと、これ、体力回復薬ね。移動で疲れた時に、飲んでね」

 と、ライトの屋敷を出るときに、トラヴィスはこっそりとニコラに言われた。

「レインのこと、お願いね」


 トラヴィスは魔導士団の方に休暇届を出した。初めは十日程の休暇申請だったが、ドニエルがものすごく嫌な顔をしたため、五日の申請にした。レインを迎えに行って連れて帰って来るとなると、やはり最低限、それくらいの日数は必要。ライトが言うには、馬で三日かかる距離らしい。ただし、馬に回復薬を使うとその半分で移動できる、とか。

 ドニエルは顔を曇らせていたが、きっとこの休暇の後にはトラヴィスもやる気を出してくれるだろうということに期待して、なんとか五日で妥協した。仕方ないので、その五日はライトが魔導士団の方をサポートすることにした。不本意ではあるが。


☆~~☆~~☆~~☆


 レインはいつもの通り、薬草を採りに来ていた。

 祖母は集落の方に行くと言っていた。だから、一人で薬草を採りに森の中へと入っていたのだ。籠もいっぱいになったし、そろそろ自宅に戻ろうと思い、立ち上がると遠くに人影が見える。


「トラヴィス、さま」


 レインはその人影が彼であることをすぐに認識した。忘れたくても忘れることができなかった彼。

 思わず抱えていた籠を落としてしまう。薬草が散らばる。

 それでも彼から逃げなければならない、という思考が働き、彼に背中を向けて走り出す。せっかく採った薬草が気になるが、それよりも彼から逃げる方が最優先だと判断した。


「レイン」

 背中からトラヴィスの声が聞こえてくる。

「レイン、待ってくれ」

 その声が追いかけてくる。だけど、待てない。待てるわけがない。

 今のこの姿を彼に見せるわけにはいかない。四月(よつき)経っても魔力が戻らなかったこの姿を。

 この森の中を走るには、まだ地の利のあるレインの方が有利だ。トラヴィスの方が足は長くて速いかもしれないが、木の根や草等、この森には走るための障害がいくつもある。


「あ」


 後ろでそんな声が聞こえた。その声に動揺して、レインは立ち止まり、くるりと後ろを振り向いた。するとトラヴィスが見事に転んでいたのだ。大の大人が、それは盛大に。そして、なかなか起き上がろうとしない。もしかして、怪我をしたのだろうか。


「トラヴィス様」


 レインは彼から逃げていたというのに、トラヴィスの元へと駆け寄った。それはきっと無意識に。


「トラヴィス様、ご無事ですか」

 レインが手を差し伸べると、トラヴィスの左手が勢いよくそれを捕まえ、ぐいっと自分の元へと引いた。レインはバランスを崩し、トラヴィスの上に覆いかぶさる形になる。すかさずレインの背中にトラヴィスの右手が伸びる。


「捕まえた。もう離さない」


「トラヴィスさま?」


「やっぱり。レインは優しいから。私が転んだら来てくれると思った」

 レインの胸元に顔を埋めるトラヴィス。


「わざと、ですか」


「ああ」

 トラヴィスの息が胸元にかかる。

「ずっと、会いたかった。君の声を聞きたかった。君にそうやって名前を呼ばれたかった」


「トラヴィスさま」


「もっと、私の名前を呼んで」


「トラヴィスさま」

 レインはトラヴィスの耳元で彼の名を呼ぶ。

「トラヴィスさま?」


「なぜ私から逃げた?」

 トラヴィスが顔を上げ、鋭い視線でレインを見た。まるで心の中を刺すような視線。

「なぜ、私の元からいなくなった?」

 間違いなくトラヴィスは怒っている。それだけはわかった。


 だけどそれに委縮するようなレインでもない。

「私が、ふさわしくないからです」

 レインは顔を伏せて、その言葉を絞り出した。それはいつも思っていたこと。


「誰がそんなことを言った」


「私です。私はずっとそう思っていました。なぜ、私なんですか?」

 ずっと聞いてみたかった。でも聞くのも怖かった。魔力無限大だからだ、という答えが返ってくるのではないかと思っていたから。


「それは、レインがレインだからだ。理由なんてない」


「私は、トラヴィスさまにふさわしく」

 とそこまで言うと、いきなり唇を塞がれた。固く閉じていた唇をトラヴィスはまたこじ開けようとしている。嫌だとレインは首を振りそれをかわそうとすると、一度、唇が離れた。


「レイン、私を拒まないで」


「拒んでいません。ただ、トラヴィス様は私にもったいないお方です。なぜ、私なんですか」


「私なんか、と言わないで。レインがレインだから私が選んだ」


 甘える子供のように、トラヴィスはレインの胸元に再び顔を埋める。


「レインが、私を救ってくれたからだ」


「え」

 その言葉にレイン自身は心当たりが無い。まったくない。


「君が覚えていないのも無理はない。何しろ、私とレインが初めて出会ったのは、君が四歳のときだから」

 トラヴィスは寂しそうに笑った。

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