カイダン、キライ
言われてみれば、というかもっと早く気付くべきだった。普通建物に設置された階段は、段数が多い場合途中で折り返すように作られている。駅みたいに縦横にめちゃくちゃ長い建物ならともかく、普通の建物ではスペースを多くとり過ぎて空間がかなり狭まるからだ。
実際、外から見た感じではかなり巨大な館だったのに、中にある部屋数はそこまで多くない。
これだけ余分なスペースを隠し(?)持っているというのは、疑いの余地なく奇妙と言えるかもしれない。
でも――奇妙だからどうだというのだろうか? 奇妙だからと言ってそれが危険かと言えば、そこまで危険だとは感じない。得体のしれない化け物が未知のスペースにいる――なんてことは流石にないだろうし、なんやかんや部屋も猟奇的な感じはしなかった。ここが殺人鬼や吸血鬼の住む館、なんてことはないだろう。
むしろ問題は、助けを呼ぶことができそうなアイテムがまるでなかったことだ。やはり館の主が帰ってきてくれることが望まれるが――と、私はある疑問を抱き二人に問いかけた。
「そう言えば、この館には遭難者が九人いるんですよね? さっき名前が挙がってた白杉さんていう人と、あともう一人にはまだ会えてないんですけど、どこかですれ違いました?」
一部屋一部屋しっかりと確認していったため(まあ私は通路に立ってただけの部屋もあるけど)、相手が館にいるのならどこかですれ違っていたはずだ(そういう意味では無礼なおっさんこと厚木もどこに行ったのか?)。
もしかして、私たちの足元にある未知のスペースにでも入っていったのだろうか? 隠し通路的なものが、探せば見つかるとか?
どこか隠し通路がありそうな部屋はなかったか。雰囲気的には祭壇が一番怪しいけれど、広さ的には天使の庭や悪魔の庭も――。
などと考えていると、目の前の二人が少し奇妙な顔をして私を見つめてきた。私は二人の表情の意図が分からず、困惑した視線を返す。
謎な沈黙が続くこと十数秒。
真っ先に状況を理解し、口火を切ったのは渡澄さんだった。
「そう言えば、深倉さんは屋内庭園には一歩も足を踏み入れてなかったわね。どちらの庭もお気に召さなかったみたいで、凄く辛そうな表情をしていたし」
西郷も事態を把握したのか、軽く頷いた。
「言われてみればそれもそうだな。俺からしてみればまたかと思ってスルーしたが、お前は知らなかったな」
「ええと、何の話ですか? お二人の言いたいこと全然よく分かんないんですけど……」
一人だけ話についていけず、私は挙動不審に体を揺らす。
ほとんど離れることもなく一緒に行動していたのに、一人だけ認識にずれがあると不安になってくる。一緒に行動していたように見えて、実は私だけ未知の世界に行っていたとか。
そもそもこの館自体が現実のものとは思えないのだし、実は今までの全てが夢で、日車君が言っていたように本当はもう死んでるんじゃ……。
急にネガティブスイッチが入り、私は視界が薄暗くなってくるのを感じた。
――ああ、暗闇がまた私を……
「お前は気づかなかったみたいだが、いたんだよ。二人とも」
暗闇に飲まれかけた意識が、西郷の声によって引き戻される。
私は慌てて顔を上げると、「いたって、どこに?」と馬鹿みたいに聞き返した。
西郷は呆れた様子も見せず、淡々と言った。
「天使の庭と悪魔の庭にだ」
「え、でも、通路から見た感じ人がいるようには見えませんでしたけど」
「だろうな。白杉は真っ白な白衣を着てしゃがんで花を調べてたし、黒瀬の方は全身真っ黒な服を着たまま床に寝転んでたからな。通路からじゃ気づけなかったはずだ」
「そ、そんなところに……」
ちょうど私が入ることを躊躇した二部屋に、それぞれ人がいたなんて。いるならいると一声かけてくれればよかったのに。あ、でも、私が気付いていないことに二人は気づいていなかったのか。
なんだか途端に恥ずかしくなり、私は顔を俯ける。そんな私を励ますように渡澄さんが何か言ってくれているが、今の私にとっては逆効果だ。ますます自分のことが情けなってくる。
もうどこかの部屋に引きこもってしまおうか。そんな風に思っていると、急にガチャリと扉の音がして、客室Aの部屋から人が出てきた。
出てきたのは右側サイドテールが特徴的な美少女。右側ということは妹の小鳥遊新菜ちゃんの方だったはず。さっき姉妹揃って二階に降りて行っていた気がしたが、いつの間に戻ってきていたのだろうか?
不思議に思ったのは(今度は)私だけじゃなかったようで、渡澄さんが愛らしく顔を傾けながら尋ねた。
「新菜ちゃんよね? さっき二階に降りて行ったと思ったけど、何か忘れものでもしたの? その部屋には特に落し物はなかったと思うのだけど」
新菜ちゃんは一瞬ばつの悪そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻ると「秘密!」と叫んだ。
「これは私たち姉妹の探偵活動の一環なの! だから何をしていたかは企業秘密で教えられません!」
「こんな場所に来てまで探偵活動とはな。そう言えばお前たちがどうして遭難したのか聞いていなかったが、尋ねてもいいか」
特に警戒した声音ではないが、西郷はさらりと探りを入れる。
あまり聞かれたくない質問だったのか、新菜ちゃんは「うぐ!」と怯んだ声(?)を出すと、「それも秘密なの!」と再び叫び声を上げた。
「ギリギリ言えるのは、私たちが山に来たのも探偵活動の一環ってことだけ! それ以上は依頼主への守秘義務違反になっちゃうから何も言えないの! それじゃあ急いでるから!」
今のこの状況下で何を急ぐことがあるのか。
彼女に限って悪いことをしているとは思えないけれど、流石に怪しくは感じてしまう。
しかし質問されるのが嫌なのか、新菜ちゃんは駆け足で階段を下りて行く。
一応転ばないように注意しようかと口を開くと、西郷が「待て」と先に彼女を呼び止めた。
急いでいるアピールからかその場で足踏みをしつつも、しっかり立ち止まる新菜ちゃん。「急いでるから要件は手短に!」と彼女が叫ぶと、西郷は階段をゆっくり下りつつ言った。
「今後のことについて、今いるメンバー全員で少し話がしたい。用事がすんだら談話室に来てくれ。途中で他のメンバーに出会った時もそのことを伝えておいてほしい」
「了解! それじゃあ行くね!」
あっさり西郷の頼みを承諾すると、新菜ちゃんは一段飛ばしで階段を駆け抜けていく。
探偵活動をやっているためか、運動神経は頗るいいようで全く危うげなく二階に到着してしまう。さらにその勢いのまま一階へと続く階段を駆けていき――あっという間に視界からいなくなってしまった。
正直、羨ましい身体能力だ。
私はほとんど筋肉のないぷにぷにの腕をつまむ。せめて渡澄さんみたいにシュッとしていればいいのだけど……まあここで悩むことじゃないかあ。
私は軽く頭を振って雑念を追い出す。すると西郷がこちらを向き、「そういうことだから、お前らも後で談話室に来てくれ」と言ってきた。
私も渡澄さんも不服はないため、黙って頷く。西郷はまた少しずつ階段を下りながら、「ついでに天使の庭にいるであろう白杉も呼んでおいてくれ。俺は黒瀬の方を呼びに行く」
とも頼んできた。
まあこれも異論はないため、私たちは頷く。
そうして西郷に続こうとしたところで――私はあることに気づき絶望した。
言うまでもないほど当たり前のことではあるが、階段で三階まで上ってきた以上、下りる時もまた階段を使用しなくてはならない。そう、この無意味に長い長い階段を……
「……カイダン、キライ」