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迷い子の館の殺人  作者: 天草一樹
殺人犯と館の秘密
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疑問色々

「鈴が峰さんの推理だと、私たちはこの館――『新館線』――の試乗を目的として集められたことになりますよね。純粋に疑問なんですけど、なんで私たちだったんですか? さっきミッシングリンクの話がありましたけど、結局曖昧なまま終わっちゃいましたし」

「えーとね、さっきも少し話したけど実際にこの館に招待されていたのは小鳥遊四姉妹と日車君、黒瀬君、白杉さんだけだったんだ。渡澄さんと深倉さんは偶然この館の近くに来ていたからついでに巻き込まれただけでさ。そして彼らの共通点の一つは、なんとなく分かるよね」

「……美男美女ぞろい、ってことですか」

「正解」


 たまに感じていたことではあるが、この館に集まったメンバーは容姿が整っている人が多い。だから内心で、どこかの演劇サークルの集まりかと疑ったりしたこともあった。

 けれど実際には、私たちの試乗状況(?)を観察する際に、少しでも彩を持たせるためだったのだろう。そういう意味では、私と厚木、それから西郷なんかは違ってたことになるんだろうけど――


「でも、単純に美男美女なだけだったら、他にもいくらでも人はいますよね? その中でどうして黒瀬君たちが選ばれたんですか?」

「おそらくだけど、数日間行方不明になっても問題ないことが条件だったと思うな。例えば仕事、例えば家族から頼まれてたとかでね」

「ちょっと待って! それどういう意味!」


 ここでも黒瀬が驚きから声を上げる。さっきから驚いたり落ち込んだりで情緒が心配になる。だけどここまで来てしまったからには、もう何とか受け止めてもらうしかない。

 鈴が峰は一瞬思案気な表情を浮かべたものの、すぐに返答した。


「日車君と黒瀬君の二人は自殺願望を抱いていた。そしてそのことを、おそらく家族も察していた。だから二人の家族は、この『新館線』に二人を試乗させてもらえるよう依頼したんだと思う」

「依頼って、どういうこと? そんなことして何の意味が……」

「意味は勿論生きる希望を見出させること。普通に生活していては決して味わうことのできない非日常を体験してもらって、世界はまだこんなに広い、死のうとするなんて早すぎる、って考え直してもらおうとしたんじゃないかな」

「そんな……ていうか、どうして僕の家族が『新館線』のことを知って――」

「知っていたわけではないぞ」


 二人の会話に厚木の声が割り込む。

 鈴が峰が推理により辿り着いた真相を、元より全て知っているこいつは、どこか小馬鹿にした笑みを浮かべ私たちを睥睨した。


「お前と日車の家族はネット掲示板でお前たちのことを相談していたんだ。息子の様子がおかしい。もしかしたら死のうとしているかもしれない。何とかしてもらえないか、とな。それでこちらから声をかけたのだ。現実とは思えないような不思議な体験をさせ、死のうなどという気を起こさせなくしてやるとな」

「ま、待って! それが二人を呼んだ理由なら、なんで日車君を見殺しにしたの!」


 厚木の言葉に我慢できず、私の口から絶叫にも近い疑問が飛び出る。

 そんな興奮状態の私とは対照的に、厚木は落ち着き払いさも当然のように、


「その方が面白そうだったからだ」


 と言い放った。

 怒りから頭の中が真っ白になる。それと同時にある一つの感情が爆発的に湧き上がり――


「はい、ストップー」


 気の抜けた声。激しい激情の渦の中微かに紛れ込んだその声に一瞬気を取られた直後、私と厚木の間を塞ぐように伊月が立っていた。

 私は気づかぬうちに振り上げていた拳を渋々下し、代わりに鈴が峰へと抗議の視線を向ける。すると彼は両手で謝罪するポーズをとった後、笑顔で厚木を見つめた。


「まあ仕方ないですよね。厚木さんもお仕事ですから、上司の命令には逆らえないでしょうし、やりたくないこともやらないといけませんもんね」

「なんだ、名探偵ともあろうものが今の流れで伝わらなかったのか。二人が死ぬことを許容したのは私の判断だ。閉ざされた館における四つ子の殺人ショーなど最高の娯楽だからな」

「ああ、そうだったんですね。でしたら、今後はもうこの手の仕事は引き受けない方がいいですよ。あまりに凡庸で、才能の欠片もないですから」

「何っ!」


 思いがけない鈴が峰からの強烈な皮肉に、初めて厚木の表情が曇る。

 それでもまだ余裕のある姿勢は崩さず、腕を組んだまま反論した。


「才能の欠片もないとは、探偵のセンスは貧困らしいな。だがまあ一応聞かせてもらおうか。私の采配のどこに問題があったのか」


 鈴が峰は笑顔を絶やさず、髪をがりがりと掻きながら言った。


「采配というより発想の問題ですよ。閉ざされた館の中で殺人事件が起きたら面白いだろう。この時点であまりにありきたりです。わざわざ『新館線』という特殊な舞台でやる必要のないこと、というより『新館線』への疑問やその正体の探求心を遠ざけてしまう行為だ。完全に舞台の良さを消し去ってしまっている。もし僕があなたの上司であれば、今回の進行には大いに不満を感じると思います。

 それに何より、こんなくだらないショーのために無意味に人を死なせてしまった。きっと金光財閥の権力をもってすればいかようにでも対処はできるのでしょうけど、それでも後片付けに余計な手間を増やしたことに変わりありません。はっきり言って無能というほかないですよね」

「………………」


 表情とその口から出る言葉のギャップに、私を含めほぼ全員が呆気にとられた顔を浮かべる。これまでの温厚でどこか抜けている鈴が峰のイメージと大きくかけ離れていたこともあり、一瞬別人が乗り移ったのではとさえ思ってしまった。

 そんな中舌鋒を向けられた厚木だけは、肩を震わせて鈴が峰を睨みつけていた。しかし彼の発言が的を得ているためか、その口は開かれることはなかった。

 完全にやり込められた厚木を見て、ほんの少し、ほんの少しではあるが苛立ちが治まる。それを見透かしたように、これまでとは少し違ういたずらっ子のような笑みを鈴が峰は見せた――まあ頭ぼさぼさのおっさんのやる仕草なため、可愛さは皆無なのが残念だけど。


「さて、黒瀬君たちが選ばれた理由は分かったと思うけど、他には何か質問ってあるかな?」

「あ、えと……そうだ、じゃあ西郷さんが消えたのって結局どういうことだったんですか? 試乗目的だったなら、途中で降ろすのはおかしいと思うんですけど」

「それはそうだね。でも、今回はただの試乗じゃない、っていうか、試乗であることが隠されていたわけだからさ。そうなると降ろされた理由もすぐに思い浮かぶんじゃないかな」

「つまり……西郷さんは、この館が動いているということに気付いてしまった、ということですか?」

「そうそう。そしてそのことに気付くのは意外と難しくないんだよ」


 実のところ、この質問に関しては既に医務室でしていたため、その答えは知っている。ただ、改めてこの館の真実を知った今では、もう少し深いところまで疑問が浮かんでいた。


「外に出て、館の周りを調べるってことですね」

「そうそう。この館を地下に移動させるために、当然館の周りにはいくつも仕掛けが施されてるだろうからね。例えば少し地面を掘ってみるだけでも人工物に当たるだろうし、館と地面の境界部分もかなり不自然になってると思うから」

「西郷さんは偶然館の外に出た際そのことに気付いてしまい、それで館から追い出されたと」

「うん、そういうこと」


 私は一度納得したように小さく頷いてから、軽く首を傾げた。


「でも、外に出たらばれるような仕掛けって、かなり問題じゃないですか? 今回は偶然西郷さんだけでしたけど、他にも外を見に行く人がいたって不思議じゃなかったと思うんですけど」

「それはそうだね。だからちゃんと皆が外に出ないように一工夫されていたんだ」

「工夫ですか?」

「うん。館の外で大雨を降らせることで、外に出ずに館内にいようと思わせた。ここら辺はしっかり厚木さんがその仕事をしてたみたいだね」


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