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迷い子の館の殺人  作者: 天草一樹
殺人犯と館の秘密
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その推理は真実か?

「「「「「「……………………は?」」」」」」


 黒瀬、渡澄さん、小鳥遊姉妹の声がシンクロする。全員が全員、全く想像していなかった真相に驚きを隠せず、どう受け止めていいか分からなくなっている。

 分かる、その気持ちは痛い程に分かる。実際私も医務室で聞いた時に全く同じリアクションをした。

 しかし……探偵の推理を先に聞いてしまうというのは少し寂しいものだ。このリアクション、この共感。皆と同じタイミングで味わいたかった……。

 そんなくだらない感傷に浸っている私とは違い、他のメンバーは脳が機能停止したかのようにあんぐりと口を開け固まっている。これは立ち直るまでしばらく時間がかかるかなと思っていると、予想に反し、戸惑いつつも黒瀬が口を開いた。


「ちょ、え、あ、その……待って、どういうこと? 館が動く? 人知れず作られた地下の線路の上を走ってる? そんなの技術的に無理っていうか、ばれずに作れるわけないっていうか、え、だってこの館でしょ? なんかいろいろ無理過ぎて意味わかんない……。でも、小鳥遊さんが四姉妹だったのは事実だったし……」


 呆然とした表情で黒瀬が小鳥遊らに視線を送ると、彼女たちは激しく首を横に振った。


「た、確かに私たちが四姉妹なのは事実ですけど、いくら何でもそれとこれとは話のスケールが違いすぎます! す、鈴が峰探偵には申し訳ないのですが、いくら何でもその推理は間違われているのでは?」

「そ、そうだよ! え、ていうかもしその話が本当だとしたら、もしかして今現在もこの館が線路の上を走ってるってこと? やば、やばすぎじゃん!」


 殺人事件の犯人であった彼女らも当然館の秘密は知らなかったらしく、四人それぞれ混乱して意味もなく騒いでいる。

 先に彼女らの混乱を目の当たりにできたからか、少し落ち着いた様子の渡澄さんが、体を震わせながらそっと挙手をした。


「これから、どうしてその考えに至ったのかはお話しいただけると思うのだけど……その前に厚木さん。先の会話からすると、あなたは私たちをこの館に呼び入れた黒幕側の人間なのよね? 本当に、本当に鈴が峰さんの推理は正しいの?」


 私を含め、全員の視線が厚木に集束される。

 居丈高な態度こそ変わらないものの、これまでの小物感を払拭した姿で腕を組む厚木。皆の視線に晒されても一切動じることなく、厳かに頷いた。


「いかにも。探偵の推理に間違いはない。この館は地下線路を高速で動く世界初の居住型新幹線だ」

「いや、だから、そんなもの作れるわけ――」

「この新幹線の着工には四大財閥全てが絡んでいる。あの方々が協力したのだからこの程度造作もない話だ。まあ、とはいえこんな馬鹿げた発想を実行にまで移すのはうちの総帥――金光道長様ぐらいのものだがな」

「金光……」


 厚木の口からはっきりと告げられた四大財閥の関与と、そのトップの一人の名前に、黒瀬は眩暈を覚えたのかソファの肘掛けに力なく突っ伏した。

 対してまだこの真実を受け止め切れていない小鳥遊姉妹の一人――おそらく新菜――が「いやいや納得できないって!」と叫び声を上げた。


「館が動いてるなんてどこでそのことに気付けるの! というか何がどうすれば館が動くなんて発想に至るのか全然分かんないんだけど! 実は二人して私たちの事からかってるんじゃないの!?」

「ふん。今更そんなくだらない嘘をついて何の得がある。探偵。さっさとこの女に推理を披露してやれ」


 傲岸不遜で腹の立つ命令口調だが、鈴が峰は嫌な顔一つせずに首肯する。


「そうですね。それじゃあ小鳥遊さんに聞きたいんだけど、逆に館が動かないとしたらどうして違う山にいた人たちが同じ館に集まったと思うの?」

「そ、そんなの一度眠らされた後ヘリコプターか何かで運び込まれたんだよ!」

「うんうん。じゃあ、皆が最初に館に来た時と、その後僕と千尋君がこの館に着いた時の場所が違うのは何でかな?」

「え、何それ!? 初耳なんだけど!」


 縛られていることも忘れた様子で前のめりになる新菜。けれどこれに関しては当然彼女だけでなく他の人も初耳であり、皆驚いて目を見開いていた。


「ごめんごめん。でも僕がこのことを知ったのもついさっきだから。というか基本的に全部深倉さんがさっき話してくれた情報をもとにしてるから、初耳情報は多くなっちゃうかもね」

「……写真ですね」


 不意に、渡澄さんが呟く。

 皆の目が彼女に向かう中、鈴が峰は笑顔で「正解」と答えた。


「さっきの二人の会話で決定的な証拠として挙げられていた写真。一度閉じられた扉が再び開いた際に、館の外に出た深倉さんが写真を撮っていたのは見てたわ。そしておそらくもう一枚、この館に入る直前の写真も撮ってあった。その二つの風景が違っていたんじゃないかしら」

「でも待ってよ。お姉さんがどこを撮ったのか知らないけど、少なくとも僕はそんなに違和感を覚えなかったよ。それに外も暗かったし、そんな差なんて――」

「これに気付いたのは僕じゃなくて千尋君なんだ。千尋君は瞬間記憶能力の持ち主だから、まず間違いないと思うよ」

「いやだから、それ知らないんだけど……」


 またまた飛び出す鈴が峰の衝撃発言に、黒瀬は上げた顔を再びソファに突っ伏した。

 伊月が瞬間記憶能力を持っているというトンデモ話は、私も聞いたときは驚いたし、ぶっちゃけ今でも半信半疑だ。とはいえそれこそそんな嘘をつく理由が彼らにあるとも思えない。

 この件に関しても突っ込みたそうにしてる人は多くいたが、突っ込んでも話が進まないと考えたのか、誰からも懐疑の声は上がらず鈴が峰に手番が戻った。


「僕からしたらこれが一番決定的だったんだけど、まあ状況証拠は他にもたくさんあってさ。例えばこの館に窓が一つもないとかもそうだよね」

「……まあもし本当にこの館が新幹線と同じように地下を走ってて、そのことを隠そうとしてたなら窓は取り付けられないけど。でも、窓がないだけでその考えには至らないでしょ」

「それは勿論ね。だけど、窓が全くない理由って、外を見られないようにする以外に何があるかな?」

「防犯対策、とか。でも二階、三階にまでないのは説明付かないか……」

「インテリアを重視して窓をつけなかったなんてこともないでしょうし。そもそも建築法的に窓がないこと自体違法でしょうから……外を見せたくない、というのが窓がない理由なのは間違いないかもしれないわね」


 黒瀬も渡澄さんも窓がない理由については、外を見せたくなかったからということで納得したようだ。けれどそれで館が地下を走っているという結論には、当然ならない。

 未だ納得していない様子の皆の顔を見回してから、鈴が峰は推理を再開した。


「それから欠かせないのは館を震わす衝撃と、開かなくなる館の扉。そしてあれほどの揺れが起こっても落下や移動の全くない道具の数々。これらもまた、館が動くことを指し示しているよね」

「よねって言われても分からないって!」


 縛られた体をばたつかせ、新菜が叫ぶ。すると彼女の隣で沈思していた伊緒が顔を上げ、「安全装置の役割ですね」と呟いた。


「館が動いている最中に外に出ようものなら怪我ではすみません。だから館が動いてるときは扉にロックがかかり館から出られないようになっていた。そしてあの衝撃は地下に館が移動する際、そして地下から地上に移動する際に生じたもの。揺れが横揺れでなく縦揺れだったのもそのためでしょうか。そして家具や本が衝撃を受けても倒れなかったのも、その衝撃を想定して何らかの対策が講じられていたから――おそらく電磁石のようなものが用いられていたのでは? そのために、冷蔵庫にあった食材のように磁石を仕込めないものは揺れの影響を防げずに散乱していた」


 彼女の推理を聞き、私は館が揺れた後に各部屋を調べたことを思い出した。彼女が言っている通り、どの部屋も揺れ前と変わらない状態だったにもかかわらず、冷蔵庫内の食材だけはひどいありさまだった。

 単純に家具がしっかりと固定されているのかと思っていたが、本は動かず食材が動いていたことから、彼女が言うように電磁石のようなものが仕込まれていた可能性が高い。さらにこの仮説が事実だとするならば、館の揺れは想定されたものであるということ。新幹線のように動くかどうかはともかく、あの振動を起こすような仕掛け・意図がこの館には備わっていたことになる。

 伊緒の発言から、少しずつ鈴が峰の推理に対して本当かもしれないという空気が作られていく。けれど流石にまだ納得できるはずもなく、黒瀬が不満顔で口を開いた。


「いやでもさ。小鳥遊さんの今の推理は館が動くことを前提として考えられてるよね。もっと単純に時折激しい揺れが起きる館とか、人を監禁してパニック状況を観察するだけの趣味の悪い館の可能性だってあるじゃん。館が動いてるとまでは言えないと思うんだけど」

「そうね……。だけど、黒瀬君の考えだと厚木さんたちの意図が曖昧な気もするわ」


 意外にも渡澄さんは館が動いているという推理に対して肯定的らしく、黒瀬の意見に首を振った。


「ここに至るまでにも何度か話し合われていたことだけれど、黒幕がいた場合あまりに動きが少なすぎるわ。監禁してパニックにというけれど、それこそ鈴が峰さんが来なければ小鳥遊さんたちが殺害に走ることだってなかったかもしれない。私たちが動揺する様を楽しむには仕掛けが少なすぎるわ。でも、もしこれが『新館線』という新しい乗り物の試乗がメインであり、私たちの動きがおまけ程度であったなら。どこか納得できてしまうところがあるわ」

「いや、でも……」


 想い人からの対抗意見に、黒瀬はたじろぎながら視線で周りに助けを求める。黒瀬の考えに反対というわけではないのだろうが、うまい手助けができる気がしないのか、誰とも視線が交差しない。最終的に彼が懇願するような視線を向けてきたのは、どういうわけか私だった。

 ここまでの鈴が峰の推理が正しかったことから、心情的には7対3くらいで鈴が峰の推理に賛同している私がいる。けれど本心から納得できていないのもまた事実。

 私は小さく息を吐きだしてから、鈴が峰に問いかけた。


強引に終わらせにかかってる気がする?

強引に終わらせにかかってます。

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