館の秘密
この物語はフィクションです
「それから後悔しているかどうかですが、当然後悔しています。少し怪しい依頼なのは理解していましたが、まさか人を殺すことになるなんて考えてもいませんでしたから」
「うんうん。それは当然そうだよね。殺したくて殺したわけじゃあないし。よし、じゃあ最後に深倉さんと渡澄さんにも、今の気持ちを聞こうかな」
「多少予想していましたが、私もですか」
「……」
鈴が峰が私と渡澄さんに交互に視線を送る。
ここまでくれば、あいつにも鈴が峰の意図は伝わっていることだろう。それでもなお反応がないのは、探偵の推理が外れているからか。それとも、推理を聞くところまで自分の仕事だと考えているからか。
どちらにせよ、推理の終わりはもう近い。
私は心を静めて、鈴が峰の問いに答えた。
「日車君が殺されてから一貫して私の気持ちは一つです。今すぐにでも、どんな手を使ってでも、この状況を終わらせたい。そしてそれができない自分に対する不甲斐ない気持ちでいっぱいです」
数人から、なぜか驚いたような視線が飛んでくる。そのうちの一人である渡澄さんは、少し恥じた表情で、自らの気持ちを伝えた。
「私は、とにかくいろんな感情が混ざり合って、一言で言い表すことはできないわ。恐れ、絶望、寂しさ、困惑、それに……少しばかりの感動も」
最後、小さな声でぼそりと何かを囁いた後、軽く首を振ってから「これでいいですか?」と鈴が峰に問いかける。
鈴が峰は「うん、十分じゃないかな」と答えると、いよいよあの男――厚木に顔を向けた。
「さて、これで皆がこの館に来て今どんな気持ちなのかは聞けましたけど、あと何か知りたいことはありますか?」
厚木は尊大さを隠そうともせず、意味が分からないと言った表情を浮かべる。
「急に何の話だね。私は別にそんなことを知りたいと思っていなかったが」
「そうなんですか? 深倉さんからは、この手の質問を二度もあなたからされたと伺ったのですけど」
「……」
厚木はじろりと私に対して睨みを利かせてくる。おそらくそんなことまで話したのか的なことを言いたいのだろうが、これも黒瀬同様にお門違いの文句だ。言われたくないことがあるなら最初から説明の場に参加してくれれば良かったのに。
これまでの苛立ちも込めて殺気を含んだ視線を送り返す。すると大きなため息を吐き、渋々と言った態で鈴が峰の言葉を肯定した。
「確かに、彼女に似たようなことを尋ねはしたが、それが一体どうしたというのかね」
「いえいえ、きっと次回同じことをする際の参考になるだろうと思ったので、気を利かせてみたんです。余計なお世話でしたか?」
「……ふん。探偵、貴様どこまで気付いている」
「ほぼ全部。確信も確証もありませんが」
急に、鈴が峰と厚木の纏っていた雰囲気が変わる。これまで自らを覆い隠していたベールを脱ぎ去り、彼らの奥底に潜んでいる魔が、顔を見せたかのような……。
この時点でいくつも気になることが生じているが、雰囲気に呑まれてか誰も口を開けない。
それを知ってか知らずか、場を完全に支配した二人の男は、まるで果たし合うかの如く互いを見つめ合い、言葉を紡いでいった。
「ではまず聞こうか。この館における私の立場はいったいなんだ」
「基本的には観測者。そして非常時における調整役ではないでしょうか」
「ふん。自分自身で言うのもあれだが、非常時に皆をまとめるようなことをした記憶はないがな」
「ここでの調整役とは、あなた方が定めたルールを破ろうとする者が現れた際に、その軌道修正をする者の事です。例えば、勝手に館の外に出てしまった人物の排除とか」
「……成る程な。ここでその例を出すということは、本当にほぼ全てばれていると考えて間違いなさそうだな。だがどこだ。どこでその事実に辿り着いた」
「どこと言っても、あまりにたくさんあって困るくらいですが。とはいえ一番はやはり、深倉さんが撮ってくれていた写真ですね」
「……写真か。確かに、それは決定的と言われれば決定的だな。やはりイレギュラーな存在は計画に支障をきたすものだな」
「別に支障はきたしてないでしょう。むしろ好都合だったんじゃないですか。今、この瞬間も含めて」
「それは間違いないな。これはあの御方も十分満足――」
「少し宜しいですか」
鈴が峰と厚木の二人だけの世界に、風穴を開ける一声が突き刺さる。
この状況でそんなことをできる人物は一人しかおらず、自然皆の目は伊月へと向かった。
「お二人で盛り上がられているところ悪いのですが、私を含め他の人は全くついていけていません。今のやり取りでどうして厚木さんが突然の自白を始めたのか。そして千夜さんが暴いた事実を、しっかりと説明してください。そうでないと、彼らも納得できないでしょう」
「ごめんごめん、すっかり忘れてたよ。今からもう少し丁寧に話していきますけど、構いませんよね?」
「うむ。そちらの方が盛り上がることは間違いないだろうからな。やってくれ」
実際のところ、鈴が峰の推理を聞いている私ですら雰囲気に呑まれ、疑問を抱く余地もなく二人のやり取りを眺めていた。鈴が峰の推理を聞いていない黒瀬や渡澄さんからしたら、それは尚更のことであったろう。
そのため皆はっとした表情を浮かべ、思い出したように伊月の提案に頷いている。
鈴が峰はそのことに気付いているのか、再び口調を和らげフラットに話し始めた。
「ちょっと結末が見えちゃった形になったけど、改めて僕の推理を語っていこうかな。ああでもそうだ。この流れなら万一もないと思うけど、もし間違ってたら恥ずかしいから先にこの館のメイントリックを話しちゃおうか。
全く別々の場所にいた皆が短時間のうちに集められた館。館内に窓はなく、何のためにあるのか分からない奇妙な空間まで保持している。さらには唐突に起きる館全体を震わせるほどの大きな衝撃。そして開かなくなる玄関扉。
ここから導かれるこの館の正体は一つ。この館は動くんだ。人知れず作られた地下の線路を爆走する、云わば『新館線』。その試乗をさせられたのが今回の事件の真相なんだ」
ついに書いてしまった……いやあ、ありえねえ(笑)