美少女双子探偵現る
悪魔の庭の不気味さに恐れを抱いたのは渡澄さんも同じだったようで、今度は彼女も部屋の前で待っていた。
相変わらず西郷には畏れも恐れの感情もないらしく、淡々と部屋の中を一周している。
ほどなくして彼が戻ってくると、三階を目指して私たちは歩みを再開した。
「確かに、西郷さんの言う通り変な館ですね。都会ならまだしも、こんな山奥に館を建てたくせに家の中に庭園を造るなんて。それに天使と悪魔のモチーフっていうのも気になりますし」
「そうだな。まあ、この館の真に奇妙なところはそこじゃないんだが」
「まだ他にあるんですか……。もう結構おなかいっぱいですけど」
「そう言うな。ここから無事に出るためには知っておいた方がいいことかもしれないからな」
三階にはこれ以上におかしな部屋があるのだろうか? そうなるとR-18指定がつくような猟奇的な部屋しか思い浮かばない。
この先にあるものを考え心がぐったりする。しかしその前に、体をぐったりさせる無駄に長い階段が再び立ち塞がった。
「カイダン、キライ」
疲れすぎて片言になる。隣では渡澄さんが心配そうな視線を投げかけてくるが、今の状況で一人だけ休むのは流石に無理だ。そもそも私のために館を案内してもらってるわけだし。
おそらく普段の五倍ぐらいの時間をかけて階段を上りきる。
外見的には嫌みの一つも言ってきそうな顔つきなのに、意外にも息を乱している私に対し西郷は何も言わない。とはいえ優しい言葉を投げかけてくれるわけでもない当たり、いったい何を考えているのか気になるところだ。
館は三階で終わりらしく、目の前に新たな階段はない。また作りとしては一階、二階と同様で左右に通路が伸びているだけのシンプルな構造だった。
それと、階段こそなかったものの、別のモノが私たちをお出迎えしてくれた。
「あらあらあら、また新しい遭難者さん?」
「あららららら、またお仲間が一人増えたんだね!」
サイドテールの髪形をした、そっくり同じ顔をした二人の美少女。全く同じ声色で私たちに声をかけてきた。あまりに体型も顔だちもそっくりなため、まず間違いなく一卵性双生児だと思われる。
服装もそっくり同じコーデで、白色のキャミソールの上にピンク色のシャツを着た、山登りするにはちょっと軽装な格好をしている。
唯一サイドテールの左右だけが異なっているため、そこからどっちがどっちだか判断はできそうだ。でも髪を下ろされたら、まず間違いなく区別はできないだろう。
私は二人の顔を交互に見ながら、小さく頭を下げた。
「えと、新しい遭難者の深倉美船です。お二人は、双子、ですよね?」
「はい。姉の小鳥遊伊緒です」
「うん! 妹の小鳥遊新菜だよ!」
左側サイドテールで、ちょっとおっとりした感じの女の子が姉の小鳥遊伊緒ちゃん。右側サイドテールで、凄く活発そうな女の子が妹の小鳥遊新菜ちゃん。うん、覚えた。
それにしても人形のように整った顔立ち。いや、もっと今風な、アニメにでも出てきそうな美少女と言った方が印象的には近いかもしれない。
私はちらりと隣の渡澄さんを見る。彼女もやっぱり二人に劣らないほどの美少女。まだ幼さが残る(たぶん高校生くらいかな?)顔だちの二人に比べ、渡澄さんの方は優雅さみたいなものを身に纏っている。一言で言うなら小鳥遊姉妹は超可愛いで、渡澄さんは超綺麗って感じだろうか。
いずれにしろ、この場における美少女率の高さは尋常ではない。非美少女である私なんかが紛れていては、神様の力により浄化され消されてしまわないか心配になってくる。
そんなくだらない妄想をしていると、西郷が二人についての情報をプラスしてきた。
「一卵性双生児ってだけでも珍しいが、こいつらの場合はさらに特殊で変わっている。なんせ高校生の身の上で探偵業まで営んでいるらしいからな」
「あー! それ私たちの口から言いたかったのに! 先にばらすなんてひどい!」
新菜ちゃんが頬を膨らませて西郷に怒りの声を漏らす。
西郷はまるで反省している様子はないが――って、探偵?
私が驚きから固まっていると、姉の伊緒さんの方がふんわりとほほ笑んだ。
「実は私たち、双子なのを生かして探偵活動を行っているんです。小説や漫画に出てくる凄い探偵ではないですけど、人様の役に立てるよう日々密やかに活動しています」
「ちょっとちょっとお姉ちゃん! そこは謙遜する必要なくない! 神出鬼没! 瞬間移動に読心術! 巷じゃ知らぬ者なしの美少女高校生探偵といえば私たちのこと!」
しゅたっと、ヒーローのようなポーズをとり凄さをアピールしてくる新菜ちゃん。正直その紹介をされるとごっこ遊びっぽさが増すから止めたほうがいいと思うけど、可愛いから止めろとは言えない。
取り敢えず拍手を送ってみると、実に誇らしげに背筋を伸ばした。うん、可愛い。
彼女の可愛さに浸っていると、そういう情緒を持っていないらしい西郷が「それじゃあ次行くぞ」と歩き出してしまった。
もう少し話していたい気もしたが、どうせまた後で話す機会はあるかと思い、二人に手を振って別れる。彼女たちも他に行きたいところがあったのか、軽く手を振り返すとすぐさま下の階に降りて行った。
二人の姿が完全に見えなくなったところで、西郷が口を開く。
「変わってるだろ。双子で探偵、おまけに美少女だ。普通に生きてたらまずお目にかかれない相手だ」
「あ、美少女だとは思ってるんですね」
てっきり美的感覚が死んでるのかと思ったが、そうではないらしい。
西郷は「当たり前だ。俺の好みではないがな」と軽く応じる。この感じ、他に好きな人でもいるのだろうか? 仮にいたとして、好きな人の前ではどんな態度になるのか少し気になる。
と、そんなことを考えているうちに左通路の最初の部屋に到着。
今度はどんな光景が待ち受けているのか。ドキドキしながら中を見た私は、
「あれ、普通だ……」
戸惑いの声を上げた。
ホテルの一室――にしては広すぎるが、それでも平凡過ぎる一室。ベッドに棚、ドレッサーに小型の冷蔵庫、それに座り心地のよさそうなソファ。残念ながらテレビと電話機は見当たらない。
例に漏れずこの部屋にも窓はないため、少し窮屈な印象を受ける。しかしそれを含めても、なかなかに居心地のよさそうな部屋に思えた。
もしかしたらこの館の主はここで寝泊まりしていたのかもしれないと思い、中に入っていろいろと覗いてみる。しかしどこもかしこもきちんと整頓され過ぎている上に、写真や服などの類もなく、人が使用していた痕跡はあまり見受けられなかった。
「別荘として利用しており、今は使っていない。そう考えるのが最もしっくりきそうですね。ですがそうだとすると、鍵をかけずに留守にしている点は違和感を覚えてしまいますが」
私と同じことを思ったのか、ベッドに綺麗にかけられているシーツを触りながら渡澄さんが言う。
西郷は棚の上を指でさすりながら、首を横に振った。
「だとしたらあまりに綺麗すぎるな。全く使用していないのなら多少はほこりが積もったり、もう少し汚れているのが自然だ。だがここは清潔に保たれている。別荘の持ち主がいないにしろ、管理し掃除を行っている者がいるはずだ」
言われてみればそれもそうかと、私もベッドやソファーの下など汚れがありそうな場所をチェックしてみる。けれど、どこもかしこもほこり一つ見当たらず、清潔そのものだった。
「人の気配はないのに綺麗すぎる館。それも奇妙な点の一つなわけか……」
探索を進めるほどに奇怪さを増す館。
一体全体、私はどんなヤバい場所に導かれてしまったのだろうか。