矛盾と決着
「矛盾、ですか?」
伊緒は顔を他の姉妹に向け、何をやらかしたか目で問いかける。しかし誰一人として心当たりがないようで、これといった答えを出す者はいない。するともう一人の伊緒――たぶん元から談話室にいたほう――が、緊張した声で尋ねてきた。
「矛盾した行動というのはあまり心当たりがありません。私たちが入れ替わってると疑われるような、おかしな素振りでもしていたでしょうか?」
「ううん。そういう素振りとかじゃないんだ。もっとシンプルな話」
「シンプル……?」
改めて小鳥遊姉妹は過去を振り返り始める。彼女たちだけでなく黒瀬や渡澄さんも記憶を遡っているようだが、しばらく待っても誰も閃く様子はなかった。
既に答えを知ってしまっている私からすると本当に単純な話であり、頭の良い彼らが気付かないのが不思議にさえ思えてしまう。けれどそれも仕方ないのかもしれない。第三者視点で考えるのと、事件の当事者として振り返るのとでは違いがある。後者だと、どうしてもフィルターがかかってしまうものだ。その点、館に来てからほとんど気絶し事件に関与してこなかった鈴が峰は、客観的な判断が容易だったのだろう。
この皆が悩む時間を無意味だと感じたのか、鈴が峰は少し困った様子で髪を掻いた。
「ええと、ここで引き伸ばしてもあれだから、簡単に説明しちゃうね。
僕の言う矛盾は、殺害事件前はずっと二人一緒に行動していた小鳥遊姉妹が、殺害事件後は単独で動き始めたこと。この館と集まった遭難者たちを危険視してグループ行動を拒否していたはずの二人が、人が死ぬという事件が発生した途端に単独行動をし始めるなんてあまりにもおかしい矛盾だよね」
「ふむ。言われてみればその通りだな」
真っ先に、厚木が賛意の声を上げる。ほぼノータイムで乗ってきた厚木以外は、このセリフの意味が徐々に浸透していったようで、少しずつ表情を変化させていった。
言われてみれば当然だけれど、当然すぎてすぐには受け入れられない。おそらく皆そんな気持ちでいるのだろう。というか私はそうだった。
しばらくの沈黙の後、黒瀬がやや声を上擦らせながら言った。
「ま、待ってよ。そ、それは確かにおかしい気もするけど……矛盾って呼べるほどかな? 小鳥遊さんたちは探偵として事件を解決するために、それぞれで動いた方が効率が良かったから――」
「うーん、探偵活動をするのが理由って言うのは無理があると思うんだよね。元々自分たちの命を優先していた二人が、探偵活動っていうより犯人に狙われる事をするんだよ。事件を解決するためとはいえ自分が死んだら元も子もないし、少しでもリスクを回避するために二人一緒での行動は必須だと思うんだよね。
自分たちが襲われない側であることを確信していない限りは」
鈴が峰の反論にぐうの音も出ず黒瀬は黙り込む。するとまだ納得しきれていない渡澄さんが、続けて声を上げた。
「……確かに二人一緒では行動していないけれど、彼女たちは基本的にアリバイを持っていたわよね。つまり一人にならないように気を付けていたのではないかしら」
「えーと、それもちょっと厳しいんじゃないかな。確かにアリバイはあるけど、偶然誰かといたことが多いみたいだし。何より殺人犯かもしれない人と二人でいることの方が危険だよね」
「偶然を装って近づくのは簡単でしょうし、それに牽制の意味もあったんじゃないかしら。二人は無線機でお互いに連絡を取りっていたから、二人きりの時に殺そうとすればその時点で犯人であることをばらすようなものだから」
「それは悪くない発想だけど、この館においては当て嵌まらないんじゃないかな。だって僕たち以外にも誰かが潜んでいる可能性があったんだから。もし小鳥遊さんだけが殺されても、犯人側が嘘をつけばいくらでも誤魔化しが利いちゃうし」
「それでも――いえ、その通りですね。彼女たちがそのリスクを許容できるなら、西郷さんの提案に載らない理由がありませんし。それに――」
横目で小鳥遊四姉妹の姿を見ると、それ以上の追及はせず代わりに小さくため息を吐いた。事実として、小鳥遊姉妹は双子でなく四つ子だったわけで、今ここで可能性の話をしても無駄だと思い至ったようだ。
これでこちら側からの疑問は解決し、自然と皆の目は小鳥遊姉妹に集まった。
既に伊緒が自首に近い言葉を述べているため、彼女たちから強烈な反論が来るとは思えない。その一方で、彼女たちとしてもなぜ自分たちの秘密がばれたのか、しっかり聞きたいのではないかと思われた。
案の定、新菜――たぶん元から談話室にいたほう――が、どこか投げやりな声で尋ねてきた。
「しつもーん。事件後に単独行動を始めたっていうけど、私とお姉ちゃんが単独行動を始めたのは正確には日車殺害の前なんだけど。私とお姉ちゃんが喧嘩したって話は考慮しなかったの?」
鈴が峰は一切の迷いなく頷く。
「うん。だって二人とも、事件が起きてからは協力して解決に動いてたから」
「まあそりゃそっか。じゃあ次。深倉さんが嘘をついてる可能性とか考慮しなかったの? 普通に考えて彼女の話だけをもとに推理を組み立てるのってかなりリスクがあると思うんだけど。私たちの入れ替わりに確信を持った首の血の話とか、良く信じたね」
そう言えば、鈴が峰は私の話に対して疑うような素振りを一切見せなかった。厚木や白杉が私を疑っていたように、正直白と断定するには危険な人物だったと思うのに。
単純に探偵ゆえのポーカーフェイス的なもので、実際はかなり疑いながら話を聞いていたのだろうか? それとも私自身気付いていないような犯人なら絶対に取らないような行動をしていたのか。
私含め全員から視線が注がれるが、鈴が峰はこれにもまたあっさりと答えを返してきた。
「それは勿論信じるよ。だってそこで嘘をついたら、小鳥遊さんたちに自分が犯人だってばらすようなものだしね。というか犯人がこの状況でつける嘘は、他人が見てないときの自分の行動と、既に死んだ人に関する情報だけだからね。それ以外はむしろ他の人に疑われるようになるだけだもん」
「あー、言われてみればそれもそっかあ。元から誰かはめる気でいたならともかく、そうじゃないならせいぜい自分が犯人じゃないって疑われないようにするのが限度かもねー。うん、じゃあ次で私からの質問は最後。
ぶっちゃけ、私たちが四姉妹だってことにどの程度確信を持ってたの? いくら私たちが怪しい行動をとってたからって、残りの二人を見るまでは信じきれないと思うんだけど」
「それはねえ」
鈴が峰は、まるで探偵とは思えないような腑抜けた笑みを浮かべ、自信満々に言った。
「もちろん確信なんてなかったよ。だから二人がぼろを出してくれることを信じて、ちょっとずつ推理したんだもん」