確定する推理
待ってましたとばかりに、私は全力で厚木の体を二人の方へと突き飛ばした。
「ぬお!?」
突然突き飛ばされたことに厚木が驚いた声を上げるが、それ以上にこちらに向かってスタンガンを向けようとしていた伊緒ちゃんが目を見開く。
厚木は私に対し怒りの視線を向けようとするが、伊緒ちゃんの手にスタンガンが握られているのに気づくと、すぐさま彼女の手首をつかみその場に押し倒した。
「お姉ちゃん!」
慌てて新菜ちゃんが姉を助けようと駆けだす。しかしその隙を逃さず、私同様鈴が峰の合図に気付いていた伊月が、彼女の足を払いその場に押し倒した。さらに抵抗できないようにと、彼女の腕の関節を一瞬でガクッと外した。痛みから新菜ちゃんは悲鳴を上げ、そのまま力尽きたようにピクリとも動かなくなった。
想像していた以上に呆気なく、伊緒ちゃんと新菜ちゃんが拘束される。しかしこれでまだ終わりではない。
私は伊月の元に駆け寄ると、そのまま新菜ちゃんの上に馬乗りになり、万が一暴れ始めても大丈夫なよう彼女を押さえつけた。そして伊月が私と入れ替えに立ち上がる――と同時に、鈴が峰の体を弾き飛ばして談話室の扉が開き、伊緒ちゃん新菜ちゃんと全く同じ顔をした美少女二人が部屋に突入してきた。
闖入者の二人は床に転がる鈴が峰に持っていたナイフを振りかざすが、視界の隅に倒れ伏した姉妹の姿を発見したらしく、驚きから動きを止めた。その僅かな時間を逃さず、伊月がテーブルを飛び越え、闖入者二人の前に降り立つ。そして身構えさせる間も与えず、一人には容赦のない正拳突きを、もう一人には膝蹴りをかまし、床にダウンさせてしまった。
もはや芸術のような一連の動きに皆が呆気にとられる中、こうなることを知っていた鈴が峰がいそいそと立ち上がり、ポケットから何やら細い紐を取り出した。そして痛そうに腰をさすりながら、
「取り敢えず、彼女たちをこれで縛るの手伝ってもらえませんか?」と提案した。
結果、全く同じ顔をした四人の美少女――小鳥遊四姉妹――が、そろって足と腕を縛られ談話室の隅に寝かされることに。私が作戦の成功に安堵の息を漏らす中、状況を全く理解できていない黒瀬と渡澄さん、そして厚木が説明を求めるよう鈴が峰に迫っていた。
「いやいやいや、まだ全然理解できないんだけど。そりゃあ現実ここに小鳥遊さんが四人いるわけだけど、なにこれ、どういうこと?」
「私も……全然受け止め切れないわ。そもそもどうして彼女たちはこのタイミングで襲ってきたのかしら? 少なくとも私はまだ、四姉妹であることに納得していなかったのだけれど」
「いやそれ以前にこの展開。明らかに君たちはこうなることを予期していたのだろう。だとしたらなぜ私がスタンガンを武装した殺人少女に向かって突き飛ばされたんだ。納得のいく説明をしろ!」
一人やや的外れな意見を述べている者もいるが、当然それは無視。鈴が峰はソファに腰掛けると、「ちゃんと説明するから安心していいよ」と、穏やかな笑みを浮かべた。
「さっきの話の続きになるけど、日車君殺害事件のすぐあと、小鳥遊姉妹と深倉さん、それに渡澄さんはお風呂場に行ったんだ。そしてそこで、深倉さんは自分の右隣でシャワーを浴びていた小鳥遊伊緒さんの首に血が付いているのを発見した」
「そこまでは理解できてるよ。でもそれってそこまであり得ない話じゃないでしょ。確かに伊緒さんは死体を詳しく調べたりはしてなかったけど、多少近づくことはあった。それにあの殺害方法からして、かなり遠くまで血が飛んでてもおかしくはないし。天使の庭を調べてる最中、たまたましゃがんだ時に血の付いた花が首に当たっただけかもしれない。他にも、血の付いた手で首を触っちゃったとか、新菜さんの手に付いてた血が飛んでついたとか、いくらでも可能性は考えられる。少なくともそれが、伊緒さんがもう一人の姉妹に入れ替わってた理由にはならないはずだよ」
全然理解できていないと言いながら、黒瀬は小鳥遊四姉妹の殺害方法について察しているようだった。
私なんかは四姉妹だと聞かされても、じゃあそれで何が起きていたのか理解するのに時間がかかったものだ。やはり黒瀬は頭が良い。
けれどそんな黒瀬の遥か先を行く男が、ここにはいる。
ぼさぼさの髪を掻きながら、名探偵は鷹揚に頷いた。
「うん、黒瀬君の考えを完全に否定することはできないね。でもさ、伊緒さんの特徴と、血の付いてた場所を考えれば、黒瀬君もその可能性が低いことに気付くんじゃないかな?」
「伊緒さんの特徴と、血の付いていた場所?」
黒瀬は眉間にしわを寄せてしばらく考えてから、縛られている小鳥遊四姉妹へと視線を移す。左側サイドテールで伊緒ちゃんに見える美少女が二人と、右側サイドテールで新菜ちゃんに見える美少女が二人。もはやどれがさっきまで談話室にいた小鳥遊姉妹なのか分からないが、伊緒ちゃんと呼ばれていた人物自体は観察できる。
黒瀬はしばらく伊緒ちゃん(?)を眺め続けた後、急に私に尋ねてきた。
「お姉さんがシャワーを浴びてたのは、伊緒さんの左側だったっけ」
「う、うん。それで間違いないよ」
「つまり、お姉さんが見つけた首の血は、当然左側に付いていたんだよね」
「そうだよ」
「……はあ、そういうことか」
鈴が峰の推理に追いついたらしく、黒瀬は力なく天井を見上げた。黒瀬にわずかに遅れて渡澄さんも「成る程……」と声を漏らす。厚木はまだ理解していないようで、しかめっ面で小鳥遊さんたちをガン見しているが――推理を再開するには十分だろう。
私の思いが鈴が峰に伝わったのか、厚木を待たずして彼は口を開いた。
「伊緒さんは髪を左で束ねて肩から垂らしてるから、基本的に首の左側は常にガードされてる状態にあるんだ。だから偶然血が付く可能性はかなり低い。それにそんな素振りは――」
「してませんからねえ」
鈴が峰の言葉を奪うようにして、小鳥遊姉妹の一人――おそらく突然乱入してきた方の伊緒ちゃん――が、初めて会った時を彷彿とさせるおっとりした声と共に頷いた。
「あの時、伊月さんは部屋の中に入らず、ずっと私たちのことを外から見てましたからね。まさか紗良が首の血を洗いきれてないとも思っていなかったので、当然首を触るような素振りなんてしませんでしたし……。この話が出た時点でこれは無理だなと悟りましたよ」
彼女は一度言葉を切ると、観念した様子で溜息を吐いた。
「やっぱり、鈴が峰探偵がいる前で事件なんて起こすべきじゃなかったですね。この特殊な環境に加え、四姉妹であることも知られてないとなれば、流石にばれることはないと思ったのですが、甘かったですねえ」
「……それ、自白したってことで間違いないの」
「この状態で言い訳したとして、皆さんは納得してくれますか?」
黒瀬の問いに対して、肯定に等しい答えを返す伊緒ちゃん。
姉妹の乱入から分かっていたことではあったけど、それでも本人が罪を認めたとなれば驚きも強い。何より、罪を認めるということは、日車と白杉を殺したのが彼女たちであることが確定するわけで――私にとってそれはとても重要な意味を持つことになる。
なぜ、どうして。探偵である彼女たちが二人を殺したのか。それを聞かなければならない。
震える拳を必死に抑え、私は口を開く。けれどコンマ数秒早く、伊緒が疑問を発した。
「それにしても、鈴が峰探偵は凄いですね。深倉さんがどこまで丁寧に話をしたのかは分かりませんけど、軽く聞き流しても不思議じゃない話だと思うんです。よく聞き逃さず、私たちの秘密にたどり着きましたね」
「ああ、それはちょっと違うかな」
軽い口調で否定され、伊緒は困惑した様子で「違うとは?」と、聞き返す。
すると鈴が峰は、推理の起点となった、あの話をし始めた。
「いやさ、その話を聞く前から小鳥遊さんたちのことは怪しいなと思って、注意して聞いてたんだよ。だって二人とも、事件の前後で凄く矛盾した行動取ってたからさ」